第9話 特異現象究明同盟『スワンパーズ』

 建物の中は中央が最上階まで吹き抜けになっていてどこか広々とした印象を受けた。全体的に白を基調とした内装、屋上はガラス張りになっていて建物内は明るくもどこか落ち着いた雰囲気になっていた。

 どうやら建物全てが図書館というわけではないらしい。総合保健センターという文字が見受けられた。

 男子二人曰く、図書館は五階と六階にあるらしいのでガラス張りのエレベーターに乗って五階を目指した。


「何だかこういう場所に来るの久しぶりだなぁ」


 最後に図書館に来たのっていつだろう。小さい頃にお母さんに連れて行ってもらったきりな気がする。その時は狭い部屋にたくさんの本が並んでいて、どこか窮屈だけど嫌いじゃない匂いがしたのを覚えている。


「最近の図書館っていうのは案外おしゃれな内装だったりするんさ。――ほら」


 腕を組む桐島がそう言うと目的の階に辿り着いたエレベーターの扉が開いた。

 早速踏み出してみると目の前には貸出カウンターがあった。その左手、振り向いてみると、


「――おぉ!ここが......」


 そこは私が想像していたものよりもかなり近代的な内装の空間に本がたくさん敷き詰められていた。

 白地の壁と柱そして背丈の低い木目調の本棚と木の床。この本が置かれた場所だけは上の階まで吹き抜けになっていて広々としていた。

 奥には座れるスペースがあって、いろんな年代の表情のない顔の人が本をペラペラとめくっていた。


「こんなおしゃれだったなんて......」


 私が抱いていた図書館のイメージとは全く違うこの場所に胸が躍るような気分だった。普段はそんなに本は読まないのに、どんな本があるのか気になってしまって仕方がないや。


「見て回るか?」


「うん。ちょっと気になるかも」


 そんな私の様子を察したように古谷は前を歩き出した。

 全員そのまま吸い込まれるように本棚の中へと突き進んでいく。


「あっ、私このタイトル知ってる!」


 真っ先に向かった先の本棚にあったのは意外にもラノベだった。


「っていうか、今の図書館ってラノベも置いてあるんだ」


「何ならハイハイの図書館にも置いてあるぞ?」


「えっ、そうだったんだ」


 以前、読んでいた漫画の原作がラノベだったため初めて小説を買って読んでみたことがあった。思っていたよりも文章は難しくないし挿絵もあって情景や状況そしてキャラのイメージがしやすくてよかったけど、やっぱり小説は苦手だった。

 自分だったらこう書くのにって思うことがあったり、もっとこの場面がどうなっているのか詳細に書いてほしいなーって思うようなこともあったりしてムズムズしちゃう。でもその不完全さを自分の想像で埋められるのが小説のいいところって前に古谷が言っていた。


「当然、我らが母校ハイハイが輩出した大ラノベ作家様の作品も全シリーズ揃っているな」


「つい最近通信制でハイハイに転入したくせにもう母校気どりかよ」


「うるせぇ。いいんだよ、肩書だけなら俺とお前は同じ誇り高きハイハイ生なんだから」


 そんな桐島と古谷のそんなやり取りを見ながら本棚に目を向ける。


「『剣描載線』......」


 どんな物語なのかわからないけど知っているタイトルだった。

 一年生の時の文化祭で新聞部がこの作品の作者に取材をした記事が展示されていたので見た覚えがある。


「おい古谷、見ろよこれ。これ前まで置かれてなかったシリーズだぞ」


「えっ、うわぁほんとだ。これ置くとか意外とわかってるな、ここの職員」


 私が一人ぷらぷらと歩いているせいか、男子二人組はたくさんのラノベを前に子供のようにはしゃいでいた。私の取材をしてくれるはずなのに、古谷は私そっちのけ。――むぅ。


「古谷、私の取材を忘れてたりしないよね?」


 古谷の肩をつんつん。


「ん?あぁ、もちろん。何も取材って言ってもインタビューみたいな感じのことをするわけじゃないんさ」


「どういうこと?」


「俺から見た客観的な有佐、言動から汲み取った内面的な有佐を俺が勝手に記録するってだけ。だから有佐は普段通りにしていればいい」


「ふーん」


 変な取材だなぁと思った。だって普通取材って言うのは互いの会話から情報を引き出していくようなものなのに、私という人間がどういうものなのかを古谷が勝手に汲み取って記録するだなんて。――私のことを見透かせる古谷にしかできない取材方法、なのかなぁ。


