八月六日、またあの日

emakaw

一日目

 ――すべての始まりは、このテレビ中継だったのかもしれない。


「こちら、東京渋谷区です。先ほど、北朝鮮が新型の核ミサイルを発射したという情報が入りました。日本政府の予測では、ここ、東京に落下するとみられています!みなさん、安全な場所に避難してください。えー、核ミサイルについては、現時点では不明です。……?あ、後ろ!後ろに、核ミサイルらしきものが見えます!どんどんこちらの方に向かっ――」

 そして、中継が途切れる。

 現場にいなかった人々は、その日、東京で何が起こったか知ることはできなかった。



 あの日は、たしか、学校で授業を受けていた。

「正の数は、普段私たちが使う数ね。で、負の数は――」

 先生の声は、そこまでしか聞こえなかった。

 なぜなら、先生の方からけたたましくアラートが鳴ったから。

 そのアラートは、先生のスマートフォンから流れていた。

「……みんな、ちょっと、落ち着いて聞いて。今ね、Jアラートが発令されたらしいの。北朝鮮の核ミサイルが、ここに向かってきてるって」

「え……?」

 どこからともなく、誰かの声がもれる。

「先生もどう対応すればいいかわからないので、職員室に行ってきます」

 そう言って、先生は駆け足で職員室へ向かった。

「え?どういうこと?」

「ま、授業なくなったからいいんじゃね?」

「あー、確かに」

 男子生徒たちが話した。

 そして、私たちの中からかわいた笑い声が聞こえる。

「でもさ……これって、結構大変な状況だよね」

 その言葉には、返事は帰ってこなかった。

 気まずい沈黙が流れる。

[全校生徒、職員に連絡です。ただいま、Jアラートが発令されました。全員、体育館へ避難してください。繰り返します――]

 その放送が聞こえ、みんなは一斉に席を立った。たぶん、向かう先は体育館だろう。

千夏ちかちゃん、一緒に行こ」

 美歩みほにそう言われ、私たちも体育館へ行く。


 ――その、時だった。


 音が消えたと思ったのは、それがあまりにも大きな音だったからだろう。

 視界が、真っ白になった。

 それは、学校が破壊されるにはあまりにも早い時間だった。

 でも、私にはとても長く思えた。


 気が付いたら、見渡す限りの景色、全部が黒色になっていた。

 黒、黒、黒。

 建物が焼け焦げた黒。

 人間が焼け焦げた黒。

 もはや、もともと何だったのかわからない黒。

 時々、赤も見えた。

 でも、それだけ。

 隣を見ると、美歩が倒れていた。

 全身が、真っ黒に焼け焦げ、顔すらも分からない。

「美歩、大丈夫?」

 ――大丈夫なわけ、ないのになあ。

 自分の体も、左半身に火傷を負っていた。それでも痛みを感じなかったのは、痛みで体が麻痺していたからだったのだと思う。


 空を見上げると、大きなきのこみたいな雲が浮かんでいた。

 みょうに冷静な私は、授業で習った「原爆」という言葉をふと思い出す。

「あーあ」

 私は、声に出して言った。

 ――人間って、こんなにあっけなく死ぬんだな。

 からっぽの心の中に、そんな言葉が漂う。

 体育館の様子が気になり、そこへ向かうことにした。

 がれきの山を踏みつぶし、慣れてきたら死体の山――もしかしたら、まだ生きていたかもしれない――まで踏みつぶして、体育館へ向かってひたすら歩く。

 いつもの廊下が、とてつもなく長く感じた。


 体育館は、まさに、「地獄」といった感じの状態だった。

「お母さん」

「先生」

「助けてください」

「痛いよ……」

 まだ生きている生徒の、たくさんの悲痛な叫び。

「みなさん、大丈夫ですから。必ず、いつか必ず、助けが来ます」

 そう話す先生は、右目を負傷していたし、他の先生もまったく「大丈夫」じゃない状況だった。

 

 そして、疲れが来たのか、また私は意識を失った。

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