第6話 召喚士
ミンちゃんを通して、知った自分以外の召喚士という存在。家族しか知らない私にとって、外に出て初めてもしかしたら仲良くなれるかもしれない同業者ということになる。
ルナさん。私はワクワクして早くなる鼓動を抑えるように小さく深呼吸した。
「そう言えば、今日はルナ様がお休みの日なんですよ。なので、今日はギルドで預かる日ではないはずなんですが…」
「――えぇ、そうよ」
レインさんはミンちゃんを見ながら、そんなことを言う。すると、後ろに女性の方が来て私たちの話に割って入ってきた。もしかして…。
「…あ、ルナ様。休みの日にギルドに顔を出すなんて、珍しいですね」
「悪い?この子がギルドに行きたがっていたから連れてきたの。いつも預けていたから、遊びに行きたくなったのかと思ってね」
…レインさんとその女性の方はそんなやり取りをする。この女性の方がルナさん。
姿としてはそれなりに長身でありつつ、どこか幼さの残る顔立ちをしている。私とそこまで変わらないとしても驚けない感じ。髪はピンク色で、目は濃いめの青色をしている。その体に凹凸は…いや、そこはノーコメントで。
「だけど、どうやら気になる子がいたみたいね。あなた、名前は?」
私の手のひらでくつろぐミンちゃんを撫でながら、ルナさんは私に質問をしてくる。ミンちゃんを回収する様子は無いけど、良いってことなのかな。
まぁ、ミンちゃんを無断で撫でていたのはこっちだし。ちゃんと挨拶はしておこうと、私はミンちゃんを机の上に降ろしてルナさんの方を見た。
「初めまして。私はルーチェといいます。先ほどギルドに登録したばかりです。そして、この子は私の最初の契約獣のクロです」
「クロだ。よろしく」
私はクロを抱きかかえて挨拶をする。クロも短いけど挨拶をしてくれる。
そんな私たちをじっと見た後、笑みを浮かべることなくルナさんは「そう」と短く言った。
「レインがいるのは、あなたが担当者になるということ?」
「そうですよ。というか、名乗らせておいて自己紹介をしないのはいかがかと思いますが」
私たちからレインさんの方へと視線を移し、ルナさんはレインさんにそう質問をする。レインさんは少し呆れた声色で質問に答えると、ルナさんに自己紹介を促した。
「…あ、忘れてた。…初めまして、可愛い新人さん。私はルナ。Sランクでおそらくあなたと同じ召喚士よ。何か頼りたいことがあればレインに伝えてもらえれば、助けに行くわね。ミンが気に入る子だし、担当者も同じという縁があるから」
「あ、ありがとうございます!ルナさんですね、これからよろしくお願いします!」
どこかマイペースな雰囲気はあるけど、ちゃんと新人には優しいタイプの人。ニコッと笑う姿は凄い素敵だなぁ。
とはいえ、ミンちゃんとレインさんという繋がりがあるおかげで、何かあればルナさんを頼れるということなので感謝はきちんと伝えておこう。これから活動していく上で、高ランク冒険者との縁があるのはかなりいいはず。初日からいい出会いが続いていくね、クロ。
「え、えぇ。素直に喜ばれると悪い気はしないわね。とりあえず、私は一旦帰るわ。レイン、一昨日伝えたけど依頼は3、4件見繕っておいて。AからS対応で」
「精査しているので、大丈夫ですよ。ルナ様、明日お待ちしておりますね」
「分かったわ。じゃあ、またね。ルーチェちゃん」
「あ、はい。またです、ルナさん」
ミンちゃんをすっと手に乗せると、ルナさんはレインさんと短いやり取りを済ませる。そして、空いている方の手でルナさんは私の頭を軽く撫でると、そう言って去っていった。そっか、今日はお休みだって言ってたわ。
「…ルナ様も気に入ったようですね。…では、ルーチェさん。こちらが換金したお金になります。何か、しまうものが無ければお財布も一緒にお渡ししますが」
「あ、ありがとうございます。お財布も下さい」
「分かりました。後、こちらが明細になります。不明な点があれば質問をしてくださいね」
レインさんは私の方を向いてそう言って、手に持っていたお盆を机に置いた。なんか、お金が大量にある気がするんだけど…。と動揺する心を抑えて、私はお財布と明細書を受け取る。どのアクセサリーがいくらで買い取れたのかという物。
