第3話 初めて、協同する『タタカイ』

「こりゃあ、酷え」

 あの後しばらくして、ガーゴイルがこちらを視認できないほどに飛び去ったのを確認したヒューとアイネは、襲撃現場を見て回っていた。

「この様子だと、一撃だ。酷え殺し方しやがる」

「わ、分かるんです、か?」

 まあな、と血だまりに沈む2頭と1人の見分を終えたヒューは、汚れを払うようにパンパンと手を叩くと、

「これを見ろ」

 と、車輪の跡を指さした。

「轍の跡が、ほとんど乱れて無い。つまり、御者が何らかの反応をすることも、御者を失った馬が暴走することも無かった、そういうことだ」

「ええと・・・ええと?」

「・・・つまりな、奴さん方はほぼ同時に御者と馬を仕留め、荷台がつんのめって中の連中が対応出来ない内に連れ去った。そんなところだろう」

「はあ・・・なる、ほど?」

「・・・まあ、おいおい学んでいけばいいさ。斥候なら、もう少し見る目を付けた方が良いからな。精進しろよ」

「私は・・・その、戦士の心算なんです、が」

 そう、口を尖らせるアイネをヒューは華麗に無視しつつ検分を続けた。

 確認の為、再び屈んで死体の傷口を確かめると、その爪痕はスパッとブレなく真一文字に首を両断していた。その手際の良さと傷口の鋭さに、ヒューは思わず「チッ」と舌を打つ。

「この鋭さじゃあ、生半可な防具は物の役に立たんな」

「ええ。ガーゴイルの爪牙は、その、文字通り石の如くです、から」

「そんなことには詳しいんだな。・・・・・・で、だ」

「は、はい!」

「どうする?」

「助けに、行かないと!」

「どうやって?」

 その当然の問いに「どうしましょう?」と質問に質問で返すアイネにヒューは思わず頭を抱えたが、

(ま、逃げ出さないだけ、マシか)

 彼女についてはそう思う事として、キョロキョロと辺りを見回す。町からもう大分過ぎたことは馬車に乗っていた時間で分かるが、いくら目を凝らして見渡せど何の特徴も見出せない間道だ。

 当然戻れば帰れるのだろうが、それが果たしてどれほどかかるのか。手持ちの食料に余裕の無い以上、軽挙妄動は慎みたい。

(それに・・・)

 チラと横目でアイネを見ると、何故かそわそわと両手を擦っている。

(ここでオレだけ帰っても・・・コイツは行くんだろうな、助けに)

 それは、助けられた身のヒューとしても座りが悪い。だから、折衷案を申し出す。

「仕方ねえな・・・取り敢えず、先に行こう。若しかすっと、オレたちみたいに逃げた奴が―」

「ヒューさん!」

 その悲鳴が間一髪、ヒューが手甲を構える余裕を与えた。

「ケ――――――ン」

「っつ、ホーンファルケか!?」

 甲高い声と共に上空から襲ってきた嘴の一撃は、不幸にもヒューが構えた手甲に阻まれた。ギラと光る猛禽の瞳と、その額から生える、名前の由来でもある大きな1本角がこれでもかとヒューを威嚇する。

「こ、のツノタカ風情が!」

 だが、そんなことで一々威圧されていては、冒険者稼業なんぞ成り立たせられない。むしろ、それによってヒューのガッツはムクムクと沸き上がる。

「そらあ!」

 目を活からせて首根っこを強引に掴み、そのまま地面へと叩きつけ鋼鉄造りの踵で踏みつぶす。ぐしゃりという腐った木桶を踏み潰した様な音と共に、そのホーンファルケの一生は幕を下ろした。

