【完】俺は彼女のことが大好きである。

弥生あやね

第0話:俺は彼女のことが大好きである。

*

突然だが、俺には大好きな女性がいる。2つ年上の派遣社員の女性だ。彼女に惚れたのは新入社員と彼女の歓迎会のときのことだった。



玉寄たまよせさんはまだ大丈夫ですか?」



彼女のジョッキを覗き込みながら尋ねた。彼女--玉寄美玲たまよせみれいは首を傾げた。後に訊けば、飲み物の残量のことか酔い具合のことか分からなかったのだという。まぁ、どちらでもいいか。そう思ったらしい彼女は「大丈夫です。ありがとうございます。」と答えた。



「何かあったら声かけてくださいね。」



最近昇格した俺はそんな風にいろいろな人に声をかけて回っていた。別に昇格したといっても主任クラスだし、そんなに気を張る必要はない。だが後輩も入ってきていよいよ板挟みになってくると、ただのんびりとその場を楽しんでいるわけにもいかないのが現実だった。



黒田くろださんは楽しんでます?」

「まぁ…。」

「張り切りすぎると空回っちゃうから、程々でいきましょ。」



そう言って新しい割り箸を渡された。それを受け取って腰を落ち着けた俺に薄く微笑んで、彼女はジョッキに口をつけた。ただそれだけだった。だけど張り詰めていた俺の心を少し緩ませるには十分だった。



「ありがとう、ございます。」



礼を言って割り箸を割る。いつの間にか皆好き勝手席を移動していて、最初に口をつけた自分の割り箸はどれか分からなくなっていた。

そういえばあんまり食ってないな。なんなら今日と言わず、最近あんまり食ってない気がする。そんなことを思いながら目の前の唐揚げに箸を伸ばした。



「美味しいですか?」



口いっぱいに頬張った瞬間にそんなことを言うものだから、俺はただ頷いた。そんな俺を見て彼女は満足そうに笑った。



「よかった。」



あれ、もしかして食ってないのバレてたかな。今日の参加者は20人前後と決して少なくはない。彼女は新入社員と同じく今日の主役なのに、そんなところまで見ていたんだろうか。

プレッシャーを感じていたことに気付かれただけでなく、主役に気を遣わせるなんて俺はまだまだだ。そんな風に少し凹んだことも彼女にはお見通しらしく、ジョッキを俺の前に掲げた。



「私の方がほんのちょっと長く生きて、ほんのちょっと長く社会人してますから。」

「はぁ…。いうて2年っすよね。」

「まぁまぁ。私の仕事は黒田さんのサポートですし、上手いこと使ってください。」



--私がいるから大丈夫。

そう言われた気がした。ハッキリ言ってこれが決め手だったんだと思う。



「はい、ジョッキ持って。」



そう促されてジョッキを持てば、「乾杯」と悪戯っ子のように笑ってジョッキをぶつけてくる。



「改めて、これからお願いします。」

「こちらこそ…。」



やば、かっこいいかよ。惚れるわ。っつーか惚れたわ。本当に俺の2個上? こんなの反則だろ。


そんな俺的一大事件があったのが今年の5月。それから一月経った今、彼女は俺の腕の中で一糸纏わず白い肌を露わにして寝息を立てている。

まったく、どうしてこうなってしまったのか。健全に恋人としての付き合いを望んでいたはずなのに、定期的に身体を繋げるだけの関係になってしまった。それもこれも全て俺が情けないせいなんだけど。あんなことを言われてしまってはどうしようもなかった。



--恋愛は面倒臭くて。



彼女の頬に触れると未だにその柔らかさに驚く。そしてその頬に口付けて、しっかりと彼女を抱き締めて眠りに就く。

あぁくそ。俺のものになればいいのに。

そんなことを思いながら。

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