第22話 私を意識してくれてるってこと?

「好きよ。大好き……」


 私の耳元で、かがみがそっと囁く。


「止めないならキスする」


 っ!? 突然そんなこと言われたって……


 かがみの顔がどんどん近づいてくる。吐息かかるっ。このまま、本当に、また?


 そして、唇が重なり合う、その直前――



 ぱちっ。見慣れた天井が目に入る。


 よかった、夢か。ホッとしかけて、いや待って。


 さっきのはたしかに夢だけど……あのときのアレは、夢だったのか現実なのか……



 ていうか、なんちゅー夢見てるんだよ! またかよ私! 童貞かよ私!!


 うぁあああああ! うわぁああああああああああ!!


 どうしよう!? どんな顔してかがみに会えばいいの!? 私が欲求不満みたいじゃんっ!



「七海ー! 起きてるの? そろそろ下りてきなさい!」


 結局、お母さんに声をかけられるまで、私は一人悶々としていたのだった。




「おはよう、七海ちゃん」


「う、うん。おはよ……」


 手を振って挨拶してくれるかがみ。私はといえば、軽く手を上げるのが精一杯だった。



 うぅっ、ついに来てしまった。かがみとの待ち合わせ場所に。


 私、顔赤くなってないよね? ダメだ、まともにかがみの顔を見れない……



「七海ちゃん? どうかしたの?」


「うぇあっ!?」


 驚きすぎておかしな声が出る。いつの間にか、かがみの顔が間近にあった。


 瑞々しい、ピンク色の薄い唇に目が行く。否応なしに。あの唇が、私の……いやいや!


 頭をブンブン横に振って、浮かんできた光景を霧散させようとする。でも、なかなか消えてはくれなかった。



「ごめんなさい、ボーッとしてたみたいだから」


 そう言ったかがみは、いつもと変わった様子はない。私はこんなにドキドキしてるのに……


 あれ? てことは、やっぱりお見舞いのときのアレは夢だったのかな? そうに違いない! うんっ!


「なんでもないなんでもない! ちょっと寝不足なだけだから!」


 慌ててかがみから離れる。いま近くにいるのはほんとーーーーにヤバいっ!!


 とにかく、いつも通りを装わないと!




 とはいったものの……


「ねえ、各務原さん。ちょっといい? つぎの授業で指されそうで、教えてほしいの」


「ええ。どこ?」


「ここの計算なんだけど……」


 休み時間。かがみはクラスメイトの質問に答えていた。


 これは結構見慣れた光景だ。みんな困ったらかがみに質問しているところがあるから。



「これで大丈夫かな?」


「えぇと……うん、平気よ。あってる」


「え、各務原さん、いまのって暗算? すごいっ!」


 これもいつもの光景。


 それを自分の席から見る私。やっぱり、かがみの様子はいつもと変わらない……っ!?



 ヤバ、目合っちゃった。


 ……いや、ヤバってなんだ。べつにヤバくはないでしょ。


 ヤバいのは合ったことあなくて、思わず逸らしちゃったことだ。変に思われたかも。



「七海ちゃん、どうかしたの?」


 声にハッとなって視線を戻す。と、目のまえにかがみが立っていた。


「か、かがみ。どした?」


「私のこと見てたみたいだから。用事でもあるのかと思って」


「えっ? み、見てたかな? 気のせいじゃない?」


 自分でも分かるしどろもどろ。こんなんじゃさすがに誤魔化せないかな。


 とはいえ、変に思われたんじゃないならよかった……



「なんだか様子が変よ。ひょっとして、まだ熱があるんじゃない?」


 そう言ったかがみは、どんどん顔を近づけてくる。


 ……え? な、なに? まさか、こんなところで、キ……



 ぴとっ。


 温もりが触れた。私のおでこに。



「うーん、熱はないのかしら?」


 目をつむって、独り言みたいにつぶやくかがみ。その様子は、やっぱりいつも通りだ。で、でも……


 かがみが近いっ! 吐息がかかる距離だし、なんかいい匂いもする……


「あら? なんだか熱くなってきたような?」


 不思議そうに言ったかがみはさらにおでこを擦り付けてきて……



 もうダメ限界っ!!


「七海ちゃんっ!?」


 かがみの声を背に、私は教室から飛び出していた。


 ムリムリムリです! これ以上あのままでいたら心臓爆発しそう!!



「待って、七海ちゃん!」


 うしろから伸びてきた手が私の手を掴んだ。と思ったら、階段の踊り場に引き寄せられて、


「待ってよ……」


 壁ドンされました。



「どうしたの? どうして逃げるの?」


 表情を見てハッとなる。さっきとおなじく間近にあるかがみの顔は、でもさっきと違って不安そうだった。


「ごめん……」


 自分でも気づかないうちにそう言っていた。そうだ、言わなきゃ。


 かがみを不安にさせちゃったんだから。ちゃんと正直に。



「べつに逃げたわけじゃないの。ただ、その……」


 って言えるか!


 この間私にキスした? なんて訊けるわけないじゃん!



「き、緊張しちゃったの! かがみが近くにいたから……」


「それって……」


 私の言葉に、かがみは目を丸くしていった。


「私を意識してくれてるってこと?」


「そ、れは……」


 どうなんだろう? 分からない。自分のことなのに。



「まあ、その……友達だし」


 結局、誤魔化すようにそういうしかなかった。緊張しすぎて、なんか逆に落ち着いてきたかも。


「あのさ、かがみ。この間看病にし来てくれたじゃん。体拭いてくれたあとってどうなったっけ? よく覚えてなくて」


「? どうって……七海ちゃん、途中で寝ちゃったじゃない。だからベッドに寝かせただけだけど……」



 そっか。そうだったんだ。


 かがみの言葉に、ようやくホッとした。じゃあ、アレは夢だったんだ……


 安心したところで、ようやく気づいた。私が壁ドンされているところを、遠巻きに見られていることに。



「そうだった! そうだったね!」


 慌ててかがみを引き離す。アハハと誤魔化しの笑い。


「七海ちゃん、どうかしたの? やっぱり変よ」


「変じゃないよ? お見舞いありがとうね、かがみ! 今度お礼させてよ!」


 と何気なく言った言葉。でもかがみは、


「本当っ? じゃあ、今度いっしょにお出かけしましょう」


 ちょっとまえのめり気味に言われた。



 それって……デートってこと? かがみとデート……


 でも、いまさら「やっぱなし」とは言えないし。



「うん。じゃあ、行こっか」


「よかった。断られたらどうしようかと思ってたわ」


 かがみは満足そうに言って、「教室に戻りましょうか」と続けた。


 なんとなく言った言葉なのに、そんなにうれしそうにされると照れるな。



「ねぇ、かがみ」


 背中に声をかけると、振り返って不思議そうな目をむけてきた。


「かがみがもし風邪ひいたら、今度は私が看病に行くからね」


「ありがとう。待ってるわ」


 ふわりと微笑むかがみに、私はまた目を奪われる。



 ……これって、やっぱり意識してるってことなのかな?

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