第41話 静子が由佳を呼んだ理由

「ご、ごめん、静子しずこ。そういえば静子が私を探してるって───それでこの子たちを送ってくれたのよね?」


 由佳は自分の両腕に巻き付いている管狐くだきつねたちを示した。

 そうされると管狐たちは由佳の腕から離れ、静子の両肩に戻った。


「うん、そうなんよ。ちょっと由佳にも見てもらいたいものがあって。これなんやけど」


 そういって静子はA4用紙サイズの資料を取り出した。その資料は分厚く、100ページ以上もありそうだった。そして表紙には「苗蘇高校びょうそこうこう夏祭り 秘仏御開帳ひぶつごかいちょうイベント企画計画書」と書かれていた。


「これって…」


 由佳はさらに表紙の右下に、資料を作成した日付と「企画立案:市原 顕乗いちはら けんじょう」と書かれているのを確認した。


「顕乗さんが今回のイベントの内容をまとめた計画書…?」


「そうや。未だに顕乗さんからイベントの内容の説明があらへんし、悪いなぁとは思ったんやけど、この子らに情報収集にいってもろたんよ」


 静子は自分の両肩に乗っている管狐たちを労った。


「オレたちが顕乗の周辺を探っていたら、その資料を見つけてな(左京近)」


「中身を見て内容だけを静子に報告しようとしたんだが、枚数が多くてよ(右京近)」


「「なので資料ごと、かっぱらってきたってわけよ!」」


 管狐たちは、さもしてやったりという様子で、いたずらを成功させた子供のように胸を張った。


「そんでな、由佳、ここや。ここをみておくれやす」


 由佳は、静子が指し示す場所を注意深く確認した。

 そこには「秘仏①:苗蘇神社の御神体」「秘仏②:一条神社の御神体」と記されていた。


「やっぱり…」


 由佳は衝撃的な記述内容に顔が青ざめたが、疑念が確信に変わった瞬間でもあり、気が引き締まった。

 先ほど、顕乗が4人の女生徒に運ばせていたふたつの箱───そのひとつの箱の中身が苗蘇神社の神様の毛皮に似ていたが、やはりあれは苗蘇神社の神様だったのだ。

 この計画書にもあるように、顕乗は今回の夏祭りのイベントで、苗蘇神社と一条神社の御神体を見世物にするつもりでいたのだ。


「神様が神社からいなくなったのって、御神体がそこからなくなってしまっていたからなのね」


「そういうことやね。つまり神様がいなくなったんは顕乗さんの仕業やったんやわ」


 ついに突き止めた真相だったが、由佳はあまりにも恐れ多い所業に背筋が凍った。

 御神体は人々が信仰を寄せる際、依り代として崇める対象で、まさに神様そのものだった。

 それを持ち出し、さらには見世物にしようなんて罰当たりも甚だしい行為だった。


「そういうことだったのかっ…!」


 そう言って人一倍、怒りをあらわにしたのは狗巻いぬまきだった。狗巻は怒りに震え、拳を固く握った。

 由佳も静子も、そして叡斗えいとも、そんな狗巻の様子に驚いた。


 大好きなりんごあめを反故にされても怒らなかった狗巻が、こんなにも怒りをあらわにすることに、由佳は狗巻の心痛の大きさを再認識した。

 一条神社の神様がいなくなったことを狗巻が気にしていることには気づいていたが、まさかここまで思い悩んでいたとは、由佳も思っていなかった。


「でもさ。これって神様が見つかって良かったってことでもあるんじゃないの?」


 叡斗が後ろ頭で手を組む、お馴染みのポーズで発言した。

 その内容は由佳や狗巻など、神様がいなくなったことを気がかりとしていたふたりに対して、軽はずみに言えるような内容ではなかったが、それをごくごく自然体で言ってしまえることは叡斗のキャラクター性でもあった。


