妻計画、始動 3

(願望、か……)


 その夜、リヒャルトは考えていた。

 願望を、ではない。スカーレットのその言葉を、である。

 願望は考えて見つけるものではないとスカーレットは言ったけれど、長らく自身の願望を押し殺してきたリヒャルトにはどうにもそれが難しい。

 王族が願望を口にすれば、周囲はそれを叶えようと動く。

 だからこそリヒャルトは幼少の頃から自分の願望を口にしないように言われていたし、実際に自分の中の欲求をコントロールする訓練も受けた。


 だからだろうか。

 きらきらとした金色の目で、まっすぐに願望を口にするスカーレットがとても眩しい。


(願望か。……ああ、そう言えば、スカーレットの『癒しの水』を調べることは、そうだったと言えるかもしれないな。ためになるとは思ったが、それ以上に興味深かった)


 思えば、意識していなかったが、スカーレットを町に誘ったときもそうだったかもしれない。

 彼女を連れて言ってやりたいと思った。それはまさしく、自分の願望だっただろう。

 けれども、スカーレットが求めている「リヒャルトがしたいこと」は、たぶんこれとは別のものだ。

 どちらもまさしくリヒャルトがしたいことだったが、それを告げてもスカーレットは納得しない。

 スカーレットは単純で、だからこそまっすぐだ。眩しいくらいに。


(そう言えば、ずっとここにいたいと言っていたな)


 そしてリヒャルトは、それを叶えると口にした。

 つい安易に了承してしまったけれど、まずかっただろうか。

 リヒャルトの側にいても、スカーレットが得をすることなんて何もない。


(……そうか。こう言う考えが、ダメなんだろうな)


 つい、損得で考えてしまう。

 スカーレットは願望を口にした。それを自分の勝手な損得勘定で測ってはだめだろう。

 スカーレットがずっとここにいたいという願望を叶える手段は、あるにはある。

 一番簡単なのは結婚だろう。

 リヒャルトが、スカーレットと結婚すればいい。


 しかし、スカーレットがリヒャルトと共にいたいという感情は、恋愛感情とは別の何かだろうと思っている。

 そんなスカーレットを、結婚すればずっと一緒にいられると言って惑わせるのは間違っていた。

 十六歳の年齢の割に、中身は子供のようなスカーレット。

 それは彼女が神殿育ちなのもあるだろうが、遅かれ早かれ中身も成長をはじめる。

 スカーレットにもいずれ好きな男ができるかもしれないし、そうなった時にリヒャルトが結婚という形で縛っていたら、彼女はきっと後悔するだろう。


(……スカーレットの好きな男、か)


 ちり、と胸の奥が焼け焦げたような変な感じがする。

 世間知らずで、でもどこまでもまっすぐで明るいスカーレット。

 行き倒れているのを見つけて気まぐれに拾った彼女は、いつの間にかリヒャルトの中で大きな存在になっていた。

 幸せにしてやらなければならない。

 義務とは違うそんな願望が、大きく胸を占めるほどに。

 だからこそ貴族と縁を繋いでやろうと考えたりもしたが、それは本当に正しいことだったのだろうか。


 ちりちりと、胸の奥が焼けている。


(…………ああそうか)


 何故胸が痛いのかと、ぼんやりと考えた頭の中に、すとんと答えが落ちてきた。


(惹かれていたのは、私の方か)


 平坦だったリヒャルトの日常。

 スカーレットは、そんな毎日に突如現れた、まるで太陽のような女性だ。

 彼女を見ていると自然と口元がほころぶし、彼女のために何かしてやりたいと思う。

 それは義務ではなく、スカーレットの言うところの願望で、どうしてそんな願望を抱くのかと考えると、答えはすとんと落ちてきた。


(私はスカーレットが、好きなのか)


 今更ながらに、参ったな、と思う。

 気づいてしまったら、もう手放せない。

 しかし、無垢なスカーレットを騙すようにして結婚するのは罪悪感が大きすぎた。


(まずは、スカーレットの感情をこちらに向けることが先だな)


 これは骨が折れそうだと、リヒャルトは笑った。





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