第14話 そして、続く『セカイ』

「・・・もく・・・もく・・・んっく」

 ギルド前、暖かな日差しに照らされている噴水広場。そこにはいつものようにアイネが堅いパンを、いつも通りのボサボサの長髪に使い古しのような皮鎧の変わらぬ姿で小動物のように口に運んでいた。

 この数日に渡り姿を見せなかったので「引退か?もしや・・・」と囁かれていたのだが、いつもと変わらぬ姿を見せたので多くの住民はホッと安堵した。・・・まあ、その中には無事かどうかで賭けをして「無事な方」に賭けたから、という者も含まれるのは確かだが。

 アイネは知り得ぬことではあるが、存外彼女はこの町で好かれているのだ。と言うよりは1つの名物、と言っておこうか。

「おう、雑魚アイネ!」

 しかし、そんな気の良い住民ばかりで無いこともまた事実である。サッと自身に差した影に上を向くと、声で予想はついたが思った通りの顔がそこにあった。

「久しぶりだなあ、ああ!?」

「あ、はい。ええ」

 逆光で影になっても良く分かる、相変わらずのハイエナ顔。更にその後ろにはこれまた同じくキツネような顔をした男2人がニヤニヤと、まるで面白いものを見るかのようにアイネを舐め回すように眺めている。

 否、彼らにとって面白いことが今から起こるのだ。気の弱いバカ女が酷い目に遭う、最高のショウタイムが。

「最近見なかったけどよお、まさかオレたちから逃げ回ってた訳じゃあ・・・無いよなあ?ええ!?」

「い、いえ。その、ええと・・・・・・い、依頼で」

「依頼だあ!?お前如きをこんな数日も雇うなんて、どんな物好きだよ!」

 なあ、と声を上げると、その後ろの取り巻き2人は「はっはっは!」と小馬鹿にするように手を叩いて笑い合う。

「ま、何でも良いや。どうせお前が出来る仕事なんて、ガキのお守りかゴミ拾いぐれえだろうしなあ!」

 その言葉に再び、取り巻きは手を叩いて笑い合った。冒険にはものの役に立たないだろうが、中々のナイスコンビネーションである。

「いえ・・・その・・・あの」

「ああ?聞こえねえよ。ハッキリ言えや、この雑魚が!・・・まあ良いや、そんなことよりもだなあ」

 そう言うとハイエナ男は無遠慮に両手でアイネの肩を掴むと、その両手にグッと力を入れる。その痛みでアイネが顔を顰めるのを見て、さも面白そうに相好を崩す。

 サヂスト、というよりは弱い者をいびるのが彼らは好きなのだ。どちらにせよ、碌な者では無いが。

「お前が居ないから、オレたちも困ってたんだよ。何せ、お前はいい遊び相手だからなあ。だから、お前で遊べなかった分、お前はオレたちに償うべきだ。・・・なあ、そうだろが!」

 違うか?と凄むハイエナ男に、思わず「ひっ」と声を漏らす。それを聞いてますますその嗜虐の色を濃くした男は、舌なめずりして言葉を続ける。

「それによお、オレたちも心配したんだぜ?」

「へ・・・し、心配?」

「おおよ、何かあったんじゃねえかってなあ。その心配料も、払ってもらわなきゃなあ!何せ、オレたちが直々に心配してやったんだ、なあ!?」

 と、仲間へと呼びかけるべく振り向いた。が、

「おお、そうであったか」

 そこにいたのは取り巻きで無し、自身を優に超える背丈をした筋骨隆々で上半身裸の偉丈夫であった。

「それはそれは、何とも有り難いことであるな」

 グッと、先程自分がアイネにしたように肩を掴まれるハイエナ男だったが、その握力は正に桁違い。まるで万力の如き力に骨がミシミシと悲鳴を上げる。

「な、な!」

 しかし、彼にはアイネと違って口から悲鳴を上げるなどという贅沢は許されない。「ん?」と笑顔で重圧をかけてくる大男の行為に対して悲鳴なんて上げたら・・・何が待っているのかなんて、考えるだに恐ろしい。

「おっと、礼を尽くしておって、つい忘れておった。お嬢」

「は、はい!」

 呼ばれてピョコンと背筋を伸ばしたアイネに、増々ハイエナ男は悲壮の色を深くする。自分が遊び道具に使っていたこの小娘と、この筋肉達磨が知り合い!

