第4話 超難事件
しかし、殺人事件など年に数回程度しか起きない、平和な県内で、多分、連続幼女殺害事件の宮崎勤事件や、神戸の少年Aによる連続児童殺傷事件にも比肩するような、残虐な事件が起きた事に、マスコミの取り扱いは一挙に爆発的加速度で拡張していった。
特に現代は、SNSと言う情報伝達手段があるため、SNS上で、様々な憶測が乱れ跳んだ。各々、勝手に犯人像を推理する書き込みが急激に増えた。
特に、私らの子供2人の頭部と胴体が切断後、入れ替えて縫い合わせてある事から、犯人は、医者でないか?外科医なのか?と言う書き込みが多かった。
しかし、それにしては縫い合わせ方が雑である。私は、医者と言うより、一般人が、面白可笑しく、この殺害方法をとったものと考えた。
しかし、全く分からないのは、犯人の動機である。
何度も言うように、私は、単なる一市役所職員であり、担当部局は、主に福祉関係、特に老人関係や身障関係が主であった。これが税務関係であるとか、あるいは同じ福祉関係であっても生活保護担当で私が誰かの生活保護を切ったとかしたのなら、あるいは逆恨みもありうるかもしれないが、私の仕事は、相手から感謝されこそすれ文句が言われるような事はほとんど無い部門である。
では、妻のヤッチャンに対する恨みなのだろうか?案外、これは捨てがたい動機になると思った。妻のヤッチャンは、冒頭でも書いたように、ここらあたりでは見かけない程の美人である。もしかしたら、中学や高校時代に彼女に恋愛感情を持っていた男性がいて、そのまま振られてしまった人間の誰かが、その復讐のために、このような凶悪な犯罪を起こしたと考える事は、あながち的外れとは言えないのだ。
ただ、そうであるならば、何故、今なのか?である。ここに大きな疑問点が残る。
それとも、近頃になって偶然に妻に出会った男性が、既に、結婚して子供2人もいるヤッチャンのストーカー的存在になって、かような凶悪な犯罪を実行したのだろうか?……
しかし、妻のヤッチャンは縫製工場のパートが主たる仕事であり、職場には男性がほとんどいないと聞いているのだ。いや、いる事には間違いがないが、年齢は40歳から50歳程の工場長1人とその部下1人の計2人で、その工場長等らには私も面識があるが、とても、このような凶悪な犯罪を犯すような風貌はしていないし、性格も2人共大人しそうである。
しかも、2人の子供の頭部を切断し、その胴体を挿げ替えて鉄柱に縛り付ける等、まともな人間の行う行為では無かろうが……。
警察のほうでは、あまりに異常な事件のため、特に、過去の事件の変質者の洗い出し、また、かって服役して現在出所中の人間を主に捜査している、との説明を受けたが、その点に関しても私自身は納得していなかった。
私は、大学在学中は、結局、受からなかったものの旧司法試験を目指していた事もあり、特に、刑法・刑事訴訟法・犯罪心理学に力を入れて勉強した時期があったのだ。
私の卒論は、『切り裂きジャックの本当の正体は?』と言うもので、私は、大胆にも、切り裂きジャックの正体は、精神に異常を来して事件中に自殺した弁護士、ユダヤ系移民の床屋のコスミンスキ、そして、その2人後ろには、世界的名探偵のシャーロック・ホームズを生み出したコナン・ドイルが絡んでいる共謀共同正犯なのではないか?との推論を展開した。
この卒論は、ゼミの教授によって書き直しを命じられ、結局、私の卒論は、『犯罪者の異常心理と刑罰の効果』と言う、ごく平凡なものになってしまったが、今となっては、その時の勉強が、非常に役に立って来るように感じられた。
警察があてにならないのなら、自分で探すしかないではないか?
