第12話 よみがえりし、古の『ユウシャ』

 大丈夫です。そう、笑いかけてあげたかった。いや、微笑みを向けるだけで良かった。

(・・・けど)

 それよりも大切なことが、今のアイネにはある。

<さて、アイネよ。改めて問おう、汝の力は何の為!>

 私の力、そんなものが本当にあるのなら、それは他の人を助ける為に。怖くても、恐ろしくても、勝てないと分かっていたとしても。

「誰かの為に踏み出す為、誰かの心に寄り添う為、誰かの傍に並び立つ為!それが力を欲する理由、それが私の求める力!」

 まるで流れるかのように、言葉が口から紡ぎ出される。

 ドクンドクンと早鐘を打つ心の奥で、パキンパキンと何かが砕ける。

<良かろう、良かろう。汝の心根、己が闘争の為に力を欲する戦士、『ウォーリア』で無し!己が名誉の為に力を欲する騎士、『ナイト』で無し!>

 その言葉と共にさあ、と陵墓の中に光が差し、アイネを包み込む。まるで剣から伝わるように、熱が手首を越えて足先まで至る。

<認めよう!汝、他者の為に力を欲する者、他者の為に命を投げ出せる者、即ち勇者、『ブレイブス』である!>

 バンと大きく何かが弾け、体を巡る熱量は次第に肌を覆い、何かを形作っていく。

<おお『ブレイブス』!まごうこと無き『ブレイブス』なり!悪しき姦計を越え、幾星霜の歳月を経て、今、再臨せり!>

 ドオンと、まるで星が爆発するかのような大音と共に、アイネとしての意識は途切れた。


「な、何の光ぃ!?」

 そう叫ぶ魔神官の顔には、先ほどまでの超越者としての顔は無かった。まるで真夏の太陽の如き強烈で熱気を秘めた光が、剣を構えた貧相な冒険者へと振り注ぐ。

 そして、信じられないことは続く。その光によって、咄嗟に防いだ魔神官の両手の表皮がじりじりと焼かれていくではないか。彼女がヴァンパイアになって100年ぶりに日の光を浴びたから、では無い。

「まさか、魔術師?いえ、違うわ、こんな聖なる光を詠唱も無しに。ガーゴイルたち!」

 追加でに1体を召喚し、合計3体のガーゴイルに翼を広げさせて光を魔神官から遮らせる。しかし、聖なる光はガーゴイルをもまた蝕んでいく。

「グ・・・グ!」

「耐えなさい!」

 その思いが通じたか、次第に光は弱まっていく。そして、光は降り注いだ時と同じようにパッタリと消えた。

「ふう・・・まったく、一体何が起こって・・・」

 台詞もそこそこに、瞼がパチクリパチクリと開閉を繰り返す。信じられぬモノがそこにいた。まるで降り注がれた光が形になったように白光を放つ、人の形をした『何か』。

「ば、馬鹿な!?」

 しかし、彼女が驚いたのはそこにでは無い。その光が形作るものは、まるで白金の鎧をまとい、聖剣と聖循を装備し、後頭部で纏めた長髪を靡かせる、彼女のトラウマと瓜二つの姿。

「あ、あり得ない!」

 そう、それはまるで、あの女勇者そのものではないか。

「隙ありだ!」

「邪魔よ!」

 後ろから組み掛かって来た男を軽く右腕で弾き飛ばすと、再び彼女はその『何か』を凝視する。すると、ソレもまた自分へと顔らしきものを向け、

<あらあら。数十年経っての目覚めなのに、見知った顔とはね>

 頭に、まるで直接投げ込まれたかのように声が響く。だからそれは、その光が発したものと断言できるものでは無い。

 しかし、魔神官にとっては違う。その声、その口調、その身ぶり。その例え何百年経とうとも忘れ得ぬ屈辱の記憶が彼女にソレが何かを理屈で無く、心で理解させた。

「ゆ、勇者ぁ!?」

<そういうそちらは魔神官、だったわよね?>

「ば、ば、馬鹿な!貴様は魔神王が!」

<確かに。この世からは消えていたわ。・・・だけど、あの子が倒した魔神王に成り替わろうだなんて企みを前に、呑気に眠ってはおれないでしょう?>

 その当たり前のような物言いに、魔神官の奥底から沸き上がったのはマグマのような憤怒だ。何故、何故、この女はまたあの時のように私の邪魔をするというのか。この不届き者はいけしゃあしゃあと自分の前に現れるのかという、大いなる身勝手な怒りだ。

