第2話
「ねぇフェリシア、どこから探し始めるの?」
鞄からひょこっと顔を出したポックが、キラキラと好奇心に満ちた瞳で私を見つめてくる。
「そうね……手がかりは、あの絵本だけなんだけど」
私はゆっくりと、その絵本のページを開いた。
すると不思議なことに、開いたページの挿絵が、現実の風景とリンクしているような錯覚に陥る。
絵本に描かれた美しい街並み。
今、目の前に広がるのは、まさにその風景だった。
「ほら、あそこにあるよ!絵本に出てきた、あのお店!」
ポックが興奮気味に指差す先を見ると、一軒の小さな雑貨店が見えた。
可愛らしいピンク色の屋根に、白い壁。ショーウィンドウには、カラフルな小物が並んでいる。
「ねぇ、ちょっと寄ってみない?」
ポックに促されるまま、私は恐る恐るその店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ!……あら、可愛いお客さんね♪」
愛想の良い声が出迎えてくれたのは、見るからに元気そうな、めちゃくちゃ巨乳の金髪の女性店主だった。
とてつもない破壊力を秘めたその豊満なバストを、無理矢理スタイリッシュなワンピースに押し込んでいる。
ワンピースの生地が悲鳴を上げそうだ。
一体、何カップあるというのか……。
「あっ……その……こ、こんにちは」
「フフ、どうしたの?私の胸に釘付けになっちゃって♡」
あからさまに胸を強調するポーズをとって、店主が私にウィンクを投げる。
「ち、違います!決してそんなことは!」
私はキャーキャーと顔を真っ赤にして否定するけれど、視線は釘付けになってしまっていた。
だって、あまりにデカすぎるんだもん……。
「おっほほほ、冗談よ。君たち、どうしたのかしら?」
「あ、あの……失われた記憶を探す手がかりを探しているんです」
「あら、記憶を無くしちゃったの?可哀想に」
同情するように目を細めて、店主は柔らかな物腰で話し始めた。
「アタシの店には、記憶にまつわるアイテムが多いのよ。もしかしたら、君の役に立つものがあるかもしれないわね」
「本当ですか!?」
その言葉に、私は弾むような高揚感を覚える。
失われた記憶を、少しでも手がかりを掴めるのなら……。
「ええ、例えばこれなんかどう?」
そう言って差し出されたのは、美しい七色に輝くペンダントだった。
「これは、持ち主の記憶力を高めてくれるっていう、とっても古いお守りなの」
「わぁ、綺麗……」
宝石のようにきらめくそのペンダントに、思わず見とれてしまう。
「ちょーっと高価なんだけど……ま、君のためなら特別に安くしておくわ♡」
ウィンクを放ちながら、店主がそう告げる。
「いくらぐらいでしょうか……?」
「うーん、そうねぇ。50,000Gってとこかな」
その途方もない値段を聞いて、私はのけぞった。
「ご、50,000……!?」
50,000G。
私のような庶民には、とてつもなく高額な値段だ。
当然、今持っているお金では到底足りない。
「ちょっと私には無理そうです……」
「で、でもこれを買えばいいのよね!」
ポックが必死に食い下がるけれど、私には払える当てなどなかった。
「残念だけど、またの機会にね。アタシはいつでも待ってるわ♪」
そう言い残して店を出ると、私たちは途方に暮れていた。
「どうしよう、ポック。記憶のかけらを見つけるには、お金が必要みたいだよ」
「う~ん……そうだ!お金を稼ぐのはどう?」
ポックが閃いたように提案してくる。
「お金を稼ぐ?」
「そうそう!依頼を受けてお金を稼げば、ペンダントを買えるかもしれないよ!」
「なるほど、それならできるかも……!」
私は希望に満ちた思いを胸に、ポックの提案に頷いた。
「よーし、依頼を探しに行こう!」
元気よく飛び跳ねるポックを横目に、私たちは再び町に繰り出していったのだった。
***
「頼む……何か依頼はないかしら」
私たちは町のあちこちを駆け回ったものの、中々依頼を見つけることが出来ずにいた。
日が暮れかけ、辺りはすっかり赤く染まり始めている。
「ごきげんよーう、ペコ」
不意に、背後から聞こえてきた茶目っ気のある声。
振り返ると、艶やかな黒髪の三つ編みにした少女がいた。
まるでアリスのように可愛らしいフリルの服を身にまとい、首には大きなリボンを結んでいる。
目が合うなりにっこりと微笑むその様は、まるで気の良い妖精のようだった。
「うわーん、可愛い服……!」
ポックが目を輝かせて駆け寄っていく。
「はじめまして、ぼくはポック!」
「わーい、喋るポックさんだ。可愛いペコ♪」
くるりと回ってスカートの裾を翻しながら、少女は嬉しそうに笑う。
「君の名前は?」
私もつられて、微笑みながら尋ねてみる。
「ボク、クロエールっていうの。
ここじゃ有名なアイドルペコ♪」
クロエールはVサインを決めて、愛らしくウィンクをする。
「アイドル!?」
意外な言葉に、私たちは驚きを隠せない。
だがよく見れば、何だかキラキラとオーラを放っているような気がする。
「そうなの。街のみーんなに愛されてるペコ♪」
「すごいね……!」
「でも今日は落ち込んでるペコ。大事なペンダントを無くしちゃって……探しているんだペコ」
「ペンダント?」
先程の雑貨屋で見かけたペンダントを思い出す。
「それって……七色に輝くペンダント?」
「えっ!?見つかったの!?」
急に勢いよく顔を近づけてきたクロエールに、私は驚いて後ずさった。
「い、いえ、でもどこで見たかは分かるかも」
そう告げると、クロエールの瞳がきらきらと輝く。
「教えて教えて!もし見つけてくれたら、お礼はするペコ!」
「わかった、町の雑貨屋で……」
手がかりを伝え終えるか否や、クロエールは一目散に走り出した。
「ありがとうペコーーー!」
可愛らしい後ろ姿を見送りながら、私はほっと胸を撫で下ろす。
アイドルとか、なんだかすごい子だったなぁ。
「あっ!フェリシア、大変だ!」
ポックが叫ぶ声に、ハッと我に返る。
「ど、どうしたの?」
「さっき、お礼するって言ってたよ!これってチャンスかも!」
「あっ……!」
ポックの言う通り、これは依頼のチャンスだったのだ。
「ポック、急いで追いかけよう!」
「うん!」
勢いよく走り出す私たちの後ろで、夕日が赤く燃えていた。
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