第2話 私たち、なりましょう
「ほんっと、綾崎も気を付けなよ!」
翌日の昼休み、教室で菓子パンをかじる私に、石田がなにやら怒った様子で言った。
「うんうん。なにが?」
スマホをいじりつつ対応。すると石田は勢いよく続けてくる。
「あの野郎いきなりキスしようとして来たの! 付き合ってまだ一週間たってないのにだよっ!? マジ信じられなくない!?」
「へー」
綾崎もカレシ作ったらとか言ってたくせに、そんなことになってたのか。
「それでどうしたの?」
「蹴り上げてやった! そしたら白目むいてやんの、ザマーミロ!」
「あはは。石田は過激だね~」
柔和な表情でのんびりというのは
「いやいや、当然でしょこのくらい」
「じゃあ、そのカレくんとは別れちゃったんだ?」
当然っ、とまたうなづく石田。
「坂井んとこはどんな感じなの? 仲良くしてる?」
「ま、まあ……私はボチボチ、かな」
二人の会話を傍目に、私の視線は自然と一人の少女を探す。
昨日、ようやく話すことができた、あの……
「ごめんなさい、ちょっといいかしら」
「うひゃんっ!?」
突然話しかけられて、おかしな声が出てしまう。
それはなにを隠そう、話しかけてきたやつが探していた少女、各務原だからだ。
「綾崎さん。進路希望調査のプリント、まだ出してないわよね? 期限今日までなんだけど……」
「あ、ああうん。ごめんごめん」
机からプリントを一枚出して手渡す。
受け取った各務原は「ありがとう」と言って、何事もないように行ってしまった。
各務原はいつものように無表情で、とても昨日と同一人物とは思えなかった。
「相変わらず無表情だなー。ちょっと怖い」
「ホントね。あの人笑うことってあるのかな~? ……て、なに身もだえてるの綾崎?」
また……また各務原と話しちゃったっ!! しかも向こうから話しかけてくれた!!
昨日に引き続き今日まで! これはなにかいいことあるかも!?
二人に「なんでもないなんでもない」と答えつつも、
私は笑みを堪えきれなかった――
浮かれていたせいか、注意力が散漫になっていたみたい。
忘れ物に気づいた私は、教室に引き返す。ドアを開けて「あっ」と声が出てしまった。
だれもいないと思っていた放課後の教室に、一人の女子生徒がいた。
「綾崎さん、まだ帰ってなかったの? 用がないならはやく帰りなさい」
「やー、いったん帰ったんだけど忘れ物しちゃってさ。委員長こそなにしてんの?」
「べつに。仕事よ」
言いながらも、各務原はボールペンを止めない。
忘れ物を回収した私はそのまま帰ろうかと思ったけど……
「ねえ、私も手伝おっか?」
気づけばそう言っていた。
だってこれはチャンス! ここでもっとお話しすれば仲良くなれるかもだし!
一方、各務原は驚いた顔で私を見てくる。
「いやーなんか忙しそうだからさ。手伝ったほうがいいかなって。ほら、私らって委員長に任せすぎなところあるし?」
言ってからしまったとちょっと後悔。
この言い方だと、昨日のアレを見てたことがバレちゃうかも……
「大丈夫よ。もうすぐで終わるから」
「いいからいいから。二人でやった方がもっとはやく終わるじゃん」
誤魔化しも兼ねてちょっと強引に話を進める。
勢いに押されたのか、各務原は承諾してくれた。よし、この調子でがんばろうっ!
ど、どどど、どうしよう! 綾崎さんが……綾崎さんが私といっしょにお仕事してる!
うぅ、心臓がすっごくドキドキしてる。テンパりすぎて断ちゃったし。
綾崎さんて、意外と押しが強いんだなあ……
でもいい人だな、綾崎さん。わざわざ手伝ってくれるなんて。
みんな頼み事ばっかりで、手伝ってくれる人なんていないのに。
それでついイライラしちゃって、昨日はあんなことを……うぅ。
……まさかだけど、見られちゃったなんてこと、ないよね? なにも見てないって、綾崎さん言ってたし。好きな人の言葉は信じたい。
「ね、ねぇ……」
「な、なにっ?」
いきなり話しかけられてちょっとビックリ。なんとか平静を装って答える。
なにを言われるのかと思ったら……
「か、かがみって呼んでいいっ!?」
「へ?」
予想外過ぎることを言われた。かがみ? どういうこと?
「ほ、ほら、各務原ってちょっと呼びにくいし、委員長って呼ぶのはなんか他人行儀だし……どうかなーって」
……………………
か、かわぃいいいいいいいいいい! ちょっと照れた様子で上目遣いに言われた! こんなの断れるわけないじゃない!
「あ、綾崎さんがいいなら、いいわよ……」
「じゃあ、うん。かがみ」
こ、これってどういうこと!? どうして急に距離を詰めるようなことを!?
ま、まさか……綾崎さんも私のことが好きとかっ!?
そ、そうだったんだ。私たちって、両想いだったんだ。……って、いやいや! 落ち着いて! まずはたしかめなきゃ!
「綾崎さん、訊きたいことがあるの。いい?」
「うん。なに?」
教わった通りに仕事を進めながら、かがみの質問に答える。
「あなた、私のことが好きなの?」
「うぇっ!?」
あまりに突然のことに、驚きつつも言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
たしかに、かがみのことは気になっているけど、好きっていうのはちょっと飛躍してる。でも……
「ぅん、(クラスメイトとして)好き、だよ……」
「そう」
自分から訊いておいてそっけない反応。
でも気のせいか、声はちょっとだけ上擦っている気がした。
ていうか、なんだろう。なんか謎にドキドキしてきた。
「私と、その……なりたい?」
それって、友達にってこと!?
「う、うんっ。(友達に)なりたい!」
かがみのほうを見て答える。
ずっと気になっていた、仲良くなりたいって思っていた女の子。まさかかがみも、私と友達になりたいって、思っててくれたのかな?
「じゃあ私たち、なりましょう。これは、その一歩よ」
かがみはそう言って、こっちに歩いてきた。
そして――
私の視界は塞がれた。
そして唇に宿る、やわらかくて、ほのかな温もり……
唇が離れたとき、私の息は大きく乱れていた。
動揺しているのが自分でも分かる。でも――
夕暮れの教室。彼女は、じっと私を見つめている。
その顔が、フッと緩む。そして言った。
「私たち、なりましょう。恋人に」
「…………えっ?」
えぇえええええええええええええええええええええええええええっっ!?
声にならない絶叫が、夕暮れの教室に響いた気がした。
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