「そう・・・なら、もう一度、涅槃で眠らせてあげるわ!」

 怒りを込めて両腕を大きく広げる。先ほどよりももっと強く、もっと早く、一刻も早くこの不届き者をこの世から消し去ってしまわねば―

「なっ!?」

 ―気付いた時には、女勇者の顔がほんの鼻先にまで迫っていた。

<遅いわよ!>

「くっ!ガーゴイル、来なさい!」

 咄嗟に、自身の足元にあった触媒に魔力を流してガーゴイルを召喚する。それを盾にして彼女がバックステップをするのと、呼び出したガーゴイルが光刃に切り裂かれて光と消えるのはほぼ同時。

 辛うじて、魔神官は切っ先が胸元を掠った程度の傷で済んだ。されど、痛みに顔を顰めた彼女を見て尚、女勇者の動きに容赦は無い。

<風情も無しに悪いけど。仲間の為にもこれ以上、その技を使わせる訳にはいかないの>

 切り込もうとした女勇者から魔神官を守るべく、後ろからガーゴイルが2体がかりで掴み掛かる。しかし、それもホンの数秒抑え込めただけ。スルリとその拘束を逃れた勇者に切り裂かれて、その2体も同様の末路を辿った。

「・・・なるほど、ね」

 一筋の冷汗を流しつつ、されど余裕のある態度を辛うじて崩さずに魔神官はそう呟いた。

「ただ、勇者の力が与えられた小娘、という訳じゃ無くて・・・本当に、あの勇者とでも?」

<そうよ。そう言ったじゃない?>

「言って無いわよ!」

 しかし、どうする。体中が光っているがガーゴイルが掴み掛かれたことから見るに、触れるだけで身が崩れることはあるまい。魔神官やガーゴイルでの攻撃自体は可能のはず。

 だが、さっきの身のこなしを見るに、いくら数を恃もうとガーゴイル程度で仕留めることは不可能だ。伊達に死んで尚勇者を名乗るだけはある、と言ったところか。

(なら、私が・・・・・・駄目ね)

 アレが『あの』女勇者と同じなら、魔術はあの盾で防がれよう。衝撃波は出鼻を挫かれるのはさっきの通りだろうし、呪いなんて通じる筈も無い。

(徒手空拳で挑みかかる?)

 しかし、それは彼女にとってリスクが大きすぎる挑戦だ。煌々と光る女勇者は今もジリジリと身を焦がしているし、さっきの掠った程度の傷でさえ身を焼く程の苦痛を与え続けているのだ。

