チョコレート

山倉とビアクに支えられて小道を下りる途中、救急隊員2人が私を引き取った。その際「山倉さん、本当に申し訳ない。こんな迷惑を掛けてしまって…」「いいってこってすよ、田中さん。お互い明美ちゃんを救うことができた。男冥利に尽きるってもんだ」と会話を交わす。いつの間にか山倉も幼女の名を聞き知っていた。それもその筈、件の男が辺りに聞こえよがしに「営利誘拐だ!俺の娘を、明美を返してくれ!」と怒鳴りまくっていたからだ。私はその明美ちゃんが労しくてしょうがない。夕方来男は明美ちゃんに何かものを食べさせていたのだろうか?しまった、こんなことなら家を出る際にチョコレートなりを持ってくればよかった…などと思い、それらしきことを引き渡しの直前に山倉に口にする。すると山倉が「ある。ある。ちょうどある、チョコレートが。車に。食べさせておくよ、田中さん」と云ってくれ私は感謝の余りに「すいません。山倉さん。ありが…」と云い差したが救急隊員に促されて車上の人となった。まったく…私ってやつは幼女の親でも何でもないのに尽々思い入れがちな人間だと思いますよ(苦笑)。救急車の車内で隊員に打撲・傷の具合いなどを受け答えしながらも山倉が車内から持ち出したチョコレートを明美ちゃんにあげるのを窓から見ていた。明美ちゃんが一瞬でも微笑んだあとそれを夢中になって食べている。嬉しくなって思わず涙が滲んだ。栄子さん、山倉さん、ビアクさん、ごめんなさい。お手伝いができなくて。幾許もなく救急車のピーポーサイレンが鳴り出して私は現場から離れて行く。3人が手を振ってくれていた…。


 凶々しく先の尖った長い爪、青銅色をした強い手に押さえつけられて身動きができない。その手の持ち主が毒気を吐きながら私を嘲笑う。

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