第三幕 始動

 新暦1036年2月13日。焔が熾りました。


 リゼが<生体人形バイオ・パペット>としての覚醒を果たした翌日、カイムはセラに言って大統領府および<生体人形バイオ・パペット>に宛がわれた格納庫、もとい寮を案内させた。かつては1000万近くの人口を擁していた共和国を支えていた中央機関である。ざっと見て回るだけでも丸1日がかかる。結局、その日リゼはあちこちを歩き回るだけで終わってしまった。

 そして今日。リゼはカイムの執務室へと呼び出されていた。

 部屋にはカイムの他にセラ、そしてリゼが見知らぬ<生体人形バイオ・パペット>が3体招集されていた。覚醒直後で勝手の分からないリゼを除いた4体はこれからの話の内容は察しているようだ。

 現在、<生体人形バイオ・パペット>は5体1組で小隊を組んで作戦にあたる。もっとも、たった5体で小隊を名乗れるのか、といった声はあるが。それでも、5体の連携がうまくとれていれば、それだけで正規軍の1個中隊かそれ以上の戦果を<天使>に対してあげることが出来るのが現状だった。

 「お前たちをここに呼んだのは、ほとんどの者が察している通りだ。この5体で小隊を組んでもらう。小隊番号は一〇七。隊長はセラ、お前が務めろ」

 「承知いたしました」

 命じられたセラが慇懃に礼をする。彼女の美しい銀の長髪がそれに合わせて靡く。ふわっと広がる毛先に一瞬目が奪われる。

 「カイム様、今後の予定は」

 「ああ、とりあえずはお前たちの間で親睦を深めておけ。初任務は2週間後を予定している。詳細については後日追って連絡する」

 「かしこまりました」

 そう言ってカイムの方を見てこれ以上の伝達事項がないことを確認すると、セラは背を向けて執務室を後にした。残りの4体もそれに続けて退室していく。

 「さて、これから先、俺がやろうとしていることがうまくいくかどうかは、お前たちに懸かっているといっても過言ではないのだが。どうなることか……」


 空いていたブリーフィングルームの一つを借りて、セラ以下小隊の5体は改めて自己紹介から始めることとなっていた。

 「皆さまご覧になられました通り、先程、カイム様よりこの小隊の隊長を仰せつかりましたセラです。以降、よろしくお願い致します」

 「一体、どういう風の吹き回しかにゃ? セラたんといえば、計画2番目の<生体人形バイオ・パペット>でずっと大統領の秘書係だったのに。もしかしてクビ?」

 何とも軽い口調で高い声を上げたのは桃色の髪をツインテールにした愛くるしい見た目の小柄な少女。年の頃は随分と若いように見える。

 「カイム様のご命令こそが我々にとっては全てです。あのお方が側仕えを命じるのであればお側にお控えしますし、戦場に行けと仰るのであれば戦地へ赴くだけです」

 「うわーお、さっすが<生体人形バイオ・パペット>の鑑って感じの解答だね。あ、わたしはフェリ。よっろしく~。ほい、じゃあ次!」

 フェリが隣を向いて続きを促す。ふられたのはリゼと同い年くらいの少女。その黒く大きな瞳が目を引く。亜麻色のボブヘアで活発な印象を受ける。

 「あ、私はアナだよ。私は最近<生体人形バイオ・パペット>になって、それからずっと西部戦線にいたから、他所よりも<天使>の侵攻が激しくなくてね。他の<生体人形バイオ・パペット>の子よりも実戦経験に劣ると思うけど、精一杯頑張るからよろしくね」

 天真爛漫なフェリに穏やかで思慮深いアナ。二人ともいい人そうだとリゼは内心安心していた。

 「じゃあ、次はあたしね。名前はリゼ。もしかしたら、みんなもう噂で知ってるかもしれないけど、一昨日<生体人形バイオ・パペット>として覚醒したばかりよ。アナ以上に不慣れなことばかりだと思うから、色々教えてくれると助かるわ。よろしく」

 「おぉ~、本当に覚醒したての子が入ってたなんて。まぁ、このフェリちゃんにお任せなさいな。ビシバシしごいてあげるから」

 「ビシバシ……? お、お手柔らかに……」

 「もう、フェリちゃん。あんまりいじめちゃダメだよ。リゼちゃん、一緒に頑張ろうね」

 「えぇ、頑張りましょう」

 どうやら第一印象の通り、アナとフェリとはすぐに打ち解けられそうだ。しかし、残る一人は。

 恐る恐るそちらへ目を遣ると濃紺長髪のやや年上に見える女性。首に巻いた深紅のマフラーが明るいが、彼女はカイムの執務室に最も早く集合していたにもかかわらず、未だ一言も発していない。さしものフェリもやや扱いに当惑しているようだ。

