幼馴染たちの苦悩

 あの後大変だった。

 俺と浅倉さんが部屋にいたところに真由理が入ってきてしまった。

 別に変なことをしていた訳では無なかったが、タイミングが悪かった。真由理は俺と浅倉さんが偶然あんな体勢になっていたことに顔を真っ赤にして怒っていた。


「あー、とりあえず今日どう話そうか…」


 学校に行く通学路にて俺はずっと考えていた。

 いつもは真由理と通学しているのだが、今日は昨日のことでお怒りで先に行ってしまったようだった。


「はぁ…。説明しようにも難しいんだよなー」


「何が?」


 俺が言い訳を考えているところで隣にある人物がやってきた。

 黒い綺麗な髪をなびかせた悠月だった。


「いや、色々あって真由理とちょっと…」


「まーちゃんと喧嘩したんだ?」


 悠月と真由理もまた幼い頃からの付き合いであるため仲がいい。悠月は真由理のことをまーちゃんと呼んでいる。


「ん…。まぁそうなるかな…」


「何したの?」


 2人並んで歩きながら悠月は俺に聞いてくる。


「いや、ちょっと色々誤解があって真由理が怒っちゃったんだよ…」


「誤解って…。まーちゃんになんかしたの?」


 整った顔立ちの悠月がしかめた顔でこちらを見てくる。恐らくマゾのやつなら蔑まれた目が堪らないと思うやつがいると思うが、俺にはその目が痛い。


「真由理にしたと言うより、見られたというか…」


「あなた最低ね…」


 多分絶対何か勘違いしてると思う。悠月の蔑む目でわかった。悠月も要らぬ誤解をしてしまっている。悠月と真由理は仲がいいからここで組まれてしまうとなかなかにきつい。

 仕方ないから説明するしかない。


「いや、実は昨日家に浅倉さんが来たんだよ?」


 俺がその言葉言った時に悠月は驚いて目を丸くしていた。そしてその後どこか不機嫌な顔をしていたのだった。


「え、なんで?なんで天哉の家に?」


 悠月は驚きあまり立ち止まった。


「いや俺もびっくりしたけど、来たんだよ」


「というか、なんであなたの家を知ってるの?おかしくない?」


 悠月の言う通り、俺もなんで浅倉さんが俺の家知ってるのか思ってたけど、色々インパクトがあって忘れていた。

 なんで浅倉さんは家の場所知ったんだろう?聞いてみないとわかんないけど。


「あの女…天哉に近づくなって言ったのに…」


 悠月がぼそっと何か独り言言っていたがよく聞き取れなかった。

 そして俺の方を向いたかと思うと冷たい眼差しでこちらを見る。


「それでなんかやったの?」


「やったって…別になんもしてないけど。ただ浅倉さんが謝罪を受けただけというか…」


 悠月が怖い。いつも雰囲気はあまり人を近づけさせないような感じの奴ではあるが今日は俺も怖いと思うほどである。


「謝罪?謝罪って?もしかして事故の?」


「うん。そうだよ。ほんとそれくらいだよ…」


 別に昨日はそんなもので俺やましいことなんてなんにもやってない。たまたまその後あんなことになっただけであって至って健全である。

 というか、なんで浅倉さんが事故と関係あるって悠月知ってんだろう?そんなこと俺言った記憶ないんだけどな。


「今更謝罪をしに来たってこと?それで天哉に色仕掛けかなんかしたってこと?」


「いや色仕掛けって…。悠月怖いって…」


 こちらに顔を近づけてくる悠月の目が怖い。

 すっんごいつめてくるから悠月にいい匂いがするけどそんなこと思ってる場合でもない。


「それで?まーちゃんがなんで怒るの?」


 ちょっとキレ気味に悠月はそう言ってくる。


「だからちょっと浅倉さんが足滑らせて倒れてきてベッドで抱きついたみたいな体勢になったところ真由理に見られて…」


 なんか取り調べ受けてるみたいでこっちが別に悪いことしてるわけでもないけど緊張してしまう。

 でもそれだけだったし。

 それ以上のことはなかったし。


「なるほど…。それでまーちゃんが勘違いしたってことね…」


「そうなんだよ!ほんとに偶然そうなったって…」


「うるさいスケコマシ」


 いや辛辣すぎるだろ。悠月が何故怒ってるのかも分からない。別に悠月には関係ないし、なんならそれで真由理に怒られるのもわかんないし。

 もう踏んだり蹴ったりだよ。


「とりあえず、天哉がどう言おうとまーちゃんには響かないから私が説明してあげる」


「いやでも、俺が言わないと解決しないだろ?」


 悠月が説明してくれるのはありがたいが、ここは俺がきちんと説明しておかないと意味がないと思う。これでもし火に油を注いだらとんでもない事になる。