「ずっと見世物にするわけじゃないだろうし、顕乗さんもイベントが終わったら御神体を神社に戻すんだろ? そしたら元通りになるんじゃないのかな?」


 由佳はそれはそうかもしれないと思った。しかし同時に、先ほど≪視た≫一条神社の神様の荒々しい御姿を思い返し、そうすれば全てが元のさやに収まることではないような気がした。


「御神体がふだんは公開されていないのって、保存の為以外に、きっと何か理由があるのかもしれない…」


「それについてはその通りなんよ、由佳」


 そう教えてくれたのは静子だった。


「御神体を隠さはるんは保存の為だけやあらしまへん。神様の中には調伏ちょうふくされて御神体に封印されてはる神様もおられるんよ」


「え? そうなの?」


「そや。例えば大雨を降らして土砂災害を起こした龍神様を鎮めて、神様として神社に祀ったりとかやね。こうした神様は、また暴れられたら大変やよって、御神体は何重にも封印して滅多やたらに開帳なんてせえへんよ」


 確かに由佳は、各地によくある「九頭竜くずりゅう」という神社は、地滑りが起こった際、9匹の龍が暴れているように見えた事や、その龍が「土地を崩す」ことから「崩す龍=九頭竜」として人々が恐れたのを、龍神としてお祀りし、鎮まっていただく為に建てた神社であるという話を聞いたことがあった。


 こうした神社の御神体は水脈や龍脈のある場所の地中深くに埋められていて、その上には「要石」という巨石が置かれていて、祀るというよりは、むしろ封印しているような光景を、しばしば目にすることがあった。


「もしそんな神様の御神体を見世物にしたら…」


「まさに封印を暴くようなもんやね」


「でも、それって怖い神様だけだろ?」


 そういうのは叡斗だった。


「苗蘇神社と一条神社の神様は、そんな恐ろしい神様じゃないし、大丈夫なんじゃないのかな?」


 しかし、由佳は顕乗が教えてくれた「悪党」の話を思い出していた。


 顕乗の説明では苗蘇神社の神様も、そして一条神社の神様である安倍晴明も「悪党」ということだった。

 もちろんその「悪党」とは善悪の「悪」という意味ではなく「強い」という意味で使われている「悪党」ではあったが、そうはいっても強い力で地域を支配していた地方豪族なので、龍神様ほど脅威ではないかもしれないが、決して安心できる神様ではないと思った。


 由佳は「悪党」ということについて静子、叡斗、そして狗巻に説明をした。


 静子と叡斗は純粋に「悪党」ということに驚いていたが、狗巻は「その話はじいちゃんから聞いていた」と複雑な面持ちになった。


「もし苗蘇神社の神様と、一条神社の神様が本当にそういった「悪党」だったとして、不用意に御開帳して怒りでも買ったら、祟られそうだな」


 さすがの叡斗も腕組をして、眉間にしわを寄せた。

 由佳は、そうなる危険性が大いにありそうだと危惧の念を抱いた。

 それほどまでに、先ほど見た一条神社の神様の形相は荒々しいものだった。


「今からでも顕乗さんを説得してイベントを取りやめてもらえへんやろか?」


「それはどうかな……」


 難色を示したのは叡斗だった。


「どうしたの叡斗。何か問題でも?」


「うん。問題というか、手遅れというか。

 顕乗さんはもうその箱を櫓に運び終わったんだよ。

 オレがここに来たのはイベントが始まるからみんなを呼びに来たからだよ」


 叡斗が言い終えると同時に、祭り会場のスピーカーからアナウンスが流れた。


「祭り会場にお越しの皆さん、お待たせしました。

 これより本年度の夏祭りの催し物イベントを開始します。

 どうか会場中央の櫓にお集まりください」


 そうアナウンスをしてたのは他でもない、顕乗その人だった。




----------

これにて3章も終了です!

次話からいよいよ4章に突入です~!

୧(˃◡˂)୨


ここまで書き進められたのは皆さまより多大なお力添えいただいたからです。

本当にありがとうございました。(⋆ᵕᴗᵕ⋆)


4章も皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります。

私の小説を読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

(⋆ᵕᴗᵕ⋆)

----------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る