第21話 七海ちゃんの看病させて

 教室に入ると、七海ちゃんの姿はなかった。


 やっぱりまだ来てないのかしら? さっき、いつもの場所で待っていると、スマホにメッセージが来た。


 今日はさきに行ってて、という内容だった。


 寝坊でもしちゃったのかしら? と思っていたけれど……


 結局、HRが始まっても、七海ちゃんは来なかった。



 気になって先生に訊いてみたら、今日は七海ちゃんはお休みらしい。風邪をひいてしまったんだとか。


 風邪っていうと……私が思い至る理由は一つしかない。


 昨日、私の家から帰るときに濡れて帰ったから。やっぱり、ムリにでも送っていくべきだったかも。



 心配と同時にすこし罪悪感を覚えてしまう。どうしようかしら?


 ……そうだ、電話してみましょう。


 大丈夫かどうか、たしかめなくちゃ。風邪ひいてるわけだし、大丈夫ってことはないかもしれないけれど。



 そして昼休み。


『……もしもし?』


 コール音がしばらく続いたあと電話口に出た七海ちゃんは、いがらっぽい声をしていた。


「あ、七海ちゃん。えっと……各務原です」


『うん。どうしたの急に?』


「どうしたのって、風邪ひいたって聞いたから。平気?」


 すると、七海ちゃんは「うん」ともごもご答えた。



『寝たらちょっと良くなったから。心配してくれてありがと』


 と言っているけれど……


 七海ちゃんの声はすこし辛そう。当然よね、熱があるんだから。


『熱もちょっと下がったし、だいじょう……っ』



 突然、七海ちゃんの声が聞こえなくなった。


「七海ちゃん? な、七海ちゃんっ?」


 呼びかけても、七海ちゃんは答えてくれない。そこでようやく気づいた。通話が切れていることに。


 き、急にどうしたのかしら? まさか……



 気を失っちゃったとか!?



 だ、大丈夫かしら? いえ、大丈夫なわけないわよね。


 どうしましょう……どうしたら……そうだわっ!


 私は急いで荷物を集めだした――




「……七海ちゃーん……」


 声が、聞こえる。かがみの声が……いつもよりも、ちょっと低い……


「七海ちゃん、おはよう! 学校行きましょう!」


 遠くから、かがみが走ってくる。なんか、どんどん大きくなってきてない? それに、ドシンドシンと音もすごい。


 かがみが立ち止まると、私は風圧で吹き飛ばされそうになった。



 かがみが、大きい。家の何倍もある。まるでビルみたい。


 え、なにこれ……?



「かがみ、なんか急におっきくなったね」


「そうなの。急に成長しちゃって。はやく行きましょう? 近所の人から日照権侵害で訴えられちゃう」


 そういう問題なんすか。


「七海ちゃん、どうしたの?」


 今度は妙に高い声が聞こえた。私のブレザーの胸ポケットから、ひょこっとなにかが出てくる。


 それはちいさなかがみだった。



 か、かがみが二人っ!?


