60.武術大会 準決勝

 ───翌日、場所は昨日と同じ競技場。既に5回戦を終えている。次に係の人が案内にくればエクレアとの戦いになる。つまり準決勝だ。

 参加者は大体120人前後か? トーナメント表を見るとシード枠も何人かいた。聞いた話では参加者はもっといたらしいが、ある程度の実力者が揃うように選考はしたようだ。


 昨日に比べれば4回戦、5回戦の相手はそれなりに強かったか? 4回戦の相手はマアマァ・ツヨイゼ選手だったな。瞬殺は出来なかったが、何度か剣で打ち合うと対戦相手の剣が根元から折れて勝負が決まった。魔力の強化が足りてなかったようだな。

 5回戦の相手はゴカ・イセン選手。二刀流の使い手だった。間合いの取り方が独特だった。変な動きをするから少しやりにくかった覚えがある。片方の剣を弾き飛びせば決着は直ぐだったな。けど、やけくそ気味に剣を振り回すのは止めた方がいいと思う。


 大歓声が控え室まで聞こえてきた。エクレアだな。彼女は魂の制約のせいで喋る事は出来ないが、美しい女性だ。勇者である事とその美貌で今大会ではアイドル扱いされている。ここまで勝ち上がってきた女性はエクレアだけなのもあるか?

 俺と同様に対戦相手を圧倒して勝ち上がってきているようだ。エクレアの試合も直ぐに決着が着くだろう。俺が気になっているナツメ・シノノメ選手も順当に勝ち上がっている。

 係の人に話を聞けばかなり強いらしい。対戦相手を瞬殺してるとか。 このままいけば決勝戦で当たりそうだな。


 昨日の夜デュランダルに念を押されたな。明日のエクレアさんとの戦いは絶対勝ってくださいと。どれだけ心配しているんだ。

 けど、昨日はデュランダルの様子が少し可笑しかった。ダルからデュランダルを受け取って宿屋の部屋に戻ってきても彼女は無言だった。

 俺1人の時には彼女から話しかけてくることが多い。心配になって話かけたら、驚いたような反応だったな。少し考え事をしていたそうだ。

 気になる事があったらしい。武術大会の話をしていた時にナツメ選手の話をした時は少し変だったな。

 直ぐに普段の様子に戻っていたから、デュランダルが気になるのは彼の事か。最後にエクレアの事で念を押されたな。


 デュランダルとの会話を楽しみながら、マクスウェルから借りた本を読むことにした。どんな本ですか?と聞かれティエラと呼ばれる魔族の女性と人間のテスラの大恋愛を描いた小説らしいと答えると、デュランダルが狼狽えていた。面白い反応だったな。

 この小説はアレか?ロミオとジュリエット的な話かな? 種族同士で憎しみあっていて決して許されない男女の恋みたいな。マクスウェルは実話だと言っていたな。

 読もうとしたが、デュランダルが猛烈に反対していた。彼女を宥めるのに時間がかかり読むのは諦めた。その日は何時も通り『蓄積』をしてから眠りについた。


 何度やってもこの疲労感は慣れないな。

 蓄積によって貯めた魔力は10日分くらいだ。サーシャ曰く『メテオ』も2発くらいは撃てるんじゃないのー、との事。

 10日貯めても2発しか撃てないメテオの消費魔力に驚くべきか、俺の魔力量を嘆くべきかどちらだろうな。

 武術大会が終わったら『メテオ』を使えるように魔法の練習をしない?とサーシャに誘われた。俺も『メテオ』を使いたいので承諾した。少しワクワクするな。


 扉が開開いて係の人が入ってきた。出番かと思ったが少し休憩を挟んでから準決勝と決勝戦を行うようだ。また時間が来たら呼びに来ますとの事。

 お言葉に甘えて少し休憩しようと、控え室の椅子にもたれかかっていると扉がノックされ1人の男が入ってきた。知らない男性だ。

 直ぐに自己紹介してくれた。オレマ・ケルンダ選手らしい。ナツメ選手の対戦相手のようだ。

 ここに来たのは次の試合に勝って俺と戦いたいからだそうだ。彼が言うには俺は憧れの存在らしい。剣1つで魔物や魔族の戦う姿に勇気を貰ったそうだ。

 この世界は剣よりも魔法の方が優れていると言っていい。剣士になってる者は魔法の才がないものばかりだ。それもあって俺のようになりたいと努力したそうだ。

 面と向かって言われると照れてしまうな。お互い頑張りましょう!と言葉を残して控え室から出ていった。

 彼には悪いが決勝戦で当たる事はないと思う。ナツメ選手が上がってくるだろうな。そんな気がする。


 オレマ選手が出ていってから10分くらい経過した頃に係の人が部屋に入ってきた。どうやら出番のようだ。

 