 一太刀でも貰えばジ・エンド。私の生涯を賭けた儀式も水の泡だ。

「・・・ねえ、ここで私が貴女たちを見逃して儀式も中止するから、私を逃がしてくれる・・・というのはどうかしら?」

<それ・・・正気で言ってるの?>

 無論、正気で、だからこそ屈辱的だと奥歯が軋む。誰かに命乞いして生き延びるなぞ、あの魔神王相手に行った屈辱のそれと変わらない。

 しかし、それほどの苦汁の提案であるにも関わらず、あっさりと拒否される。

<だとしても・・・悪いわね。その条件で逃がしても、きっと他の所で儀式をやるだけでしょうし。それに・・・>

 肩へと担ぐように、勇者が光刃をひょいと背後へ向けた。すると、その切っ先は丁度不意打ちを仕掛けようとしたガーゴイルの顔面へと突き刺さる。

「ゲ」

 塵芥と消え果るガーゴイルを尻目に、女勇者は「やれやれ」とばかりに肩を竦めた。

<「助けてくれ」って命乞いをしながら、こうして不意打ちしてくるようなのを信用出来る訳無いでしょう>

 魔術も駄目、数で攻めるのも駄目、不意打ちも駄目、そして逃がしてくれと頼んでも駄目と八方塞がり。

「・・・・・・なんで」

<え?>

「なんでよ!」

 何故、何故、何故だ!どうしてだ!私は間違ったことは何一つ、してはいないのに、何故邪魔が入る!それも、決まってこの女勇者が邪魔に!

「貴様はぁ!どうしてぇ!」

 最早その態度からは、先ほどまでの優雅ぶった話し方はかなぐり捨てられていた。そして、この女勇者が傲然と立ち塞がりつつも手を出してこないこともまた、彼女の神経を逆なでさせる。

(あの時もそうだ!)

 恥も外聞も無く逃げ出した私を、追撃する事が出来ただろうに、見逃した。まるで相手にもならぬと、いつでも殺せると見下した、その振る舞い。

「そうして!そうしてそうしてぇ!貴様は私を、永遠に見下し続けるんだろうがぁ!」

 ギリリ、ギリリと胸は締め付けられ、沸き上がる憤怒が心を染めていく。この女勇者を倒す、それだけに心が支配されていく。新たな魔神王となるという野望も、儀式も、今の彼女の中からは消え失せていた。

「キ、キイィィィィィィィ―――――――――!」

 力づくで、首からかかるチェーンから魔封じのアミュレットをちぎり取る。その豹変ぶりに呆気に取られる女勇者を尻目に、魔神官はそのアミュレットを胸元へ、丁度先ほど傷をつけられた箇所へと突き刺した。

「ウ、ガアアァァァァァ――――――――――!!」

 熱い、熱い。体を焼くような激痛が、魔神官の体を駆け巡る。しかし、それと引き換えに、先ほどまで彼女を苛んでいた聖なる光による焼灼感はピタリと止む。

「ふうう・・・ふうう・・・ふうう。ふう、はああああ」

 そして、ちらつく視界の先にはどこか呆けたように見える女勇者の姿。恐らく人間ならば目を丸くしているだろうその無様な姿を想像するだけで、魔神官の胸へと走る激痛もどこかへ吹き飛ぶというものだ。

「さあ・・・ぶち殺してやるわ、女勇者」

 そのキタキタと上気した顔は、グンニャリと歪んだ。


 <え?>

 と、疑問の声を勇者があげるのと、さっきの逆戻しのように魔神官の顔が勇者の鼻先まで迫るのは、ほぼ同時だった。

「獲った!」

<っく!?>

 彼女が持つのは、いつの間にか拾ったらしいヒューの大斧だ。それを叩きつけるように振るう魔神官の一撃を勇者は辛うじて盾で防ぐ。

<この!>

 お返しとばかりに、がら空きになった反対側へと光刃を振り下ろすが。

<な!?>

 何という事だろう、魔神官は見切ったとばかりに光刃を左手で掴んで止めたのだ。その光景に、再び女勇者は驚きの声を上げた。

<ど、どうして?>

 そう、聖なる力を放つ光刃に触れ、魔性の者たるヴァンパイアが無事でいる。それは明らかに道理に外れた、ペテンとしか思えない光景だ。

「そおら!」

 しかし、魔神官はそんな勇者が考えを巡らせる隙を見逃さない。右足で勇者の胸元を蹴り、伯仲していた女勇者を床へと弾き飛ばした。

<っく!?>

「ほらほらあ!」

 受け身を取れずに背中を強か打つ女勇者へと、休む間もなく振り下ろされる。

「どうした、どうした、どうしたあ!」

 間一髪、身を転がして躱した勇者へとまるでモグラ叩きのように連続で振るわれる攻撃は、床を砕きビリビリと空気を震わせるほどだ。

<・・・・・・なるほど、ね>

 しかし、その猛攻をなんとかいなしつつ思考を巡らせていた女勇者の耳に届く、魔神官が動くたびにピチャピチャと飛ぶ血しぶきの音。それが彼女に、そのペテンの正体へと思い至らせた。

