第8話

「ここが、私の生まれた家……」


目の前に広がるのは、まるで絵本に出てきそうな可愛らしい屋敷。

赤い屋根に白い壁。ちょっとメルヘンチックな佇まいだ。


その光景に、不思議と胸が高鳴る。

まるで、遠い日の記憶が呼び覚まされるような感覚。


「中に……入ってみよっか」


ポックに目配せをして、私は意を決して鍵を差し込む。

かちりと、ロックが外れる音。

そっと、ドアを開けた。


「わぁ……」


目に飛び込んできたのは、温かみのある木目調の玄関。

そこかしこに、私の家族の面影を感じる。


「なんだかすごく、落ち着く雰囲気……」


ぼんやりとつぶやきながら、私は中へと足を踏み入れる。

リビング、ダイニング、寝室……

どの部屋も、まるで今にも誰かが帰ってきそうなほど、

きちんと整えられている。


「ねぇフェリシア、写真だ!」


ポックが指差した先には、一枚の家族写真が飾られていた。

微笑む両親に、幼い私。

なんともほほえましい光景だ。


「お父さん、お母さん……」


その笑顔を見つめながら、不意に涙がこぼれた。

どれだけ探し求めていたことだろう。

この温かな日々を、どれだけ取り戻したいと願っていたか。


「フェリシア、これ……」


ポックが私に手紙を差し出す。

よく見ると、私の両親の字で書かれた古い手紙のようだ。


「私からの、手紙……?」


その事実に、鼓動が早まる。

これは、両親が私に残してくれたメッセージなのだろうか。


震える手で、そっと封を切る。

するりと現れたのは、少し色褪せた便箋。

そこには、こう綴られていた。


『愛するフェリシアへ


もしこの手紙を読んでいるのなら、私たちはもうこの世にいないのでしょう。

あの日の事故で、君を一人残してしまったこと。

本当に、許してほしい。


あの日、私たちは君を守るために命を投げ出した。

この町を覆う『絶望』から、君だけでも逃れさせたかったのです。


もともとこの町は、とても美しく平和な場所でした。

みんな助け合って、のどかな日々を過ごしていた。

けれど、ある時を境に様子が変わってしまった。


『絶望の魔女』と名乗る者が現れ、

この町に不幸や災いをもたらすようになったのです。

多くの人々が傷つき、希望を失っていった。


私たちは必死に戦いました。

町を、みんなを、そして君を守るために。

けれど、もう限界だと悟ったのです。


だから君だけでも、この呪縛から逃れさせたかった。

たとえ記憶を失ってしまっても、新しい人生を歩んでほしかった。


フェリシア。

もし、この町に戻ってきてくれたのなら。

最後にお願いがあります。


どうか、この町を救ってください。

あなたにしかできない。あなたこそが『希望』なのです。


魔女の呪いを解き、みんなを絶望から解き放ってあげてください。

私たちにはできなかったこと。

それを、あなたなら……必ずやり遂げてくれると信じています。


君を愛してやまない

お父さんとお母さんより』


「お父さん……お母さん……っ!」


その言葉を読み終えた瞬間、私の頬を涙が伝っていた。

ぽろぽろと、止めどなく流れ落ちる。


失われた記憶の欠片が、バラバラに蘇ってくる。

笑顔で手を繋いだ日々。

いつも優しく見守ってくれた、両親の背中。


そう。

あの日、両親は魔女から私を守るために、命を差し出したのだ。

私を愛する、その強い意志で。


「私は……絶望に飲み込まれていた……

でも、両親は最後まで私を信じてくれていた……」


涙を拭いながら、そっと手紙を胸に抱く。

両親の思い。

守るべき、かけがえのないもの。

そのすべてを、心に刻み込んだ。


「ポック……私、この町を救いたい。

お父さんとお母さんの、みんなの思いを胸に……

魔女を倒して、希望を取り戻したいんだ」


「フェリシア……」


私の決意を聞いて、ポックの瞳が潤む。

そしてこくりと頷くと、力強く私の手を握ってくれた。


「うん、わかった!

ボクも全力で、フェリシアを支えるよ。

絶対に、負けないよ」


「ポック……ありがとう」


熱い握手を交わし合う。

心の奥から、力が湧いてくるのを感じた。


「さぁ、行こう。

魔女のもとへ!」


「おー!」


すべてを取り戻すために。

希望を、未来を、この手に掴むために。

私たちは雄々しく立ち上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る