夢なら醒めないで
俺は呆然としていた。なぜか?
簡単である。本来いるはずないところ浅倉さんがいたんだ。言葉が出てこない。
浅倉さんは恥ずかしそうにこっちを見ている。そしてそれを紛らわすように母親が置いたであろうマグカップの飲み物を飲んでいた。
というかそのマグカップ俺のなんだけど。
「あ、浅倉さん?」
「あ、あの!!正木くん急にごめんね!?」
急にも何も俺の家をなぜ知ってるのか分からない。そんな時に料理している母がキッチンから言ってきた。
「その娘うちの前でなんか待ってたから天哉の友達かなって思って入れたんだけど?」
「いや、友だちってかほぼ初対面ていうか…」
実際俺が一方的に知ってるだけで彼女が俺を知っているとは思わない。
あの事故の時にもしかしたら知ったっていう可能性はあるが。
「あ、あのお母様!私正木くんの友達です!」
浅倉さん立ち上がってオドオドしながら言う。
というか俺浅倉さんと友達だったの?はじめて知ったんだけど。いやいやとかでは無いが、正直話したことって全くと言うほどない。
廊下ですれ違ったりとかはしたが、クラスも2年ではじめて同じになったくらいのものだし。
「そうなのね!こんなに可愛い友達がいるなんて天哉あんた真由理ちゃんとかいるのに隅に置けないわね〜」
ニヤニヤ笑って母はこっちを見てくる。
そんな息子の恋愛事情云々を面白がる母親が鬱陶しく感じた。
「浅倉さん、とりあえず俺の部屋にいこう?」
「え?あ、あぁ、わかったよ」
浅倉さんを連れて自室へと行くことにした。
「あらあら?リビングでいいのに…」
面白いやり取りが見たかったであろう母は悲しそうな顔でそういう。
全く勘弁して欲しいよ。こっちはただでさえ浅倉さんが自分家にいることに驚いて少しテンパっているのに。
リビングを出て階段を登っていく。
「綺麗なお母様だね?」
「え?あぁ、そうかな?母親だから気にしたことあんまりないけど…」
美人かと言えばそうかもしれない。ただ結局は血の繋がった親子なのでそこら辺何も感じたことはない。それよりも浅倉さんの方が圧倒的に綺麗だし可愛い。そう言いたかったけどチキンな俺はそんなことは言わなかった。
部屋について椅子を用意して俺はベッド座った。
「それで…どうして浅倉さんが俺ん家に?」
「あ、それは…」
ずっと聞きたかったのではじめに聞いてみた。
浅倉さんは俺の事友達だと母親に言ったが、そもそもまともに話したことは今日がはじめてである。1年の時もクラスは違ったし、部活も関係ないし、全くもって接点がなかった。
それこそあの事故の時の当事者同士くらいなものである。
「……。あ、あのね。私…正木くんに謝りたくて…」
「謝る?」
「あの時、私の事庇って大怪我負ったでしょ?それに部活も続けられなくなったみたいだし…」
浅倉さんは暗い表情をしてそういった。
やっぱり負い目を感じてたんだ。俺は別に謝ってほしかった訳では無い。気にしてないし事故は仕方がなかった。
「浅倉さん、謝らないでよ。俺が勝手にやって怪我したことなんだから」
「ううん。私がちゃんと…ぐずっ…。確認して渡ってれば…ぐすっ…あんなことには……」
浅倉さんが涙を浮かべて俺の方を見てくる。
おそらく余程気にしていたのだろう。俺が気にしていないと思っていても、事実大怪我を負って生死を彷徨うことになってそう思うはずである。
逆の立場だったら俺も気にしてしまう。
「浅倉さん泣かないで?俺は浅倉さんが助かって良かったと思ってるから?それに俺生きてるし?ね?」
「でも正木くんもう部活が、バドミントン…できないって…」
俺がバドミントン部だったこと知ってるのか。多分誰かに聞いたんだろうな。
確かにもうバドミントン出来ないのは悲しいけど、生命が助かったから儲けもんだと思うしかない。彼女が負い目を感じる必要はない。
「生命は助かったから大丈夫だよ?俺は浅倉さんに泣いて欲しくないよ。俺は笑ってる浅倉さんがいいな」
あ、いらん事言ったわ。最後のセリフ我ながら気持ち悪いな。
「正木くん…。ありがとう…私の事助けてくれて…」
