第13話 かけがえのない、『ナカマ』

「はあ・・・はあ・・・はは、ざまあ見やがれ」

 そう吐き捨てると、ヒューはグッとガッツポーズをした。ただし、心の中で。

 そして、そのまま疲れ切った体に引き摺られるように瞼を閉じようとしたが、

「・・・・・・・・・・ん?」

 まるで朝やけのような眩しさが、閉じかける目蓋を押し開ける。仕方なく重い目を開けたヒューは、光り輝くソレを見て、思わず飛び起きた。

<あら?元気ね>

「いや、もう指1本動かせねえよ、っととと」

 その証拠に、飛び起きたものの膝頭には力が入らず、まるで傅くような膝立ちとなる。

「ふう。えっと・・・それで、だ。何者なんだ、お前は?」

<私?そうね、私は・・・そこのところが、私にも良く分からないのよ>

「・・・はあ?」

 思わず、呆れたような感嘆符が口を吐いて出る。しかし、それも当然だ。完全に聞き取れていた訳では無いが、少なくともあの魔神官と旧知仇敵のような会話をしていたのは分かったのだ。

 所謂、記憶喪失の類では無いはずだが。

<ええ。自分でも分かってるわよ、要領を得ない話をしているのは>

「要領を得ないっつうより・・・ハッキリ言って信用できん」

<でしょうね。取り敢えず、敵でない証を見せましょうか>

「証?」

 ええ、と首肯したソレはまず手に持つ光刃を床に突き立てると、もう片方の手でそっと何かをヒューの前へと差し出した。

「それは・・・」

<これ、貴方の武器でしょう?取り返しておいたわ>

 確かにそれは、まごうこと無きヒュー愛用の大斧だ。それを不作法に放り投げるで無く、床にそっと置いたその仕草からは害意は感じ取れない。

<それと、これもね>

 そう言ってソレが懐から取り出したのは、彼が魔神官へと投げつけた仕込みナイフだ。

<こんな安物のナイフが敗北の切欠だなんて、彼女も知ったら憤懣やるかた無いかもしれないわね>

 あの戦いの分水嶺は間違いなく、あの一瞬に違いない。不意打ちに対して根が研究者寄りだった魔神官はつい『その原因究明』に意識を持っていかれて、その隙を突いて勇者は勝利を収めた。

 つまり、あの一手を打ったヒューが最殊勲賞なのだ。

「なあに、引っかかる方が間抜けなのさ」

 だが、そう言われてもヒューにそれを誇る様子も驕る様子も無い。

「それに・・・オレも騙し討ちに遭ったようなもんだからな、意趣返しをしてやっただけだ」

 と言うより、間抜けにも無防備な背中を晒されていたのだ。そこに何かをぶち込みたくなるのは、戦士としての本能に近い。

<これを・・・と>

 スッと、そう言ってソレがその光る指でなぞると、ナイフについていた血糊はサアッとまるで清められたように掻き消える。

「便利なモンだな」

<こんな体になって、良かった数少ない点の1つね。はい>

 ご丁寧に柄を彼の方へと向けて手渡されたナイフを見れば成程、血の汚れは1片も無く、何なら投げる前より綺麗なくらいである。確かに、満身創痍のヒュー相手にそこまでするのだから、少なくとも敵対の意思が無いのは明らかだ。

 だから、ヒューはそっとナイフをバックルに仕舞って斧を自分の方へと引き寄せると、「座れよ」とソレへと投げかける。

「話をするにしても、首を上げっぱなしじゃあオレがしんどい」

 当然、相手に立たれっぱなしでは若しもの事態が起こった時にこっちが不利すぎるから、というのも理由の1つだが。

<そうね、ありがとう>

 相手もそれは心得たものなのか寸の斟酌も無く床へと腰を下ろした。遥か上にあった頭が、膝立ちの彼より頭2つ分下へと降りる。

 もっとも、仮にヒューが危惧する事態になった場合、相手が座っていようがどうしようが彼に勝ちの目は無いだろうが。

<紳士ね、そういうのは好きよ。さて、と・・・まずは、貴方も気にしているとは思うから言っておくわ。貴方の仲間、アイネと言ったかしら?>

「ああ」

<今の私は、あの娘の体を依代にしているだけの、幽霊のようなものよ。だから、彼女には問題も無いわ>

 ふむ。それについはヒューも見て大方は察してはいた。しかし、ならば疑問が生じる。

「ならよ。アイネは何だ、その・・・特別な存在なのか?」

<だったら?>

 それは、傍から聞いていた分には他愛ない一言だったろう。しかし、そう言われた瞬間、ヒューの首元に怖気が走る。光刃はまだ手になく床に刺さったままだと言うのに、それは間違い無く死への恐怖だった。

<あの娘を・・・どうするの?>

 これは、下手に答えたら死ぬ。そう直感的に感じたヒューは「どうもしねえ」とハッキリした声で答える。

「アイツが何だったとしても、だ。オレにとっちゃ、大事な仲間なのは変わらねえ。それで良いか?」

 そうとも。ルーサに諭されたからでも無ければ、ロウトの示唆があったからでも無い。一生懸命で真摯で、それに加え仲間の危機に立ち上がる気概もある。今、目の前にいる隠し玉みたいな力があったからだとしても、あの時立ち上がれたのは彼女の意志に違いない。

 つまり、彼にとって彼女は大事な仲間だ。それは間違い無いし、変える気も無い。

(あとは・・・どうなるか?)