…とはいっても、私には全く価値が分からないんだけど…。
「…レインさんが時間あるなら、一つ頼みたいことがある」
クロはその大金を目の前に、何とかその言葉を口に出す。あ、なんとなくこれが凄いというのは分かったよ。
「はい、良いですよ。私は担当がほとんど高ランクで、他のベテラン職員と共有しているので大丈夫です」
おー、なるほど。高ランクになれば代わりも上の人みたいな感じなんだね。そんな人が、私の担当っていうのがびっくりするけど。皆もきっと新人からトップになったんだね。
「助かるな。俺もそうだが特に主がお金についてほぼ知らなくてな。物価や数え方など、お金にまつわることを教えてもらえないだろうか」
「それぐらいでしたらお安い御用ですよ。では、今渡したお金を使って勉強をしましょうか」
クロの頼みに快く受けてくれるレインさんは私の前の空いてる席に座ると、トレイに乗っているお金を種類ごとに分けた。
「それでは、始めましょうか。まず、この国の通貨は基本4種類に分けられます。今ここに置いてある硬貨と呼ばれるものですね」
「硬貨…」
私はレインさんから4種類の硬貨を一枚ずつ受け取る。色が違うけど、同じ模様が彫られたもの。そう言えば、メイドから受け取ったものの中にコインっていうただのおもちゃでも楽しいからっていうのがあったな。それと似ているかも。
「はい。そして、この色ごとに名前がついています。まず、銅の硬貨ですね。これが一番下の安い硬貨になります」
「このオレンジ色というか茶色っぽいやつか」
「そうですね。そして、銅貨10枚でこちらの銀色の硬貨に変換できます」
レインさんはそう言うと、銅貨10枚と銀貨一枚を横に並べた。なるほど。銅10枚で銀一枚と同等なのね。
「ちなみに硬貨は大体どの国でも使用できます。呼び方は変わったりしますが、基本の数え方はどんな通貨であっても同じになるように調整されているので安心してください。島国の一つでは円と呼び、銅は10円相当だそうです。そんな感じですね」
「そうなんですね。国を移動するたびに分からなくなるってことが無いのは助かります」
レインさんは10枚で一枚と並べながら、そんなことを教えてくれる。呼び方は違っても10枚で次の色一枚っていうのが共通なんだ。良いね、楽。
そして、並べ終わったレインさんは説明を再開した。
「と、並べると変化はこのようになります。左から先ほども説明した銅貨。それが10枚で銀貨。そして、銀貨10枚で金貨。最後にあまり使うことのない金貨10枚で白銀貨になります。基本は銀と銅で支払いできますよ。むしろ白銀貨は中々使う機会無いかもしれないですね」
「でも、あるんだな。結構いい値で買い取ってもらって助かる」
指さしをしながら、レインさんの説明が終わる。今並べてもらっている以上のお金がトレイに残っていることは振れない方が良いかな。
「そうですね。白銀貨を含めると相当なお金になります。収納魔法の中に、しまっておくことをお勧めします。基本は銅貨で何とかなるので、なるべく銅貨を多めにしておきました。…ところで、泊まるところは考えてありますか?」
大きい額の財布と、普段使いできそうな財布に銅貨を分けてしまってくれる。そうして、渡しながらレインさんはそんなことを聞いてきた。
私が受け取って仕舞っている横で、クロがその質問に答えてくれる。
「特に考えてはいないな。おすすめとかあるのか?」
「ありますよ。安全面と安さ、ご飯のおいしさを保証できるところが一軒ありまして。いつも、新人さんとかには紹介状を渡しているんです。あ、ギルド直轄の運営宿になるので、本当に安心してもらって構いません」
レインさんの説明を聞いたクロが私の方を見てきた。ん?私はどこでも構わないんだけど、と言いたげな目でクロと視線を合わせる。
「そう言うところがあるのか。じゃあ、そこでお世話になろう」
「分かりました、手配しておきますね。少々お待ちください」
宿が決まってホッとする私たちを置いて、レインさんはそれだけ言うと受付方面へ走っていく。ギルド直轄だけど、一応泊まらせられるかとかはギルド員が決めているのかな。それに、きっと初心者とかが多く泊まる宿になるんだろうな。