「あれ、古谷が言っていた取材うんぬんってもう始まってたん?」


「そう。丁度今は有佐の取材中」


「え、じゃあ俺って邪魔?」


 そう言う桐島に対して古谷は首を横に振って否定した。


「さっきも言った通り、別に俺は取材対象をただ観察しているようなものだから全然問題ない。むしろいろんな人との交流があった方がネタが増えていいかも」


「うわぁ、じゃあ今日古谷はずっと有佐のことを......」


「何だお前。ストーカーじゃねぇわボケ」


 確かに今日一日中古谷に観察されているって思うと何だか緊張しちゃうっていうか、恥ずかしいっていうか、変に背筋に力が入っちゃいそう。もう入っているのだけれど。


「......有佐、なんで俺の方を見て警戒してるの?だから、俺はストーカーじゃないし変なことも考えてないって」


 古谷からの視線をチラッと見ながらフードを深くかぶって覗き込む。

 そんなことを言っておきながらもしかしたら古谷があんなことやこんなことを考えてるかもしれない。――そうさせないためにも威嚇しとかないと!


「......古谷のえっち」


 私の精一杯の威嚇。冷たい眼差しを古谷に向けた。


「そうだぞ古谷。えっちだえっち」


 続けざまに桐島も古谷に援護射撃。


「っ!?お前らぁ......。はぁ、ここが図書館じゃなけりゃ怒鳴ってた」


 すっごい不本意そうな古谷の表情がすっごい面白かった。

 やっぱり、男子って男子同士だと普段見せないような反応を見せたりしてくれる気がする。私の場合の女子同士のそれと言ったらそれはもうドロドロと陰湿なものが多いんだけど。


「......寝坊したくせに」


 本当にすごく小さい声だったけど、古谷は私にぎりぎり聞こえる声量で呟いた。


「そ、それはずるいよ!古谷やっぱり根に持つタイプなんだ!」


「余計にストーカー気質じゃん、古谷」


「......」


 続けざまの連撃に古谷がとうとうこちらをじっと見たきり何も言わずトボトボと前を歩き出してしまった。さすがに可哀想になってきたって思ったけど、こうして古谷が私の言葉でころころと表情を変えてくれるのが新鮮で癖になっちゃいそう。まるで羊の群れを追いやる羊飼いの狼みたいな気分。本当は犬だけれど。


 ――そんなこんなで私たちはしばらく図書館の中をぐるぐると回って探索した。


 小学生の時に読んでいた科学雑誌や図鑑など、いろんなものがあった。その他にも、タイトルからして面白そうな本がたくさんあって飽きることはなかった。

 本好きの人にとってはこの空間はたまらないのだろうなぁ。綺麗な内装に、静かで広々とした落ち着いた空間。最初に来た五階のさらに上の六階には学習室もあって勉強をすることもできるらしい。


「――さて、そんじゃあ本題へと移るか」


「おぉ」


 館内を回っている最中、突然桐島がその場に止まってそう切り出した。

 近くの本棚を見てみると、そこには日本文学書が集められたコーナーが特設されていた。

 特に軍魔県が輩出した作家の作品を並べているのか、タイトルや表紙には軍魔にちなんだ言葉やデザインが施されているものが多かった。


「見て分かる通り、ここは全部軍魔について書かれた文学作品」


 桐島はそう言うと本棚からいくつか本を取り出した。


「その中でも俺はこの自伝って分類されるものに不可解な点があることに気付いたんさ。ほら、まずはここを見てみて」


 開かれたページに置かれた桐島の指の近くの文章に目を通してみる。


「どれどれー」


 書かれていた内容――『毎年恒例この夏の宵、昔から私は祭りというものに毛ほどの興味もなかったが、こればかりは別だった。――【狸祭り】、文字通りまるで何かに化かされたように心惹かれる夢のような一夜があった。薄暗く不気味なはずの山道に橙の明かり、並ぶは昔懐かし屋台ばかりか財布の紐が思わず緩んでしまう。私は毎年、変わらぬ姿で私を出迎えてくれるあの子に会いに行くのだ』――そう書かれていた。