「頭目殿が探しておられた。御足労頂けますかな?」

「え?あ、はい、分かりまし、た」

 あり得ない。明らかに一廉の者では無い巨人とこの雑魚冒険者が、対等に話をしている。それもどちらかと言えばその巨人の方が謙っているような光景に、パシパシと瞬きが止まらない。

「あ、あのう・・・」

「ん?」

「そのう、貴方は、そのアイネ・・・さんと、どういったご関係で?」

 不覚にもつい、アイネにも『さん』とつけてしまったハイエナ男に、アイネが何か言いかける間もなく、

「おお!お嬢のお知り合いであられましたか!これは失敬」

 そう大声と共にバンバンと肩を叩くと、その巨人はギョロリとそのドングリ眼を回して見せる。

「実は、我らが一党の頭目がお嬢を探しておられましてな。何でもこの辺りで過ごされておることが多いと聞いて、参った次第」

「は、はあ。おたくのリーダー・・・」

「左様。何でもお嬢の御蔭で、無事生還できたと。しかし・・・若し、御歓談の途中でしたら、拙僧は退散いたしましょう」

 如何かな?と白い歯を見せてニンマリと、さすれども凄まじいプレッシャーを発する巨人に、悪ぶっているだけのチンピラが抗える道理など無い。

「い、いえいえ!どうぞどうぞ、オレ・・・いや、私は別に用事がある訳ではありませんから!」

 ブンブンと、首と手首をもげるかと思うほどの勢いで左右に振るハイエナ男に、巨人は再びニンマリと笑うと、

「ほう、左様であるか。では」

 そう言うが早いか、アイネを今度は優しく抱き上げると、自身の肩の上に座らせた。

「頭目の元へお連れしますぞ、お嬢」

「は、恥ずかしい、です」

「はっは。この方が早いもので。それと・・・そこの者」

 やっと去る。そう思って気を抜いたところに再び振り返り見据えられた男は、慌ててションと姿勢を正す。

「は、はい!」

「拙僧らは、先日この町に来たばかりでな。聞き及んではおるのは愚にもつかぬ噂話ばかりよ。されど・・・」

 スッと、初めて巨人の目が細められる。

「以後、お嬢にその『噂話』のような事態が起こったとあれば・・・分かっていような」

 その言葉と、アイネがペコと会釈をしたことと、最後に射殺せそうな視線で巨人から睨みつけられたことが、彼が許容できた精一杯だった。

「あ・・・う・・・あ」

 そのままドシンと尻もちを着いたハイエナ男の目はグルリと裏返り、そしてそのまま、まるで茹で蛙のような格好で気を失ってしまった。


「も、もう・・・あ、あんな言い方」

「はっはっは。なあに、間違いでは御座らん」

 カラカラとロウトが腹から笑う度に、その肩に座るアイネはグラグラと揺らされる。

「わ、わ、わ」

 ただでさえ、このロウトの巨体は目立つのだ。その上はっしとその禿頭を掴む形になるのも恥ずかしいのか、アイネのその顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。

