天才魔剣士の英雄譚

@KOTETUKOTETU

第1話

俺はゆっくりと目を開けた。カーテンの隙間から一筋の光が差し込み、壁に立て掛けてある一振りの刀の刀身を照らしている。

 見慣れた天井、見慣れたシーリングライト。ここは確かに俺の部屋だ。でもこの空間はどこか別の場所に思えた。

 ゆっくりと起き上がり、窓の方に近づいて勢いよくカーテンを開ける。強烈な日光が宙に舞った埃をキラキラと輝かせる。

 俺はあまりの部屋の汚さに顔を顰めた。部屋のあちこちに服が脱ぎっぱなしのまま放置されていて、魔法の本やノート、その他学校の授業で使う教科書がこれでもかというほどに積まれている。

 取り敢えず本の類は部屋の隅っこに追いやり、服は拾い集めて洗濯機にぶち込む。帰ってきたら洗うとしよう。


 俺は今、とてもイライラしていた。日曜日の朝6時半から目が覚めててしまったこともあるだろう。でもそれだけかと言われるとそうではない。もっと大きな事、自分の今までの

努力が全て否定されるようなこと。

 洗濯機の隣の洗面台の前に立ち、そばに置いてあるたらいを動かして目の前に置くと、右手をその上にかざす。たらいと右手との丁度真ん中あたりにポチャンと小さな水の球が生まれる。完全な球体で、透き通るような青色。下から上へと気泡が上がっていくのが見える。

 静かに力をこめるとその水の球は周りの空気を巻き込むようにしてどんどん大きくなっていく。わずかにだが着ていた服が吸い寄せられる。丁度メロンほどの大きさになったところで今度は力を抜く。ゆっくり水の球は落ちていき、たらいに触れたところで形を崩し、バシャンと音を立てながら完全な流体となりたらいを満たす。

 俺はその水を使って顔を洗う。


 魔法――0から1を産み出す、もしくは1を100に増幅させるための手段。この近代世界では新しい物を作り出す、さらに発展させる事を技術力や科学力を用いて行ってきた。ただ今ほどそういった技術がなかった大昔では一部の魔法を操れる人々が世界を発展させてきた。一部の人間にしか使えない魔法と違って技術や科学はあらゆる人々が使えるので、魔法はいつしかそれらに取って代わられ、廃れていった。


 顔を洗い終わるとキッチンに立って朝食の準備に取り掛かろうとする。

「あんまり腹減ってないな」

 朝食はなくていいや。食べる必要のないご飯はたべても美味しく感じないからね。

 俺は朝食を作るのをやめ、クローゼットから服を引っ張り出して着替える。半袖にパーカーを羽織り、下はジーパンを履く。

 歯磨きをして髪を整え、リビングに戻って刀を鞘に収めてゴルフバックに入れる。

 玄関まで行き、靴をシューズボックスから取り出して履いて、それからシューズボックスの上に置いてある写真立てを倒す。カタンという音がなる。

  悲しい音だ。

ドアの鍵を開けてドアを開ける。気持ちのいい風がパーカーを靡かせる。眼下には日曜日なのに会社に向かおうとする会社員の姿が小さく見える。ここは名古屋市内にある、ナゴヤ・フォートレスマンションの3階。

 俺は振り返り、カーテンを閉めて真っ暗になった部屋を見つめる。ドアから差し込む日光が倒された写真立てを少し照らしている。

「行ってきます親父」

 そういって俺は目を細める。

「行ってらっしゃい、親父さん」

 俺はドアを閉め、大きく伸びをする。なんだか若返った気分だ。

「しゃ、今日からまた頑張りますか」

 カレンダーは日曜日から。また忙しい1週間が始まる。

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