第17話 認められだした、仲間の『カタチ』
「よっ、こいしょっ、と!ああ・・・疲れたあ!」
「お、お疲れ様、です」
荷下ろしが終わり、人目も憚らずその場へ座り込んだヒューへ、官公舎の方を呆と眺めていたアイネは慌てて水筒を差し出した。
「おお、サンキュ。んぐ・・・んぐ・・・ぷはぁ、この為だけに生きてる!」
「あら!じゃあ、この仕事の報酬は要らないってことで3等分に・・・」
「いや、そうはならんだろ」
疲れ果てた体調でも、ヒューのツッコミ力は健在だった。と言うより、疲れたくらいで事象への反応が出来ないようならば、それこそ冒険者引退モノである。
・・・ただ、それが反応する必要のある事象かどうかは、また別の話だが。
「はは、頭目殿。口は禍の元、ですな」
対して、ロウトは疲れた素振りは一切見せず。アイネから受け取った水筒も軽く喉を潤すに留めるなど、こちらはこちらで頭がおかしい。いや、体か。
「あ、あの、それでですね・・・」
だが、そんな対照的な2人だったが、アイネが馬借から聞いた内容を伝えた時の反応は、そっくり同じものだった。
「ほう・・・そりゃあ、良いな」
「まっこと。善哉、善哉」
笑みを浮かべて舌なめずり。まったく現金な男衆だ。
「まったくですわ」
「ああ?」
「・・・何でもありませんことよ。それより・・・」
と、ルーサは目を細めて尖塔の方を仰ぎ見る。
「本当ですの、アイネ?」
「え?あ、は、はい!」
しかし、その塔にある窓という窓には全てカーテンがかかっており、誰かがいるような感じは無い。
「然れども、お嬢の感覚に疑いの余地は御座らぬ故・・・少なくとも、誰かはおったのでしょうなあ」
「ですわね。そして、その目線の先がワタクシたちで間違い無いのなら・・・アナタ方、ゴミでも捨てました?」
その睨みつけるような視線の行く先は、肩を竦めるヒューとロウト、2人のぶしつけ者たち。射殺すような鋭い視線に孕まれた怒気を明確に察知したのか、両者はこれまたシンクロした動きで両手を「否!」と振って見せる。
「おおい、待て待て!オレらは何もしてねえって!」
「で、である、である。而して・・・何故そのような冤罪を?」
「知りませんの?この都市では公の場への不法投棄は違法、それも情状酌量の余地なく一律死罪と決まっているのですわよ?」
サラリと明かされた衝撃の事実に、男たちは「ほう!」「はあ?」と思い思いの感嘆を零しつつ、大きく目を見開いた。
「あ、危な!」
衝撃で思わずポロリとヒューの手から離れてしまった水筒を、慌ててアイネがキャッチする。
「ふ、ふう。危うく、ヒューさん、が」
「い、いやいやアイネ。まさか、この程度で・・・なあ?」
と、縋るような目でルーサを見上げるヒューだが、その彼女はいやに真剣な面持ちで首を左右に振った。
「・・・分かりませんわよ、そんなの」
「で、あるな。頭目殿には悪いが、法の執行官や警邏官が、融通を利かすとは思いませぬ」
そして、法の番人への道もある僧籍からのドロップアウター、ロウトも追従の弁を述べるに至ってはお気楽な方であるヒューの表情からもサアッと血の気が引いた。
「オイ、マジかよ。なんでそんな些細なことで・・・」
「些細な事、だからで。止めようと思えば簡単に止められることを重罪とすれば、誰もそれをしなくなります。それが数か月も続けばこの都市の、数年続けばこの一帯の習慣となります」
そして、一度人々の間に『ゴミを捨てるのは良くない』という習慣が根付いてしまえば、町の美化清掃に費やす歳費は最小限で済む。良いことずくめだ。
「へ、へえ・・・凄い」
「で、ありますな。しかし・・・ルーサ殿、魔術やなんやかんやの如きいかがわしい事例以外にも、左様に法統への理解もあるとは。感服仕った」
「・・・少なくとも、アナタは魔術を『いかがわしい』なんて言わない方が良いのではなくて?」
「・・・あれ?」と首を傾げるアイネと異なり、一応は僧侶も魔術を扱う職のはずなのだが。
「はっは。これは一本取られ申した!」
そして、そう言ってツルリと禿頭を撫でるこの男に魔術が似合うかと言われれば、それはそうなのだが。何だろう、この納得のいかなさは。
「ま、何でも良いけどよ・・・セコセコした街だな、まったく」
そう言いつつも、ヒューはアイネから再び手渡された水筒を、恐る恐る地面へとゆっくり置いた。
「と、言う割には頭目殿。『捨てた』と思われぬよう必死ですな」
「たりめえだろ!命を的に働くのは冒険者として厭わねえが、そんなバカげた理由で死んで堪るか!」
そう、いつもの調子で叫んたヒューの右腕は何時もの調子で大きく振られ、
「あ」
「お?」
「あら!」
