甘々注意報 2

「スカーレット、そんな風に全身に力を入れていたら転ぶぞ」


 サリー夫人の手拍子が響く中、リヒャルト様がわたしの耳のすぐ上でささやいた。


 ……ちっ、近いです近いですよリヒャルト様! いえ、ダンスってこんなもんですか?


 この距離が普通なんてダンス怖い!

 貴族の常識にびっくりだよ!


 今日からはじまったダンスレッスンだが、わたしは早くもギブアップと叫びたい気持ちだった。

 だって、近い!

 これはもう、ほとんど抱きしめているのと同じレベルですよ!


 リヒャルト様にホールドされて、わたしの心臓はもうばっくんばっくんです。

 体なんて緊張でカチンコチンですよ。

 足がもつれて、さっきから右によろよろ左によろよろとよろけまくりです。

 リヒャルト様がうまくフォローしてくれて支えてくれるから倒れなくてすんでるけど、そのたびに耳元で「大丈夫か?」とか「足をひねっていないか?」とかささやいてくるから、わたしの心臓さんはさらにドドドドドドッと変な音を立てる。


 ……やっぱりわたしの心臓さん、変な病気なんじゃないですか⁉


 動悸と息切れがすごい。

 そしてそのたびにぐわんぐわんと上がっていくわたしの体温が異常すぎる!


「スカーレット、呼吸がおかしいが大丈夫か?」

「だ、だだだ、大丈夫ですよ。ほらっ、ひっひっふー!」

「大丈夫じゃなさそうだな。サリー夫人、少し休憩を。ベティーナ、飲み物を運ばせてくれ」


 サリー夫人の手拍子が止み、リヒャルト様がわたしをソファに座らせてくれた。


 ……あの。あのぅ。リヒャルト様、腕がわたしの肩に回っていますけどどうしてですか⁉


 わたしの隣に座ったリヒャルト様がわたしの肩を引き寄せて、心配そうに顔を覗き込んでいる。

 おかげで、わたしはついに呼吸の仕方を忘れてしまった。

 はふはふと、真っ白な頭で何とか酸素を取り込もうと金魚のように口をパクパクさせていると、リヒャルト様がさっと表情を強張らせて、ダンスレッスンのために身に着けていたシルクのグローブを外すとわたしの額に手を当てる。

 リヒャルト様の手、冷たくて気持ちいいー。


「……熱があるな。サリー夫人、申し訳ないが、今日はこれで終わりにしていただけるだろうか?」

「それがよろしゅうございますね。ですが、聖女様が風邪をひくなんて、珍しいこともありますね」


 聖女は自分で自分を癒せるので、病気なんてほとんどしない……はずだ。


 ……でもこれ、病気としか考えられないよ! どうしよう。聖女の力もきかない不治の病とかじゃないの⁉


 メイドさんが運んで来たお茶をちびちび飲みながら青くなっていると、リヒャルト様がベティーナさんに話しかけている。

 どうやらわたしのドレスを着替えさせて、寝かせろ言っているようだ。


「スカーレット、私は医者に連絡を入れてこよう」


 聖女が医者にかかるなんて、前代未聞に違いない。

 わたしは情けない気持ちで、「ひゃい」と小さく返事をした。




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