家畜のメジャー5

 農業は植物の栽培化(農耕)だけで成立したわけではない。ほぼ同時並行で各種動物の家畜化(すなわち牧畜)も進み、こちらもまたヒトの生活と地球環境を大きく変える要因となった。家畜化された動物種は、定義にもよるが20~50種ほどあるそうで、多くの研究者は40種ほどが家畜化されたと見ている(94)。章の冒頭で紹介したイヌも家畜の一例であり、他にもネコやモルモットといった哺乳類、ニワトリやアヒルなどの鳥類、カイコのような無脊椎動物まで、その内容は多岐にわたる。中でも家畜化された体重45キロ以上のメガファウナのうち、ダイアモンドが「メジャー5」と呼ぶ動物、すなわちウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ(95)については、それぞれどのように家畜化されたかをざっと見ておくのもいいだろう。

 ウシの祖先種は1627年に絶滅したオーロックスだと言われている。オーロックスはユーラシア各地から北アフリカまで広範囲に分布していた。ウシには大きくウシ(Bos taurus)とコブウシ(Bos indicus)の2系統がいるが、両者はかなり交雑している(96)。前者は1万500~1万年前にアナトリアやザグロス山中で、後者は8000~7500年前にインダス流域で家畜化されたと見られているが(97)、一部には家畜化されたのは前者だけで、後者は野生種との交雑の結果生まれたと見る向きもあるそうだ。

 ウシ族の中で家畜化されたのはウシやコブウシだけではない。ウシと姿が似ているが属が異なるのがスイギュウで、こちらは5000年前にインダスなどで、あるいは7000年前に中国で家畜化されたとの説がある。また同じウシ属ではあるが種の異なるヤクは1万年ほど前にチベットなどで家畜化されたし、野生種であるバンテンとウシの交雑から生まれたとされるバリウシはインドネシアで家畜として飼われている(98)。さらにウシ属の中では南アジアに生息するガウルも家畜化され、ガヤルとなっている(99)。

 ブタの祖先種がイノシシであることは良く知られている。イノシシはオーロックスと異なり絶滅はしていないが、ユーラシアから北アフリカまで広範囲に生息している点は同じだ(100)。ブタは1ヶ所ではなく、1万~9000年ほど前にアナトリアと中国の2ヶ所で家畜化されたと見られている(101)。ウシやヒツジ、ヤギといった家畜は中東で家畜化された後で各地に広まり、中国にもたどり着いたが、ブタについてはそれ以前から中国でも家畜として飼育されていた恰好になる(102)。

 ヒツジの祖先種とされているのはコーカサス近辺に生息するアジアムフロン。ただミトコンドリアDNAを分析したところゲノムのボトルネックが存在しないことが判明したそうで、限られた数の個体からヒツジの家畜化が進んだわけではないようだ(103)。家畜化された時期は大型動物の中でも特に早く、1万2000~1万500年前と見られている(104)。当初は肉を手に入れるために家畜化されたが、今から5000~4000年前になると羊毛や乳を入手するという特定の目的に沿った家畜へと人為選択が進んだという(105)。

 ヤギの祖先種はベゾアールと呼ばれる。こちらもヒツジ同様にゲノムのボトルネックが見当たらず、家畜化プロセスはアナトリア東部からイラン北西部に至る非常に広い範囲で進んだ(106)。1万年ほど前に家畜化されたヤギは、その適応力と丈夫さで大型家畜の中でも図抜けており、砂漠や山地、熱帯など様々な地域に生息域を広げた。一方、インダスやレヴァント、中国もまた家畜化の中心地だったとの説もあるが、こちらについては説得力をもって実証されているわけではないそうだ(107)。

 ウマの祖先種は既に絶滅したノウマだとされているが、現在も生存しているモウコノウマ、さらに北極地域に生息していた野生種もウマのゲノムに貢献している。ウマが家畜化されたのはメジャー5の中でも特に遅く、カザフスタンのボタイ遺跡から見つかった5500年前の考古学的な資料が最古の事例の一つと言われている(108)。ただし最近になるとゲノム解析の結果、現在のウマの祖先はボルガ・ドン流域で家畜化され、4000年ほど前から各地に広まっていったものだとの説も出てきた(109)。それ以前にも各地に家畜化されたウマがいたかもしれないが、結果的には前者に取って代わられたようだ。