「カイル選手、次は準決勝です。

準備は大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「では、入場してください」


 何時ものやり取りと共に首長のいる舞台の中央へと歩みを進める。通路を出た瞬間から溢れんばかりの歓声が上がった。どうやらこの試合を楽しみにしている観客が多いようだ。


『さぁさぁさぁ!皆さんがずっと楽しみにしていた1戦がついに実現!!!

今日のメインイベントと言っても過言ではない!これが決勝戦ではないのが悔やまれますがこれもトーナメントの組み合わせ!』


 実況が随分と煽ってるな。観客もその熱に乗せられて声をあげて騒いでいる。


「東から現れたのはご存知最強の剣士!

『剣聖』カイル・グラフェム!!!」


 実況の声と共に歓声が上がった。頑張れよーという声援に手を振って応える。

 エクレアがこっち向かって歩いてきているのが見えた。真剣な表情だな。俺この試合に負けたら彼女に襲われるのだろうか? 負けられない1戦だな。


「西から現れたのはこの世の救世主!

その美貌からファンの方も多いでしょう!

『勇者』エクレア・フェルグラント!!!」


 気の所為か俺の時より声援が多い気がするな。野太い声が多い。ん?誰だ今俺に負けろーって言った奴。もう1回言ってみろ、顔覚えてやるから。


「勇者と剣聖の試合はワシも楽しみにしていた。何かあってもワシが止める。思う存分にやれ」


 首長が獰猛な笑みを浮かべている。審判がする表情かそれが。許すなら俺たちと戦いそうな雰囲気だぞ。エクレアを見てみると、そんな首長の事をガン無視して俺の事を真っ直ぐに見ている。これは負けられないな。

 首長が手を上げるのが見えた。


『世紀の一戦!瞬き厳禁で見届けろ!

剣聖カイル・グラフェムVS『勇者』エクレア・フェルグラント!!

試合開始ぃぃぃぃぃ!』


 実況の合図と共にエクレアが一気に距離を詰めてきた。彼女が振るう剣を受け止める。今まで対戦してきた相手と比べるのは失礼か。その一撃は恐ろしく早かった上に重たい。魔力の強化を怠れば数打ちの剣でしかない今の武器では耐えられないだろう。

 パッと見てもどこにそんな力があるんだと疑問に思ってしまう。トラさんくらいに分かりやすく筋肉があれば理解出来るが、そんな細腕のどこにそんな力があるんだ。

 ディアボロの時といいこの世界の不思議な所だ。


 さて、彼女との戦いは初めてとなる。トラさんとは稽古で何度かやり合ってる。一撃でも食らったら終わりだから緊張感がある試合だ。

 今行われているエクレアとの試合は彼女には悪いが最低なものだな。

 エクレア自身が悪い訳ではないと思うが、彼女と剣を合わす度に頭にノイズが走る。ザザ、ザザっと頭を描き回れされるような不快感が襲ってくる。

 正直気持ち悪くて戦い所じゃない。


「…………!」

「いや、気にしないでくれ」


 俺の表情から異変に気付いたのか動きを止めたエクレアに気にしないように伝える。かかってこいと挑発気味に手を振れば再びきりかかってきた。その剣を受け止めればまた頭にノイズが走る。気持ち悪い。

 何が起きてる。こんな事は今までなかった。いや、違和感自体はあったな。ディアボロとの戦いの後くらいからだ。

 あの女に前世の記憶が読まれそうになって、変な記憶はなかっただろうかと少し思い出していた。

 幼少時の記憶は少し朧気だが覚えていた。幼いからの知り合いである2つ年上の親友佐藤 翔真さとう しょうまの事もハッキリと覚えている。妹がいた? 翔真と一緒に誰かがいた気がする。思い出せない…。

 俺が不正を嫌うようになったのも最初に就いた会社の上司が横領をしており、それがマスコミにバレて大きな騒ぎになったからだ。そのしわ寄せが社員である俺にまできた。

 繁忙期で忙しい時期にふざけるなと思いながら対応して、いつもより遅く帰った時に同僚を庇って俺は死んだ。

 疑問に思ったのが、俺はただの同僚を身を呈してまで助けるほどお人好しだったか? 助ける理由があったんじゃないのか?

