4章

第42話 禁忌への挑戦①

 由佳ゆか狗巻いぬまき、それに叡斗えいと静子しずこは大急ぎで櫓に駆けつけた。

 そこには2つの白木しらきの祭壇が設けられ、その上に白い布で覆われた御神体が置かれていた。


 御神体自体はあらわにはなっていなかったが、白い布には紙垂しでをつけた縄がかけられ、それが神聖なものであることを表していた。

 その為、由佳たちはそれが御神体であることを確信した。


顕乗けんじょうさんっ!」


 由佳がそう叫ぶと、顕乗は舞台の上から由佳に手を振った。


「やあ、由佳ちゃん、お待たせしたね。いよいよ良い物を見せてあげるよ。これを見たらきっと由佳ちゃんも驚くよ」


 顕乗は屈託のない満面の笑みだった。


「違うんです、顕乗さん! お願いです! イベントを中止してください! 御神体を見世物にしないで下さい!」


 そう叫ばれると顕乗は驚いて、慌てて由佳を制した。


「ちょっとちょっと、由佳ちゃん、そんなことを大声で言われたら困るよ。イベントのネタバレをされたら興が覚めちゃうじゃないか」


 そういうと顕乗は4人の女生徒に指示をした。

 由佳たちの前に女生徒ABCD───もとい相田 詠子あいだ えいこ備井 米美びい べいびー椎名 詩衣しいな しい泥田でいでん・ディーン・禰栖子でぃすこが立ちはだかった。


「あ、あなたたち、どきなさいっ」


 由佳は4人を押しのけようとしたが、4人は頑なに由佳の進入を阻んだ。


「イベントはすぐに終わるから、由佳ちゃんも少しの間、そこで大人しく待っていてよね」


 そういって顕乗はマイクを握ると、祭壇の前に上がった。


苗蘇高校びょうそこうこうの夏祭りにお越しの皆様、ようこそ!

 毎年恒例! ワンフィールド店長市原顕乗のイベントを開催いたします!」


 顕乗がそう挨拶をすると観客から大きな拍手と、盛大な歓声が沸き起こった。

 気が付けば櫓の周りは祭り客でいっぱいになっていて、みんな顕乗のイベントに興味津々だった。

 顕乗のイベントは毎年趣向が凝っていて、名物の出し物として人気を博していたのだ。


「由佳っ。どうしたのっ?」


 人ごみを掻き分けてかえでがやってきた。


「楓っ! お願いっ、顕乗さんを止めてっ! イベントを中止させてっ!」


 由佳の切迫した状態に楓は困惑した。


「顕乗さんのイベントは、苗蘇神社と一条神社の御神体を見世物にするものだったんだ」


 そう狗巻に説明されると楓は目を丸くして驚いた。


「まさかお兄ちゃんがそんな罰当たりなことを!?

 でも、こないだ家に一条神社の神主さんがやってきて、お兄ちゃんと何か話をしてたの。

 なんで一条神社の神主さんが?って思ったけど、このことを相談してたのね」


 少し前の出来事を楓は怪訝に思っていたが、今の状況を見て納得がいった。


「御神体を見世物にしようなんて。それも苗蘇神社だけでなく、一条神社の神様まで」


 楓は兄に対して怒りを覚えた。

 そして腕まくりをすると兄を止めるべく櫓に迫った。

 しかしそこには相田あいだ備井びい椎名しいな泥田でいでんの4人が立ちはだかった。


「あなたたち、どきなさいっ。わたしの邪魔をすると怪我をするわよっ」


 楓は本気だった。

 しかし4人は怯むことなく楓の行く手を阻んだ。


「しかたないわねっ」


 楓は金剛力をちょっとだけ使って4人を押しのけようとした。

 しかし4人のうち泥田が楓に立ちはだかると、楓の力を真っ向から受け止め、逆に楓を押し返した。

 楓は驚いた。

 まだまだ本気ではないが少しは金剛力の力を使った。それだけでも成人男性を簡単に押しのけるくらいはできるはずなのに、泥田はびくともしないどころか逆に自分を押し返したのだ。


 楓が押し返されたことには由佳も驚いた。

 いつもこの4人が静子を取り囲んだとき、楓が4人を押しのけ、由佳が静子を引っ張り出すということをしていたからだ。

 そして楓の金剛力のことを知った今は、その力で楓が難なく4人を押しのけてくれるだろうと期待したのだ。

 しかしその期待は、意外にも裏切られてしまったのだ。


「あ、あなたたちっ…?!」


「すみません。市原先輩。店長の指示なんでここをお通しすることはできません(相田)」


「でも市原先輩って店長の妹さんよね? こんなことして私たち大丈夫?(備井)」


「大丈夫に決まってるじゃない! お店じゃ店長が一番偉いんだからっ!(椎名 )」


「市原先輩、力がすごく強いデス。オドロキました。ワタシも本気にならないと負けてしまいそうデス(泥田)」


 そうして4人と悶着をしている間にも、顕乗はイベント進行させていた。


「皆さんは「悪党あくとう」という言葉をご存じでしょうか?

 この「悪」とは「善悪」の「悪」ではなく、昔の言葉で「強い」という意味で使われている「悪」ですが、この苗蘇神社と一条神社の神様も、元々はこの土地を支配していた地方豪族───つまり「悪党」だったのです」


 顕乗の説明に祭り客は驚いたり納得したりと、興味津々だった。


「ここに用意した2つは、なんと驚くなかれ、苗蘇神社と一条神社の御神体です。

 皆さん、苗蘇神社も一条神社もよくお参りに行きますよね?

 でも御神体を見たことはありますか?」


 祭り客の多く───というかほぼ全員が首を横に振った。


「そうでしょう。見たことはありませんよね。それは神社側がわざと御神体を隠し、神秘性を高めることで、より皆さんの興味を引こうとしているからです」


 顕乗は声も高らかで、自信満々にそう言ってのけた。


「しかし自分は考えが違います。皆さんに御神体を実際に見ていただき、知っていただくことで、皆さんの興味はより高まると思っています。

 今は情報社会の世の中です。正体が不確かで、よくわからないものより、すべての情報をさらけだし、何一つ隠し事のない堂々としたものこそ、最も信頼がおけるのではないでしょうか?」


 顕乗の考えに賛同する祭り客は少なからずいるようで、拍手を送る者や「その通りだ!」「いいぞ!」「御神体がどんなものか見たい!」といった声を上げる者もいた。


 そうした賛同を享受し、顕乗は自分の行いが肯定されていることに悦に入った。

 ひとしきりその時間を満喫した後、顕乗は言葉を続けた。


「多くの方が、そう思って下さっていたことを嬉しく思います。

 さあ、それではその期待に応え、もったいぶらずにお見せすることにしましょう。

 ご覧ください! これが苗蘇神社と一条神社の御神体───つまり神様の御姿です!」


 そういって顕乗は御神体を覆う白い布を取り払おうとした。

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