第8話 胎動する、各々の『アクイ』

 そんなこんなで歩を進め、太陽が真上から少しずれるころ。4人と1匹は小高い丘の上から崖に穿たれた穴を見下ろしていた。

「ふむ。あれが女の根城か」

「女ってなんだよ」

 すっかりツッコミが板についたヒューが、疲れた声を上げる。「無視すれば宜しいのに」とはルーサの弁だが、付き合いと面倒見が良いのが仇となったようですっかりその役割が定着していた。

「おや、聞いておらなんだかな?このゲ・ベ殿が首魁は女だと言っておったぞ、頭目殿」

「正確にゃ、高い声で腰の括れた髪の長い人間、だろ?それに・・・頭目呼びは止めろ」

 確かに朝出立する前、町へ帰るまでの暫定的なこのパーティにおいてリーダーの役を担うことには同意したのは事実だ。しかし、それを務めるのが嫌で逃げ出したヒューとしては、その呼ばわれ方は何とも居心地が悪いと顔を顰める。

「ははは、なら女ではないか頭目殿!」

 そして、そう言われて尚、ロウトが彼をそう呼ぶのは言うまでも無く、ワザとだ。

「声の高い爺さんだったらどうすんだよ。ナイスバディの」

「・・・そんな気持ち悪い想定が出来るの、アナタだけですわよ。そんなことより・・・」

 と、座り込んだルーサが汗を拭いつつ睥睨するが、彼女から見ればそれはただの穴にしか見えなかった。

「本当に、あそこで合っていますの?」

 ジロリと訝し気な目で睨めつけられたゲ・ベが何か言おうと口を開く前に、

「大丈夫だと、思います、よ」

 と先行して様子を見に行っていたアイネが戻り、そう報告する。また回されるかも、と顔を引き攣らせかけたゲ・ベはそれを聞いてホッと安堵の息を吐いた。

「戻ったか。で?」

「は、はい。草むらに隠してある感じ、です、けど。大きな馬車が、ありました」

「敵は?」

「いたら、その・・・見に行けて無いで、す」

「そりゃそうか」

 察知能力と知識はあっても、それを生かし斥候として行動するにはアイネの身のこなしは危うい。故に、「少しでも危険を感じたら戻れ」とは言ってあった。

 逆を言えば、アイネの察知にも引っかからず、実際に襲われもしなかったとあれば本当にいないのだろう。

 敵がいない、それは侵入しようとするヒューたちにとっては歓迎すべき事のはず。

「むむむ」

 しかし、ヒューは「面白く無い」と言わんばかりに唸り、眉を顰めた。

「何がむむむ、なんですの?」

「中途半端だ。何にせよ」

 彼の思考に引っかかったのは、アイネの報告にあった馬車についてだ。放置したにしては入り口からは離れているし、隠すなら洞窟の中に入れてしまえばいい。

「まるで・・・見つけ出して欲しいかのような隠し方だ」

 そう考えれば、見張りがいないのも踏み込ませるためとの邪推が出来る。

「まあまあ頭目殿、ここは訊いてみるが吉であろうよ。・・・で、どうであろう?」

「俺モ詳しい手順ハ聞いテおらんガ・・・大きナ馬車、トあれバ貴様らの仲間ヲ運ぶのニ使ったモノダろう」

 縛り付けられた六角棒が地面に突き刺されているので案山子のような状態のゲ・ベはあっさりと、まるで用意していたかのように答える。

「であるか。なら他に敵は?」

「知らン。俺以外ニ誰が雇われているノかなゾ」

「ふむ・・・で、どう致そう?」

「そうだな・・・・・・ま、しゃあねえか」

 疑問点を残したまま行動に移ることに、躊躇が無いと言えば嘘になる。しかし、だからと言ってここで考えていて解決することでも無い。第一、ロウトの後では小さい影がうずうずしている。

「取り敢えず、行くなら行きますわよ。埒があきませんわ」

 ここまでの道中で分かったことだがこのルーサ。見た目や魔術師という職種とは裏腹に、まあまあ猪突猛進な気質らしい。

 だが、そんな簡単な言い方の方が得てして楽に進めるようになるものだ。

「まあ、そうだな。行ってみりゃ分かるか」

「おう!」

「はい!」

「ですわね」

「ちょっト待テ!」

 いい感じの雰囲気に、案山子のようなコボルトが水を差す。

「何だよゲ・ベ」

「行く前ニ、俺ヲ放さんカ!」

「おお、そうであったそうであった」

 そう言ってゲ・ベの方へと向かうロウトだが、3人は全員、心の中で「・・・絶対にワザとだ」と呟いた。何故も何も、ゲ・ベはロウトの六角棒に縛り付けられているのだから、それを置いて行ける訳も無し。相変わらずの悪趣味な悪ふざけだ。