 メジャー5の中でなぜウマの家畜化の時期が遅かったのか。実は家畜となるルートに違いがあったのだ、とする研究がある。自らヒトに接近してきてやがて家畜になったもの、獲物として捕らえられ、後に繁殖までヒトにコントロールされるようになったもの、そして家畜化の経験を蓄えたヒトが自分たちに役立つようさらに新たな動物を家畜にした、という3つのルートだ(110)。

 例えば最初のルート、つまり自ら接近していた動物にはネコやモルモット、ニワトリ、シチメンチョウなどがいる。研究者によってはイヌもこのカテゴリーに含めているが、これについて異論があることはこの章の前半で指摘済みだ。続いて獲物ルートにあたるのがヤギ、ヒツジ、ウシ、リャマなど。ブタは上記2ルートのどちらの可能性もあるそうだ。そして3つ目の、最初から家畜化を目的にヒトが飼い慣らし始めた動物の代表例がウマで、他にもロバやラクダ、エミューなどがこのルートを通って家畜化されたという(111)。ウマの家畜化の時期が遅かったのは、ヒトが家畜化に慣れ、そのノウハウを自家薬籠中にするための時間を要したことが理由だ。

 一方で地上に生息する動物種のうち実際に家畜化された数はかなり少ない。ダイアモンドによればメガファウナ148種のうち、実際に家畜化されたのは14種に過ぎなかった。家畜化に向いた性質を持っている動物種が少ないからで、具体的にはヒトが容易に供給できる食糧を食べること、成熟が早いこと、性格が大人しいこと、捕らえられた状態でも繁殖できること、序列を持つ集団生活を営んでいること、そしてパニックにならないこと、という6つの性質すべてを併せ持つ必要がある(112)。食糧の用意が困難なアリクイ、成熟が遅いゴリラ、パニックになりやすいシカなどは、そのため家畜になっていない。

 もう一つの特徴は、そうした限られた条件を備えた動物が異様なほどユーラシアに集中している点だ。ダイアモンドのまとめによると家畜化されたメガファウナ14種のうち13種はユーラシアに生息していた。このためユーラシアに暮らすヒトは他の大陸にない多様な家畜というリソースを入手。おまけにその家畜が人獣共通感染症をもたらした結果、彼らは病気に対する免疫という点でも他の大陸に比べ優位に立ったという。ユーラシア大陸には他にも、東西に長いおかげで農耕が広まりやすいという利点もあり、それが文明におけるユーラシアの優位につながったとダイアモンドは見ている(113)。

 もちろん彼の主張の細部については色々と疑問点もある。例えば家畜化されたメガファウナとして紹介している14種だが(114)、種名を見るとウシのところに上にも紹介したBos taurusとBos indicusがおり、リャマとアルパカのところにもLama glama(リャマ)とLama pacos(アルパカ)という2種の名前が掲載されている。合計すれば14種ではなく16種になる計算だ。またダイアモンドはロバが家畜化されたのがユーラシアだとしているが、最近ではむしろ東アフリカで家畜化されたとする意見の方が多い(115)。ただこれらを修正しても家畜化されたメガファウナ16種のうち13種は引き続きユーラシアが生息地となっており、他の大陸より圧倒的に多いのは確かだ。

 なぜユーラシアがこれほど家畜化で恵まれていたのだろうか。大陸のサイズが大きく、それだけ元から多様な動物種が生息していた面もあるだろう。だがそれに加え、アメリカやオーストラリアでは第3章で述べた第四紀の大量絶滅によってメガファウナが大幅に数を減らしており、家畜化できる母数がさらに減ったことも影響した可能性がある(116)。逆にヒトと長期にわたって共進化してきたアフリカでは、ヒトに対する警戒心の強い動物のみが生き残り(第3章)、家畜に向いた穏やかな性格のメガファウナが淘汰されてしまったのかもしれない。

 家畜化だけでなく農業全体が始まった場所についても、第四紀の大量絶滅が影響したとの考えもある。その説では絶滅の過酷さと農業が始まった時期とを比較。絶滅した割合が低い場合(サブサハラ・アフリカ)と高い場合(アメリカとオーストラリア)は農業の始まった時期が新しいのに対し、中程度の場合(ユーラシア)が農業の開始時期としては最も古くなっていることを指摘している。ユーラシアでは、リソース枯渇を防ぐために動物の群れを管理しようとするニーズがヒトの側にあり、動物側にもそれに応じて家畜化される条件を整えた動物の数が揃っていたが、サブサハラ・アフリカでは動物が豊富に残っていたためヒトの側にリソース管理へのニーズが生まれず、新大陸では逆に家畜化を受け入れる動物種が不足していた(117)。

