A子の肖像画
おっつけ2人が歩いて行った先の、川の手通りを左折したあたりの家に住む親子連れなのに違いない。無用な詮索は止したがよかろうとばかり横たえた身体を反転させて窓側を向く。帰った早々大きく開けた窓から中秋の名月の月明りが差し込んでいた。今さらのように帰宅後台所の灯は点けたが部屋のそれは暗いままだったことに気づく。しかしそのお陰で月の光が窓側の壁に掛けた絵を神秘的に浮かび上がらせていた。その絵というのは実は私が描いたもので、一人の若い女性の肖像画であった。それは忘れようにも忘れられない、今からおよそ20年前に夢の中で出会った少女のもので、自らをA子、渋谷少女A子と名乗っていた。その夢の余りの強烈さに少女をいつまでも止めたく思い、苦労に苦労を重ねて何とか描き上げたイメージ画だった。それが月明りに照らされて私をじっと見つめている。そう云えばこの月明りはあの折りの、水晶の部屋に差し込んでいた月明りとそっくりだな…などと思う内に肖像画のA子から呼びかけられたような気がした。「ウフフ、田中さん、田中茂平さん」と私の名を呼ぶ、あの時のエコーのかかったようなA子の魅惑的な声がまざまざと甦る。そう云えばこの月明りはあの折りの、水晶の部屋に差し込んでいた月明りとそっくりだな…などと思う内に肖像画のA子から呼びかけられたような気がした。「ウフフ、田中さん、田中茂平さん」と私の名を呼ぶ、あの時のエコーのかかったようなA子の魅惑的な声がまざまざと耳に甦る。その言霊と月の光が交(まじ)わって私の胸を怪しく掻き立てた。
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