 「では、そちらの貴女。自己紹介をお願いできますか」

 見かねたセラが助け舟を出す。話を促され、遂にマフラーの女性が口を開いた。

 「……キノ」

 そう、名前だけを呟く彼女に、残りの4体はより困惑の色を濃くすることになったのだった。


 翌日。一〇七小隊の面々は共和国軍軍事演習場に集合していた。元は共和国軍が戦車を用いた演習を行う為に作られた演習場で、広大な土の大地に幾つもの築山、塹壕が設えられている。砲撃の的にするために、5つの同心円を鉄板に描いた的がそこかしこに配置されており、相当の予算をかけたことが窺える。大陸最大の軍事国家の名は伊達ではない。

 もっとも、目下のところ敵は<天使>であり、それに対してはこの手の演習で培われる技術は大した役に立っていないのが現状ではあるから、リゼは少し虚しさを覚える。

 午前九時。定刻となって、セラが号令をかける。

 「それではこれより、各人の能力を把握するために、異能を見せ合いましょう」

 <生体人形バイオ・パペット>には<人形師パペッティア>との共感覚の他にも異能が備わっている。全員が備える基本機能である生体部品の兵器への変換。すなわち、肉体を武器に変える技術――兵装変換コンバートがそのうちの一つにあたる。

 しかし兵装変換コンバートであれば全員が同じ規格で行使することが可能なので、互いに見せ合う必要はない。セラが言及した見せ合う異能とは、<生体人形バイオ・パペット>各々の固有能力のことだ。

 <生体人形バイオ・パペット>の固有能力。カレイサスの花の蜜は取り込んだ人の体内で変質し、特別な力を発現させることが知られていた。その力こそが、<天使>に対抗するための最大戦力だった。それは人知を超えた力であり、近代兵器をも凌駕するだけの性能を秘めていたのだ。

 「それでは、誰から披露してもらいましょうか」

 「まずは、わたしから見せるよ! フェリちゃんの固有能力は~……じゃん!」

 セラが言い終わるや否や名乗りを上げたのはフェリ。小さな手を前に突き出し、力を込める。

 変化はすぐに感じられた。空気が、震えた。

 「フェリちゃんの力は“空気振動”。空気そのものを震えさせて、たとえばこんなこともできちゃうのです!」

 瞬間、リゼたちのすぐ脇を一陣の風が吹き抜けた。それがフェリによる“空気振動”の影響だとリゼに判断がついたのは、200m近く先に置かれていた鉄板の的が中心で綺麗に真っ二つに両断されているのを視界に捉えてからであった。

 「フェリちゃん、凄い! あんな遠くまで“空気振動”の力を飛ばせるなんて」

 「それに、切れ味も相当高いみたいね」

 「えっへん。これでも前までいた戦隊では最強だったんだから」

 素直に感情表現するアナとリゼに褒められ、得意顔のフェリである。そんなフェリの頭を撫でてあげるアナを見ていると、まるで本当の姉妹のようである。

 そんな二人を眺めて、リゼはやや胸にしこりを感じた。

 ――サーニャが生きていれば、あたしたちもあんな風に笑い合えていたのかな。

 益体もない考えが脳裏を過り、リゼは慌てて頭を振った。

 「リゼさん、どうかなさいましたか?」

 流石にセラが声を掛けてきた。どうやら自分が思っていた以上に表情に出ていたらしい。

 「えっ、ああ、なんでもないの。それより次は、あたしがやるわ」

 リゼは気を紛らわすかのように次の順番を宣言した。

 「おっ、次はリゼっちがやるの? 覚醒したばかりなんだから、あんまり無理しちゃだめだよ~」

 フェリはそう言うが、その瞳はリゼのことを値踏みする気満々といった感じだ。前の戦線で最強だったというのは恐らく本当なのだろう。自分と釣り合うだけの実力がなければ、小隊を組む意義すらない。そう圧をかけてくるような視線にリゼは怯むことなく前へ出た。

