第10話 立ちはだかる、『キョウイ』

「・・・・・・ウウ」 

 アイネたちが予想した通り、その先の前室にはガーゴイルが4体、天井に貼り付いて待ち構えていた。

 あまり知られていないことだが、召喚された魔物や使い魔の類にも意思はある。確かに上級魔族でもない限り人語を解さないし、野良モンスターのように自由に行動出来ないからか、画一的な召喚主の道具のように思われがちだ。

 しかし、スタンドアロンとは言えないかもしれないが自律して行動している以上、人間で言うところの意思や考えの違いも、彼らなりにはあるのだ。

「グウウウ・・・」

「・・・ウウ」

 そして、今現在、陵墓内の天井で侵入者を待ち構えているガーゴイルたち。彼らが何を考えているかと言えば、先だってやられた他のガーゴイルへの罵詈雑言だ。

 元々、この前室に配置されていたガーゴイルは、全部で8体。その内、腕に覚えがある半数のガーゴイルは迎撃に出て、そして死んだ。

「グッグッグ」

 そんな同胞に対して、残った彼らはその無思慮を嘲笑っていた。ザマア見ろ、ザマア見ろと、嘲笑を重ねていた。

 自分の腕の良さを以て自分たちを見下して、残って守りを固めるべきと主張した自分たちを臆病者と鼻で嗤った、その挙句に死んだ馬鹿野郎共に、誰がその死を偲ぼうか。

「グウウウ!グウウ!」

 あの馬鹿共は、戦術の何たるかを分かっていない、と一番頭の働くガーゴイルは舌鋒鋭く批判する。自分たちの方が数が多いのだから、広い空間で数的有利を生かして戦うべきだ。狭い通路ではその利を生かせない。

「グ!」

「ググ!」

 その発言に、他のガーゴイルたちは一斉に「そうだ、そうだ」と囃してる。自分たちは怖気づいた訳では無いと、精一杯に主張する。

「ググウグ・・・」

「グググ」

 しかし、そんな彼らにも誤算―と呼ぶほど大したものでは無いが―が1つある。それは彼らの同胞を打ち倒したであろう冒険者たちが、一向に入って来ないことだ。

 若しや、相打ちでやられてしまったか。そこまでではなくとも負傷して引き返したか。

 それはいい、といっとう臆病なガーゴイルが言う。自分たちに被害なく、気に食わぬ奴ごと死んだのは良いことだ、と。

 駄目だ、と空威張りが目立つガーゴイルが反駁する。自分たちは何もしなかったのだから、評価されるのは死んだ気に食わぬ奴だだけだ、と。

「グ・・・」

 結局のところ、『彼らは様子を見に行く』という必要な行動から目を背けているだけだ。ただ、そうしてばかりもいられない。誰かが、見に行かなければならない。

 それは、そんな話を切り出そうとした矢先のことだった。

「行きますわよ!」

「「「!!?」」」

 通路の方から聞こえたのは、さっきも聞こえたよく通る女の声だ。皆、思い思いに顔を見合わせる。それはホッと安堵の顔、そして「逃げ無かったのか」という嘲りの顔だ。

「グウグウ」

 臆病者の1体が「慎重に」と言うが、そんなことを今更言い立ててどうする、と他のガーゴイルはカラカラと笑う。例え相手が手練れだろうと所詮は冒険者、空を飛べて力で勝る自分たちに、勝てるはずがないでは無いか。

 そう考える彼らの頭の中からは、『そいつらは同胞を倒して来ている』という事実はスッポリと抜け落ちていた。

「ひっ」

 大当たり。入って来た冒険者を見て、ガーゴイルは口角を歪に吊り上げる。

 上を見上げ、僅かに悲鳴を漏らすその主は間違い無く冒険者。それも、女が1人。

「グ!!」

 それだけ見れば十分と、誰かが発した掛け声と共に天井より飛び降りる。重力に加えて背中の羽が作る合成風力が、体を地面へと急降下させる、はずだった。

「それ!」

 しかし、それは女が両手を上へと突き出したことであっさりと裏切られる。瞬間、轟という響きと共に吹き荒れる風が彼らへと襲い掛かかった。

「ゲ!?」

 これはいけない。それは炎や氷といった破壊要素の混じらない単純な『風』だがしかし、宙空にいる彼らを吹き飛ばせるほど強い『風』だった。そして彼らガーゴイルは、飛ぶ能力はあれど鳥や飛竜のような飛行達者では無い。吹き飛ばされて天井にぶつかれば、そこから立て直せる自信は無い。