「だ、大丈夫ですか!?」

「はあ・・・はあ・・・。ああ、問題無いさ。助かった」

 いえ、と首を振るアイネの表情はしかし、未だ強張ったままで空を見上げていた。

「何だ?」

 彼女の向く方へ目を遣ったヒューは、思わず「・・・おお」と息を零す。

 そこに彼が目撃したのは、輪を描いて回るホーンファルケの群れだ。その全てから爛々とした、獲物を見る視線が放たれてアイネたちを貫いていた。

「た、多分・・・あのお馬さんたちに釣られて、ですか、ね?」

「だろうな。さて・・・どうするか」

 今はまだ、さっきヒューに1羽殺られたことから様子見を続けているようだが、それも時間の問題だろう。

「に、逃げます、か?」

 その震える提案に思わず頷くところだったが、理性がそれを「否」と否定する。

「いや、ダメだろう。奴らの獲物に、既にオレたちも入ってやがる」

 上空から注ぐ視線の矛先を考えれば、それは望み薄だ。程よく鍛えられたヒューにアイネの柔肌、どちらも彼らにとっては良い餌だろう。

「それに・・・」

 そう言って、ヒューは地面に転がる従者の骸へ視線を移す。

「馬は兎も角、あの従者はしっかり弔ってやらにゃ」

「じゃ、じゃあ!」

「ああ」

 なら、やることは決まっている。ヒューは頬を叩いて気合いを入れると、背中に背負った大斧を手に取り、ブウンと振り回す。

「冒険者らしく、降りかかる火の粉は払わにゃな。降りてきた奴から順繰りに殺るぞ!」

「わ、私は?」

 そう言いつつも、左手で剣を抜くと震える足で隣に陣取ったアイネを見て、ヒューはさも愉快そうに口笛を吹いた。

「サウスポーか、珍しい」

「ば、馬鹿にしてます?」

 強がっての台詞だろうが、震える声に混じる恐怖心は隠しようが無い。

「いんや。それより・・・気負うなよ。トップはオレが張るから、脇を支えろ」

 打ち合わせは終わった。ならば後は、ただ迎え撃つのみだ。

「さあ来い、鳥ヤロウ。シュニッツェルにしてやるぜ!」


 そこに集ったホーンファルケは、別に群れという訳では無い。そもそも、モンスターとは言え猛禽は猛禽、群れだって行動はしないものだ。だから、彼らにとって自分以外の同胞はただの競争相手。転がる馬の死骸と、その付近にいるニンゲンというまたとない餌をめぐる、だ。

 しかし、状況が変わった。我先にとその嘴と角を活からせて突っ込んだ連中は、皆無残にも地面に転がっている。あれだけいたファルケも、既に自分ともう1羽を残すのみだ。

 仲間意識、同族意識がある訳ではない。だが、ソイツらと同じように地面の染みになる気もない。

「ケ―――――――ン!」

 だから、そのファルケは奸計を考えた。獲物は半分でいい、共に行こうと甲高い鳴き声で告げる。もう1羽残っていたファルケもこのままでは拙いと感じていたようで、「ケ――――」と合図の声を出すと、突撃を敢行した。

「次のお客さんか!?」

 同胞を屠り続けているニンゲンの1匹が、こちらを見上げてそう叫ぶ。自分ともう1羽による同時攻撃で、最低でもどちらかの攻撃を通す作戦。

 少なくとも、自分以外はその心算だ。

「うっだらあ!」

 予想通り、雄叫びと共に振り抜かれた大斧が、まさに啄もうと試みたもう1羽のファルケの横腹を吹き飛ばす。しかし、同時に突っ込むはずの自分はワンテンポ遅らして、まだ中空を羽ばたいている。

「ケ―――、ケ――――?」

 ソイツは目を白黒させて、抗議の声をあげるが知ったことか。同時に攻撃すれば自分がアノ目に遭っていたかもしれないのだ。ならば、先にワザと攻撃させて、その隙をつく方が賢くて、何より安全だ。

予想通り、がら空きになった背中へと、鋭い爪で襲い掛かる。散々同胞を屠ってくれた憎い敵め、ザマア見ろとそのファルケは自分の行いを棚に上げてそう考えた。

「え!や!」

 だが、その攻撃から守るように立ちはだかったもう1匹のニンゲンが、気弱な声と共に剣を振るう。だがその一閃は大斧と比べると遥かに短く、僅かに遅い。それをファルケはバサバサと翼を羽ばたかせて楽々と回避した。が、

「らあ!」

 仲間を屠った大斧の石突が、その勢いのままに迫り来る。

「ケ―――――――?」

先のニンゲンが振るった剣はこのための牽制だったこと、自分の行動が読まれていたことに気付いた時にはもう遅い。鈍い衝撃と共に頭蓋を打ち砕かれ、その意識は虚空へと消え去っていった。


