第5話 聖域『スタジオ・フルヤ』
――どうしてこうも面白い展開になったものか。
俺にとっては面白くもなんともないことなのだが。
まるで俺に対する宣戦布告と言わんばかりの影の行動の数々。それによって明かされた衝撃の事実が俺の脳裏にこびりついたままだった。
――黒影ちゃんに一度でも憑依された人は、俺の力が及ばない、改稿できない存在として黒影ちゃんの支配下に置かれることがわかった。
このことに関して、俺には対抗策と呼べるものが一切なかった。
一方で黒い影は対象の影に潜るだけでその存在を我が物とする。言ってしまえば、キャラクターの設定の強制的な固定化が為されるのだ。
黒影ちゃんが何を目的に存在しているのかがわからない以上、俺からできることはほとんどない。過度に刺激しないようにご機嫌取りを続けるしかないのだ。
「――って思ったけど、あんなことして当たり前に俺のベッドで寝転がってるんだよな」
「ククク、だってワタシはひぃくんの一途なファンなんだもの。当然でしょ?」
俺の当然を押し通すなら、当然俺の前にしばらく現れないはずなのだが。
どうやら不気味な黒い影はそうではないらしい。
今は俺のスマホを勝手にいじって和風ファンタジーアニメを見ていた。最近の黒影ちゃんのお気に入りはファンタジーらしい。
「にしても、あれは俺に対する宣戦布告として受け取っていいのか?」
「ん?違うよ。ただ、ワタシの情報をそろそろ解禁しようかなって思っただけだよ。その方がひぃくんが書いている物語も少しは面白くなるでしょ?」
なるほど、これが黒影ちゃんなりの優しさということか。と、なるわけでもないのだが、不思議と今はどうでもいい気分になってきた。だってどうしようもないんだもの。どうやって勝つん?無理でしょ、どう考えたって。
これがもし俺を主人公としたハッピーな物語であれば最後の最後で大どんでん返しを見せつけて物語を終えることができるが、今は『エピソード・コラン』の真っ最中だ。
俺はその中の登場人物に過ぎない存在、モブではないが主人公でもない。『ハイハイ青春怪奇譚』のために
「まぁ、何はともあれ。黒影ちゃんが姿をくらませなくてよかった。今頃全世界の影という影を片っ端から探すことになってた」
「クク、なんて情熱的なことをしてくれるつもりだったのかしら。でもひぃくん、ワタシもひぃくんと同じ、偽りの主人公が織り成す世界を見てみたいなぁって思う気持ちは一緒だから安心して。邪魔はするつもりはないから、今のところは。ククク」
その安心してというセリフが返って安心できないというのに。
それにしても、浪川が偽りの主人公か。言い得て妙この上ないことだ。
こんな嫌味全開のセリフを聞いちゃ、黒影ちゃんは浪川のことをあまりよく思っていないようにしか思えない。
浪川の存在自体が地雷なのか、浪川がとった行動が地雷なのか。現段階では教えてくれないだろうから、今は物語の進行を待つだけしか手はなさそうだ。
「んー。じゃあ黒影ちゃん、突然だけど取引をしよう。ちなみに、応じないという選択肢はないからな」
「取引?へぇ。それで、ひぃくんはワタシに何を差し出してくれるの?」
食らいつくように俺のスマホをほいっとベッドの上に投げ捨てて黒影ちゃんは俺の隣にぺたりと張り付いてきた。
すべっとしていて少しひんやりしている。癖になりそうな感覚だ。
「受け入れはやっ。俺、唐突に取引とか言い出したのに随分と乗り気なんだな。まぁ、まず、俺から黒影ちゃんに差しだすのは、何があってもこの世界の維持をするということ。簡単なことだろ?」
「維持、かぁ。ふーん、なるほど。いざとなったらこの世界をまるごと削除するつもりだったんだね!クククッ!最終手段ってやつだ」
黒い影は何かに心躍らせるような不気味な口ぶりと仕草をとった。
俺と黒影ちゃんもこの世界の登場人物である以上、物語の舞台がなくなれば当然存在も消える。
だが俺は登場人物であると同時に物語の作者だ。
俺が世界の創造を放棄したから黒い影が生まれただけであって、黒い影がいない世界を創造すればこのような事態にはなっていない。俺は黒影ちゃんを上位存在と位置付けたが、物語の新規作成までは介入できるまい。
もしそうでなければ黒影ちゃんは俺という存在が登場する物語を創り上げた原作者ということになる。
