中秋の名月
「待て!云うことを聞かないのなら任意同行から逮捕に切り替えるぞ!」
「な、何を~?!」
この時サイレンを鳴らして別のパトカーが到着した。待ち受けていた警官から素早い指令を受けてバタンバタンとドアを鳴らしその警官とともに3名が堤を駆け上がって来る。「ちっ」と舌打ちして口を噤んだだけである。さてもこれからどうなることやら、満身創痍ながら私も警察署(たぶん荒川警察署)に同行せねばならないだろう。山倉には悪いことをしてしまった。ここに来て霧が薄らいで来たようで夜空を見上げれば満月が垣間見えた。そう云えば今は中秋の名月の候だった。
「…任意同行から逮捕に切り替えるぞ!」と悪党どもを制した巡査長と思しき警官から「じゃあ全員道路に降りて。車に乗って」と誘われる。しかし私だけは「あんただいじょうぶか?歩けるか?」と聞かれた。「はい…」と言葉を詰まらせる私に「あんただけは救急車で病院に行ってもらうから。いいね?」と告げられる。「その方がいいよ、田中さん。取り調べの方はさ、あとでぜんぶ俺が伝えるから。な?じゃ行こう。降りよう」と肩を貸す山倉に「ああ、すまないな。あんたにとんだ迷惑を掛けちゃって…」と云い差したあとしかし私は彼を止め「あの、お巡りさん…こちらの女の人も、さっきあの男からお腹を蹴られてますよ」と巡査長に注意を促し、件の男を指し示した。さらに傍らに居るビアクと呼ばれたその女性に「あの、あんたも病院に行った方が…」と呼びかける。しかしビアクはにべもなく「ううん。いいよ、あたしは。平気だ。栄子を一人だけにできないよ。応援するからね。おじさん、行って。病院に。ね?」と笑顔で返してくれる。この時始めて名前を聞いた栄子という名の連れの女性と巡査長にも同じことをビアクが告げる。かなり気丈な女の子…いや、女性のようだ。
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