「狸祭り?へぇ、そんなお祭りが軍魔にあったんだ」


「――いや、そんな祭り、軍魔には存在してないぞ」


「......え?」


 古谷はそう言って桐島が持っていた別の本を一つ取り上げて開いてみせた。


「存在しないはずの祭りなのに、この人も同じことを書いているんだ」


 古谷に渡されたページに目を通す。

 ――『年に一度、私はあの頃の夏に出会うために軍魔に帰省するのです。特に大々的に告知もされてないのに、その祭りは大層賑わってるんですよ、不思議でしょう?でも私以外の家族は私が行こうと誘ってもきっぱりと断ってくるんです。でもそのおかげか、私はこの祭りに私だけの特別な何かを見出せているような気がするんです。【狸祭り】、当然名もない祭りであるため私が勝手に呼んでいるものです。まるで化かされたみたいに、何年経っても変わらない姿のあの子が私を出迎えてくれるんです』――そう書かれていた。


「本当だ、この人も同じことを書いてる......」


「俺はこの【狸祭り】が気になって色々と調べてみたんだが、今のところ大きな手掛かりなし。でも今俺が持ってるこの自伝には必ず同じ祭りのことが書かれてるんさ。作者全員、軍魔出身であることに変わりはないけど、住んでいた場所はバラバラ。農村、都会、山奥、共通点が少なすぎて狸祭りがどこで開催されているのかわからないことだらけ」


 桐島はそう言って他の本のページを開いて机の上に置いた。まるでその本を何度も読み込んでいるように手際が良かった。

 開かれたページに目を通すと、やっぱり同じようなことが書かれていた。どの文章にも同じ名前の祭りが、決まって場所や日時が書かれずに書かれていた。


「何だか少しだけ不気味だね......」


 存在しないはずのお祭りをこの本を出版した人は全員口を揃えて存在していると書いている。自伝だから多少の脚色がありそうだけど、それでもここまで共通して話が出てくると妙な信憑性があるように思えてくる。


「一応この奥にある地域資料が置かれているエリアで軍魔の祭りみたいな行事の文化について調査した資料を見つけたんだけど、その中には記載が一切なかった。手掛かりなしって思ったけど、一つだけわかったことがあった。――その資料を作成したのは、軍魔出身の人物じゃなかった」


 桐島がそう言って人差し指を立てる。


「......えっ、ってことはもしかして......」


 桐島の言葉で一つだけわかったことがあった。


「そう。――この集団幻覚のような出来事に遭遇しているのは、全員軍魔出身。それに加えて全員、書き物や絵画などの創作活動が趣味だった」


「......」


 得体のしれない不気味さと謎が少しずつ紐解かれていくような感覚を覚えた。

 誰も知らないはずの、存在しないはずのお祭り。確かに桐島が言った通りこの街、いや、軍魔は不可解な出来事が存在しているように思えた。

 私たちはそれがさも当たり前のことだと思い込んでいるかもしれない、桐島が駐輪場で言いたかったのはそういうことだとようやく理解できた。


「そういえば有佐って軍魔出身だっけ?」


 古谷は突然そんなことを聞いてきた。


「そうだけど、古谷は?」


「俺は違う。よそから引っ越してきたから純粋なグンマーじゃない」


 軍魔出身の人のことを『グンマー』って呼ぶんだ。

 それはともかく、私は生まれも育ちも軍魔の純粋なグンマーってことになるのかな。


「有佐が純粋なグンマーなら頼もしいかも」


 桐島はそう言って椅子に腰を下ろして足を組んだ。


「どういうこと?」


「俺は丁度この不可解な現象を調査する調査員を探してたんさ。でも古谷は純粋なグンマーじゃないし、他のやつにこんなことをしてるって言ったら鼻で笑われるだけ。でも有佐、お前だけはなんか他のやつとは違うような気がする。男の感ってやつ」


 ますます意味が分からないような。でもとにかく私が必要ってことだけはわかった。


「ふーん。それで、桐島は私にその調査をして欲しいの?」


「調査っつーか、うーん。創作活動?ほら、小説書いたり、絵を描いたり、音楽だったり。とにかく、自分のこととか身の回りのことを何かしらの形にして表現して欲しい」


 それは調査よりも難しそうなことだった。いきなりやってみて欲しいって言われたってすぐにできるようなことじゃないものばっかり。文章を書いたことがないし、絵も描いたことがないし、楽器だって演奏できるものがない。


「おい桐島、いきなりそんなこと言ったって難しいだろ?」


 私の心が見透かせる古谷が私の心の中を代弁してくれた。


「......まぁ、そうだったな」


「だから、有佐に日記を書いてほしいって言えばよくないか?」


「......確かに。お前天才か?」


「鬼才な、間違えんな」


 天才と鬼才の差がよくわからないけど、とりあえず古谷が言った通り日記だったら始められそうかも。昔やろうと思って一週間も持たなかったけど。


「私、日記なら書けるよ!うん!」


 私だってできる女なんだぞってことをアピールしておかないと。そう思って桐島が座る正面の席に座った。


「おっ、マジで!?そうしてくれるとめっちゃ助かる。いやぁ、さすが古谷が取材するだけあるわ」


「えへへ、でしょ?」


 桐島と私、案外相性いいかも。波長が合うっていうか、古谷と一緒で私に対して余計な打算無しで接してくれてるみたいな感じがする。類は友を呼ぶってこういうことを指すのかな?