「まぁ、これは俺から黒影ちゃんに対する牽制だと思ってくれても構わない。正直、今の俺には黒影ちゃんと争う理由がないから対立するようなことはしたくないんだが」
「うんうん、わかってるって。で、それでひぃくんはワタシに何を要求するの?」
重さのない黒い影は、ゲーミングチェアに座る俺の膝の上に立ってぎょろりと見下ろした。
「黒影ちゃんに対する要求というより、とある要素をこの世界に加えたい。――互いに不可侵を強制する『
「
互いに不可侵、言い換えれば互いが一切を干渉しない場所。
俺にとっての安全地帯ともいえるし、黒い影に悪用されるかもしれない場所。
だが、この場所は俺の黒影ちゃん対策にとって必要なものだった。まぁ、極力その手段をとらないようにしていくつもりなのだが。
「でもワタシ思ったんだけどさ、これってひぃくんにとって有益なことばっかりだよね?ワタシと対立するって前提だとね。そんなにワタシが怖いの?」
「怖いだろ、見た目も心の内も全てが闇に包まれているだなんて。見た目からしてどう考えたって黒幕じゃん。はぁ、最近の俺は黒影ちゃんのことで頭がいっぱいなんだ」
これが俗に言う『相思片愛』ってやつか。まったく、モテる男ってのはつらいぜ。こんな化け物にも好かれちまうんだからさ。
「ククッ、嬉しいなぁ。ワタシはひぃくんの思い出の中でじっとしていられればそれだけで幸せなことなのに」
片翼の銀髪に向かって興味なさげな人が言い放ったような聞き覚えのあるセリフをよそに、俺は浪川からもらった黒いノートを取り出した。
それにしても、なかなかにこのノートは高級感溢れる見た目や質感をしてやがる。まるで手帳のように表面は合成革でできており、中の真っ白な紙はひんやりしっとりしながらも滑らかさを感じるような非常に触り心地のいい質感だった。
だが、特に何かするわけでもないのでデスク上にぽんと優しく放り投げた。
「まぁ、黒影ちゃんが俺のことがラブだということがわかったので。それじゃあ、『聖域』に指定する場所を発表したいと思いまーす」
「いえーい!待ってました!」
ペチペチペチと、組体操のように俺の肩の上に乗り上げている黒い影が拍手した。 ――俺は黒影ちゃんをひょいと隣に下ろしてカメラの前へと向かわせた。
「――まずなんと!今回俺が聖域に指定する場所は、二か所!二か所あります!どうです?すごいでしょー?」
「えぇーっ!?二か所もあるのですか?一体どのような場所なのでしょう?」
心象風景を具現化させるように、俺は黒影ちゃんとショッピング番組のセットの中で一緒にロールプレイをやっていた。
「今回指定する聖域は本来お一つのところでした、が!急遽提供者様からのご厚意という形で、なんと!古谷秀樹の自室だけでなく、ハイハイ漫研部の部室も付いた二点セットでのご提供となりました!」
この言葉と同時、俺は聖域の設定をこの世界に反映させた。――影の一切がない、事実上互いに不可侵な空間が構築された。
「えぇー!?あの世界の古谷と称されたあの古谷秀樹の自室だけでなく、部室も付いてきちゃうんですかー!?でも、――何か企んでいるのでしょう?クク」
ロールプレイは終了したが、番組セットだけが俺の自室に隣接するように残っていた。
「まぁ、自室に関しては俺が安心して眠りたいだけだ。今の俺は一般高校生だからな。寝不足だといろいろつらい」
「ふーん。まぁ、それはわかるんだけどさ。部室まで聖域に指定したのはなんで?」
バズーカ砲のようにデカい撮影用のカメラを構えた黒い影がそう尋ねた。
「それは、――作者だけが知る、この先の展開に必要な伏線要素となるからだ」
どやァあ。俺のキメ顔がスタジオ内のモニター全てにドアップで映し出されていた。
「......それを作者が最初に言っちゃったら駄目じゃない?」
「......」
うわぁ、いきなり落ち着くな黒影ちゃん。
別に、俺も考えなしにこう明言しているわけじゃないのだ。これは黒い影に対する牽制でもないし、はったりでもない。こういうことはわかりやすく明示しといて後で回収するからこそ面白くなるものなのだ。いつ回収するのだろう、いつ回収するのだろうと待ちわびてもなかなか回収されず、皆が忘れたころにふと寄り道をして回収する。俺はこういった単純な展開が大好きなだけなんだ。
「で、どうするの?このスタジオ。ひぃくんの自室が聖域に指定されたってことはもしかしてここも含まれるの?」