「うん。浅倉さんが無事で本当に良かったよ」
浅倉さんはカバンからハンカチを取り出して涙を拭う。涙を流す姿をなんというか美しさを感じられたが、やっぱり笑っている浅倉さんが俺は好きだった。
このお通夜みたいな空気を変えたい。とりあえずなんか違う話題を振ってみようか。
「そういえば浅倉さんモデルとかやってたよね?すごいよ」
何となく知ってますよ感を出して言ってみたけど、本当はめちゃくちゃ知ってます。めっちゃファンです。
「私ね。好きなこととか熱中して周りが見えなくなるタイプでね…。いい所でもあるし、悪い所でもあるんだけど…」
ほうほう。そうなんだ。これはインプットしておこう。
「そうなんだ。モデルとかはいつからやってたの?」
「中学2年生くらいから今の事務所にスカウトされて、やってるの」
中学2年生の頃からってすごいな。俺が厨二病に目覚めて左腕が疼くなんてしょうもないことやってた頃からか。
「そうなんだ…。モデル楽しい?」
「うん。楽しいよ?色んな世界が見れて。大変なこともあるけど、やり遂げるために努力していくことが充実に繋がってるかな?」
モデルとかの世界はよく分からないが、可愛いだけの人ならいくらでもいるし、そこから人気になるのって本当に努力しないと難しい世界なんだなと思った。
俺は一生懸命努力する浅倉さんに憧れているんだろうな。先程までとは違って楽しそうな顔の浅倉さんを見てそう思った。
「正木くん顔かっこいいし。モデルとか出来ると思うよ?」
「え?俺?いやいや、無理だよ。別に普通だしそういうのには向いてないよー」
浅倉さんにかっこいいと言われたことが素直に嬉しい。今日はいい夢見れるかもな。
「そんなことないよー?お肌綺麗だし。髪ももっと思い切って変えたりとかしたら絶対にできるよ?」
浅倉さんはそう言って椅子をたって俺の方に近づいていく。今までにないほどの近距離に俺は目が泳いでしまう。
いい香りがするし。いつもくっついてくる真由理とかとはまた違った鼻腔がお花畑になってしまうようないい香り。
今日はなんていい日なんだろう。
「特に目が素敵だよ?透き通った綺麗な瞳。なんだか吸い込まれちゃいそう」
顔がさらに近づいてこのままだとキスしちゃうのではないかと思うほど距離。
というかキスしてもいいですか?ダメですか?
男の性として本能が理性を飛ばそうとしてくる。
「あっ、」
顔を近づけすぎたためか浅倉さんはちょっと下まで伸びていたベッドシーツに足を滑らせて俺の方へと倒れてきた。
俺も急なことだったのと座っていたこともあり、一緒にベッド方へと倒れてしまった。
俺が下で浅倉さんが上になり俺の胸に飛び込んだ形になっていた。
「だ、大丈夫?」
「う、うん大丈夫…」
浅倉さんは顔を赤らめていた。冷や汗をかいたのか制服からちらりと見える肌から汗が流れていた。それさえも色っぽく感じる。
というか俺汗くさくないよな?大丈夫だよな?
「正木くん」
「は、はい?」
頬を赤らめた浅倉さんが上目遣いでこちらを見てくる。彼女の胸のやわらかさが俺の胸に伝わってよく感じられる。真由理が起こしに来る時に俺の上にかぶさってくるがその時とはまた違った感覚。何より憧れの浅倉さんのその愛くるしさに心臓がドキドキしてしまう。
鼓動がどんどん早くなっていくのがわかる。
「わ、私ね…正木くんと…」
正木くんと?な、なんだ?
「おーい、たっくん〜」
浅倉が次の言葉を言おうとした時にドアが突然開いた。
そこには部活帰りの真由理の姿があった。
「え?」
真由理は俺と浅倉さんのそのなんとも言えない体勢でいるのを見て固まっていた。
「な、なんで?」
真由理は酷く困惑していた。突然の出来事に俺も浅倉さんも真由理の方を見て固まっていた。
そして俺は俺で何故かとてつもなく嫌な予感がしていた。
「真由理これはな、その…」
「な、何してるの〜!!?」
ご近所にも響くような大きな声で真由理は叫んだ。
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