「グウウウウ!」

 だから全員、バッサバッサと羽音を響かせて風に逆らう。風の流れから避けて冒険者を仕留めに行く、という道も無いでは無かったが、強風に揉まれる中で進路変更出来るなら、初めから彼らは困っていないのだ。

 だから、彼らが選択したのは一途に耐えること。よもや、あの冒険者とて永続的に魔術を行使できる訳も無し。途切れた瞬間に飛び掛かり、始末する。一か八かに賭ける勝負をするよりも、それが確実で安牌の手。

「それ、いきますわよ!!」

「ググウググッグウ!」

「「「グ!」」」

 だから、彼らはその冒険者がそう怒鳴った時「もっと強いのが来るぞ!」と叫んだ1体と、それに備えて全力で羽ばたいた全員の決断は、その点においては正解だった。

 だが、それは『強い風が来る』という判断が正しかった場合に限る。

「「「「ゲ?」」」」

 風が止んだ。

 風が止んだ?

 風が止んだ!

 ふっと掻き消えるように、さっきまで彼らを苛んでいた風が消えた。何故だと自問する余裕も、卑怯なと糾弾する余裕も、間違っていたぞと非難する余裕も無く、ガーゴイルたちは皆自分が起こした羽ばたきに押されて地面へと猛進する。

 否、それは落下。それも自由落下の何倍も速い急降下だ。

「ゲバ!?」

 先ず、最初に警告を叫んだ1匹が大地へと接吻を果たす。

 彼は2番目に幸運だった。まるで石壁に槌を撃ち込むような轟音を立てて地面に首から胴まで埋もれたそれは、その勢いで首を砕き死んだので恐怖を感じる暇も無かっただろう。

 1番幸運だったのは、その次に突っ込んだガーゴイル。偶然にも彼が進む先には、元凶たる冒険者の姿があったからだ。ほんの僅かな希望を得られた彼はしかし、その冒険者を抱えるように突き飛ばした女の手によりそれを奪われ、そのまま1体目と同じ末路を辿った。

「ググ!」

「ウグ!」

 そして、同点最下位だったのは残りの2体。

 単純に後ろに居たから、少し制動が間に合った。否、間に合ってしまった。ビタリと丁度、人の頭の高さ位で止まれた彼らはしかし、それ以上動き出すことは出来ず、

「むうん!」

「せいや!」

 彼らに出来るのは各々に獲物を振りかぶり近づいて来る冒険者を眺める事のみ。

(助けてくれ!止めてくれ!死にたくない!)

 そんな感情の放流を存分に味わいつつ、彼らの感覚においてスローモーションで接近する斧や六角棒の1撃が、そんな意識ごと頭部を粉みじんに打ち砕いた。


「お―――ほっほ!どうですこと、ワタクシの力は!?」

 凄いでしょう、と万感の高笑いによる自己主張。しかし、パーティの仲間たちはそんな彼女へは誰も目をくれず、鵜の目鷹の目で地面を探し回っていた。

「あ、ありました!」

「ほう、それは重畳。してヒュー殿、稼ぎは?」

「それで4つめだ。オレとオッサンが殺ったのは回収出来たが・・・地面に突っ込んだのは、ダメだなありゃ」

 そこには、塵と化したガーゴイルの成れの果てがパンパンに詰まった穴が2つ。

「自分の墓を自分で掘るたあ、体が硬い割には器用な奴らだ」

「ですね。あ!頑張れば、その、全部掘り出せば・・・」

「止めとけ、止めとけ。第一、そこまで苦労して触媒の宝石が見つからなけりゃ、話にならねえよ」

「であるな。まあ、この2体の分で満足するしかあるまいよ」

 自分を無視して戦利品の算段をするそんな仲間たちに、ルーサはダンダンと地団太を踏むと憤怒の形相でヒューへと詰め寄った。

「ちょっと、お待ちになって!!」

「何だよ?」

「それも大事ですわ。で・す・け・れ・ど・も!ワタクシの頭脳プレーを褒め称えるのが先ではないですこと!?」

 トストスと、何度もヒューの鳩尾のあたりを人差し指で小突きながら言い募る。それに対して「困ったな」と言わんばかりに顔を背けられたことに増々ヒートアップしたか、

「そもそも!どうしてこの唐変木以外のアナタたちも、そうなんですの!!」

 ぐんにゃりと、まるで虎狼の相が如き動きで首を曲げる。そうしてギンと睨みつけるは毎度の事と放置を決め込んでいたアイネたち。その剣幕か、動きにか、はたまた両方にか、2人は慌てて慰めにかかかる。