「こういうのは女同士の方がいいのよ?とりあえず私がまーちゃんに言っておくからあなたは待ってなさい」


「は、はい…」


 悠月の凄みに押されて従うしかなかった。確かに今の真由理にあったところで信じてもらうことは出来ない気もするのでとりあえず悠月の言う通りにすることにした。



 学校につくと悠月とクラスが違うため別れて、自分の教室に行くことにした。

 真由理と会うの気まずいな。それに浅倉さんとも会うのも。なんで新学期そうそうこんなことに。

 重々しい感情の中、教室の扉を引く。


「おはよう」


 知人たちに挨拶をしていき、自分の席の方へ行く。真由理もいたから挨拶をしてみる。


「ま、真由理おはよう」


「ふん」


 そっぽ向かれた。やっぱり怒ってた。口も聞いてくれなさそうだ。


「真由理、昨日はごめん」


「たっくんのことなんて知りません」


 あー、ダメだ。これはしばらく口を聞いてくれなさそうだ。

 諦めて自分の席へ向かった。自分の席の方に行くと冷や汗かいた銀仁朗がいた。

 俺の肩を組んできて耳元で喋ってきた。


「お前、まゆっちに何したんだよ…。すっげー怒ってんだけど?」


「いや、色々あってだな…」


 気まずそうに俺に聞いてくる銀仁朗。チラリと見るとフンと口を膨らませて怒っている真由理。

 そんなところに当事者である浅倉さんが登校してきた。


「おはよう」


 いつもの仲のいいグループに挨拶をする浅倉さん。気づいたかのようにチラリとこちらの方を見てくる。

 どことなく気まずそうに苦笑いしていた。

 それが面白くないのが真由理である。浅倉さんの方を睨みつけており怖かった。


「とにかくまゆっちが怒る時ってお前絡みなんだから頼むよ…」


「わかってるって…」


 それにしてもどうしたものか、こんな怒っている真由理を本当に悠月は宥められるのだろうか?

 やっぱり俺が直接謝った方が。

 そう思った時に、スマホから着信音が鳴る。

 画面確認すると、悠月からチャットでメッセージが来ていた。


「「今のあなたじゃ無理よ」」


 その一言だけ送られてきていた。

 あいつ、どこから見てんのかよ。タイミングが良すぎるって。


「とりあえず銀仁朗。今日は真由理のことはそっとしておこう」


「あぁ、わかった…」


 2人で秘密裏結託して触らぬ真由理に祟なしとの事で、触れることを今日は辞めることにした。






 午前授業が終わり昼休みになった。

 昼飯の時間だがいつもとは違う。いつもなら銀仁朗と真由理と一緒に食べているのだが、今日は銀仁朗と2人で弁当を食べた。

 真由理はと言うと、弁当箱を持ってどこかに行ってしまったのだった。

 誘うべきだったのか。でも今状態でもお通夜みたいなるだけだし。

 正直どうしていいのか分からなかった。

 浅倉さんは仲のいいグループで弁当を食べていた。しかし、どことなくこちらに視線を感じた。

 昨日のことで何かあるのだろう。

 話したいことはあったが、他の女子たちもいるのでそちらに行くことは辞めた。


「はぁ…。弁当が味しねぇよ…」


 母親の手作り弁当の味はいつもと変わらなかったが、味を感じることが出来ずにいたのだった。







 昼休み。私はたっくんと銀ちゃんたちのところに行かずにお弁当を持ってとある場所にやってきた。

 とある場所というのは学校の屋上。普通は解放されていないが、ゆづちゃんの力で特別に解放されていた。

 少しじめっとした空気の漂う階段を登り扉を開くとゆづちゃんがいた。


「まーちゃん久しぶりね」


「ゆづちゃんおひさ!!」


 ゆづちゃんと会うのは久しぶりである。

 幼馴染同士だけどクラスが違うし、特進クラスの教室は私たちのクラスと離れているから学校であうことはあまりない。


「まーちゃんごめんね?天哉たちと食べたかった思うけど」


「ううん!大丈夫!!たっくんとはケンカしてるから!」


 私はたっくんと喧嘩中である。と言っても私が一方的にたっくんに怒ってるだけなんだけどね。

 でもたっくんが悪いんだよ。部屋に浅倉さん連れ込んであんな体勢で…。

 思い出すと顔が紅くなってしまう。


「天哉から聞いたよ?浅倉さんが天哉の部屋にいたらしいね?」


「そうだよ!たっくん女の子連れ込んでたんだよ!!?」


 私はゆづちゃんが座っている古びたベンチに隣に腰掛けてお弁当を開く。


「そうね。何より浅倉さんがなんでを知ってたんだろうね?」


 ゆづちゃんの言った言葉に冷静に考えると確かにと思った。昨日は衝撃的な場面でそこまで考えていなかったけどおかしいよね?