「何が!」

<今の貴女についてよ。貴女、魔封じのアミュレットを自分の体内に納める事で、自身の魔性を封じているのでしょう?>

 分かってしまえば、単純な話だ。一部の僧侶など悪魔狩りを生業にする者はその手段として、魔術でその魔性を封印して退治することが出来るという。それを魔神官は物理的に実行したという訳だ。

<でも・・・その、強さは!?>

 しかし、それだけとは思えなかった。魔神王に倒されたとは言え、彼女も勇者の端くれ。ヴァンパイアの如き化物ならば数多の数戦ってきた。だが、その連中と比較しても尚、魔神官の動きの速さと強さは常軌を逸している。

「冥途の土産に教えてあげるわ、これよ」

 立場が逆転した優越感からか、魔神官は余裕ぶった振舞いを取り戻すと、コンコンと額の魔石を叩く。その石は先程よりも鮮烈に朱い光を瞬かせていた。

「魔石に蓄えた魂を魔力に変えて、体の力を増幅させているの。魔将の連中は皆、平気でやっていたことでしょう?驚かないでよ」

 つまりは、ルーサが行っていた強化魔法を自分で自分にかけているのという訳だ。

「それとも・・・今の貴女には、この程度でも身に余るのかしら?」

 ただ、それを端から身体能力に優れるヴァンパイアにかけた、というのがミソだ。

 不死性を失っても、彼女の身に宿る人間離れした筋力は健在だった。それを大いに増幅させたということは即ち、人知未踏の領域に足を踏み入れたということである。

「お喋りはここまで。死になさい」

 ダンと大きく床を蹴り、魔神官は一気に跳躍をかける。生半可な冒険者であれば目で追うことすら出来ない程のスピードで勇者の真横をすり抜け着地。

「獲ったわ!」

 その勢いをそのまま大斧を振る力に変えフルスイング、振り回された大斧は風を切る。

 狙いは1つ、女勇者の首。

<っく!?>

 辛うじて、と言うより「首を狙うだろう」という山勘が当たったおかげで、大斧の一閃は光刃に阻まれる。

 しかし死者と生者、勝者と敗者を分かつ分水嶺は確実に、その潮目を変えてきていた。


「よく動く!それほどまでに私を苛立たせたいのかしら!?」

 苛立ちながらそう叫びつつも、魔神官の心はいつになく高揚していた。

 あの時、私に恥辱の憂き目を見せたあの女勇者が、今、私の手によって葬られようとしているのだ。それが嬉しくない筈が無いだろう。

(この数十年余りの修練と研究、屈辱と汚辱の日々が、今!)

 ブン、と最早何度目か、振るわれた一撃は猪口才にも躱されるが、その女勇者の様子に魔神官が奥の手に出る前の余裕は失われていた。武術についてはド素人の魔神官でも、その単純なパワーだけで勇者を圧倒しているのだ、出来ているのだ。

 仮に魔神王となってそれら技量を身に付いたのなら、それこそ世界征服も夢では無い。

 加えてこの女勇者の力、その絶大だった『力』は魔神官の記憶のそれとは大違いに劣っていることも、優勢に戦いを進められている要因の1つだ。

「あらあら、これで全力?」

 グンと突き入れた斧を盾で受け止めた女勇者は蹈鞴を踏んで、それに耐える。記憶ではこの程度の攻撃、余裕で耐え切れたはずなのに。

「それとも・・・私が強くなりすぎたのかしらぁ!?」

<よく・・・喋る!>

 牽制も兼ねた攻撃が、女勇者から見舞われる。しかし回避に全力を出している以上は攻撃も重みが乗らず、僅かに皮膚を傷つけるに留まった。

「避ける価値も無いわ、死ね!」

 対して、魔神官が殺意と共に打ち出した攻撃に、それを受けた女勇者は大きく後ずさらせられる。

(そうよ、そうよ、これで良いのよ!もう少し、もう少しよ!)