「と、と、取り敢えず。お、降ろして下さ、い!」

「はっはっは」

「はっはっはじゃな・・・きゃっ!?」

 ぐらりと体勢を崩し、落ちかけたアイネだったが、

「おっとと!」

 ロウトの大きな手がそっと包み込むように受け止めると、そのまま優しく地面へと降ろした。

「いやあ、済みませぬ。少々、興が乗り過ぎましてな」

「・・・もう」

 それに、とまだ火照った頬が収まらない顔を後ろに向けると、そこには先ほどのハイエナ男が取り巻きから介抱されているのが見えた。

「・・・あ、あんなに脅して」

「はっは。されどもお嬢、次にお嬢は『拙僧で良かった』と言うでしょうな」

「何でです?」

「なあに。予定では町を見ておきたいからと、ルーサ殿がお嬢を探しに来る予定でしたので」

「・・・・・・ロウトさんで良かったです」

 若し、あの光景をルーサが見たとする。あの直情的で仲間想い、オマケに直ぐ熱くなるルーサが、だ。何が起こるかはそれこそ、火を見るよりも明らかだ。火を見るだろう。

「で、ありましょう?」

 そして、言った通りの発言をアイネがしたのでニンマリと笑うロウトは、してやったりのドヤ顔だ。

「・・・して、お嬢」

 そのまま数町ほどロウトを先頭に歩き続けたが、人通りが少なくなったタイミングを見計らい、彼は後ろにいるアイネにのみ聞こえる声でポツリと声をかける。

「・・・?何です?」

「拙僧も気を失っておったので、偉そうなことは申せませぬが・・・あの時、一体何があったので?」

 あの時。それは言うまでも無く、あの陵墓での戦闘の話だ。

 アイネたちのパーティは魔神官の衝撃波でまとめて気絶し、乗り込んで来た王国の捜査隊に救助された。その後、捜索隊は怪しげな儀式の準備を発見したものの、彼女たちの見た魔神官は影も形も無かったことから、恐らくは捜索隊が来たことを察し逃げ出したのだろう。

 そして、そもそも魔神官なるものは勇者ガンディオに魔神王と共に滅ぼされたのだから、その女はきっとそれを騙っただけだろう。

 つまり、アイネたちは傍迷惑なペテンにかかっただけ。公には、そう言う話になったのだが。

「どうも、拙僧の勘ではあるのですがな。ヒュー殿は何か隠しておるような、そんな気がするのです」

「隠す・・・ですか?ど、どうして、そんな風に?」

「それです」

 と、ロウトがその太い指で指したのは、アイネの胸元でキラリと光るアミュレットだ。

「拙僧の記憶が確かなら、それはあの化け物が猪口才にも自慢しておった物のはず。されど、捜索隊が拙僧らを助け起こした際には既にあの広間の捜索はほぼ終わっており・・・且つ、お嬢の首にはそれがかかっておりました」

「と、言われても・・・その・・・」

 正直な話、それはアイネが訊きたいことだ。彼女の記憶としても、ハッキリと覚えているのは衝撃波から助けるためにヒューを突き飛ばした、その瞬間まで。

 でも。

「・・・ううん」

「何か?」

「あ、いえ・・・やっぱり、何も」

 ただ、薄ぼんやりした記憶、と言うより感覚に近いのだが。

(何か・・・何か、大切な・・・決断をした、ような?)