 おっきなかがみとちっさいかがみ……かがみが……かがみ……



 ハッと目を開けると、見慣れた天井が目に入った。なんだ夢か。熱あるときって変な夢見るよなぁ。


 でも寝たらちょっと良くなったっぽい? あー、なんか喉渇いた。


 リビングに下りて水を飲んでいると、突然チャイムが鳴った。


 だれだろう。てかどうしよう。居留守使っちゃおうかな。いつもはいない時間なわけだし……


 なんて思いながらインターホンを見てみると、



「かがみっ!?」


 驚いて、慌てて玄関に出る。すると、かがみも驚いた顔になった。


「七海ちゃん! 大丈夫なの!?」


「? うん……てかどしたの?」


「どうしたのはこっちのセリフ!」


 どこか焦った様子で、かがみは私に詰め寄って来たかと思うと、



 ぎゅっ



 急に抱きしめられた。



「か、かがみっ? ホントどうしたの?」


「電話が急に切れたからビックリして。なにかあったんじゃないかって思って……」


 かがみの声は微かに震えていた。それだけじゃなくて、体も……


「ごめん、心配かけて。でも大丈夫だから」


 私もまたかがみの抱きしめる。震えが止まってくれるようにと願いながら。




「え? スマホの充電が切れただけ?」


 立ち話もなんだからと家にかがみを招き入れると、拍子抜けしたみたいに言って両目を瞬いた。


「うん。暇だからずっとスマホいじってたから。充電するの忘れてて……」


「もう、ビックリさせないでよ」


 言いつつ、かがみはかなりホッとしたみたいだった。ずいぶん心配させちゃったみたい。



「ごめんごめん。まさか来てくれるなんて思わなくてさ」


「当りまえよ! 本当に心配したんだからっ!」


「でも学校は大丈夫なの?」


「平気よ。いまは昼休みだから。せっかく来たんだし、七海ちゃんの看病させて?」


「え? いいよ。なんか悪いし」


 とは言ったものの、結局勢いに押されて受け入れることに。



「七海ちゃん、食欲ある? 私ご飯作るわ。冷蔵庫のもの使ってもいい?」


 そんな感じで、かがみは結構ノリノリだった。


 やがてかがみがお盆を持ってやってきた。



「うどん作って来たわ。食べられそう?」


「うん。たぶん」


「そう、よかった。じゃあ、あーん」


 フーフーうどんを冷まして、私の口元まで運んできてくれる。



 ……おいしい。ていうか、すごい自然に食べさせてくれるな。


 部屋にはカチコチという時計の音。それにかがみがうどんを冷ましてくれる音が静かにする。


 かがみが……かがみが私の部屋にいる。なんだが不思議な感じだ。


 ていうか、私大丈夫!? 匂いとか! さっきちょっと汗かいちゃったからなぁ……


 ヤバい。一度気にしだすと止まらなくなっちゃった。



「かがみっ! 私ちょっとシャワー浴びてくるよ!」


「え、大丈夫なの? ムリしないほうがいいと思うけど」


「ムリなんてしてないって! 汗かいちゃったし、うん!」


 そこで、かがみはなにか思いついた顔になった。



「じゃあ、私が体拭いてあげるわっ! ちょっと待ってて、準備してくるから!」


「うん……うんっ!?」


 止める間もなく、かがみは部屋から出て行った。


 そして、お湯をためた洗面器とタオルを持って戻ってきた。



「さあ、お洋服脱いでくれる?」


「う、うん……」


 マジか。マジで脱ぐんか。かがみのまえで。


 ……迷っててもしゃーないか。えいっ。


 思い切って脱ぐ。両手と脱いだ服でまえを隠すようにして背中を差し出した。



「じゃあ、その……よろしくお願いします」


「うん。任せて」


 やる気満々。かがみはタオルを濡らす。



「んっ……」


 く、くすぐったい。タオル越しとはいえかがみに体を触られるなんて、恥ずかしいやらなにやら。


 大丈夫だよね? 見られて困る体はしてないと思うけど……っていやいや!



「べつに見せたいわけじゃないから! 違うから!」


「どうしたの、急に?」


「な、なんでもないっ」


 とは言ったものの……やっぱり緊張する。



「七海ちゃん、手、上げてくれる?」


 素直に従う……んっ、わきの下くすぐった……いっ!?


「ちょ、ちょっとかがみ!?」


「もう、ジッとしてて。ちゃんと拭けないわ」


「そんなこと言われても、そこは……ぁっ」


 まえはヤバいって! だってだって……あ、また熱、上がってきたかも……



「七海ちゃん……」


 突然背中に感じる、人肌の温もりと二つのやわらかなふくらみ。


「好きよ。大好き……」


 えぇっ!? 急に!? なんで!?


 耳元で囁かれて、ビクンと体が震えた。



 顔だけを振り向かせると、鼻先にかがみの顔があった。


 肌が触れ合いそうで、お互いの吐息がかかる距離。かがみ、やっぱりキレイだな……



「七海ちゃんは私のこと好き? 答え、知りたいわ」


「そ、れは……」


 好き。好きは好き。でも……


「止めないならキスする」


 かがみが本気だっていうことは、言葉だけで分かった。


 だからそのキレイな顔がもっと近づいてきたのもあんまり驚かなくて……



 驚いた。


 突然視界が暗転したかと思うと、私の目には見慣れた天井が目に入った。


 あ、あれ? ここ私の部屋だよね? かがみ……


 部屋を見回すも、部屋には私しかいない。



 ど、どういうこと? まさか、さっきのは全部夢ってこと? そんなのって……


「うぁああああああああああああああああ~~~~~~~~っ!!」


 なんちゅー、なんちゅー夢を見とるんじゃ私は!


 ベッドの中にいてよかった。じゃなかったら崩れ落ちてた。でも……



 夢でよかった。


 あんなこと言われても、いまは返事できないし。


 それにあんな夢、まるで私は欲求不満みたいじゃん!


 そこで気づいた。ちいさな丸テーブルの上に、白い紙が置かれていることに。


 なんとなく気になって見てみると、そこには、



『七海ちゃんへ、そろそろ学校に戻ります。ムリしないではやくよくなってね』



 そう書かれていた。


 これ、かがみからだよね? そっか、かがみが来てたのは夢じゃなかったんだ。


 あー、よかった。


 ……………………


 待って。それなら、いったいどこからが夢だったの!?私いつから夢を見ていたの!?



 ああ、またなんか熱上がってきたかも……

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