「ふう・・・終わりか」

 ズンと血の滴る大斧を地面に突き立て、ヒューは額の汗を拭った。見上げれば、さっきまでケーンケーンと喧しかったファルケはおらず、雲1つ無い大空が映るばかりだ。

「はあ、無事か?」

「ええ、はい。・・・・・・つ、疲れまし、た」

 トスンと尻もちをつくアイネも、見たところ負傷は無い様だ。2人がかりとは言え、ホーンファルケ7羽を相手にして傷1つ無しは十分な戦果と言えよう。

「でも・・・最後のファルケ、おかしかった、です。なんで一緒に来なかったんでしょう、か?」

「さあな。畜生の考える事なんざ知るかよ」

 そう言い捨てて腰から水筒を取り出し、一息に呷ろうと思ったヒューだが、

「あ!・・・無い、か」

 町で声をかけられて、そのまま連れて来られた自分に準備があろうはずも無い。スカスカと空を切る右手は何とも間抜けだ。

「あの・・・飲みます?」

「んあ?」

 声の方を見れば、座りながらアイネが水袋を差し出していた。

「どっから出した、それ!?」

「ひぅ!・・・あの、その、わた、し、は、あの、あ!」

 驚かせる気は無かったが、疲れていたせいもあるだろう。つい荒くなった語調にテンパったらしい。ワタワタと両手を振る動作のせいで手を離れ、宙を舞った水袋を間一髪、ヒューは中身が零れぬよう受け止めた。

「っと!ワリ、驚かせちまったか?」

「え?あ、あの、いえ!そ、それよ、り・・・どぞ」

 何故か、差し出すような身振りのアイネに呆れたような視線をこぼすヒューだったが、水は水だ。

「では、ありがたく」

 勿論、一息に呷るような贅沢は許されない。チロリと口を潤す程度に留めるが、それでも疲れた体には絶世の甘露の如く染み渡った。

「ふう。ほら、お前も飲んどけ」

「あ、はい!あ、ありがとうございます」

 自分の持ち物を返してもらって、ありがとうも何も無いものだが。

「んぐ・・・ぷぁ」

同じように一息ついたアイネの顔色が良くなった事を確認して、ヒューは自分の大斧の手入れを始めた。

「さて、と」

 まずは、打ち倒したファルケの尾羽を使ってガシガシと刃についた血糊を拭う。切れ味が信条の武器では無いが、だからと言って切れないのは困る。粗方汚れが取れた後に刃を確認し、刃毀れの無いことを確かめる。微細なものは兎も角、ざっと見た限りにおいて大きな欠けは無い。

「ん・・・良し。お前のはどうだ?」

「ひゃう!?あ、あの大丈夫で、す」

 私の剣は当たってませんから。そう伏し目がちにこぼすアイネの頭を、ヒューはしっかと掴みガシガシと揺さぶった。

「まず!」

「ひゅえ!」

「人が話しかけるたんびに、一々ビクッとすんのは止めろ」

 はい、と頷いたのを確認し、更にガシガシと揺さぶる。

「そして!お前が抑えててくれたから、オレは一方向から来る奴だけ見てりゃ良くなったんだ。自分を『何もしてない役立たず』みたいに言うのは止めろ!」

 言葉使いは怒っているようだが、そこからにじみ出る温かな思いやりにアイネは頬を緩ませた。

「は、はい。分かりまし、た」

 初めて見た笑顔にヒューは「な、ならいい」とぶっきらぼうにソッポを向いた。

 何故そんな動きをしたのかは、ほんの少し紅に染まる彼の頬以外は誰も知らない、今は。

 

「あ!」

「何だ!?」

 少し温くなった空気を吹き飛ばすかのようなアイネの素っ頓狂ボイスに、背を向けていたヒューも思わず振り向く。しかし、振り向いた先にさっきまでいた筈のアイネはおらず。

「どこに?」

 キョロキョロと見渡すと、アイネはファルケの死骸の辺りに蹲り何か熱心に作業をしている。何にそれほど熱中しているのだろうと、ヒョイと丁度顔の真横につけるようヒューは覗きこむ。

