第27話 お揃いのピアスつけてデートしてくれる?

「んっ。この卵焼きおいしい」


「ほんと? ちょっと甘すぎないかしら」


 昼休み。私とかがみは屋上でお弁当を食べていた。



 あの日以来、私たちはたまに二人でお弁当を食べている。


 毎日だとあれだから、ほとんどは石田たちと食べてるんだけど。


 私が出て行くときは、石田は不思議そうな顔だ。事情を察したっぽい坂井はちょっと笑っている。


 べつに隠す必要はないんだけど……なんか照れる。



「平気だよ。このくらいの味が一番好みかも」


「ならよかったわ」


 二人でお弁当を食べるときは、かがみが作ってきてくれている。


 一度私も作ってこようかって言ったんだけど、



(――「気にしないで。私に作らせてほしいの。七海ちゃんに食べてほしいから」――)



 と言われた。照れる。



 でもなぁ、ずっと作ってもらうっていうのも、ちょっとなぁ。



 ていうか、屋上にいると思い出すな。あのときのこと。


 かがみに、私の気持ちを伝えたときのことを。思い出すと、顔が赤くなってくる気がする。


 思い出してるのかな? かがみも、私みたいに。思って隣を見ると、



 じーーーーーーーーーーっ



 かがみが、ジッと私を見つめていた。え……な、なにっ?


 その顔が、ゆっくりと近づいてくる。


 えぇっ!? た、たしかに好きかもって言ったけど、いきなりそんな……



「ちょっ、ま……っ」


 ろくに動くこともできず、私はギュッと目を瞑る。でも、感触がきた場所は、思っていたところとは違った。


「七海ちゃん、ピアス、増やしたのね」


 そっと、耳に触れられる。なんだ、ビックリした。ていうか……



「うん。このあいだね。よく気づいたね」


「ええ。私、毎日七海ちゃんのこと見てるから」


「そ、そうすか」


 コイツ、よくこういうの顔色一つ変えずに言えるな。


 恥ずかしくないんだろうか。なんか、かがみの分まで私が照れてる感じ。



「そういうかがみはどうなの? ピアスしてるとこ見たことないけど」


「私は穴開けてないの。なんだか怖くて……」


「あー、結構痛いからねアレ。私も最初は怖ビクビクだったし」


 そのときのことを思い出し、なんとなく耳を触る。


 かがみはといえば「そういうものなのね」と言って、なにか悩んでいる様子だった。


 どうしたんだろう、と思っていると、



「七海ちゃん、お願いがあるの!」


 そう言って、ズイと身を乗り出してきたのだった――




「いらっしゃい、七海ちゃん」


「お邪魔します」


 つぎの休日。私はかがみ家に三度目の訪問をした。その目的は、



「あのねあのね、言われたものちゃんと用意しておいたわ!」


「おー、いいじゃん。準備万端だね」


 かがみの家のデカさにも、さすがにちょっと慣れたな。


 妙にテンションの高いかがみといっしょに部屋に移動する。用意された道具は、手鏡、除菌シート、ニードル、ピアッサー……


 今日私がかがみの家に来たのは、ピアスの穴を開けるためだった。


 かがみの言ったお願いっていうのは、私にピアスの穴を開けてほしいっていうものだったから。



「てかいまさらだけどさ、大丈夫なの穴開けて? かがみのお母さんて厳しいじゃん。怒られない?」


「平気だよ。身だしなみの一環だし構わないって言われたから」


 そうなんだ。ちょっと意外かも。


「ねえ、今日からピアスつけられるかしら?」


「うぅん。ホールが安定するまではムリ。二ヶ月はピアッサーについてたのをつけとかないと」


「そうなの……」


 かがみはなぜかガッカリした様子だった。



 なんて話をしながら、準備を進める。


 消毒して、穴を開ける箇所を決めて、冷やして……うん、こんなもんかな。



「なんだか緊張してきたわ」


「よし。じゃあ、穴開けるね」


「うぇえっ!? ち、ちょっと待って!」


 驚いたような声とともにタンマをかけてきた。なんか、普段とは逆な感じ……っ!?


「うわっ!?」


 今度は私が驚いた。かがみに急に抱き着かれたから。



「か、かがみ!? どうしたの!?」


「七海ちゃん。私まだ、心の準備ができてないわ……っ」


「いや、あの、開けられないんだけど……」


 やわらかい髪サラサラなんかいい匂いする!