「ま、まあまあ・・・」

「落ち着かれよ、落ち着かれよ。誰も凄く無いとは申しておらぬ」

 じゃあ、と憤怒の表情で近づこうとしたルーサを、ヒューは後からそっと肩を抱き止める。

「だから落ち着けって。・・・・・・まあ、ふざけたオレらも悪いっちゃ悪いけどよ・・・ルーサも悪いんだぜ?」

 その無駄にムーディな動きに、流石のルーサの怒りも引っ込んだ。

「・・・では、何でですの?」

「いや・・・その・・・あんまその『どうだ、凄いだろう?』って言われると、その、褒め辛いんだよ」

 ですの?と目で他2名へと問いかけると、ロウトは大きく頷きアイネは気不味そうに目線を反らした。

「そ、そんな・・・」

 思わずといった具合に、ルーサはガックリと肩を落とし膝をつく。それほどのことか、とは言わずが吉と判断したヒューたちは、一先ず話題を変えることにした。

「しっかし・・・この広間は何だ、こりゃ?」

「ふうむ。陵墓とは最奥に部屋を設けて棺が安置されているもの、と相場は決まっておるが・・・」

「ところがどっこい。まだ、先がある、と」

 ヒューが目を向けた先、入って来たところから丁度一直線先には、先に続く通路がポッカリと口を開けている。

「あ、多分ですけ、ど・・・」

「ど?」

「ここは、そのう・・・恐らく、宝物を置いていた場所なんじゃないか、と」

 宝物う?と2人が首を傾げると、アイネは「はい」と大きく頷く。

「王とか、有力な人物とか。その人が亡くなる際には、その、お墓にその身分を誇示するような宝物をですね、その、一緒に入れていたそう、で。多分、ここは、それ用のスペースじゃないか、と」

「ほう。それは拙僧の宗派の教えとは異なりますな。聖者は清貧であるべきですからな」

「オッサンらの言う『聖者』じゃねえからだろ。でもよ、宝なんてのが無いのは兎も角として・・・こんな高い天井が要るのか?」

 確かに、仮にこの天井まで一杯に宝物が詰め込まれていたのなら、それは国家財政すら軽く凌駕する程だろう。それほどまでに巨万の富を得た人物の陵墓が、悪人に利用されて気付かれない、なんてことがあるだろうか。

 しかしその疑問への回答は、意外にもルーサからもたらされた。

「んー・・・若しかしたら、構造上の問題かもしれませんわね」

「構造上?」

「大きな建築物を建てる際には、ワザと上に広い空間を設けると学園で聞いたことがありますわ。勿論、ここがそうとは限りませんけれど」

「成程ねえ・・・」

 流石の自称、魔術学園の才媛。こと単純な知識の裏付けにおいては一つ頭秀でているのは間違いない。

 さも納得したように顎をさすりながら、ヒューは広間を見上げる。よく見れば、その壁一面には通路と同じような文様や図がうっすらと刻まれていた。

「ま、今となっちゃ空っぽの空き家でしかねえが・・・この先は、どうなってんのかな、と・・・」

 そう言って、ヒューは何気なく通路の先へと目をやった。無論、そこに灯りは無く真っ暗で、何も見えない・・・はずだった。

「!?」

 だが、そこにヒューは確かに感じた。それは、紛れも無い敵意の塊、強烈な悪意の波動、ガーゴイルとは段違いの威圧感。

「アイネ!」

「はい!」

 気付いたとあれば、ヒューたちの動きは早い。ヒューとロウトが通路に立ち向かうようよう武器を構え、アイネは状況判断が一呼吸遅れたルーサを2人の後ろへと引っ張り込む。そこに先程までのおちゃらけた雰囲気が介在する余地は、毛ほども無い。

「無事か、皆の衆!」

 その真剣な声に、いつもなら文句の1つも出ようルーサも黙って頷き、ヒューとアイネは返事代わりにカチャリと武器を鳴らした。

「ふむ。お嬢、通路の先以外に敵は?」

「い、いないと思い、ます」

 チラと見上げれば、少なくともガーゴイルのお替わりは無いようだ。

「で、あるか・・・ならば」

「な、何ですの?」

「敵は正面のみ。されど・・・」

「ああ」

 カツン、カツンと聞こえてくる足音に、ヒューは思わず生唾を飲む。武器を持つ両腕に力がこもり、毛髪の1本1本がそば立つような感覚が襲う。そして、そう感じるのはロウトも同じで、違うのは頭髪の有無のみだ。たらりたらりと流れるのは冷汗か、それとも脂汗か。