 浅倉さんとたっくん知り合いとかではなかったはずなのになんで浅倉さんいたんだろう?


「たっくんが教えたとか?」


 ゆづちゃんと私はお互いにお弁当を開けてお昼ご飯を食べながら話す。


「天哉が?教えたとして、女子が普通男子の家に行くと思う?」


「私は普通に行ってるよ?」


 私の家とたっくんの家は近いからよく行く。なんなら朝ごはん一緒に食べたり、夕ご飯一緒に食べることもある。

 私の家は老舗の旅館を営んでおり、ママもパパもずっと仕事をしている感じである。

 だからご飯食べる時はいつも1人なのでよくたっくんちにお世話になっている。


「それはまーちゃんと天哉が幼馴染で気心しれてるから。でも浅倉さんと天哉は別に幼馴染でもなければ接点もない。ありえないことよ」


「そうだけど…」


 ゆづちゃんは自分のお弁当食べながら淡々と話していく。ゆづちゃんはクールな娘だから基本的に喜怒哀楽みたいなものを表に出したりはしない。

 でも長く付き合っている私は何となくわかる。

 ゆづちゃんも私と同じように怒っている。


「私は浅倉さんが勝手に調べて勝手に来たんだと思う」


「え?浅倉さんが?」


 そんなことをするような人には見えないけどなー。というかそれってストーカーだよね?

 学園のアイドルの浅倉さんがそんなことするとは思えないなー。


「まーちゃん。浅倉さんは天哉に抱きついていたんだよね?」


「え?あ、うん。私がたっくんの部屋開けたらたっくんに抱きついていたよ?たっくんも受け止めてる感じみたいだったけど…」


 なんかゆづちゃんの目が鋭くなって怖い。

 確かにあの時私はあの時見た。気持ちがすごくモヤモヤして嫌な気分にもなった。

 なんだろう。たっくん対してなのか、浅倉さんに対してなのかそれは私には分からなかったけど。


「まーちゃんはその時どう思ったの?」


「え?それは…なんて言うか…嫌な気持ち…」


 正直いって私があの時湧いた感情がどうして嫌な気持ちになったのかよく分からなかった。

 なんで嫌だったのか。漠然としていた。


「嫌な気持ちって何?どう嫌なの?」


 ゆづちゃんは私を詰めるように質問をしてくる。

 ゆづちゃん目が怖いよ…。たまにこの部分出るけどちょっとこっちが気押される。


「え、えっと…。なんて言うかたっくんが違う女の子を抱きしめてるの…が…」


「…。まーちゃんは天哉のこと好きなんだよね?」


 ゆづちゃんの言葉にドキッとした。

 思わず箸で持っていた唐揚げを落としてしまったが、その感覚が分からないくらい衝撃を受けた。

 私はたっくんのことが好き。あまり今まで自分の感情と向き合って来なかったからゆづちゃんにはっきりと言われて狼狽していた。


「ゆ、ゆづちゃん?私は別にたっくんのことは…」


「ほんとに?私にはわかるよ?まーちゃんのこと。幼馴染だし」


 ゆづちゃんは笑っていた。でもその笑顔はどことなく言葉では説明しにくいような闇みたいなものが感じた。私の気持ちはゆづちゃんには筒抜けであった。

 箸を置いて私はお弁当を見つめる。


「…。ゆづちゃんのいじわる…」


「ふふ…。そうだね…」


 ゆづちゃんの微笑み。昔から変わっていない。

 私やたっくんにズバズバというちょっと厳しいところもあるけどこういう時にする笑顔が可愛いのだ。

 昔は3人でよく遊んだ。今はクラスも離れたりしてなかなかそういう時間がないが、今でも仲がいい。

 ただ、私はひとつわかっていることがある。




 ゆづちゃんはたっくんのことがあの頃から好きであること。



 直接私に言ったわけではないが私にはわかる。

 だからだろう、私がたっくんを好きだと言えないのは…。



 なんだか、お弁当の味がしないや…。



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