私が、独自の調査を開始しようとした丁度その頃、1人の刑事が新たに私の事件に加わった。地元の県警では、いかなる手がかりも残っていない事から、警察庁を通じて、東京の警視庁からの応援を頼んだらしい。
勿論、私の推測であって、その刑事が、警視庁から来たのか警察庁から来たのか確信は持て無かったが、地元の県警の刑事で無い事だけは確かであった。よく、県警同士の縄張り争いが激しいとは聞くが、かような猟奇的犯罪に県警のほうも見栄も外聞も捨て去ったのであろう……。
その新しい刑事は、開口一番、
「この犯罪は、貴方か、貴方の奥さんに並々ならぬ復讐心を持った者です」と、私と同意見であった。
「問題は、その復讐心が、何故、今、暴発したかです」とまで言った。
まさにその点こそが、この私ですら思い当たる事が無いのだ。
「ところで、貴方の奥さんと隣家に住んでいる弁護士の村西透は、中学が同じで、それのみならず二人ともバスケ部の所属であって、当時のクラスメート等に聞いてみると、二人は結構仲が良かった事を、ご存じでしたか?」
「えっ、私の妻と近所の弁護士とが、かって仲が良かったって?それは、初めて聞く話ですね。二人は、一体、どれぐらい仲の関係だったのですか?」私は、ある思いを心に秘めて、この質問をしてみた。
「弁護士の村西透は、当時、男子バスケ部の部長で、学生数の関係から、女子バスケ部の相談役も兼ねていた。その時、村西透は中学3年、奥さんは入学したての中学1年だったそうです。ただ、二人の仲が良かったのは、極身近く、その後、村西透は、県内名門公立高校への進学勉強に打ち込むようになったらしく、二人の間急激には疎遠になっていったそうです。
私が、この話を奥さんの同級生に会って調べたのは、貴方の奥さんが、異常に村西透を毛嫌いしていた事から、二人の間に何かがあったのではないか?と、そう考えたからです」
「これだ。『ロンギヌスの槍』の正体がようやく分かったような気がした。隣の家に越してきた弁護士の村西透は、中学に入学したての美少女のヤッチャンを食べたのだ。もっと、激しい言葉使えば、右も左も分からないヤッチャンに、無理矢理、勃起した男性器を挿入したのだ……。これが、妻のヤッチャンが、村西透を毛嫌いする理由なのだ!」
しかしである。妻のヤッチャンが仮に、中学1年の時に既に村西透に犯されていたとしても、今回の事件との関連性はほとんど無いように思われる。
「まあ、村西透自身は、今回の事件に直接関係無いものと私も考えています。むしろ、あくまで貴方の奥さんに、異常に恋愛感情があった人間、派手に振られた人間を探して、聞き込みを行っているのですが、ここで少し難しい事実にぶつかりました」
「難しい事実とは?」
「それは、私らの見立てでは、もっと沢山の人間が貴方の奥さんにアタックしていたと思っていたのですが、まともに奥さんに声をかけていたのは、実は弁護士になった村西透ぐらいのもので、その他の男性は、どうせ声をかけても、振られるだろうと、ほとんどの男性は最初からアタックすらしなかったそうなのです……」
「なるほど、妻にアタックする事もなければ振られる事も無い。つまり、それ程、深い妻への復讐心は、沸いて来ない事になりますね?」
「そこなんです。中学や高校時代のクラスメートに聞いてみても、似たような回答が主でした。これじゃ、少なくとも、貴方の奥さんに振られて、その逆恨みで、今回のような事件を引き起こす者は、いないと言う事になってしまうのです」
「妻が独身の時に勤務していた保険会社の社員の中に、怪しい人物はいなかったのですか?」
「それも考慮に入れてみましたが、貴方の奥さんは、勤務していた保険会社ではいわゆる支店の受付嬢をされていました。つまり誰とでも面会していたと言えばそうなりますし、逆に受付嬢は、大概、その会社の特に別嬪さんがなるものと相場が決まっていますから、この保険会社においても、積極的に、貴方の奥さんにアタックした社員がいたとは聞いていないのです。
つまり容疑者が誰もいないと言うのが、現状なのです……」
「うーん、それは確かに難しい事実ですね」と、私自身納得せざるをを得なかった。
それにしても、いかなる証拠も残っていないのだ。更に犯人の動機も分からないのだ。ただ、この私宛に、SDカード等を送りつけてきた事、被害にあったものが全て私の家の、飼い猫や飼い犬、そして目に入れても痛く無い程可愛かった二人の娘なのである。何らかの怨恨や恨みを持った人間が犯人である事は絶対に間違いがない。
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