「かがみ、いったん離れてっ」


「む、ムリよっ。だって怖いもの!」


 ぎゅぅううううううううううううううううううううっ。



「ち、ちょっと待って! 気持ちい……いや、苦しいぃいいいいいいい……っ!」


 ガクッと、体から力が抜けて、


 私の手からピアッサーが滑り落ちたのだった。




 外に出た私は、ふぅとため息をついた。


 すぐにすむと思っていたのに、思っていたよりも時間がかかった。


 まさか、かがみがあそこまでビビるなんて。


 学校ではあんなにクールなかがみが取り乱すところなんて、きっとだれにも想像できないだろう。


 でも……



「今日はありがとう、七海ちゃん。なんだか新しい世界が開けた気がするわ」


「あはは。なんか大げさじゃない?」


 私だから、弱いところを見せてくれたってことだよね?


 そう考えると、なんだかちょっとうれしかった。



 外に出てみたいとかがみが言うので、私たちは適当に散歩することにした。


 いまのかがみは髪をアップにして、耳を出している状態だ。見せびらかしたいらしい。


 なんか子供みたい。新しいおもちゃを買ってもらったときの。


 そう思うとなんだかおかしくて、吹き出してしまった。



「? どうしたの?」


「うぅん、なんでもない。ちょっと休憩しない? 公園でも行こうよ」


 公園にはだれもおらず貸し切り状態だった。


 ベンチに座って休もうか、そう言おうとしたときだった。



「な、七海ちゃん七海ちゃんっ!」


 急に肩をペシペシ叩かれた。しかも、妙にウキウキした声で。


「猫よ! 猫がいるわっ!」


 かがみが指さした先、遊具の下にはたしかに猫がいた。


 暇そうに日向ぼっこをしていた猫だけど、急にビクッと体を震わせて「シャーッ!」と声を上げてきた。


 え、急にどうしたんだろ。あれ絶対威嚇してるよね……



「フ―ッ、フーーッ……猫……猫……ッ!」


 原因が私の隣にいた。


 かがみは鼻息も荒く肩を震わせて、目もなんだか血走っているように見える。


 ジリ……ジリ……と猫ににじり寄っていく。



「ちょっ、落ち着いてかがみ! この間言ったじゃん! 体から力抜いて接してみてって!」


 すると、かがみはハッとしたような顔になった。


「そ、そうだったわね。ごめんなさい……」


 一度シュンとなったけど、すぐに気を取り直して、その場にしゃがみ込む。



「ちっちっちっ、おいで~。怖くないでちゅよ~」


 指を振って、やさしく話しかける。大丈夫かな? と見守っていると、


「にゃ~」


 猫は様子を窺いつつ、ゆっくりとこっちに来た。そして……


 最初はかがみの指を匂い嗅いだりしていた猫は、やがてその体を委ねた。



「~~~~~~~~~~っ!!」


 ようやく念願の猫を撫でることができてご満悦のかがみ。声にならない換気の声を上げる。


「やった! やったわ七海ちゃんっ!」


 私を振り返って輝く笑顔で言う。そんな顔されると、なんだか私までうれしくなってくるな。



「ん~? これがちゅきなんでちゅか~? いい子でちゅね~。よーしよし……」


 ヤバい。かがみのデレッぷりがヤバい。


 顔がもう緩みに緩んでる。普段のクールな感じからは想像できない。クラスのやつがいたらどんなにビックリするだろう。


 大満足のかがみだけど、猫っていうのは気まぐれで、しかも構い過ぎると……


「にゃー!」


 イヤがるんだよなぁ。


 猫は泣き声一つ、明後日の方向に逃げていき、


「ああっ! 待って! お願い行かないでーーーーーーーーっ!」


 かがみはいつかのように、悲痛な叫び声をあげるのだった。




「はぁ。ようやく撫でられたと思ったのに……」


 ガックリと肩を落とすかがみ。私は明るく声をかける。


「まあまあ。撫でられてよかったじゃん。あの猫も気持ちよさそうだったよ」


「……うん。そうね、ふふっ」


 思い出しているのか、自分の手のひらを見ながら笑っている。


 かと思ったら、今度は私を振り返って言う。



「ありがとう、七海ちゃん。今日は本当に楽しかったわ。私、絶対に一生忘れない」


 ふわりと微笑んで言う。太陽の光を受けて、ピアスがキラキラと宝石みたいに光った。


「ど、どういたしまして……?」


 真っ直ぐな言葉に照れてしまう。顔、赤くなってないよね?



「ねえ、七海ちゃん。いまつけてるのが外せたら、お揃いのピアスつけてデートしてくれる?」


「……うん」


 かがみの姿に見惚れながら、なにかに操られるようにして頷いていた。


 いけないいけない! 慌てて頭を横に振る。



「じゃあ、いまから買いに行こっか。ピアス」


 誤魔化すように言う。かがみは「ええ」と言ってニコリと笑った。


 振り回されっぱなしの休日だったけど……



 うん、二か月後が楽しみだな。

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