「お前ら、すっかり意気投合したな」


 そんな古谷は席に座らず一人机のそばにもたれかかっていた。


「なんだ、もしかして俺にやきもち?」


「何だお前。んなわけねぇだろ。っていうか、桐島お前女子と話すの苦手じゃなかったっけ?」


 すると桐島は指を振った。


「ちっちっち。俺は考えを変えて魂同士で語り合っているって思うようにしたんさ。肉体など所詮飾り、俺は飾りじゃなくて本質と対話してるのさっ」


「ふーん、ふああぁ......」


 哲学チックなことを言っている桐島を古谷は心底興味もなさそうにあくびをして聞いていた。


「おぉっ、桐島も古谷と同じ中二病なんだ!」


「ってか俺が有佐に『不可解なこの街の謎を解き明かそう!』って言った時点でそう思わなかったんかい」


「えっ、あっ、確かに......」


 こんなにオープンな中二病の人を古谷以外に初めて見たかも。やっぱり類友って本当なんだ。でも何だか古谷も桐島も楽しそう。物理的な冒険好きの私から見た二人は精神世界の冒険者のように見えた。どこまでも自分の好きなことを探して見つけて確かめて、目に見えることだけじゃない何かを追い求めているようだった。


「――【心の中二ングを、忘れずに】、これが足を引っ張り合う俺たち彼女無し同盟『スワンパーズ』の格言だ」


 桐島は腕を組んで胸を張って何故か誇らしげにそう宣言した。


「チューニング?それとえーと、すわん......なんて?」


「最初のは中二病の『中二』と調律を意味するチューニングを掛け合わせた言葉。どう?面白いだろ?」


「......あぁ、なるほどね!」


 桐島にそう言われて初めて言葉の意味が分かった。――なるほど、ちょっと面白いかも。心の中二ング。でも中二病の人が思いつきそうなネーミングセンスだなぁ。


「それとなんだっけ、彼女無し同盟のやつ」


 すると古谷は桐島の隣の席に腰を掛けながら、


「あぁ、それにつてはあれだ。俺たち彼女無し同盟は日々互いの自己肯定感を下げるために醜い争いをしてるんさ」


「えっ、そうだったの......?」


 ――まさか、古谷と桐島が日々そんなことをしていただなんて......。


「おい古谷、お前のせいで俺たち有佐から憐みの視線を向けられてるぞ?」


「えっ、いやいや!そんなことないよ!うん、二人とも仲良しなんだね!」


 でもこんなこと言われたら思わず憐れんじゃうというか。でも私も彼氏がいないから同じ哀れな存在なのかも?いや、別に私は彼氏がいなくたって幸せだから問題ないはず。


「すっげーやけくそに否定するじゃん。いいよ、別に。俺ら哀れな存在なんだから」


 流し目で無気力に古谷がそう言った。まるでしなびた野菜みたい。


「あぁ、いつもの自己肯定感が高い古谷がこんなにも卑屈に......」


「ってのは冗談。俺らは自己肯定感が高すぎて何を言おうとも平行線の泥沼試合」


「おぉ、いつもの古谷だ」


 いつもの古谷に戻ったけど、自分で自分のことを自己肯定感が高すぎるって言っちゃうんだ。桐島も、うんうんって頷いてるし。実際二人はかなり自己肯定感が高そうだけど。


「それで話を戻すと、俺たちの醜い争いははたから見たら多分泥沼で足を引っ張り合ってるみたいに見えるはず。だから『沼』を意味する英語の『swamp』から引っ張って『スワンパーズ』。すっげー小中学生が思いつきそうなことやってるけど、いくつになっても組織ごっこは楽しいんだ」