――一瞬、黒影ちゃんが言っていることの意味がわからなかった。が、気づけば強い照明が当たっていたスタジオ内の影が全て消えていた。
「ん?どういう......え?待って待って待って!?もしかして......俺って知らず知らずのうちに姑息な真似を......?」
「?......」
「......?」
「「......」」
――まずい、これは作者も知らない展開だった。
俺はまるでルールの抜け穴を通して領域を広げるようなバカなことをやってしまっていた。
八畳のワンルーム+広々とした撮影スタジオ。
俺の部屋とつながるようにスタジオは隣接していたため、聖域のルールがスタジオにも適応していた。
「ひぃくん。もしかして聖域の設定を反映させちゃったこの場所って削除できない?」
「いや、できるはず。だって俺が勝手に創った設定上のスタジオだから......って、あれ?」
「あ、もしかして......」
スタジオを削除しようと何度も試みたが、まるで編集応力を失ったように力が空ぶるだけだった。
――スタジオは、俺が設定した設定を遵守し、作者である俺の編集を拒絶していた。
「......ごめんなさい。削除できません」
「まぁ、ワタシの存在を組み込んだ条件で設定すればそうなるよね、やっぱり。だってワタシはひぃくんと......いや、何でもない」
詳しい理由はわからないが、思い付きで創ってしまった聖域という場所は俺ですら削除できない状態になっていた。
その原因は、どう考えてもあの黒い影の存在のせいなのだが。
「物は......増やせるし減らせるみたいだけれど、スタジオの存在自体だけが削除できない」
「まぁ、互いに不可侵な場所が増えただけだから大丈夫なんじゃない?だってワタシたちが仲良くできる場所なんだもん」
そう言ってゲスト用に設置された回転いすで影はくるくると回りながらかぷかぷと笑っていた。
別に削除できないこと自体に大きな問題があるわけではない。――俺の部屋が異様にデカくなってしまったことが問題だった。
だって、考えてみてほしい。まるで自室がおまけのようなほどの広さのスタジオが目の前に広がってるんだぜ?落ち着いて眠れもしないだろ、こんなの。
そう思って部屋の外へと出てみる。
「......やっぱり」
物理的にはあり得ないバランスで家がデカくなっていた。
どんな奇抜な建築様式を取り入れる設計士でもこんなことはしないだろう。だって白い直方体が雑に取り付けられているだけなのだ。
ありのまま、今起こったことを話すとこうとしか言いようがない。
「ククク。ひぃくんち、随分と大きくなっちゃったね」
「......心象風景の具現化をしているときって、外側ではこんなことが起きていたのか」
世界の創造を止めてから今の今までしてこなかったガチ・リアルロールプレイごっこ。
以前はよく退屈な時にやっていたが、まさか厄介な設定をした場所で遊んでいたら戻せなくなってしまうとは。でも、これでよくわかったことがある。
「はぁ。これから世界に干渉するときは黒影ちゃんを巻き込まないようにしないと」
「そうじゃないと大変なことになるかもしれないからね。クク、でもよかったね。初めての失敗が部屋を大きくしちゃっただけで」
まったく、その通りだ。
黒影ちゃんを俺の世界の設定に反映させてしまうとろくでもないことが起きてしまう。まさか、今日一番の収穫がこのことになるとは。
それにしても、黒影ちゃんはこうなることを知っていたのだろうか。知っていたとしたら、俺が気づくまで言わなかったつもりだったのか?こわっ。
「......でもまぁいっか。この世界でこの部屋を変だと思ってるのは俺と黒影ちゃんだけだし」
「ククク、二人だけの秘密みたいでいいねぇ。ねぇ、ここを聖域だなんて堅苦しい呼び方じゃなくて、二人だけの愛の巣って呼ぶことにしない?」
「却下。黒影ちゃんの俺に対する感情は愛ゆえのものじゃなくて興を満たしてくれることによるものだろ?」
「それも愛ゆえのもの、つまり物は言いようってこと。愛の形は影それぞれなものだよ?ひぃくん。だからワタシの愛をすんなりと否定しないでくれるかなぁ」
もし黒影ちゃんが俺のプリティ彼女ダービーに参戦するのだとしたら他のヒロインたちはかなり分が悪いだろ。最悪乗っ取られるし。
しょぼくれた様子を見せている隣の黒い影の本心は全くわからない。
――繰り返しになるが、黒影ちゃんは本当に何者なんだ?