丁度、丁寧に置かれていた水筒を弾き飛ばしてしまった。コロコロと転がり、飲み口からは飲みさしが零れ出る。そして、それを遠い目をして眺めていたヒューの顔は見る間に蒼白へと変わっていった。
「これは、これは・・・頭目殿」
「違う。オレじゃない・・・オレじゃない」
そう否定する声にも、めっきり覇気が無い。
「あらあら!アナタ、やってしまいましたわね!」
「いや・・・でもよ」
「言い訳は無駄ですわ!ええ、ええ!やってしまいましたわ!」
対照的に、ルーサは嬉しさで弾んだ声と共に、リーダーであるはずのヒューをその指で愉快そうに「死刑」と小突き回す。
「まあ、待たれよ頭目殿。このことにおいてはいくらでも弁明は効きましょうぞ。落ち込んでる場合では・・・」
「いや、駄目なんだろ。もういい・・・あとは頼んだぜ」
ガックリと肩を落とすヒューに、ロウトの目は「これはいかぬ」と助け舟を求めてさ迷いだす。しかし、最もそういった知識的な小刀細工に秀でるルーサはあの通り、執拗にヒューを「死罪、死刑、縛り首!」とさも愉しそうに追い討ちをかける始末であるので。
(・・・仕方、なし)
諦めて、フンと鼻息荒く立ち上がろうとした、その瞬間。小さな影が彼の横を通り過ぎてヒューの元へと近づいて行った。
「あの・・・ヒューさん、大丈夫ですよ」
「いや、アイネ。気休めは良い。誰彼にも見られたオレに、弁護のしようはねえ。せめて最期に・・・」
「へ!?で、ですから、ヒューさん。大丈夫です」
何へと思い至ったのか、ガシと自身の細肩を掴むヒューに顔を顰めつつ、アイネは説くように言葉を紡ぐ。
「さ、さっき気付いたん、ですけ、ど。ルーサさんも、言ってました、よね。『公の場に捨てたら死罪』って」
「あ?ああ」
「ここは、その・・・商家の敷地内なので、その、私有地、です」
え、とポカンとした間抜け面を晒すヒューの後ろで、ルーサは盛大に腹を抱えて笑い転げていた。
「で、だ」
気を取り直して、ヒューはゴホンと空咳きを出す。
「オレたち、『グレイヴヤード』への依頼はこれで完了した訳だが・・・嬉しいことに、続きがある。だったな、アイネ?」
「え、ええ。復路便の警備も、その、頼みたい、って。い、言ってまし、た」
「先ほどもお伺いしましたが・・・まっこと、重畳な話でありますな」
「・・・ワタクシは嬉しい気持ちになんてなりませんわ」
ただ独り、頭につくった大きなコブへと手で扇いだ風を送るルーサのみ不満顔だったが、その負傷は一から十まで自業自得なので同情する者はいない。
「お前は人を揶揄って散々愉しんだんだろうが。それくらいは必要経費と飲み込め」
「でも・・・何も、グーでぶたなくても良いのではなくて?」
貴重な智謀が消えたらどうしますの、という抗議の声は、当然のように無視された。
「しかし頭目殿、で、あれば・・・我ら一党『グレイヴヤード』の名も売れてきたと考えて良いのですかな?」
「かもな。ま、今回のは名前がどうこうで無し、行きの成果を見てだろうけどよ」
あの陵墓での戦いから数ヵ月、臨時のパーティであったヒューたちはその後に受け持った数回の依頼の後、正式なパーティとしてギルドへと届け出た。『
「・・・ま、マグレと思われない程度にゃあ知られてるってことで、良いんじゃねえかな」
「良くありませんわ。そもそも、名が知られてなければ往路の依頼すらありませんでしたことよ」
「そういう見方もあるか。・・・で、だ。アイネ、その復路の依頼は明日、報酬を預けるのと同タイミングでギルドへ依頼するって話だったか?」
その問いに、アイネはコクコクと何度も首肯した。
「ふむ。であれば、今日はこの地に一泊!ということで宜しいか?」
「何でそこを強調したのかは分かんねえが・・・ま、そういうこった」
ほほう、と頬を緩めるロウトを押し退けて、ルーサが肩をいからせてヒューへと迫る。
「そういうこった、ではありませんわ!今回の成功報酬が入るのが明日なんて話、ワタクシ聞いてませんことよ!」
「い、いや・・・言ってねえのはそうだが・・・駄目か?」
「駄目ですわ!いいですこと、この街の宿屋の相場価格がコレで、4人分だとこう!対してパーティの財布が・・・見なさい、払ってしまえばコレだけになるんですわよ!」
「・・・殆どが、ルーサの魔術関係に消えてんだろうに」
「失敬な!任された以上、公私混同はいたしませんわ!」
不用意なヒューの失言で怒りのボルテージが上がったルーサの吊り上がった眦が、ギンとその失言の主を睨めつける。
「第一、それを言うのなら、アナタ方こそ食費を何とかして減らす努力を―」
「分かった、分かったから!そこまでにしてくれ」
ヒューは少しだけ、この気の強い女を財務担当にしたことを後悔していたが、さりとて他に選択肢が無かったことを思い出し、宥めることに全神経を費やした。
