ある国の支援者

「お母さん…!海が見えてきた。私、行ってくるから待ってて!」


母はここまで犬ぞりの上に横になっていた。しかし私が「海が見えてきた」と言うと、母が重い腰を上げてわざわざ犬ぞりから降りようとしたために私がそれを止めてまた母を横にさせた。



「本当に大丈夫?1人でいける?」



「もう…なんで今更そんなに心配するの?何年やってると思って…」



「私、毎日フィアナのことが心配で心配で仕方ないのよ。だからこれくらいはしつこくても言わせてちょうだい。」



母は心配性だ。それも深刻。



こんな大地で、生き方さえ制限されて…その分たくさん貰えたのは母の愛。



大きな魚……持ってくるからね



今日の漁はいつもとは一味も二味も、大きく違う。今日の魚たちは、私たちが食べる用でもあるが、隣国に行った時にお金になるかもしれないと淡い期待を寄せているのである。



「ふぅっ…」



全てが透き通る世界では水平線というものが見えるらしい。だけど、私が生まれたこの世界は濁っているだけで水平線なんて遠く見えない。


白く濁った空気を切るように遠くに薄っすら見えるアザラシ目掛け一直線に矢を放った。


矢は目にも止まらぬ速さで海上を飛び抜けていった。霧が矢を避けるように消え、その速度に反応の出来ないアザラシだけが残り、やがて矢が体に突き刺さった。


それを見て私は、長い網を腕いっぱいに投げて死んだであろうアザラシを海上から陸上へと思い切り引っ張った。



「俺たちの言うはよ、他の国の人のイメージしている魚と違うらしいんだよ。よくわかんないが、シュンが言ってたよ。」



父は私と狩りに行く度にそんな話をしてくれた。他の国の話をいっぱいしてくれた。


お金なんて特別もっているわけではなかったが、ある国のシュンという男がよく旅に連れて行ってくれたらしい。



海を眺めるとあの時の記憶が毎回蘇る。鮮明に、透き通るように。あの時だって今だって同じく濁っているのに、あの時だけやけに透き通る世界にいたように思える。


 ◆


「シュンはある病気で、亡くなったんだよ。だからそれからは旅に出てない。フィアナが生まれるまではね、たくさん旅に出たんだけどね。」



「お父さん、なんで…そのシュンって人はお父さんと出会ったの?」



「隣の国の市場に行った時、たまたま出会ったんだよ。そんとき、この魚を売るために売り場に出てた俺のとこにシュンがやってきたのさ。」



「それだけで旅に出るほど仲良くなったの?」



「シュンとはかなり仲良くなった。基本俺は他国の人とはあまり仲良くなれないんだが、その人は珍しく俺たちの言語を話せたからな、わざわざあっちの国の言語に合わせなくて済んだのさ。俺のあやふやな言語が伝わってたかは正直、わからなかったからな…その時はすごい助かったよ。」

「それで、話を進めていけばどうやら俺たちのような民族の支援をしてる団体の支援者だったらしい。」



「そんなのあるの?」



「ああ、シュンはとてもいい人だった…」



父の声はどんなだったけ。顔も、もう忘れかけてるや。


父は私たちのために隣の国にあるという市場に魚を売りに行ってくれた。その日もいつものように犬ぞりで帰ってくると思って父の帰りを母と待っていたが、どんなに待とうが父は帰ってこなかった。


あの日から、ずっと………

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