第2話

あっ,おはよっ!」

 ドアを閉めると背後から声をかけられる。

「おはよう靏音さん」

 鍵を閉め振りかえると、そこには腰あたりまで伸びた黒々とした髪を左右一本ずつ三つ編みにして背中側に垂らしている子が立っていた。髪の毛の一番下から上に20センチ程のところに大小二つの真珠をモチーフにした髪飾りが付いている。

「制服なんだ」

「うん、明日入学式だけどさ、早く着てみたいなぁって」

 白色のブラウスの上からオレンジ色のベストを着ていて、黒色のショートネクタイをベストの前に出し、さらにその上に紺瑠璃色のブレザーを羽織っている。スカートは横に金色の二重線、縦に白色の一本線をそれぞれ数本ずつ入れた青色のものをはいている。

 「どう?似合ってる?」

 そういって彼女は右足だけで立つとまるでフィギュアスケート選手のように軽く一回転して見せる。髪の毛と前を開けたブレザー、それと膝の少し上まであるスカートが風で靡く。

「似合ってると思うよ」

 うんと頷きながら答える。確かに似合っている。

「ほんとに?」

 青色の澄んだ瞳が覗き込んでくる。

「ほんとほんと」

「どこら辺?」

「ん?」

「どこら辺が似合ってると思う?」

「全部だよ」

簡単な質問で助かる。

「えへへ〜」

 彼女,靏音つるね響ひびきはそういって笑う。

「ねえ光一くん、そのバックの中身は何?」

響は俺の背後に視線をやり、地面に置いているゴルフバックについて尋ねる。首を斜めに傾げた事で前髪がさらりと横に動く。

「刀だよ。メンテに出そうと思って」

「なるほどねぇ」

 響はしばらくバックを見て何やら考えていたが、

「ちょっと待っててね」

 そう言いながら手をひらひらさせて部屋に戻っていく。

 靏音響とは幼馴染だ。お互いが3歳の頃魔法養成所で知り合った。だから12年ほどの付き合いになる。

 魔法養成所とは、魔法の適性および魔法に対して耐性がある可能性を持つ子供を集めて本格的に魔法の訓練をして魔法を使えるようにする場所。

 魔法の適性がなければ魔法は操れないし、魔法の耐性がなければ魔法使用中に体が魔法に耐えられず分解してしまう。

 魔法の適性と耐性があるかは魔法を使える人が見れば一目でわかる。魔法を使える人が日本全国を周りながら魔法を使えるようになるだろう子供を探し、連れてくる。

 ただし、魔法の適性と耐性があるという以外にも条件が存在する。それは孤児みなしごであるという事。

 魔法養成所とその上にある、国内・外世界そとせかいの脅威に対処する特別部隊、通称『八咫烏』はどちらも日本政府が極秘で作った組織であり、その存在が一般市民に知られてはいけない。なので両親及びその他血族のいない子供のみが魔法養成所の対象となっている。

 ちなみに俺と響は今は魔法養成所に所属しているが、今日卒業し、同時に八咫烏に入隊する。


「お待たせ〜」

 しばらくすると響はギターハードケースを持ってきた。

「ごめんね待たせちゃった」

「大丈夫、そっちのギターも?」

「そそ。メンテメンテ」

 響は、それじゃあ行こっかと階段を指差す。

 俺と響は一緒に歩き出す。



 八咫烏の基地は北海道朱鞠内湖湖底、山梨県の青木ヶ原樹海、そして愛知県名古屋市名古屋駅前ビル地下の3箇所にある。どの場所も外世界と繋がっている扉・の存在が確認されている。


 マンションから名古屋駅前ビルまでは歩いて10分ほどかかる。

「なんか今日暑くない?」

 隣を歩いている響が手を団扇のようにして仰いでいる。

「今日は夏のような暑さだってニュースで言ってたぞ」

「あ〜なんか昨日のニュースで見たかも」

 響が急に立ち止まったので俺も立ち止まる。響はギターハードケースとは別のリュックをガサゴソと漁っている。それを静かに見守る。

「あちゃー、水筒持ってくるの忘れちゃった」

 やっぱりか

「水持ってる?」

「ごめん向こうに行けば飲めると思って持ってきてない」

「そっかー」

 響は辺りを見回していたが、やがてちょっと脇道を進んだところにあるコンビニを見つける。

「ごめんコンビニ寄っていい?」

 拒否する理由がないので快諾しておく。

 ありがと〜と言いながら小走りでコンビニの中に入っていく。

 とても慌ただしい人だ。快活で人当たりがいい。色白で顔立ちもいい。万人から好かれる性格をしていると思う。

 異性からは恋愛対象に見られることも多いだろう。

 俺も彼女に対して好意は持っている。

 でもそれは幼馴染・戦友としての好意であって、そこに異性に対する好意はない。

 戦場ではそういった感情は足枷にこそなれ、アドバンテージにはならない。


 俺はコンビニの外に設置されているベンチに腰掛ける。

 一羽のカラスが電線に止まる。そのカラスはじっと俺を見つめてくる。

 俺も負けじと見つめ返す。


 妙に引き込まれる目をしたカラスだ。俺の目を見つめているようで、俺ではない何かを見つめている感じがする。


 カラスはやがて俺から視線を外す。ほんの5秒ほどだっただろう。俺には10秒にも20秒にも感じられたが。

 しばらく毛繕いをしていたカラスだったが、カァと大きく鳴くと飛び立った。

 雲ひとつない空。午後から雨が降ると言われても信じる人はいないだろう。

 頰が冷たくなる。見ると響がいつのまにか横に立って頬に冷たいペットボトルを当ててきている。

「冷たいでしょ。これ待ってくれたお礼」

「奢ってくれるのか」

「お礼あげるのにお金せびる人いないでしょ。ありがたく受け取っておくことだよ?」

 響は少し頰を膨らませている。

「じゃあありがとう」

「はいどうぞ〜」

 今度はとびきりの笑顔だ。笑った口からは白い歯が見えている。

 特に喉は乾いてなかったがキャップを開けてひとくち口をつける。それを見て響もギターハードケースを地面に置いてリュックの中から買ってきたペットボトルの蓋を開ける。カチッと音がしたからまだ飲んでなかったらしい。

 ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲んでいる響を横目で見て、俺はペットボトルを座る時に横に置いたリュックの中に入れる。

「ぷはー、五臓六腑に染み渡る〜」

「潤った?」

「潤った潤った〜」

「俺も潤ったよ」

「ほんと?良かった〜」

 かわいい。

「行こうか」

「おっけー」

 俺は立ちあがった。


 いや、立ちあがろうとした。動けなかった。

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