 そうとも、後数回も打ち込めば勝負は終わる。この戦いで魔石から取り出した魔力についてはこの女勇者の残骸と寝転がるニンゲン3体を贄とすれば十二分に取り返せる。そうして、儀式を完遂すれば私は栄えある魔神王だ。その甘美な果実まで、あと1歩なのだ。

「ふふふ、魔力!召喚術!ヴァンパイアパワー!それに加えて身体強化まで得たこの私に!勇者だろうと誰だろうと!勝てる者なんていないわ!」

 そう、強引に引き寄せた勢いは今、魔神官の側へと傾いていた。それは間違いない。

「・・・へえ」

 だがしかし、強引であればあるほど、ホンの小さな躓きが大惨事に繋がることもある。

「なら、コイツはオマケだ、取っときな」

 

「え?」

 そう魔神官が声を漏らすのと、トスと何かが刺さる軽い音が聞こえたのは、殆ど同時にだった。

「え、ええ?い、いいいい痛いい!?」

 続いて訪れたのは背中の中央に生じた熱感で、それが直ぐに痛みへと認知されて魔神官の頭を駆け巡る。反射的にその部分に手を伸ばした魔神官が掴んだのは、何とも安っぽい造りの1振りのナイフの柄らしきもの。

<っつ、今!>

「あ、え!?」

 そして、その一瞬の隙を見逃す女勇者では無い。鋭い勢いで放たれた1突きで見事、魔神官の額に据えられた魔石をその切っ先で打ち砕いた。

「ああ!?」

 その途端、魔神官の体からはさっきまで与えられていた力が、みるみる内に抜け出ていく。

「何、何、何なの!?」

<そこ!>

 その隙を見逃すほど、女勇者は聖者ではない。キャン、とまるで金属が擦れ合うような、甲高い音が響く。

「え?」

 そして次の瞬間、魔神官の右腕からは鮮血が迸る。それと同時にゴスンと右腕で持っていた大斧が床に落ち、そこには大斧を変わらず持つ自分の右腕があることを自分の目が確認し、

「ひ、い、やあああああああああ!?」

 脳髄まで一直線に、これまでで最大級の激痛が走り込む。

「は!ひ!いいいいいいい!わ、私のお!私の腕があああ!!」

 どうして?何故?何が起こった?さっきまで勝っていたのは私のはずなのに?

<とどめ!>

「ひ、え!?」

 そんな状態でも咄嗟に女勇者の攻撃を跳躍して躱せたのは、ひとえに彼女が積んできた経験の賜物だろう。しかしワンテンポ遅れたことは否めず、その代償は彼女の左足の膝から下だ。

「ひ、い、やああああ!」

 死ぬ、死ぬ、死んでしまう。自身を苛む激痛に、魔神官は胸元からアミュレットを抉り出すと忌々しいとばかりに放り捨てた。瞬間、不死性の戻った体からは痛みは掻き消え、失った手足も瞬時に生え揃う。

 が、それど同時に体へと見舞われるのは、聖なる光による焼灼感だ。

「ふ、はあ・・・はあ、一体、何が・・・?」

<何が?って言われてもね>

「ひっ!?」

 ぱちゃり、ぱちゃりと血潮を踏みながら。シュン、シュンと聖なる力でそれを光に変えながら。

 女勇者が魔神官の元へと近寄り、その行為と言葉で残酷な現実を突きつける。

<私の勝ち。そして貴女の敗北よ、魔神官>

「そ、そんな・・・」

 そんな、そんなはずは無い。私が魔神王と成り、この世の栄誉を手にするヴィクトリーロードはまだ、始まってもいないのに。負けるなんて、あって良い訳が無い。

(・・・まだだ)

 そうとも。まだだ、まだ負けた訳では無い。このままでは終われない。

(そうだ!)