「おい馬鹿言え古谷、ごっこじゃねーっつうの。これはガチでやってることなんだから、遊びでも黒歴史でも何でもねぇんだよ。そこんところはき違えるな」


「へいへい」


 そんな二人のやり取りから、桐島は何だか職人気質みたいなものを持ち合わせている気がした。こう言ったら職人の人に失礼かもしれないけど、どこか自分の信条に譲らない頑固さがあるというか、どこまでも真っすぐというか。


「でも、この彼女無し同盟も今日でおしまいだな」


 桐島はそう言って私を見た。


「確かに、こんな不名誉な肩書も今日でおしまいだな」


 古谷もそう言って私を見た。


「......え?」


 二人の大きな中二病患者の視線が、私をがっちりと捉えていて物凄い圧を感じた。


「......なになに!?どういうこと......?――ハッ!?もしかして、私これから二人にあんなことやこんなことをされちゃうの!?」


 すると古谷と桐島がすっごい悪そうな表情を浮かべて不気味に笑い出した。


「けっけっけ。古谷さんや、あんた上物さ引っ提げてよぅここまで来てくれましたわ」


「ひっひっひ。そうじゃろそうじゃろ、桐島さんや。これでわしらは晴れて彼女無し同盟から円満脱退、晴れやかな気分じゃわい」


 ――も、もしかしてこのまま私、古谷と桐島の共有財産にされちゃうの!?


「け、けだもの......。古谷と桐島のけだもの!」


 ――私は古谷に騙されたんだ!すべては己の欲求を満たすためだけの......。


「そんな声デカくするなって。ここは人がいないけど、一応図書館の中だからさ」


「あっ、ごめん」


 いつもの調子の古谷に怒られた。


「まぁ、有佐。俺も古谷も別にお前を捕って食うわけじゃねぇから安心しろ」


 まるで私の様子を面白がるように桐島は笑っていた。


「......え?そうなの?でも彼女無し同盟から脱退がどうのこうのって......」


「それは有佐、たった今お前が我ら『スワンパーズ』の一員になったからだ」


「あぁ!そういうことね。なるほどなるほど......。――え?」


 ――私が、古谷と桐島が作った組織に?この私が?


「おめでとう、有佐。団員一同歓迎するよ」


「古谷!?えっ、ちょっと待って、どういうこと!?」


 満面の笑みの古谷からぺちぺちと小さな歓迎の拍手が送られたけど、全然意味がわからなかった。

 すると桐島が席を立って私たちを一瞥すると、


「では、今日この日を以って彼女無し同盟『スワンパーズ』はその名を改め、これからは【特異現象究明同盟『スワンパーズ』】として俺、桐島英紀を頭に活動をしていく。賛成意見は挙手を」


「俺は賛成でーす」


 古谷は手を挙げ、当然桐島も手を挙げていた。


「えっ、えぇと......」


 既に過半数の賛成票が投じられていた。


「えー、全体の三分の二以上の賛成票のため、可決ということで。――では改めて。これからよろしくな」


「よろしくお願いします、桐島リーダー」


 私の意見など最初からなかったみたいにどんどんとことが進んでいってる。

 これはもう完全にしてやられたんだ。――私を図書館に誘ったところからここまでの一連の流れ全て、古谷の策略の内なんだ!


「新団員有佐途乃香、そういうことでよろしく」


「えっ、あうぅ。......あぁ、もう!いいよ!私もスワンパーズの一員になってあげる!――これからよろしくお願いします、先輩方!」


 もうどうしたって抗えない、だって古谷が仕向けたことなんだもの。今まで私が古谷を引っ張りまわしてると思っていたら実はそうじゃなかったってことが何回もあったもの。――こうなりゃもうやけくそだ!


「ハハッ、その心意気やよし!――それじゃあ新生『スワンパーズ』を祝して、これから昼飯だ!」


「おぉ!」


「お、おぉ!」


 桐島が掲げた拳に合わせるように私も古谷も高く拳を掲げた。

 気づけばスマホの時計は十二時を表示していて、思い出したように体が空腹を訴えかけてきた。

 何だかよくわからないことに巻き込まれた気がしたけども、同時にこれから楽しいことが私を待っている気もした。

 軍魔にまつわる不可解な現象、そしてその究明。冒険みたいで楽しいことに違いない。でも今はお腹が空いた。早く何か口にしないとそわそわしちゃう。


「桐島、昼飯って今日はあそこにするんか?」


「あぁ。今日はめでたい日だから、あそこにしよう」


「いいね」


 そんな掛け合いをしながら本棚に本を返した大きな男子二人の背に続いて、私は建物を出て駐輪場を目指した。

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