 無論、それが上手く、且つヒューらしく伝わるかは別問題。若し伝わらなければ、彼の首と胴は泣き別れだ。

<ええ。及第点ね>

 だから、ふっと和らいだ気配に「厳しいな」と苦笑いを浮かべつつ、まずは助かったと心の中でホッと息を吐いた。

「で?」

<そうね・・・今のあの娘は、特別な存在では無いわ。どこにでもいる、ちょっと気弱で目の利く冒険者。・・・・・・私も、そうであれれば良かったのかしら、ね?>

 何故か、そうしんみりと零したソレに「え?」とヒューは思わず誰何の声を漏らす。

「どういうことだ?お前は一体・・・」

<何でも無い、何でも無いわ。ああ、もう2度と、こうやって現れることは無いかもしれないけれど・・・でも、この娘は良い子で、強い子よ。それは忘れないで>

「知ってるさ。・・・って、おい!?」

 格好をつけてかぶりを振って見せたはずが、ソレを形作っている光が散っていくのを見て、慌てたように手を伸ばす。

<幽霊がずっと蘇ったままな訳が無いでしょう?それに、まだ封印が完全に解かれた訳じゃ無いのよ>

「封印!?何の話だ、まるで意味が!?」

 分からんぞ、と食ってかかりかけたヒューに、いつの間にか立ち上がっていたソレがそっと彼の頬を撫でる。

<分からなくても良いの、今は。ただ、あの娘を・・・頼むわ・・・ね>

 サアと、まるで夜光虫が一斉に逃げ出すかのように光が飛び散る。そして、その中からは小柄な女剣士の姿が現れた。粗末な皮鎧に身を包んだ、手入れの悪い長髪をした、勇気ある冒険者。

「アイネ・・・か?」

 しかし、その眼は開かれることは無く、そのままふらりと倒れ込む。

「お、おい!」

 昨日からこれで、慌てるのも何度目だろうか。ヒューは膝頭を叱咤激励し立ち上がると、何とか床へぶつかる寸前に抱き止めた。

「っ!おっとと、危ねえ!?」

 危うく胸に触れそうになった手を引っ込めた辺り、言動は兎も角としてこのヒューという男、生半に初心うぶである。

 閑話休題。

「おい、アイネ!?」

 そっと床に寝かせて声をかけると、その口からは、返事の代わりにスウスウと、まるで寝息のような呼吸が聞こえた。よく見れば、その薄い胸も軽く上下を繰り返している。

「ふう・・・心配させやがる」

 そう嘯いたヒューだったが、その顔は安堵の色で満ち満ちていた。

「・・・おい、まだまだ先があるぞ!」

「油断をするな!王国兵の意地を見せてやれ!」

 すると、ドヤドヤと彼らが入って来た通路の方から、何やら騒がしい声が聞こえだした。その声の感じから大人数で、内容から察するに恐らくは王国の捜索隊あたりだろう。

「やれやれ、やっとこさ援軍のお出ましか」

 誰が呼んだのかは知らないが、来るならもっと早く来れば良いのに。アイネが無事だと分かってホッとしたのか、そんな約体も無いことを考える。

 まあ、仮に援軍が来ると分かっていても、そいつらを待つような心の余裕があったかと問われれば、間違いなく無かったが。

「ま・・・命が助かったんだから、良かったとすっか」

 いや、良く無いとヒューは被りを振る。あの魔神官を倒したのは紛れも無く、このアイネの手柄なのだ。だのにあの連中がこの広間へ入って来たらきっと、ヒューたちを体よく追い出して中を物色するだろう。

 当然、あのガーゴイルの触媒も、魔神官の残した道具なんかも総取りだ。それでは彼女の頑張りに対して、なんとも甲斐が無い。

「何か・・・何か・・・・・・お!?」

 しかし、今の彼にとって物色できるのは手の届く範囲のみ。せめて宝石の欠片でも、と目を凝らして手を床に這わす。

「・・・お?」

 すると、カチャリと何か固いものが指に触った。

「こりゃ・・・あの魔神官の」

 そうだ、確か記憶が確かなら魔封じのアミュレットだとか。一瞬、不審に目を曇らせたヒューだったが、

「おい、光が見えるぞ!」

「そっと行け!」

 もうそこまで来ている援軍に、気を取り直す。

「・・・ま、こんなモンで勘弁してくれ」

 腰から革ひもを1本取り出すと、それをアミュレットに通してアイネの首にそっとかける。キラリと光るそれにはいささかの曇りも無く、最低でも売り払えば良い値になるだろう。

「あとは・・・ま、良いだろ」

 バタンとそのまま、ヒューもさも攻撃を受け気を失ったように寝転がる。状況を一々説明するのは面倒だし、第一、アイネの件を含めて上手く説明できる気がしない。

 だから、知らなかったことにする。その為のやられたフリの心算だった・・・が、やはり疲労とダメージはよっぽどのものだったのだろう、目蓋は自然に閉じ始め、気も遠くなっていく。

(・・・・・・・・・しっかし、まあ・・・良い仲間だ・・・)

 薄れゆく意識の中、ヒューはそんなことを思った。これからもそうでありたいという、確固たる希望と共に。

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