第6話

「はぁ~、いい天気!」


緑の絨毯を思わせる大地を、てくてくと歩いていく。

頬を撫でる心地よい風に、思わず伸びをする。


「ホントだね。お日様の光も暖かいよ」


ポックもご機嫌だ。

小躍りしながら、楽しそうに草原を駆け回っている。


こうしてポックと二人、のんびり過ごす時間が好きだ。

どこまでも果てしない大地を、ただひたすら前へ進んでいく。

それだけでも、充実感で胸がいっぱいになる。


「ねぇフェリシア、あそこに町が見えるよ!」


ふと顔を上げると、遥か彼方に小さな町並みが見えてきた。

昔話に出てくるようなかわいらしい佇まい。

ほっこりとした雰囲気が、なんだかとても懐かしい。


「ああ、あの町に寄ってみようか」

「うん、そうしよう!」


石畳の小道をたどっていくと、やがて町の入り口に辿り着いた。

『シトロニア』と書かれた木製の看板。

その名前に、ピンとくるものがあった。


「ここが、あの『失われし王国』なのかな?」

「そうかもしれないね。とりあえず、情報を集めてみようよ」


うんうんと頷き合い、私たちは意を決して町へ足を踏み入れる。

まるで絵本の中に迷い込んだみたいに、カラフルでメルヘンチックな景色が目に飛び込んでくる。


「わぁ……なんて可愛い町なの!」

「ホントだ、ここならハチミツもいっぱいありそうだね」


左右を見渡しながら、童心に返ったようにはしゃぐ。

それにしても、やけに通りが閑散としている。

ちらほら見える人々も、どこか浮かない表情をしていた。


(なんだか雰囲気が暗いな……)


そう感じ始めた時だった。

突然、自分たちに向かって駆け寄ってくる人影が目に入った。


「お、お二人さん!こ、ここは今すぐ立ち去った方がいいですよ!」


息を切らせながら必死に訴えてくるのは、眼鏡をかけた初老の男性。

そのあまりの剣幕に、思わず二人して身構える。


「え?な、なんでですか?」

「この町は……今や魔女の脅威に晒されておりまして……」


「……魔女?」


聞き慣れない言葉に、首を傾げる。

一体何のことを言っているのだろう。


「ええ。ここには『絶望の魔女』と呼ばれる恐ろしい存在がいるのです。

町に不幸をもたらし、多くの人々を脅かしている……」


「そ、そんな……じゃあ、私たちもこの町を出た方が……」


男性の言葉に震え上がり、本能的に後ずさろうとする。

だけどその時、ポックが私の服の裾をくいくいと引っ張った。


「ねぇフェリシア、やっぱりここ、あやしいよ。

きっと、私たちが探してる何かがあるはず」


「ポック……」


その真剣な瞳を見つめ返す。

そう、ポックの言う通りだ。

私たちがこの町に導かれたのは、偶然じゃないはず。

ここにこそ、失われた記憶を取り戻す鍵がある。

そんな予感が、胸の奥でざわめいていた。


「……そうだね、ここで諦めるわけにはいかない。

町の人たちのためにも、魔女の謎を解明しないと」


そう言って私は颯爽と男性を見上げた。

困惑の色を浮かべる男性に、さらに畳み掛ける。


「お願いです、私たちに詳しい話を聞かせてください。

きっと力になれるはず。だって私、この町と深いつながりを感じているんです」


「け、けれど……」


「お願いします。一緒に、町を救う方法を探しましょう」


懸命に頭を下げる私。

永遠とも思える沈黙の後、ついに男性が観念したように息をついた。


「……分かりました。こちらへ来てください」


そう言って、男性は近くの民家へと私たちを招き入れる。

どんな真実が待っているのだろう。

胸の高鳴りを押さえながら、私は意を決して扉をくぐった。


***


「……なるほど」


ざっくりとした椅子に腰かけ、私は男性の話に耳を傾けていた。


「ウチの町はもともと、のどかで平和な場所だったのです。

しかしある日突然、『絶望の魔女』と名乗る者が現れ、不吉な予言をしたのです」


「不吉な、予言……?」


その言葉に、背筋がぞくりとする。

握り締めたカップの中で、温かな紅茶がゆらゆらと揺れる。


「ええ。この町に、やがて破滅が訪れるのだと。

そしてそれ以来、次々と不幸な出来事が起こるように……」


「た、例えばどんなことが?」


「突然の病に冒される者、家畜が次々と死んでしまう。

挙句の果てには、町の宝であった水晶までもが、砕け散ってしまったのです」


「ひどい……じゃあその全ては、魔女の仕業だって言うんですか?」


「恐らくは。魔女は最後に『絶望に飲み込まれよ』と告げて、姿を消してしまいました。

本当に、どうすればいいものか……」


肩を落として項垂れる男性。

その姿を見ているだけで、胸が苦しくなる。

これじゃあまるで、希望を失ってしまったみたいだ。


「……ねぇ」


静かな声で切り出すと、男性がゆっくりと顔を上げた。

その瞳に宿る翳りに、かける言葉を探す。


「諦めないでください。希望を、失わないでください」

「しかし、もう何をどうしたら……」


「絶対に、道は開けるはず。

だって……私も似たようなことがあったんです」


自らの過去を思い出しながら、私は言葉を紡ぐ。


「大切な人を失い、絶望の底に突き落とされた時期があった。

でも、希望を信じ続けることで、今も前に進めている。

きっと、この町にだって……」


そう言って、男性の目をまっすぐ見つめる。

するとふいに、かすかな光が宿ったような気がした。


「……あなたの言う通りですね。

確かに、希望を捨ててはいけない。私こそ、町の人々を導かねば」


しゃきっと姿勢を正す男性。

その凛とした眼差しに、私も勇気づけられる思いがした。


「ええ、一緒に頑張りましょう。

とりあえず、魔女について知っている情報はありますか?」


「そうですね……。魔女は、町のはずれにある森に住んでいるという噂です」


「森……?」


聞き覚えのある単語に、ピンとくるものがあった。


「ええ。昔から『迷いの森』と呼ばれる、不思議な力を秘めた場所なのです。

きっとそこに、魔女の手がかりがあるはず」


「なるほど、んじゃ早速その森に向かってみよっか!」


元気よくガッツポーズを取るポックに、思わずクスリと笑みがこぼれる。

ポックの逞しさに、私も勇気百倍だ。


「でも、気をつけてください。森は人を惑わすと言われていて……」


心配そうに語る男性に、私は首を横に振った。


「大丈夫です。私たち、負けません。

だって……私たち、きっとこの町とつながっているんです」


「そう、ですか……」


不思議そうな顔をする男性。

私にはまだ確信はない。

けれど、なぜだかこの町に、懐かしさを感じずにはいられないのだ。


「さぁ、行こっか、ポック!」

「おー!」


気合十分に扉を開ける。

目指すは『迷いの森』。

そこでこそ、すべての謎を解き明かせるはず。

胸に秘めた想いを馳せながら、私たちは一歩を踏み出した。

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