 しかしそれも、気を失っている時にみた白昼夢と言われれば、そうな気もして。いや、こうしてアミュレットが胸元にあるのだからきっと、何かあったはずなのだ。

 そう、忘れたはずの何かが。

「すみません。私がもっと・・・」

「いやいや、お嬢の咎には御座らぬ。なあに、いずれ絞り上げて、洗いざらい吐かせてみせまする!」

「お、お手柔らかに・・・」

 カラカラと笑うロウトとは対照的に、アイネは笑顔を貼り付けてはいるものの、その眼は陰ったままだ。

「・・・・・・・お嬢、お悩みでも?」

「!?」

 ギョッと驚きの目を向けるアイネに、ロウトはクリクリと目を回すと、パンと自らの腹を叩く。

「驚きなさるな。拙僧これでも聖職者故、人の機微には敏うて御座いますでな・・・と言うより、今のお嬢なら誰でも見れば分かりますな」

 ほう、とか細い息を漏らしたアイネは、ちょっと躊躇したあとにおずおずと切り出した。

「あの・・・その・・・私なんかが、その、一緒で良いんでしょうか?」


「はっはっは!」

 覚悟を決めて切り出したその問いは、大きく笑い飛ばされた。

「はっは、何を仰るかと思えば・・・はっはっはっは!」

 その態度に、少し馬鹿にされたように感じたアイネはむうと唇を突き出す。

「な、何も笑わなくて、も!」

「そう、それですな」

 そう言いつつロウトは、「へ?」と茫然と立ち尽くすアイネの薄い胸元をその太い指でツンと突いた。

「自信無さげ、技量無さげ、大いに結構。されども、お嬢は拙僧やヒュー殿、ルーサ殿にもその思いを吐露するに遠慮が御座いませぬ」

「そ、それが?」

「左様。言いたいことを言わぬでは、一党としての甲斐がありませぬ故」

 でも、と目線を伏すアイネの肩を、今度はポンポンと優しく叩く。

「それに、役に立つ立たぬで申せば拙僧なぞどうです?仮初にも僧侶であると言うに、魔術も伏魔も叶わぬではないですか」

「でも・・・でも、それでも私より」

「で、ありますな。そして、それはお嬢も同じ」

「・・・同じ?」

 いつの間にか、互いに向き合っていたロウトはコクリと頷く。

「そう、同じで御座りまする。確かに・・・お嬢は剣士として前線で切り合うには不足がある、それは事実。されど、それに勝り得る点がある、それも事実」

「あるの・・・ですか。それは?」

「それこそ、拙僧の口からは申せませぬ。ただ・・・お嬢はお嬢の為せることを、ひたむきに全霊を賭して為せば宜しい。拙僧から申せるのはここまでですな」

「は・・・はい」

 それは、何とも抽象的で。しかし、それでいて自分の心にストンと落ちるようで。少なくとも、凡百の慰み言とは一線を画していたので。

「あ、有り難う、ございます」

 そう言ってアイネがペコリと頭を下げたのに対して、ロウトは珍しくワタワタと慌てたように手を振る。

「いやいや、拙僧は何も大したことは申しては・・・お!」

 どことなく湿っぽくなった雰囲気を吹き飛ばしたのは、遠くから聞こえてきた男女の諍いの声だった。これは僥倖とばかりにロウトがワザと「お嬢、あれは!?」と素っ頓狂な声を出し、それに釣られてアイネの口からは笑みが漏れた。

「え、ええと・・・ヒューさんとルーサさん。ですね?」

「左様。されど・・・何をやっておるのでしょうなあ、あの御仁らは」

 呆れたようにポリポリと禿頭を掻くロウトだったが、それも郁子なるかな。

 そこにいたのは、革鎧を着込み大斧を背負った男と、黒い紗のローブに身を包んだグラマラスな女が2人。ただでさえ目立つ2人が喧々囂々、人目も憚らぬ言い争い・・・と言うよりただの口喧嘩をしている。

 その姿に周囲の人が『関わりたく無い』と遠巻きに避けているせいで、まるで彼らの周囲だけポッカリと人がおらず。そして、それを遠くから見た者が寄って来るせいで結果的に野次馬が集まってきていることには気付いてはいない様子である。

 ハッキリ言って、とても恥ずかしい。

「お嬢・・・どうしますかな。ここはいっそ、他人のフリでも」

「え?え?・・・で、でもあのままじゃ、もっと騒ぎに」

「ですなあ」

 呆れたような諦めたような、何とも言い難いため息が漏れる。

 騒ぎならまだ良い。しかし、あれが高じて町の衛兵が出てくるようなことになれば・・・流石にパーティの一員であるアイネたちも無関係ではいられない。

 第一、そんなことでリーダーが有名になられても困る。

「仕っ方ありませんなあ。ひとっ走りして止めに行きますぞ、お嬢。・・・早速、仲間のお役に立ちますなあ!」

「は、はい!」

 そうだ。自分が何者なのか、自分に何が出来るのか、そんなことは誰だって分かりっこ無い。だけど少なくとも、アイネの前には自分を必要だと思ってくれる仲間がいる。少なくともそれは間違いの無い事実だ。

 だからアイネは走り出す。目の前にある、自分が出来ることを成す為に。その思いの元アイネは勢いよく地面を蹴り、先を行くロウトを追い抜いて行く。

 まるで祝福するかのように青々と広がる空の下を。


 とまあ、こんなところだ。どうだ?面白かったかい?

 ああ、俺の口調が気になるか。仕方ないだろう、こんな砕けた口調で何言ったって胡散臭いだけだ。ただ、主を『汝』だなんて呼んだことについてだけは、黙っておいてくれると助かる。

 何だと、そうじゃない?じゃあ一体、何が不満だってんだ?

 ・・・ああ、そういうことか。理解した、理解したがな。俺は『今』世界を救う話と言ったか?言って無いだろう。

 詐欺?誇大広告?頭が良いと言ってくれ。

 ああ、そうだ。取り敢えず今はまず1歩。ここから先は、また次回だ。やっぱり詐欺じゃないかって?しないとは言って無いだろう。ただ、これで一区切り、それだけだ。

 期待して良いのかって。それは当然だ、俺の主の話だぞ。それに言ったろう?


 『これはいずれ、世界を救う物語』だとな。


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