 「まぁ、任せなさいっての。覚醒した時に固有能力については急に頭に使い方とかが降ってきたんだから」

 「リゼさん、貴女の能力は何だったのですか?」

 「見てて」

 リゼが掌を上に向ける。すると、その中空に突如として赤が点った。

 「火が出た! リゼちゃんも凄い能力だね。覚醒してからたった数日なのに、制御もばっちりみたいだし」

 「これは、“発火”ですか」

 リゼの能力はセラも初めて見たので、幾らか驚いているようだ。彼女の翡翠色の瞳がやや見開かれた。

 「そ。ちょっと出力上げれば、これくらい、なら!」

 リゼはそのまま手を上に突き上げ、炎を大きくした。鬼灯の実を思わせる巨大な赤はそのまま前方に飛んでいき、そして――爆ぜた。

 爆炎に巻き込まれた一帯は焼け焦げ、僅かな可燃物が燻っている。

 「火力たっか~。これは、とんでもない逸材だね、リゼっちは」

 どうやらフェリのお眼鏡には適ったらしい。リゼはほっと胸を撫で下ろした。少し離れたところにいるキノも心なしか満足気である。

 「それでは次は私が」

 何やら記録を取り終えたらしいセラが次に名乗り出た。

 「といっても、私の能力はリゼさん以外の3人は既に知っているでしょうが」

 セラはそう前置いた。確かに、最古参の<生体人形バイオ・パペット>であり、これまでずっと大統領付きの秘書をしていたのだから、その知名度もかなりのものなのだろう。

 「私の能力は“探知強化”です。主にこの目の知覚能力を極限まで引き上げることが出来ます。戦場ではレーダーとしての役割や皆さん同士あるいは本体との交信役など、サポートとしての業務が主になるかと思います」

 「へぇ、セラらしいっていうか何ていうか」

 実際、リゼはそれで合点がいった。あの日、カイムがほぼ迷うことなく自分の居場所を見つけ出したことや、最初のナイフでの奇襲を完璧に捌いたことも全て事前にセラの目によって暴かれていたのだ。

 「私の能力はリゼさんやフェリさんほど派手ではありませんから、もしかしたらつまらなかったかもしれませんね」

 「いやいや、そんなことはないよ、セラちゃん。それに、そういったサポート能力って戦場での生存率を上げる為にはとっても大事だと思うから」

 「アナぽんの言うことはその通りなんだけど、やっぱセラたんが言った通りちょっと地味~」

 「はいはい、フェリちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ」

 またもやアナに宥められるフェリである。

 「っと、次は私かな」

 未だ駄々をこねているフェリを引き剥がしてアナがやる気を見せる。しかし。

 「いえ、次はキノさんです」

 「ちょっと、折角アナがやりたいって言ってんだから先にやらせてあげたらいいじゃない」

 リゼは思わずセラに嚙みついてしまってから、しまったと思った。同年代の少女ではあるが、小隊においてはセラは隊長、上官なのだ。あまり生意気な口を利くものではないだろう。

 「いえ、やる気を汲むということであれば、先にやる気を見せたのはキノさんの方でしたから」

 「え? それって、どういう……って、キノは?」

 「あれ? キノすけがいないよ? どこ行ったの?」

 セラ以外の3人は辺りをきょろきょろと見回す。しかし、どこにもキノは見当たらない。幾ら発言がないとはいえ、つい先程までそこにいたはずなのに、見つけられない。

 「もしかして、これってキノの固有能力に関係が……?」

 そうリゼが呟いた直後、フェリの背後から声が発せられた。

 「その妙な呼び方はやめろ」

 「ぎゃぁぁぁっ!」

 思わず飛び上がるフェリ。そう、キノは突如としてフェリの背後に現れたのだ。

 「これが、キノさんの固有能力“隠密”です。彼女が能力をフルに活用すれば誰もその存在を認識することができません。同種の“認識阻害”とは異なり、実際に存在をなくすことも出来るので無差別攻撃などにも対応可能です」

 相変わらずそれ以上しゃべる様子のないキノに代わりセラが能力の説明をした。もっとも、それを聞いていたのはリゼとアナの二人だけ。フェリは驚かされたことの文句をキノに言い続けていたからだ。当のキノはどこ吹く風と言った感じで直立を崩さなかったが。

 「よし、それじゃあ今度こそ私の番だね。いくよ」

 アナはそう言ってぱん、と手を叩いた。刹那、演習場の中心、リゼたちの背後で眩い光の柱が降り注いだ。アナが手を叩くたび、その光は数を増していく。ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。最終的には五条の色とりどりの光が演習場に現れていた。

 「すっごい綺麗ね……」

 リゼはその光景に思わず息を漏らした。先程までキノに突っかかっていたフェリも見惚れているようだ。それほどまでに、その光景は筆舌に尽くしがたいものだった。

 「西部戦線の“裁きの光”」

 「キノ?」

 突如として珍しくキノが言葉を発した。しかし、矢張再び押し黙ってしまったので、それを見てセラが後を続ける。

 「アナさんの異能はあの“裁きの光”。手を叩く音に合わせて任意の場所にあの光の柱を出現させます。柱は最大で半径8m程度、地上から出現し、上空への範囲制限はありません。柱の内部に存在していたあらゆる物質はすべて消滅します」

 「なんか、それってとんでもなさすぎじゃない……?」

 アナが見せた圧倒的な光景にただ茫然とするしかないリゼだったが、その時隣から低く押し殺した声が聞こえた気がした。

 ――アナも、か。

 思わず隣を見遣ったが、そこには瞳を輝かせて光を見ているフェリがいるだけだった。気のせいか、とも一瞬は思ったがその瞳が不安げに揺れているように見え、この先気にかけておいた方がいいかもしれないな、と心中に呟くのだった。

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