「まぁ、そんなことよりも向こうは準備ができたみたいだな。今日は黒影ちゃんの相手はできないから」
部屋の奥、モニターの下部に映るタスクバーのアイコンに赤い通知マークが表示されていた。
浪川姉妹は二人とも風呂から出て準備が整ったようだ。
「ふーん、新しい女の子の設定か。クク、ひぃくんもなかなかの大物だね。アタシという存在がいておきながら、また次の子へと手を出すだなんて」
「二次元の少女に嫉妬する影っていたんだ。てか、別にこの子を俺の世界に登場させるつもりはないよ。ただの遊びだ」
遊びとは言っても、設定が固まり次第何かしらで動かしてみるのも面白そうだが。例えば、スマホの中とか。
いや、それはいけない。俺の秘蔵フォルダが覗かれてしまう。
それに俺と黒影ちゃんの事情を知っている存在をできる限り増やしたくはない。面倒ごとになりそうだからだ。
「ただの遊びねぇ、クク。まぁ、何だかひぃくんの部屋から影が消えちゃったから、ワタシはどこかふらついてくるよ」
「居心地悪くてすまんね。ま、そういうことだ。あまり悪さはするんじゃないよ?」
「はーい。わかってるって、ククク」
わかっていなさそうな返事をして、黒い影は滑るように隣の妹の部屋の影へと吸い込まれて消えていった。それに合わせるように、誰かが階段を軋ませてゆっくりと音を鳴らした。
「......ん?どうしたの?」
階段から現れたのは風呂上り茹でたてほやほやの妹――古谷
「いや、よくあるあれだよ。何かをするために部屋を出た瞬間にその目的を忘れるってやつ」
「あぁ、アルミもよくそういうことある。あれ、そう言えばひできってもう風呂入ったの?まぁ、栓抜いちゃったんだけどさ」
「入ってないけど俺はシャワーでいいや。最近やたらと暑いし」
これが極寒の真冬だったらキレてたけど、今は風呂に浸かるよりもさっとシャワーで済ませた方が気持ちよさそうだ。
「まぁ、浴びたら換気扇つけといてね。母さんがカビちゃうカビちゃううるさいから」
「うい」
そう言って古谷兄妹はそれぞれの部屋へと姿を消していった。
ベッドの上に置かれたスマホが目に入る。浪川だろうか、携帯にいくつも通知が届いていた。
きっと催促の通達だ、速くサーバーのボイチャに入らねば。
出撃前のパイロットのようにてきぱきと装備を準備装着し、モニターに向かう。
俺が作ったサーバーにはひまりちゃんと浪川らしき人物が既に通話サーバーに参加していた。
「それにしても自分で自分の名前を《ぽらん》にするって」
そう思って通話の参加ボタンをクリックした。
「――ははは、それでね」
「あ、お姉ちゃん。古谷先輩が来たよ」
入室早々二人の楽し気な会話が聞こえてきた。ひまりちゃんはちゃんとしたマイクを使っているのだろうか、音質の悪いガビガビな浪川の声とは違って音量も一定で声がクリアに聞こえた。
「どうも、皆様大変お待たせしました。副部長のこっけー、只今参りました」
「ん?あれ、いつの間に古谷が。てか、そのこっけーって何なの?」
「何なのって、俺のハンドルネームだけど?」
古谷を音読みしていい感じにするとこっけーになる。我ながら、
「というか、こういうオンライン上では本名じゃなくてハンドルネームで呼び合うのが基本な。まぁ、俺らがそうする必要は全くないが」
「ふーん、そうなんだ。じゃあこの場でみんなは私のことをぽらんって呼ぶのか」
まるで俺の話を聞いていない様子でぽらんは物珍し気にそう言って、意味のないスタンプをテキストチャットに送信した。