「まったく・・・まあ、御覧の通り1泊分くらいは余裕がありますから、良しとしましょう。ただし!」
「分かってるよ。明日入る報酬から、ある程度は抜いて渡す。それで良いだろ?」
その申し出に不承不承、ルーサが頷いたことに安堵しつつ、ヒューは話を続けた。
「で、だ。その往路ってのが明日ってんなら何の問題もねえが・・・仮にそれが数日後だった場合、必然的にオレたちも待機って話になる」
「ふむ。であれば頭目殿、その待機に必要な経費分も依頼報酬に含むよう、拙僧から申し出てみましょうぞ」
再び着火しそうなルーサの機先を制するように、ロウトがそう切り出した。
「ああ、頼んだ。アイネも宜しく頼む」
「は、はい!」
頑張ります、とグッと力を込めるアイネのひたむきな姿に、思わず頬が緩む。
実際、渉外担当としてアイネの存在は無視できないくらいには有用に働いていた。出所不祥な知識と理不尽なまでに利く勘の良さを持つ彼女に生半可な嘘を通すことは難しく、加えて隣に強面のロウトが座っていれば強弁も難しい。正しく適材適所、ベストパートナーだ。
「・・・ん?」
だが、何故だろう。そう考える自分と、それを面白く無いと考える自分がいるのは、とヒューは訝しんだ。
「どうしましたの?」
「ん?いや、何でも無い。で、だ。宿は諸々考えて同じ宿に泊まるべきだが、それ以外は別行動で構わねえな?」
彼としては、その期間内にこなせる依頼があったなら個別かパーティ、ペアででもこなせば色々プラスになるし、懐具合的にも良いかと考えてそう提案したのだが、
「当然。折角こんな大都市に来れたのですから、満喫させて頂きますわ。ねえ?」
「へ?」
いきなり呼びかけられて当惑するアイネを他所に、ルーサはするりと彼女の二の腕へと絡みつく。
「女は女同士、愉しませて頂きますわリーダー、構いませんわね?」
「え?・・・ちょ・・・ひゅ、ヒューさん!?」
助けを求めるような目線を向けてくるアイネに応えたいのはヒューとしても山々だったが、肉食獣のようなどうあっても『お願い』をするときに見せるものでない視線を向けるルーサを退けられるはずも無く。
「ま・・・程々にな」
彼としては、そう釘を刺すのが精一杯だった。この世の終わりみたいな顔をするアイネに罪悪感が無いとは言わないが、ヒューにだって出来ないことはある。
「ま、まあまあ、お嬢。いくらルーサ殿と言えど、冒険者であるからには少なくとも、この街で無体は働かれまい」
ロウトも同じ思いだったのか、せめてと慰めの言葉をかける。
「あら、失敬ですわね。ワタクシがいつ、どこで、無体なんて働きましたこと?」
「お前の可愛がりは、傍から見るとちょっとアブナイ匂いがすんだよ。・・・ん、どうしたアイネ?」
何故だろうか。さっきまでは怯えた小動物の如き様相を呈していたアイネだったのだが、今はポカンと呆けたように棒立ちとなっているではないか。
その様子に、さしものルーサも腕を解き、心配そうに顔を覗き込む。
「ちょっと、どうなさいまして?」
「え?え、ええと・・・ひゅ、ヒューさん」
「何だ?」
「え・・・と、その。ぼ、冒険者とこの街、とって、何の関係、が?」
そのアイネの言葉に、今度はヒューたちが困惑顔を見合した。
「ちょっと、アナタ。若しかして・・・伝えてませんの?」
「え?い、いや・・・そ、それよりオッサンの方こそ!」
「いやいや頭目殿、責任転嫁はいけませぬ。一党への周知は、誰であろう頭目殿の責務であろうぞ」
ええ・・・と追い詰められたような顔をするヒューに、なんだかアイネの方が悪いような気がして。トテトテと、オズオズと、彼の元へと歩み寄る。
「あ、あの、ヒューさん。わ、私・・・また、何か?」
やっちゃいましたか、と揺れる眼で問うアイネ。それに増々罪悪感を刺激されたヒューに、同じ感情を刺激された他2名からの追求の視線が突き刺さる。針の筵とはこのことか。
「あ、ああ~、スマン、アイネ!言ってなかった!」
だから、現状打破のためにヒューの取った戦法は正面突破。正々堂々と頭を下げた。
「え!?は、はい!」
「で、だ!この街についてだが・・・言うぞ!」
「はい!」
「この街の名はガンディオス、
「は、はい!・・・・・・・・・はい?」
ガンディオス。勇者都市。つまりは、それは、ココを治める首長は、つまり。
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、勇者、様?」
震える声で紡がれた答えに、ヒューは潔く首肯した。
「え、え、え、えええええええええええ!」
Limited Re-make 歪められた転生 駒井 ウヤマ @mitunari40
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