 それほどまでに彼が感じた威圧感は凄まじいものだった。

「こいつは、やべえな」


 漆黒の闇の中から、足先から順に広間へと姿を現したソレを見て、

「ほう!」と、ヒューは目を見開いた。

「うむ・・・」と、ロウトは眉を顰めた。

「これは・・・」と、ルーサは半歩退がった。

「ひっ!」と、アイネは短い悲鳴を上げた。

 それは女だった。それもルーサすら歯牙にかけぬ程に華美で繊細、大凡美を求める女性なら10人が10人とも首を垂れる程に魅力的な。

 白一色のカソックのような、変わった装束。そこからチラリと覗く肌は顔と同じく細雪の如き純白で、目深に被る頭巾から零れる銀色の長髪は銀糸のように乱れ無く爪先まで流れている。胸部の膨らみこそ十人並みであるが、どこか儚げに見える相貌とほっそりした四肢にはその方がむしろ似合って見えた。

 そう、普段のヒューならば力説するところだ。だがその彼をして、

「ふう・・・やべえな」

 そう、一瞥をくれるに留まった。

「あら?殿方は美しい女性がお好きなのでは無くて?」

「好きだよ。オッサンは兎も角、オレはな」

「なら何故?私も自分の容姿にはいささか自身があるのですし、寸評を聞かせてはもらえませんかしら?」

「ワリいな、人外はノーサンキューなんだ」

 血が通っていないかのような、白い肌と同じくらい白い唇。それとは対照的に開きっぱなしの瞳孔は血のように紅く、細い。笑い口から零れた犬歯は八重歯と言い切るにはあまりにも長く、オマケに広間に踏み入れて尚、その足元には影が無い。

 そこまで要件が出揃えば、導き出される答えは1つだ。

「不死の化物・・・ノスフェラトゥ、だったか?」

「折角ですが。ヴァンパイア、と呼んで下さいまし」

 スッと、一礼をするために装束を持ち上げた指先に光る爪も、鋭く長く、尖っている。

「ふん、化生が。如何に礼を尽くし言葉を整えようと、その身から香る死臭は誤魔化せんぞ」

「あら、礼には礼で応えるのが、礼節ではありませんこと?」

「失笑。拙僧、これでも聖職者の一端でな。忌むべき化物に払う礼は生憎と持ち合わせておらぬ」

 良く回るロウトの口ぶりだけはいつも通りだが、普段と異なりその眼はスッと威圧するかのように細められている。

「しかし、まさか不老不死の化物が存命とは。拙僧てっきり、先達らに狩り尽くされたと思っておったがな」

「これの御蔭よ」

 そう言って彼女は、胸元のアミュレットを細い指で弄ぶ。

「ほう・・・魔封じのアミュレット、いや、形状からすればペンジュラムか?」

「どっちでも良いわよ。しかし、こんな子供騙しの隠れ蓑すら破れないなんて、聖職者と言っても口だけのようね」

「なぬ!」

 再度、悪口雑言の応酬に入ろうとしたロウトを、ヒューはスッと手を差し出して制止した。なし崩しに戦闘へと陥る前に、確認すべきことがある。

「で、だ。オレはさっきから嫌な予感がして堪らんのだが・・・確認させてくれ。オレたち含め、冒険者を連れ去ろうとしたのはお前、でOK?」

 コクン、と頭巾が上下する。

「で、だ。オレはいろいろ考えた。攫ったのは何故か?身代金か、労働力か、とな。だが・・・ヴァンパイアが攫ったってこたあ・・・餌か?」

 しかし、その問いにフルフルと頭巾は左右に揺れた。

「違うわ。私はヴァンパイアにして魔神官・・・これでも、名の知れた美食家なのよ?」

 魔神官。その単語を聞くなりロウトが「ううむ!」と大きく唸った。

「・・・魔神官とは!不遜にして豪儀な名乗りよ」

「知り合いか?オッサン」

 ヒューの問いに、ロウトは「否とよ」と首を左右する。

「されど、知ってはおる。魔神官とは、魔神王に認められし魔術達者の総称よ。されど・・・ううむ、信じ難し!彼の勇者ガンディオが魔神王を討伐せしめた大戦の折、その配下たる魔神官や魔将悉くは討ち取られたはず!」