 しかし、3人は勿論のこと当のゲ・ベ本人でさえも文句は言わない。と言うよりは、細引きを素手で難なく引きちぎる巨漢相手には『言えない』と言う方が正しいのかもしれないが。

「さてゲ・ベ殿、どうするね?」

「どうすル、とハ?」

 縛られていた腕を痛そうに擦る彼に対し、ロウトはその丸太ん棒の如き腕を回すと、

「どうだ?良い体をしておる、拙僧らの仲間とならんか?」

 満面の笑みで、そう持ちかけた。

「断ル!」

 対して「断じてNo」。するりと拘束から抜け出したゲ・ベの顔はそう物語っていた。

「俺ガ貴様らヲ案内したのハ、命ガ惜シいかラだ。仲間になルからでハ無い!」

「で、あるか・・・では良いか、決して後ろから襲うでないぞ」

「分かっテいル!俺だっテ命は惜シいからナ」

「本当か?決して、だぞ!」

「しツこい!」

 そう言い捨てて、ゲ・ベはプイと背を向け立ち去った。それを名残惜し気に眺めつつ、ロウトは顎鬚を扱きつつ呟く。

「ふうむ、怒らせたかな?」

「かな?じゃ、ねえだろ。かな?じゃ」

 しかし、今までの言動から見るにこの男、よもや半分くらい『何故怒るのか』を本気で分かっていないのでは。そんな疑問がヒューの頭を過った。

「あ、あの。それより」

「ですわ!・・・行きますわよ!」

「だな。じゃ、行くか!」

 今度こそと言わんばかりの号令の元、ヒューたちは丘を駆け降りるのであった。

 

「フん・・・行ったカ」

 背後を走り去る気配に振り向くと、もうそこにはあの喧しい連中は誰もいない。しかし、ゲ・ベは名残惜しそうに、少し進んではチラリと振り返る。

「どうした、未練でもあるのか?」

「誰ダ!・・・と、お前カ」

 いつからそこにいたのか。スッとまるで虚空から現れたようなその男に、張った気をフッと緩める。それは自分と同じ、あの魔神官とかに雇われた冒険者だ。

「しかシ、未練?」

「なあに、随分と仲良さげに見えたのでな」

「そう見えタか?」

 確かにゲ・ベもあの連中について、何なら同胞のコボルトより付き合い易さを感じるほどではあった。

「ダがな・・・駄目ダ」

 そう言って、どこか空しそうにフルフルと被りを振る。何だとしても、所詮自分はモンスターで相手は冒険者。不倶戴天の仇敵の間柄が、何を仲間だなどと言えるだろう。

「しカしな。お前ノ言う通りニああしテ案内しテ来タが・・・あれデ良いのカ?」

「ああ、上々だ」

「フうん・・・に、してハ、どうしテそんな仰々しイ格好デ?」

 そうゲ・ベが訝し気に見るのも無理は無い。長髪を一纏めにしているのは変わらないものの、腰には剣を佩き鎧を着込み、まるで臨戦態勢ともとれる格好だ。

「ん?ああ、俺もどうやらお役御免でな。愛しの我が家へと帰る途中なんだ」

「そうカ」

 なら、他に荷物は無いのか。どうしてあいつらを襲撃したり中へ注進したりしなかったのか。頭に疑問はポンポンといくつか浮かぶが、彼はコボルト故に深く思考することは難しい。

「フん・・・なラ、俺モ帰らせテもらうゾ」

 だから、怪しいものには関わらないでおこう。そう考えて、いそいそと逃げるかのようにその脇を通り過ぎる。

「そうか・・・・・・じゃあな!」

「ハあ?」

 その瞬間、シュンという金属音が後ろから聞こえた。何か、とゲ・ベは振り向こうとして、

「エ?」

 その視界には、逆さまになったコボルトの体と、そこから滝のように流れる真っ赤な血潮。そしてその後ろにはこれまた逆さになり、いつの間にか抜いた細剣を脇で拭う男の姿。

(何故・・・逆サ?)

 しかし、その疑問は口からは出て来れず。パクパクと口を動かす内に気付く。彼らが逆さなのでは無く、自分の頭が逆さなんだ、と。

 つまり、血潮は間欠泉のように吹き上がっているのであって、その体の持ち主は、

(お・・・レ・・・エ・・・)

