二日目と三日目
気づいたら、見知らぬ場所に寝転がっていた。
あたりは、すごく明るかった。でも、それをよく見ると、建物が燃えているからだとわかった。
「あ、の……」
必死に声を出すと、のどの方から生ぬるいどろっとした液体が出てくる。
隣を見ると、同い年くらいの男の子が寝ていた。私ほど、怪我はなさそうに見える。
「呼んだの、もしかしてあなた?用がないなら、呼ばないで。私たちだって忙しいから」
ところどころに包帯を巻いた看護師さんが私の顔を覗き込んだ。
「呼んだ?」というのは、私の呼びかけに対する問いだろう。
私はただ、ここがどこか知りたかっただけなんだけどな。――まあ、どうせ声もろくに出ないんだけど。
することもないので、目を閉じ、再び眠りにつく。
起きたら、少し声が出しやすくなっていた。だからといって、火傷も完治していないのでまだ起き上がることができない。
隣の男の子も、今度は起きていた。暇つぶしも兼ねて、彼に話しかける。
「はじめ、まして。私、
やっぱり話すと変な感じがするし、頭ががんがん痛むけど頑張って口にした。
「……僕は、
春と夏だねって言いたかったけど、それほどの元気もなかった。
――私が、どれだけもつかわからないけど、よろしくね。春陽くん。
心の中で、彼にそう語り掛けた。
どれだけ眠ったかわからないけど、私にとっての三日目はいろいろあった。
まず、ここに家族が来た。両親は爆弾が落下したところから遠くのところで働いていたため、これといった被害はなかったらしい。でも、ガラスの破片が飛び散ったりなどでみんな怪我をしていると聞いた。
「千夏、頑張って」
「できることなら、俺が代わってやりたかった……」
そんな言葉を、ずっと両親は口にしていた。
――頑張って治るものならとっくに治ってるし、代わることなんてできないのに。
その後、両親は私の姉が亡くなったことを告げた。私は、涙なんて流さなかった。
「いきなりだから、受け止められないよな、ゆっくりで、いいから」
――違う、受け止められないんじゃない。涙が出ないだけ。私は、もう、お母さんやお父さんの知っている私じゃなくなったから。
そして、両親が帰った後は春陽くんと喋っていた。のどは、不思議と楽になっていた。話しても、何も感じない。なんだか、それだけで無敵の体を手に入れたような気がした。
「私、武蔵野から来たんだけど、春陽くんはどこから来たの?」
「僕は練馬区から。北の方だから、被害も少なかったみたい」
お父さんが言ってた。たしか、爆心地は渋谷区って。
「……なんだか、あの日から、人は死ぬのが当たり前って思うようになって。私って、なんて冷たい人間なんだろうって」
「僕も、思ってたよ。友だちが目の前で死んでいくのに、何もしてあげられなくて。だから、もう……運命には、逆らえないんだなって、思った」
慎重に慎重に、言葉を紡ぐ。
こんなことを思ってるのは、私だけじゃないんだなって――、そう、思った。
急に、頬に激痛が走る。
なんだろうと思い、確かめたら、指が濡れた。それは、涙だった。
――涙が、傷口にしみて、痛い。
とても痛いのに、涙は止まらない。
「千夏ちゃん?」
彼が心配してくれたのはとてもうれしかった。
でも、体は言うことを聞かない。
「……ごめんね、春陽くん。本当に、ごめん。でも、お姉ちゃんが死んだって聞いてから、ずっと……ずっと……」
不安だった。
私は、人の死をいとも簡単に受け入れてしまう自分が、怖かった。
でも、それを受け容れてくれる春陽くんがいた。
「謝らなくて、いいから」
「でも……じゃあ、ありがとう」
――アリガトウ。
その言葉は、私には久しぶりすぎて、異国の言葉のように聞こえた。
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