戻って来た悪党

ややあって彼はおもむろに我々にこう云いわたした。「よし、わかった。とにかくさ、今はすぐに警察に通報しよう。この不始末をその男らが放置する筈がない。おっつけここに戻って来るだろう。だから今はその…危険だ。(警察に通報しても)いいですね?」と女性に念を押す。「はい」とうなずく女性、元より俺に異論はない。山倉の状況判断をさすがだといまさらのように思う。確かにダンベルやら複数の証人を放置して男らがこのまま引き下がる筈がなかったのだ。ベルトホルダーからスマホを取り出すと山倉は躊躇なく110番をした。自分の身分を明かし要点をかいつまんで伝えてからパトカーの緊急派遣を要請する。「了解しました。白髭橋西詰交差点から100メートルほど行った辺りですね。直ちにパトカーを向かわせます」スピーカー機能を使って話す相手の声は難聴の私であっても明瞭に聞き取れた(難聴なのには分けがあった。これは後述しよう)。これで安心と思いきや1台の車が警察よりも早く到着した。山倉のタクシーを反対車線から通り超したあとその先の歩行者信号のある脇道でUターンをしタクシーのうしろにピタリと停車する。「やつらだ。車の形でわかる」山倉が警告する。私は山倉と顔を見かわして互いにひとつうなずき合う。抱いた幼女を女性に託す。老人ながら私たち2人はやる気だ。車のドアが開いて男性が2人降りて来、鉄柵を躊躇なく超えて私たちの元へと上がって来た。2人とも40年配のようだがうち1人はさきほど私を殴って逃げた男とすぐに見分けがつく。その男が「おい、お前ら。その子をこちらに渡せ。すぐに渡せばよし。さもないと幼児誘拐で警察に通報するぞ」と凄む。

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