「あらあら、良おく見なさいな。脚・・・あるでしょう?それと・・・そこのお兄さん、1つ修正よ。私は攫ったのでは無いの、捕らえたのよ。目的の為にね」

 その言葉に、ブルリと身を振わせたアイネだったが、押し退けるようにズイと2人の隙間から前に出た。

「じゃ、じゃあ!あの、皆は!?」

「誤解しないで、死んではいないわ」

 それに、一瞬ホッとしたアイネだったが、

「で・・・そいつらはどこに?」

「ここよ」

 トントンと前髪に隠されていた額を指しつつ紡がれた次の言葉に、愕然と言葉を失った。そのヴァンパイアの額には、目測20カラット以上はありそうな大ぶりの宝石が鎮座していたのだ。

 そう、まるで血のように紅い、禍々しい気配を放つ宝石が。

「成程、そういうことでしたのね。確かに、儀式に使う魔石に生贄の魂を捧げることでその効力は高まる。そう聞いたことはありますけれど」

「あら、少しは詳しいのね」

 しかしその称賛のような声を聞いても、ルーサの表情は暗いまま、吐き捨てるように言い放つ。

「・・・けれど、生贄の儀式なんて外法。そうも聞いてましたわ」

「ええ。私は魔神官ですもの。世間の外法は私たちの常道、ではなくて?」

「何と言おうが、畜生の行いには代わるまい。流石は一等級の外道であるな」

 だが、そんな問答は最早、アイネの耳には入っては来ない。その心にあるのは罪悪感。無意味なことに、それも特別危険な存在に皆を対峙させてしまったことへの絶望の心地だ。その重みで肩は沈み、ガクガクと震える膝には力が入らない。

「気にすんな」

 そんな彼女を励ますように、ヒューは何でもないような声でそう言うとグシャグシャと頭をかき回した。しかし、それでも尚ガクガク膝が震えるのは、ひとえに目の前の魔神官から感じる自分たちとの圧倒的な実力差。そこからくる恐怖心だ。

 そんなアイネの様子をたっぷりと楽しんだ魔神官はクスリと笑うと、ピンと細い指を1本立てる。

「それでね。私から貴方たちに1つ、提案があるの」

「ほう・・・オレたちにお前を見逃せ、ってか?」

 そのヒューの言葉に、魔神官は「ハッ」と嘲りが籠った笑いを溢した。

「それ、冗談?面白く無いわよ。提案と言うのはね・・・簡単よ、今から私が行う儀式を邪魔しないで見ていて欲しいのよ。その後は、好きにしていいわ」

「へえ。なら何の儀式か、参考までに教えてもらいたいね」

「それは内緒。でも・・・・・・びっくりするわよ、きっと」

 そう言うと、魔神官はニッコリと冷たい笑みを浮かべた。相手が化物だろうと何だろうと、嫌な予感しか感じられない笑みだ。

「それは、それは。寛大な提案に痛み入る、と言いたいところであるが・・・・・・僧侶の身として常命の理から外れた化物を見逃しては、それこそ先達に顔向け出来ぬのでな」

 そう言って、ロウトは六角棒をグルンと回した。

「ヴァンパイアの死骸は、魔術の良い触媒ですの。それも魔神官とくれば、ここまでに飲んだポーション代と比べてもお釣りが出ますわ」

 そう言って、ルーサはロウトの横に並んだ。そして、ショックで口の利けないアイネを押しやるようにして後ろにやったヒューは、

「って訳だ。オレとしても、訳の分からん見世物は御免被るしな。それに・・・助けられなかったのならせめて、儀式を台無しにしてその敵討ちとさせてもらうぜ!」

 そう言って、大斧をズンと構えた。まるで示し合わせたかのように、まるでアイネを庇うかのように、前へ。

「やっぱり、そうなるのね・・・馬鹿なニンゲン」

 臨戦態勢の3人を前にして尚、魔神官は失望したような言葉を吐くと大きく腕を広げる。その動き、そしてその表情、それらから導き出された知識がアイネに我を取り戻させた。

「身の程を・・・弁えさせてやりましょう!」

 広げた手の指先をスイと尖らせ、ブンと大きく前へと振られたその時。

「ダ、メェ――――――――――――――」

「な!」

 後からドンと弾き飛ばされたヒューは、そのボサボサの揺れる長髪が魔神官の発した光に呑まれるのを見た。

 そして数秒後、世界が崩壊するかのような轟音が彼らを包み込んだ。


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