「まぁ、どうでもいいけど。それより、せっかく漫研用のサーバーを作ったんだし、作業画面を配信するか」
液タブとPCの接続よし。いかがわしいものが映らないようにタブ消しもよし。入念で一瞬な下準備を終え、俺はドローイングソフトの画面共有を開始した。
「あ、始まった」
画面共有の開始を通知する音が鳴ると、数秒後にひまりんが俺の配信を視聴し始めた。
「ひまりん画面見えてる?」
「はい。しっかり可愛い女の子の絵が見えてますよ」
画面には今まで描いたカイレン・プロトタイプのイラストを並べていた。すると遅れるようにぽらんも俺の画面共有の視聴を開始した。
「あっ、できた。へぇー、これは便利だね。リアルタイムで見れるんだ」
物珍し気に、まるで先時代を生きた年寄りのようなことをぽらんは呟いた。
それにしても、ぽらんも自分のノートPCを持っているはずなのに今までこのようなことをしてこなかったのか。まぁ、付き合う友達によりけりなのだろう。
「そうだ。だからオンライン上で作業するにはぴったりなんだ」
「なるほど。確かにいつものスマホのアプリじゃあこうもいかないね」
そう言ってぽらんもドローイングソフトを起動したのか、右上のアイコンにソフトを起動した表示が出ていた。
「まぁ、このサーバーはただ作業配信するだけじゃなくて、『ハイハイ青春怪奇譚』作成のために取材した情報やその進捗状況の共有、日常的なことを呟く場所も作っていく予定だから楽しみにしておいてくれ」
そう言って俺は役職ごとのロールを全員に付与した。
部長ぽらん、副部長こっけー、部員ひまりん。三人しかいないが、こうする方が雰囲気が出ていいだろう。
「ふふっ、なんだか部室がオンライン上にもできたみたいでいいですね」
「そうだな。今の時代、部活は学校だけでするものじゃないんだな」
俺は口を動かしながらも着々とデザインのもととなるラフをぐちゃぐちゃと線を重ねて描いていた。
まるで粘土から彫刻を掘るように、シルエットしかない線の集合体を削って情報を描き加えていった。
「へぇ、こっけーって最初はこんな感じで描いてるんだ」
「天才ぽらん様には無駄な作業にしか見えないと思いますがね。俺はこうしている間にいろいろと着想を得ているんです」
今回は三面図の設定画だけなのでポーズはある程度決まっているが、骨格や服装は今この場で決めていた。
さて、どんな服装にしようか。和服、洋服、ファンタジーチックなものやゲームキャラとして出てきそうなものまで。この瞬間がイラストを描いていて一番楽しいまである。
「じゃあ私もこっけーみたいにオリキャラを描いてみようかな」
「えっ、じゃあ二人が描くなら私も描いてみよう」
浪川姉妹は俺に触発されたように揃ってそう言った。なんだか実に漫研らしい状況だ。
「じゃあみんなで大配信祭りだ。俺にも皆の画面を共有してくれ」
「わかりました。あ、お姉ちゃんわかる?」
「わかんないかも。隣の部屋まで来てくれる?」
「うん、今行くね」
世はまさに大配信時代。
仲良し美少女姉妹と共に作業を共有し合うという、オタクにとってなんとも堪らないシチュエーションに俺は心を躍らせていた。
部員が少ないのも、なかなか悪くないのかもしれない。別に俺に下心は一切ないのだが。
――こうして、新・ハイハイ漫研部は結成初日から実にその名に相応しい活動をスタートすることができた。
作業は日付が変わる数分手前で解散となり、それぞれ作業途中の消化不良のまま眠りにつくこととなった。
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