 さらに植物の栽培化とメガファウナの絶滅との関連について言及している研究もある。メガファウナは被子植物から見れば種子を散布し、また窒素を供給する役割を果たしている動物であり、彼らとの相利関係の中で植物は毎年の急速な成長や自家和合性、高い可塑性といった特徴を進化させてきた。そしてこれらの特徴はメガファウナが絶滅した後にヒトが植物の栽培化を進めるうえで非常に好都合な「前適応」になった、という説だ(118)。この説に従うなら、植物食のメガファウナが絶滅した後にヒトがその後釜に座って農耕を始めたことになる。

 原因はともかく、現在の間氷期が始まってしばらくたったところで農耕と牧畜が進んだのは事実だ。それも一部の分野ではかなり急速に変化が進んでいる。そう、農業という第3の画期においても、やはりSカーブが姿を見せていたのだ。



94 Fabrice Teletchea, Animal Domestication: A Brief Overview (2018)

95 Jared Diamond (1997), Chapter 9

96 Pierre Taberlet et al., Conservation genetics of cattle, sheep, and goats (2011)

97 Fiona B. Marshall et al., Evaluating the roles of directed breeding and gene flow in animal domestication (2013), Table 1

98 Linn Fenna Groeneveld et al., Genetic diversity in farm animals–A review (2010)

99 Ed. Beate D. Scherf, World Watch List for Domestic Animal Diversity. 3rd ed. (2000), pp651-652

100 Scherf (2000), pp667

101 Martien A. M. Groenen, A decade of pig genome sequencing: a window on pig domestication and evolution (2016)

102 Jean-Denis Vigne, Early domestication and farming: What should we know or do for a better understanding? (2015), Fig. 3

103 Groeneveld et al. (2010)

104 Marshall et al. (2013), Table 1

105 James W. Kijas et al., Genome-Wide Analysis of the World's Sheep Breeds Reveals High Levels of Historic Mixture and Strong Recent Selection (2012)

106 Taberlet et al. (2011)

107 Marcel Amills et al., Goat domestication and breeding: a jigsaw of historical, biological and molecular data with missing pieces (2017)

108 Pablo Librado et al., The Evolutionary Origin and Genetic Makeup of Domestic Horses (2016)

109 Pablo Librado et al., The origins and spread of domestic horses from the Western Eurasian steppes (2021)

110 Melinda Zeder, Pathways to Animal Domestication (2012)

111 Zeder (2012), Figure 9.6。なお研究者によってどの家畜がどのルートにあたるかについては差異があり、例えばリャマは自分から接近してきた動物であり、シチメンチョウは獲物ルートに相当するとの意見もある; Hafiz Ishfaq Ahmad et al., The Domestication Makeup: Evolution, Survival, and Challenges (2020), Figure 2

112 Jared Diamond, Evolution, consequences and future of plant and animal domestication (2002)

113 Jared Diamond (1997), Chapter 11

114 Fabrice Teletchea and Pascal Fontaine, Levels of domestication in fish: Implications for the sustainable future of aquaculture (2012), Table 1

115 Stine Rossel et al., Domestication of the Donkey: Timing, Processes, and Indicators (2008); Evelyn T. Todd et al., The genomic history and global expansion of domestic donkeys (2022); Diane Gifford-Gonzalez and Olivier Hanotte, Domesticating Animals in Africa: Implications of Genetic and Archaeological Findings (2011)

116 メガファウナの絶滅で減った分の生物量がヒトに置き換わったという研究もある; Anthony D. Barnosky, Megafauna biomass tradeoff as a driver of Quaternary and future extinctions (2008)

117 Ideen A. Riahi, How hominin dispersals and megafaunal extinctions influenced the birth of agriculture (2020), Fig.4; Riahi, Why Eurasia? A probe into the origins of global inequalities (2021)

118 Robert N. Spengler et al., Exaptation Traits for Megafaunal Mutualisms as a Factor in Plant Domestication (2021)

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