第7話

森の入り口に立つと、そこはなんとも不思議な空間が広がっていた。

うっそうと生い茂る草木。

木漏れ日の隙間から差し込む、かすかな光。

まるで、現実とは違う異世界に迷い込んだような錯覚を覚える。


「なんだかアヤしい雰囲気だね……」


ポックが緊張した面持ちで呟く。

確かに、ただならぬオーラを放っている気がする。


「でも、引き返すわけにはいかないよね」


そう言って、私は勇気を振り絞る。

この森の奥に、すべての真相が眠っているはず。

今こそ立ち向かわなければ。


「うん、がんばろ。

だって、ボクらは最強の探検コンビだもん!」


そう言ってシャキッと背筋を伸ばすポック。

なんだか頼もしくて、あったかい気持ちになる。


「ええ、そうだね。

さぁ、謎を解き明かしに行こう!」


意を決して、私たちは一歩を踏み出した。

ざわざわと、木々がざわめくように揺れる。

まるで、私たちを歓迎しているかのようだった。


***


「こ、これは……!」


森の奥へ進んでいくと、そこには信じられない光景が広がっていた。

色とりどりの花々が咲き乱れる、まるで妖精の楽園のような美しい空間。

キラキラと日の光を浴びて、なんとも神秘的だ。


「わぁ、綺麗……まるで絵本の世界だね!」


目を輝かせながらポックが駆け回る。

その無邪気な姿に、思わずこちらまで元気をもらう。


「不思議だね、こんな美しい場所が、魔女と関係してるなんて……」


首を傾げながらも、私は花々を愛おしむように見つめていた。

そのとき、ふと視界の端に人影が映った気がした。


「……あれ?」


そちらに目をやると、一人の少女がこちらを見つめている。

淡い金色の髪に、凛とした佇まい。

まるで……人形のように美しい。


「あっ……だ、誰!?」


私の声に、少女はびくりと身をすくめた。

そして怯えたように、踵を返して逃げ出していく。


「ま、待って!」


咄嗟に手を伸ばすが、もう遅い。

するりとその姿は、木々の向こうに消えてしまった。


「なんだったんだろう……」


首を傾げるポックに、私も同じ思いだった。

一体全体、あの子は何者なんだろう。

ただならぬ雰囲気を感じずにはいられない。


「……もしかして」


ふと、ある可能性に思い至る。

魔女について調べていく中で、こんな話を聞いた覚えがあるからだ。


「ねぇポック、魔女には……神殿を守る巫女がいるって聞いたことない?」


「そういえば、そんな話もあったね。

魔女に仕える美しい乙女……」


同じことを思い出したのか、ポックも真剣な顔つきになる。


「だとしたら、あの子は……」


「うん、魔女の手がかりになるかも。

早く追いかけよう!」


そう言って、私は全速力で走り出した。

木々の合間を縫うように、必死に少女を追う。

心臓がバクバクと高鳴り、息が上がる。

けれど、それ以上に胸が高鳴っていた。

真実が、きっとすぐそこにあるはず。


やがて、草むらをかき分けた先に神殿が見えてきた。

壮麗な、それでいてどこか儚げな美しさを放つ建物。

まるで異世界にでも迷い込んだかのようだ。


「ここが、例の神殿か……」


そっと近づいていくと、神殿の入り口に例の少女の姿を見つけた。

おずおずと、声をかけてみる。


「あの……さっきはごめんなさい。

急に話しかけたりして、驚かせちゃったみたい」


「……」


黙ったまま、少女は微動だにしない。

その無表情な様子に、どこか人形を思わせるものがあった。


「あなたは……魔女に仕える巫女さん?

少し、お話を聞かせてほしいんだけど……」


おそるおそる尋ねてみるが、やはり反応はない。

何を訴えかければいいのか、途方に暮れる。

そのとき、ポックが意を決したように前に出てきた。


「ねぇ、ぼくたちはこの町を救いたいと思ってるんだ。

だからお願い、協力してほしいんだよ」


ポックの真摯な想いが伝わったのか、少女の瞳がかすかに揺れた。

そしてゆっくりと、口を開く。


「……『絶望の魔女』のことでしょう」


「え……!?」


魔女の名を口にした少女に、私は思わず目を見開く。


「あなたたち、よくここまでたどり着きましたね。

普通の人間には、決して辿り着けない場所なのに」


「じゃあやっぱり、あなたは魔女の……」


「ええ、その通り。

私は魔女に仕える巫女……魔女の意思を代弁する者」


凛とした声音で、少女はそう告げた。

その言葉に、背筋がぞくりとする。


「私の名前は、フィオナ。

そして、あなたがこの町と深いつながりを感じているというのも、もっともなこと」


「え……?」


まるで私の心を見透かすような言葉に、どきりとする。

一体、どういうことだろう。


「それもそのはず。

だって……もともと、あなたはこの町の生まれなのですから」


「え……え!?」


信じられない話に、目が点になる。


「あなたは幼い頃、この町で両親と暮らしていた。

しかしある日、悲しい事故に巻き込まれ……記憶を失ってしまったのです」


「そ……そんな……」


頭の中が真っ白になる。

記憶を失った……?

だから、あの事故のことを思い出せないのか……。


「そして、あなたの両親は……」


「……や、やめて」


フィオナの言葉を、私は制するように遮った。

これ以上聞いてしまったら、心が持たないような気がしたのだ。


「……分かりました。

今はショックが大きいでしょう。でも、いつかは向き合わなくては」


そう言ってフィオナは、私に何かを手渡してきた。

よく見ると……小さな鍵だった。


「これは、あなたが昔住んでいた屋敷の鍵。

そこには、すべての真実が眠っているはず」


「……!」


まるで私を見透かすような、フィオナの瞳。

いったい、何を知っているというのだろう。


「さぁ、行ってごらんなさい。

そして、自らの記憶と向き合うのです」


そう告げると、フィオナはスッと身を翻した。

まるで霞むように、その姿は神殿の奥へと消えていった。


「フェリシア……大丈夫?」


心配そうに覗き込むポック。

その優しさに、今は甘えたい気持ちでいっぱいだった。


「……ううん、大丈夫。

とにかく、行ってみないと」


鍵を握りしめて、私は意を決する。

この鍵の先に、真実があるのなら。

たとえつらくても、立ち向かわなければ。


「そうだね、一緒に行こう。

フェリシアの味方は、ボクだけじゃない。

みんな、フェリシアの帰りを待っているよ」


「ポック……」


あたたかな言葉に、胸がじんわりと熱くなる。

ポックはずっとそうやって、私に勇気をくれる存在だった。


「……ありがとう。

そうだね、みんなに会えるのを楽しみにしよう」


涙を拭って、私は空を仰ぐ。

きらきらと輝く太陽。

あの光は、きっと希望の光。

失われた過去と向き合う力をくれるはず。


「さぁ、いこっか。

私の……過去へ」


鍵を握りしめて、私たちはゆっくりと歩き出した。

あの日の記憶を取り戻すために。

この胸に、新たな一歩を刻むために。

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