第3話 狂気の事件

 私は、全身がガクガクして、これ以上は画面を見る事ができなかった。



 ノートパソコンと例のSDカードを事務用の鞄に入れて、私は、またしても地元の警察署の防犯係に車を飛ばした。応対に出たのは、1週間前にやる気の無い態度で応対したあの警官だった。



 しかし、私の、血相を変えた様子に、おや、と思ったか、今度は、真面目に応対してくれた。



 私は、先程の画像を、持参したノートパソコンで急いで警官に見せた。



 警官は、このあまりの無残な映像に、顔を背けた。そして、直ぐに上司を呼んで来るから、ここで待ってくれと言った。警官として、これは尋常な事件では無いと直感したのだろう。



 2階の別室から、40歳前後のいかつい体をした刑事らしき人物が、階段から降りてきた。そして、愛犬シバの無残な虐殺場面を注視していた。


「うーん、これは非道い。単なる動物虐待を超えている。よほどの恨みか何かが無いと、これほど残虐な事は、普通人だったら、まず、できないでしょう……。橘さんと言われましたっけ?何か、人の恨みを買ったような記憶はありませんか?」



「いや、私は、極平凡な地方公務員で、地元の市役所に勤務してます。福祉関係が主な仕事ですから、感謝される事はあれ、恨まれるような記憶は無いのですが……」



「しかし、私の直感からすれば、首の切断された人形の送りつけや、愛猫、愛犬に対する行動を見る限り、この事件の主犯者は、並大抵の恨みでは収まらない程の恨み、怨恨、憎しみを、貴方か、あるいは貴方の家族の誰かに持っている事は間違いがありません。



 しかも、このSNS全盛の時代に、この映像をネット上にあげる事なく、貴方宛にSDカードのみを送りつけてきたのは、相当な知能犯でしょう。



 SNSにアップした場合、警視庁のサイバー犯罪対策課に依頼すれば、即、投稿者が特定されますのでね。ともかく、ご自身やご家族の身辺には気を張っておいて下さい。愛猫、愛犬の虐殺のみで済めばいいのですが……」と、このいかつい刑事は、次の心配までしてくれた。



 私は、私で、猫のサクラに続き、愛犬のシバまで、考えられない方法で殺害されたのである。考えたくも無いが、下手をすれば、今度は家族の誰かに危害が及ぶか分かったものではない。……この点に関しては、先程の刑事と全く同じ心配をしていたのだ。


 そこで、警察からの帰りに、同級生で地元で電気店を営んでいる友人に、今日、直ぐに私の家の周囲に、録画できる防犯カメラ4台を取りつけてくれるように頼んだ。



 今となっては既に遅いのだが、仮にあと1週間早く、防犯カメラを取り付けていれば、サクラの件は防げなくても、シバを拉致誘拐していった人物の特徴ぐらいは、防犯カメラに録画できた筈なのである。


 今更悔やんでも仕方が無いが、これが、今の私にできる最善の防護策であった。



 しかし、事態は更に急転するのである。



 シバの虐殺動画の送付から、約3週間後、妻のヤッチャンが軽四で小学校まで子供2人を向けに行った時の事である。自宅から小学校までは、歩いて20分程度であったが、サクラやシバの一件があってからは、妻が仕事を早退して、子供2人を軽四で迎えに行っていたのだ。



 こうすれば、少なくとも誘拐される心配は無い。朝は、子供達らで集団登校するから6~7人もいる児童らに、そう、簡単に手は出せまい。



 しかし、下校時は集団下校が無いため、このような非常手段を執っていたのである。


だが、ここで、思いがけない事件が勃発したのだ。



 何と、妻のヤッチャンの軽四が、民家の無い道(近道)を走っていたところ、木陰に隠れていた軽四が、妻の車の側面にワザとぶつかってきた。その衝撃で、車の運転席側の窓ガラスが割れたその瞬間、帽子、サングラス、マスクで顔を隠した人間が、

その窓ガラスの隙間から、催涙スプレーを車内に噴射したのだ。





 当然、車内にいた妻は一瞬目が見えなくなったその時である。後ろのドアを強引に開けて、私の2人の子供が強引に拉致され、そのまま先程ぶつかった軽四に乗せられて、誘拐されてしまった。



 妻から緊急の連絡が、私のスマホに入ったので、即座に110番通報するとともに、いつもの通学路に、私も緊急の休みを貰って急行したのだが、既に、子供2人は拉致誘拐された後であった。



地元の警察署は、県警本部と協議して、県警本部に私らの2人の子供の拉致誘拐捜査班が設置された。……この事件は、マスコミにはまだ公表され無かったのだ。それは、これが万一、金銭目的の誘拐だった場合、今後の犯人との交渉に邪魔になるからであるからだと説明された。



 早速、県警本部から、いかにも優秀そうな切れ長の目をした刑事2人が、我が家にやってきて、色々と話を聞いて行った。



 妻のヤッチャンは、この時とばかり、私の家の隣の弁護士の村西透が引っ越してきてから、色々な事件が起きたと証言した。この話に2人の刑事は興味を引かれ、直ぐにその弁護士のアリバイを即調べると約束してくれた。