 ───エクレアと剣で切り結ぶ度に歓声が上がる。観客のボルテージが上がっているようだが、逆に俺のテンションは過去最低なくらい下がっている。

 頭がぐちゃぐちゃにされているようだ。気持ち悪い悪い。吐いてないのが不思議なくらいだな。


 こちらを心配そうに見るエクレアの顔が視界に映る。気にするなと笑えばコクリと頷いている。防戦一方だな。彼女の猛攻をひたすら防いでいる感じだ。隙を見てこちらも剣を振ってはいるが軽く避けられている。エクレアの観察眼が良いのもあるが、俺の剣にキレがないのだろう。

 黒髪黒目のエクレアを見ると前世を思い出すのかも知れない。この世界では彼女以外に黒髪黒目の人はいない。勇者の血筋としての特徴らしい。

 パッと見ても彼女は美人だ。真剣な表情で戦う彼女を観客が応援するのも良く分かる。

 だが、そんな彼女と剣を交わす度に頭にノイズが走りひたすらに気持ちが悪い。その所為かエクレアには悪いが嫌な感情が浮かんでしまう。

 今すぐ俺の前から消えて欲しい。仲間に対する思いではないな。

 剣を交わす。何度何度も。その度に頭にノイズが走る。気持ちが悪い。

 今すぐ消えてくれ。そんな思いが乗った剣を彼女に振るう。


 頭にノイズが走り、俺の剣を受け止めようとするエクレアと額に火傷跡のある黒髪の女性の姿がダブって見えた。


「栞……?」


 無意識に出た言葉に俺自身が困惑する。人の名前だろうか? だが、誰の名前だ。俺の記憶の中にそんな名前の知り合いはいない。

 エクレアを見れば驚いた表情で固まっている。先程まで俺の剣を受け止めようと動いていた筈。このままだと彼女の身体に当たる!


 先程まで消えて欲しいと仲間に対して抱いてはいけない思いが浮かんでいたにも関わらず、何故か彼女を傷付けてはいけない気分になり剣の軌道を無理やり変えた。

 彼女の身体には当たらなかったが、振った先にあったエクレアの剣に当たる。抵抗がなかった。彼女が剣にまるで力を入れてなかったのか?

 俺の剣が彼女の剣を弾き飛ばした。大きく弧を描いた剣は彼女から離れた位置に落下する。

 だがエクレアはそんな事を気にした様子もなく、ただ驚いた表情で俺を見つめていた。

 視界の端で首長が手を上げているのが見えた。


『勝負ありぃぃぃぃぃ!

勝ったのは『剣聖』カイル・グラフェム!!!!

防戦一方に思えたが、起死回生の一撃で『勇者』エクレアの剣を弾き飛ばし剣聖に軍配が上がったぁ!』


 実況の声と共に観客が騒いでいるのが分かる。歓声や俺に対する罵声まで聞こえる。普段なら気にしたかも知れないが、今の俺はそんな事すら気にする余裕がない。

 自分の中で起きていた謎の現象や、エクレアの反応。そして俺の知らない女性。パズルのように埋めている筈なのに、ピースが足りなくて完成しない。それに対する不快感。そんな感じだろうか。

 もう少しで思い出せそうなのに、思い出せない。エクレアの顔を見ると早く思い出せと、俺の心が背を押しているようだ。


 暫く見つめ合っていたが唐突にエクレアが顔を赤くして走り去っていった。その背を見て喪失感や焦躁感を覚えてしまう。

 その場に暫く立ち尽くしていたが、首長に促されて控え室へと足を進める。


 ───頭がぐちゃぐちゃになっているようだ。思い出そうとしても思い出せない。その事が焦りを生む。忘れてはいけない記憶だった筈だ。それなのに彼女の事を思い出せない。

 エクレアの顔が浮かび上がる。それと一緒に名前の知らない黒髪の女性も。


 ───忘れてはいけない大事な人を忘れている気がする。

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