捕まえて!その男を捕まえて!

「うるさいな。まったく…もういいよ。この気違い。放っとけよ。俺はもう行くぜ。おい明美(女の子の名前だろうがこの名前は驚くことに、直前の悪夢の中で聞いていた!)、こっちだ。行こう」

「いや」これはその幼い女の子の声だ。

「待ちなさい!行っちゃダメ!事情を説明して。こんな遅い時間にこんな所でいったい何をしていたの?!」

「うるさい!警察を呼ぶぞ」

「呼べよ。ほら。どうした?何だったらこっちが呼んでやるよ」どうやら男を問い詰めている女性は2人のようだ。私はもうこれ以上黙視できない。我が身のプータロー然とした境遇も何も打ち忘れ人影に向かって大声を発した。「おい!そこで何をしている?!」人影がいっせいにこちらをふり向く。次の瞬間「ちっ!」と吐き捨てるように舌打ちしたあとで男が白髭橋に上がる土手の小道を一目散に駆け上がって行く。女の子を置いて行ったようだ。

「捕まえて!その男を捕まえて!」人影のうちの1人が私に叫んだ。よしとばかりあとを追うが如何せん古希間近かの、しかも万年寝不足で体力の弱った身、息はすぐにあがり夜霧にも邪魔されて男を捕まえることができない。しかし「待て。この野郎」と云いざま女性のうちの1人が男を追いこれに取りついたようだ。10数メートル先で黒い影2つが揉みあっている。大変だ。助けなければ加勢しなければ…私は必死に走った。女性を払いのけた直後の男の腕を捕まえたが「野郎」とばかり男が私の顔を殴りつけ私は見っともなくも仰向けにひっくり返ってしまう。さらに男は女性の腹に蹴りを入れ「ウッ」とうずくまる女性を尻目に白髭橋方向へと走り去ってしまった。もうどうしようもない。私に追う体力はない。

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