 特に、隣の家に住んでいるため、愛犬のシバを拉致誘拐出来たのは、この弁護士の存在は非常に大きいように考えられたのである。



 しかし、妻の期待は完全に裏切られた。



 愛猫のサクラが毒殺され、愛犬のシバが誘拐されたその日、弁護士の村西透は、日弁連主催の研修会に土日の一泊二日で、東京に行っていた事が判明。当該宿泊ホテルの従業員も、どことなく暗い表情の村西透の宿泊記憶もあり、本人自筆の宿泊申込書も残っていた。また、当該研修会にもキチンと出席していたのだ。この事から、村西透自信がシバを拉致誘拐する事はできない事が証明された。



 更に、私の2人の子供が拉致誘拐された正にその日、本人は、名古屋高裁で、民事裁判の弁護をしていたのである。完全なアリバイがあったのだ。



 また、彼には、ヤッチャンにどことなく似た妻がおり、子供らはいなかったものの、この妻にしても完全なアリバイがあった。友人らと、夫のいない間に、温泉に一泊二日の日程で旅行に行っていたのである。つまり、弁護士の村西透の代わりに、この事件を引き起こす事は、やはりできなかったのである。






 いくら妻のヤッチャンが、変人だ、気持ち悪いと力説しても、この鉄壁のアリバイは崩せそうもない。……この件で、弁護士の村西透は犯人候補から削除された。


 と言って、誘拐から2日経っても、3日経っても、誘拐犯から身代金の請求電話は一切無かったのである。



 私に、忠告してくれた地元の刑事は、自宅に顔を出すたびに、その顔色は暗くなっていった。私にも、その気持ちは少しだが理解できた。……この拉致誘拐は、単なる金銭目的の誘拐で無いのではなかろうか?とすれば、最悪の事も想像しなければならないではないか! 






鑑識課から新たな情報があった。妻の軽四にぶつかってきた軽四は、その残された部品や塗料から、誘拐事件の3日前に盗難届けが出されていた車に相違無い事が分かった。しかし、盗難車であればこそ、更に、その運転手は特定出来ず、事件の解明はより複雑になっていってしまうのだ。



 その誘拐に使われた盗難車は、未だ見つかっていない。多分、どこかの山奥の林道脇にでも捨ててあるのだろう。こうなると、もうほとんどこの事件の手がかりは存在しない事になる。いかに優秀な刑事であっても、この暗中模索のような事件に対して、明確な回答を出せるのは不可能だ。結局、日本三大名探偵と言われる明智小五郎や金田一耕助や神津恭介クラスの名探偵でないと不可能なのではないのか?



 私は、自分だけだが、既に最悪の事態を想定していた。つまり、子供達の「死」をである。



 そして、その悪い予感は的中した。



 やはり、次の金曜日、私宛に一通の郵便物が届いた。この前と同じような堅さのものが同封されている。多分、SDカードに違いがないだろう。



 私は、妻のヤッチャンに見られないように、夜遅く、仕事場に車で出向き、ほとんど職員のいない市役所の庁舎の自分のパソコンで、その画面を見た。


 おお、しかし、これは何と言う事だ!二人の子供が、多分、この前と同じ建物の中で、鉄柱に縛られていた事だけは即理解できた。しかし、その画面はあまりに惨すぎた。



 猛烈な吐き気に襲われて、近くの便所に駆け込んで、吐いた。



 一通り吐き終わった後、自分の机に向かって、先程の画面を見直した。


 しかし、その姿は異様なものだった。二人は、鉄柱に縛られている。死んでいる事は即分かった。何故なら、二人とも首を切断されていたからだ。……しかも、何とむごい事に、二人の胴体と首は挿げ替えられていたのだ。何故、それが分かるかと言うと、長女の明帆のほうが、次女の紗綾よりも身長が5センチ髙い筈なのに、長女の胴体に乗っていたのは次女の紗綾の頭部であった。つまり、子供ら二人の胴体と頭部は入れ替えられ、簡単に縫い合わせてあったのだ。



 この犯人は、完全に狂人だと思った。



 私は、泣く泣く、このSDカードを持って、地元の警察署へ駆けつけた。


 丁度、この誘拐拉致事件担当の刑事がいたので、震える手で、当該SDカードを見てくれと言うのが精一杯であった。



 この私の尋常ならざる顔色を見て、担当の刑事は、既に何が録画されているのかを悟ったようだ。……この刑事も、最悪の事を想定していたからだ。


「こ、これは非道い。犯人はまともな奴じゃない。直ぐに県警のほうにも連絡する」そうい言って、2階の事務室へ走って上がって行った。



 今まで、身代金目的の誘拐の可能性もあったので、2人の子供の誘拐の件は、マスコミには一切報道されて無かったが、これほど残虐な事件に発展すると、もはやマスコミにも発表せざるをえない。



 県警本部から、マスコミに対し、直ぐに情報提供があった。児童2人が拉致誘拐され、そして今までにも聞いた事のないような、残酷・残虐な殺され方をしていた事が一斉に報道された。



 私は、妻のヤッチャンが相当に取り乱すだろうと考えていたが、既に、妻のほうも覚悟を決めていたのか、泣きながらも淡々として私の話を聞いてくれた。






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