 そうとも。忘れていたが後ろにはコイツの仲間、大斧使いの冒険者の姿があるはずだ。流石の女勇者も、否、勇者だからこそ、これを盾に使えば・・・

 <駄目よ>

 ほんの少し伸ばそうとした右腕は、その言葉と共に切って捨てられた。聖なる光刃で切り落とされた右腕は再生することなく光と消え、切断面を煮えたぎる油に浸されたような激痛が襲う。

「ぎ、いやああああああ!!」

 ゴロンゴロンと痛みから、勇者から逃げるように床を転がる。バサバサと埃まみれになった髪が体に絡みつく。

「ま、また、私の腕が!私のおおおおおお、お?」

 荒い息が収まらず悶える私の上にサッと影が差す。その方向に顔を向けた私はきっと、どうしようもなく間抜けで、どうしようもなく絶望した顔をしていただろう。

「へあ?」

 そこには光刃の切っ先を地面へ、つまりはそこに寝転がる私へ向かって突き刺そうとしている女勇者の姿があった。

 <じゃあね>

 魔神官が何か言おうと口を開く前に、その切っ先は振り下ろされる。まるでバターに熱したナイフを突き入れるかのように易々と、光刃は彼女の胸を貫いて床に私を縫いつけた。

「がっがっがあああ!」

 さっきまでの焼灼感とは文字通り桁の違う、比喩でなく身を焼くような痛み。私の体はビクンビクンと痙攣するように全身が波打ち、口からは言葉にならない叫びと共に唾が飛ぶ。

<最期に言っておくわ>

 チカチカと脳内に走るスパークの奥、どこからか声が聞こえる。

<あの時に貴女を逃がしたのは、別に貴女を見下していたからでは無いの>

「う、そだ!」

 ガクガクと震える咢から辛うじて、己の意志を吐き出す。

<いいえ、本当よ。・・・信じてくれるとは、思って無いけれど>

「な、らばあ!」

 よもや、逃がせば恩に感じてすり寄ると、魔神王から寝返るとでも思ったのか。

<違うわ>

 口から出す事すら叶わなかった魔神官のその想いを感じ取れたか、女勇者は悲しそうにかぶりを振った。

<そう簡単に仲間になるなんて、思って無い。けど、けれどね。私たち人間の力を知った、勝てない力があると身を以て知った貴女がいれば、ひょっとしたら魔物側と人間側、それぞれがそれぞれに干渉せず共存できる。そんな未来が築けるかも、そう思ったの>

「ば、かめ!」

<ええ。あの後、仲間にもそう言われたわ>

 ふふ、とどこか自嘲にも聞こえる笑み。それが尚の事、魔神官の神経を逆なでする。

「わ、私は魔神官だ!魔物を従え、人間を滅ぼす魔神王の配下にして、未来の魔神王だ!ニンゲン風情と共存など、は、吐き気がするわ!」

<ええ、そうね。だから今、私たちはこうしてまた殺し合っていたのでしょう?>

 それ以上話すことは無いとばかりに、グンと一層深く光刃が突き入れられると同時に身を焼く光は強くなり、魔神官の体はホロホロと光の粒となって消えていく。

「ぐ、あああああ!い、嫌だ!嫌だ!こ、こんな有様あああ!!」

 まだだ、まだだ、まだ何も成していない。魔神王に成ることも!魔神王として魔物どもを足下に平伏させることも!ニンゲンどもを血祭りにあげることも!何一つ!

(せ、せめて!せめて!せめてもう少しだけ!!)

 未来を、栄光を、繁栄を。せめて明日をと魔神官が虚空に伸ばしたその左手、無意識に何かを掴もうと、縋ろうと、触れようと伸ばしたその左手は。

「あ、ああ!ああああああああああ・・・・・・・・」

 何を掴むことも出来ず、光と消えた。


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