 朦朧とする意識の中で、自分の頭が自分の血潮に落着するパシャリという音。

 それが、世界を救うパーティの一員になれたかもしれないコボルトが聞いた、最期の音だった。


「さて、と」

 パチンと剣を鞘に納めた男の目には、仲間殺しにもかかわらず何の感慨も浮かんでいなかった。

「っと、連絡連絡」

 そう独り言ちて取り出したのは、三日月のような形をした木製の道具だ。その両端に水晶がはめ込まれている事から察するに、どうやら何かの魔道具らしい。

 それを男は手慣れた手つきで片方を耳にあてて、もう片方を口元に寄せる。

「もしもし」

 そして、声を顰めてそう語り掛けると、耳にあてた方からは誰かの声が聞こえる。どうやら念話を行う魔道具のようだ。

「はい・・・はい、予定通りです。今、残りの奴らが・・・・・・はい、儀式は既に・・・・・・ええ、そうです」

 残念ながら向こうの声は聞こえないが、会話の様子からその相手が目上の存在なのは確かだ。

「それと・・・勝手ながら、王国の捜索隊が来るよう、私の方で仕向けておきました。・・・・・・ええ、勿論、正規兵です。それで・・・・・・ええ・・・はい、時間的には・・・・・・ああ、そうです。・・・・・・はい、そうなりますね、冒険者連中と違って彼らは・・・」

 チラリと横目を洞穴へと向ければ、今まさに入り込もうとする背中が見えた。彼らが迎える結末を思うと、口角がキュッと捻じ曲がる。

「良い証人になってくれるでしょう。新たな魔神王の誕生、その生き証人にね」


「・・・ふう」

 何者かが侵入したと思しき反応に、魔神官は息を吐くと椅子へと大きくもたれかかった。その顔に元から生気などというものは無いが、今の彼女は明らかに疲労の色が隠せないでいる。

「よりにもよって、このタイミングで・・・」

 恐らくは、あの使い走りが言っていた逃げ出すことに成功した冒険者たちだろう。それも、どういう伝手を伝ったのかは知らないが、こうして魔神官の根拠地を暴き出すくらいには、それなりの手練れと見るべき、の。

「フ、フフフ」

 しかし、それを受けて尚、魔神官の口からは笑みが零れだし、血の気の通わぬ唇が形作るのは喜色を滲ませた微笑みに他ならない。そっと胸元に飾られたチェーンで結ばれたアミュレットを手慰みに弄り、それはチャリチャリと軽やかに踊る。

「・・・お仲間を助けに来た、ということかしら」

 それは何とも殊勝な話。そして、何とも魔神官にとって好都合な話だ。

「昔から、勇ましい冒険者様は囚われの誰かを助け出すもの・・・ではあるけれど、ね」

 そう、魔神官は嘲笑うかのように嘯いた。

 しかし、だとするならば間違いなく戦いは避けられないだろう。勿論、それは侵入者がここまで来れた場合に限るけれど。

 「何時ぶりかしらね、そんなのは」

 それこそ、先の魔神王の配下だった頃の・・違う、魔神王がガンディオとか言う人間に倒された戦いに、私は呼ばれなかったから・・・ああ!

「・・・・・・クッ」

 思い切り顔を顰めたのは、その最後に戦った時が思い出したくも無い時だから。

 そう、それは魔術も召喚術も歯が立たず、負け犬のように逃げ去るしかない惨めな記憶。

「忌々しい・・・忌々しい・・・忌々しい」

 口蓋から辛うじて漏れ出るようなその呟きは、気の弱い者が聞いたならそれだけで昇天しかねないほどの呪詛に満ち満ちていた。

 魔神官の彼女が最後に誰かと直接戦ったのは、かれこれ70年以上前の話。あの忌々しい女勇者とその一味。

「フウ・・・・・・落ち着きなさい、私」

 姿勢を正して座り直し、息を吐く。そうだ、落ち着け、あの女勇者一味も結局は魔神王に滅ぼされた。そして、その魔神王もまた今は亡きものにされた。

「そう・・・アレは死に、私は生きてる・・・そうよ、そうなのよ」

 そう、倒されてしまった魔神王と、負けても倒されず生き延びた私。どちらが優れたるかなぞ、問うまでも無い。どちらが魔性の長として相応しいのかも、だ。

「さて・・・・・・あら?」

 侵入した連中の位置を探ると、丁度大回廊へとさしかかろうとしていた。そこを抜ければ前室へ、そしてそれも踏破すれば今彼女がいる元玄室に辿り着く。

「・・・思ったよりもやるようね」

 入り口付近、そして大回廊までにも何体かガーゴイルを配していたのだが、どうやら侵入者はそれらを打ち破ったらしい。予想外の強さに、口がほんの少しO字に開く。

 が、直ぐにそれは愉快そうな笑みへと戻る。

「そう、ね。来てくれるのは賛成よ、嬉しいわ」

 それは欺瞞のようにも聞こえる台詞だが、嘘偽りの無い魔神官の本音だった。

 折角、儀式を遂行して魔神王となる一大事なのだ。ギャラリーは多いに越したことは無いし、装束が血に浸っていなければ正装とは呼べない。

「そうして・・・フフフ」

 その先を想像するだけで、体に体力が満ち満ちてくる。

「さて・・・・・・精々、私を楽しませて下さいね」

 そう、頭巾の下で浮かべた笑みは、とても蠱惑的で。


 とてもとても、残酷な色に満ちていた。

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