「なあ?」

「ん・・・ん・・・取れた」

「なあ!?」

「ひゃえ!ご、ごごごごごごご、ごめんなさい!なななな、な何でしょう、か!?」

「だから驚くなって。いや、何してんのかな~と」

 そう言いつつも、彼女がそうリアクションするだろうな、とは思ってやったのだが。

「え?い、いえ・・・その」

 アイネが彼の鼻先へ「はい」と突き出したのは、尖った紡錘状の物体が都合7つ。

「これは?」

「こ、これは、その、ホーンファルケの角、です」

 よく見れば、小器用に小刀でえぐり取ったらしいそれらの尖ってない方は皆、新鮮な朱で湿っていた。

「えーと、それで?」

 何故そんなものを、と首を傾げると、何故だろうか。アイネの側も「どうして?」と言わんばかりに首を傾げる。

「それで、と言われまして、も・・・け、結構いい値段がつくからです、けど・・・」

「値段?」

「は、はい。いつもは死骸を漁ったりして手に入れているんです、が。今は、その、折角傷1つ無い訳です、し」

 言わんとすることは、ヒューにも分かる。猛獣の牙だとか大きな角だとか、見たことは無いがドラゴンの咢だとかはギルド御用達の商店へと持って行けば高く買い取ってくれるらしい。

「でもよ・・・それって、そんなに儲かるか?」

 だが、割かしそこいらにいるこんなファルケの角だとかは、それこそ二足三文がいいところだと駆け出しの頃に聞いた覚えがある。

「でも、勿体無いです、よ」

 そう言って、アイネは軽く振って血を払うと、それらを再び「はい」とヒューへと差し出した。

「え?」

「し、仕留めたのはみんな、ヒューさんです、から。その、どうぞ」

「お・・・おう」

 ハッキリ言って、ヒューには要らない。だが、善意100%の顔で渡されたそれを無下に断るのは、それはそれで悪い気がする。

「お前が持っててくれ。町に帰ったら換金して山分けだ」

 だから、そんな言葉が吐いて出た。

「え?」

「何を驚いてんだ?パーティが依頼中に稼いだ財物は山分けが基本だろ」

 思わず出た割には良い言い訳だった筈だが、何故かアイネはキョトンとしたまま。おずおずと自分を指さし「あの、ぱ、パーティ?」と呟くので、

「まあ、2人だからコンビか?さっきも言ったが、こいつらを仕留めたのはオレと、お前でだ。だから、その成果も山分け。そうだろ?」

 そこまで言ってようやく分かったらしい。腰まで届く長い髪が暴れる程にコクコクと頷くと、

「わ、分かりまし、た!大事にします!」

 ドン、とその貧相な胸を叩いた。

「いや・・・売るんだから、大事にしなくてもいいぞ」

「あ!・・・はい、そうでし、た。すみません」

 途端にシュンしぼみ込むアイネ。まあ、ヒューとしても会ったばかりで仲間だと言うのも少し気恥ずかしいが、見捨てて行く心算も無いのだからそこまで外れた関係でも無いだろう。

「気にすんな、仲間だろ?」

「仲間・・・仲間。はい、そうです、ね」

 何故か、『仲間』というフレーズに少し顔を曇らせたアイネだったが、直ぐに笑顔でコクンと頷いたのだから、それで良いのだろう。何とも優しい雰囲気が、2人を包む。

「で、だ」

しかし、だからこそ。冒険者の仲間としてヒューは語気をあらため大斧を肩に担ぐと、アイネへと声をかけた。

「・・・はい」

 応えるアイネも、そっと剣を抜いている事から察知はしているのだろう。油断なく剣を構えるアイネを横目で確認したヒューは、キッと目の前の草むらを睨みつけた。

「さて、デバガメは趣味が悪い。誰か知らねえが出て来やがれ!」


「おっと、バレておったか」

「アナタ、臭いんじゃないですの?」

「それは失敬。されど、貴殿の魔力かもしれぬぞ?」

「どうでもいいですわ。それより、どうしますの?」

「さてもさても・・・おお、丁度良い呪文がありまするぞ」

「何ですの?」

「次回へ、続く!」

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