だって、稼げたら自分の気に入る町、宿で生活できるようになるだろうし。あ、良いな。それも。どこかでのんびり生活する、を目標にしよ。
「良いところが見つかってよかったな、主」
「そうだねー。ギルド直轄って言うことは、色々と安心できそうだし」
お金を仕舞い終えた私は、クロの体を撫でまわしながらうんうんと頷く。
「にしても、すっかり日暮れだな。夕飯は宿でもできるだろうが、露店を見てみたいっていう話だったか。どうする?」
「んー、そうだねー。買い物したいっていう目的もあってギルドに来たわけだし…。でも、明日でもいいから、今日はゆっくりしたいかなぁ。結構疲れたし」
本当に目まぐるしい、そんな一日だった。私はそんなことをぼんやりと思う。もう疲れ切ったこの体は、私が自覚することで何とか動いてくれている。
「…主、本当に疲れているんだな。まぁ、初めての外部の人との本格的な交流だったからな…。仕方ないか。宿に行ったら今日は寝ような」
「うん…そうするー」
うとうとしかけるのを何とか食い止めながら、私はクロの提案に首を縦に振った。
そうしていると、走ってくる足音が聞こえてくる。私はすっと意識を戻しながら、足音のする方へと視線を向けた。…あ、レインさんか。
「――ごめんなさい、待たせてしまって。…こちら、紹介状になります」
レインさんはきれいな一礼をすると、スッと持っていた封筒を渡してくる。それを私は素直に受け取って、レインさんの方を見ると、無意識のうちに頭を下げていた。
「…ありがとうございます。そんな慌てなくてもよかったのに…」
「お疲れのようでしたし、これから何か予定があるのにそれを私が遅いというだけで影響出るのは流石に、プライドが許さないので。気にしないで良いですよ」
申し訳なさそうにそう言った私に対して、レインさんは軽く笑い飛ばしてくれる。何かあるのだろうけど、そう言ってくれるのであれば私がこれ以上謝るのは違う。
私はレインさんにつられるように笑みを浮かべて、クロと一緒に立ち上がり、クロをそのまま抱きかかえた。
「…じゃあ、ご厚意に甘えて。今日はありがとうございました。明日依頼受けに来ますね。行こうか、クロ」
「あぁ。レインさん、明日から冒険者としてよろしく頼む」
私とクロはそう感謝を伝えて、改めて頭を下げる。
「いえ、ギルド職員として当然のことをしたまでですので。…明日からこちらこそよろしくお願いいたしますね。待っていますよ」
「はい、それでは失礼します」
レインさんと挨拶を交わし、私とクロはギルドを後にした。
すっかり夕焼け空になった空を見上げ、ギルドから少し歩いて大通りに戻ってきたところで私は息を一つ大きく吐いた。
「――はぁ…。疲れたぁ」
クロを地面に降ろし、そう言うと大きく伸びをする。そして、レインさんから受け取った紹介状に付いていた宿への地図を広げた。
何も言っていなかったけど、貰えたのは嬉しいし土地勘が無いからこういう地図は本当に助かるよねぇ。あ、依頼受けるときにこの国の地図買っておかないと。
「…それ、地図か?」
「地図というよりは簡略化された宿までの道が書いてある、案内図っていう方がしっくりくるかも」
「…確かに主な名称はギルドと宿しかないか。じゃあ、行くぞ。地図を読むのは俺に任せてくれ。勉強も兼ねるけどな」
クロは私の持っている宿への地図を見ようと、両手で持っていて空いていたその腕の中に飛び込んでくる。そして、私の腕に小さい手を掛けながらそう言ってきた。
私はクロの頭に軽く顎を乗せ、スリスリとして「行こうか」とクロに声をかける。
「良い人の宿だといいねぇ。後、ご飯はどうなっているんだろ。宿とかホテルとかって朝は出るって聞いたけど、夜は宿に寄るんだよね」
「そうだな。まぁ、冒険者御用達の宿なら飲み屋とかを兼ねていてもおかしくはない。行ってからのお楽しみだな。…主、この建物は地図で言う所の――」
クロは私と雑談しながら地図を正確に読みながら、私に見方を教えてくれた。
灯りともす日 水崎雪奈 @kusanagisaria
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