第1話:彼女は魔性の女である。

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「黒田さん、チェックお願いします。」

「ん。」



隣の席のパソコンモニターを覗き込むと自然と美玲との距離が縮まった。不意に香る匂いが自分と同じでドキリと心臓が音を立てる。



「うん、大丈夫。」



そう言ってモニターから視線を美玲に移すと、こちらを向いた美玲と目が合った。近い。そんな距離にもいちいちドキドキしてしまう。




「ありがとうございます。次、これ終わったら声かけますね。」

「お願いします。」



椅子のキャスターを転がしながら美玲を盗み見る。オーバーサイズのTシャツにタイトスカートという普通の服装だが、実はそのTシャツが俺の物だというのはここだけの話である。

横から見るとタイトスカートのせいで体の曲線がより一層分かりやすい。しかしそれでいてTシャツのオーバーさがその華奢さも引き立ててしまうのだから、何とも目に毒だ。



「マジ視力回復する気がするわ。」



昼休みに屋上で昼食を摂っていると、昼食を共にしていた同僚の海野正うんのただしがそんなことを言う。



「は?」

「玉寄さん! ホーント綺麗だよなぁ。」

「あぁ…。」



出勤初日、美玲を見てその美人さに驚いた。派遣前に面談をしていた部長の言う『美人』は正直お世辞だと思っていたし、事前に見せてもらった証明写真の感想は普通だった。結論として部長の発言はお世辞ではなかったし、証明写真は証明写真だった。



「本当うちにきてくれてよかった〜。俺もサポートしてもらいてぇ。」

「キモ。」

「お前に言われたくねぇな。あのTシャツお前のだろ。」



そう言われて俺は無言で目を逸らした。海野には美玲のことを相談していたので全て筒抜けである。Tシャツのことは言っていなかったが、隠すのは無理だったらしい。



「レディースなのかメンズなのかくらい見りゃ分かるわ。男避けか〜?」

「そんなんじゃない。」



それができればどんなにいいことか。できることなら声を大にして『彼女は俺のです!』と少なくとも社内には宣言したい。ところが俺にそんなことをする権利はない。それが分かっていてそんなことを言う海野は意地が悪い。



「ま、ジワジワ落とすのも一興だよな。」



ニヤリと笑う海野はすごく楽しそうだ。他人事だからだろうか、それとも性分だろうか。どうでもいいがその顔に添えられた左手の薬指に指輪が光っているのがまた何とも憎たらしい。

すでに第一次結婚ラッシュは過ぎ去った。時代が変わって初婚の平均年齢も上がってきているというのに、ラッシュが最初にくる年齢は25歳と昔からあまり変わらないらしい。この海野はその一次ラッシュに見事乗った同期の1人だ。



「さすがやり手は言うことが違うな。」

「聞こえが悪いだろ。相談乗らねぇぞ。」

「本当だろ。俺にはそんな楽しむ余裕なんてあるか。」



「それもそうか」なんて笑う海野は本当に憎たらしい。俺にそんな余裕があるなら今頃もっと美玲を囲っているだろう。それがどうだ。『都合の良い女』ならぬ『都合の良い男』止まりだ。

休憩から戻る前にとトイレに向かう途中、馬鹿でかい声が聞こえてきて思わず立ち止まった。



「本当そういうの困るわ!」



フロア中に響き渡る耳障りな甲高い声。我が社のお局だ。こういう時自分が男で良かったと心底思う。ああいう人種はなぜか若い女性をターゲットにしたがる。



「男子に媚び売っちゃって、自分の面倒くらい自分で見なさいよね!」



ついつい心の中でおえっと声を漏らす。いい歳こいて何が『男子』だ。そういうのは十代くらいで終わりにしておいてもらいたい。それにしてもいつから自分は女性のことを女性と呼ぶようになったんだろうか。すっかり社会に揉まれたもんだと自分を省みて少し寂しい気分にもなってみたりする。

いや、そんなことはどうでもいい。休憩が終わってしまう。さっさと用を済ませて席に戻って、今日のタスクを見直そう。……すっかり社会に揉まれたもんだ。

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