61.武術大会 決勝戦
今の俺のコンディションは最悪だろうな。身体の方は問題ないが、気持ちの方の整理がついていない。こうして控え室で1人でいるとどうしても考え込んでしまう。
ただでさえ考える事が多いのに。脳裏に浮かぶエクレアの顔と知らない黒髪の女性。知らない筈だ。だが、エクレアと同様に彼女に対して好意を持つ俺がいる。
やはり知り合いだと思う。だが、記憶の中に彼女の姿はない。頭にノイズが走る。それ以上考えるなと俺に伝えるように。
控え室の扉が開いた。
「カイル選手、出番です」
「分かりました」
準決勝終了後に30分ほど休憩の時間が与えられたが、その間ずっと考え込んでいた所為で調子が上がらない。こんなコンディションで決勝戦に向かって大丈夫か?
「お疲れ様です。ついに決勝戦ですね。
準備の方は大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「では、入場してください。応援してます」
「ありがとうございます」
係の人の声に背を押され同じように競技場の中央へと向かう。準決勝の時と同様に通路から出ると共に歓声が上がった。『カイル、頑張るのじゃ!!』とダルの声が聞こえた気がする。
声がした方を向けばやはりダルの姿がある。一緒にいる、セシルとトラさんもこっちに向かって笑っていた。
そして準決勝で戦ったエクレアがダル達と一緒に観客席に座っているのが見えた。彼女の姿を見ると頭がぐちゃぐちゃに掻き回されたような感じがする。
なんなんだコレは。違和感が凄いな。ここまでくると俺に思い出させないように何かしら力が働いている感じだぞ。
「カイル、早くここまで来い!」
立ち止まっていた所為で首長に声を掛けられた。怒った感じではないが、声が力強いから威圧感を感じてしまう。
「顔色が悪いぞ大丈夫か?」
「絶好調とは言えませんが、上手くやります」
「お前の戦いを楽しみにしているが、無理はするな」
「ありがとうございます」
声も見た目も厳ついがいい人なんだよな、この国の王様。首長と呼ばれる方が好きらしいからみんなそう呼んでるが。
『東から入ってきましたのは今大会の優勝候補!否『勇者』を倒した剣聖に敵などいない!
既に優勝は確約か?
『剣聖』カイル・グラフェム!!!』
相変わらず実況の女性が煽る煽る。それに釣られて観客の声が良く聞こえる。ん?やっぱり聞こえる。誰だ、俺に向かって負けろって言ってる奴は。腹立つから見つけたいのに声の方に視線を向けたら途端に黙る。腹立つなー。
『西から入場しますのは今大会のダークホースとなるか?
経歴不明。実力不明。不明だらけの癖に決勝までその実力で上がってきた仮面の剣士!
ナツメ・シノノメ!!!!』
実況の声に反応して反対側の通路から出てきた選手を見る。参加者はだいたい鎧を身に付けていたが、目の前の相手は旅装束のような軽装だ。顔に口元以外を覆い隠す銀色の仮面を身に付けている。なんと言うか怪しい。怪しさしかない。
『実質決勝戦と呼ばれた勇者対剣聖の戦いも終わりましたが、これから始まるのが本当の決勝戦!
剣聖と比べれば彼は無名。しかしその実力は皆が見た筈だ!今から私達が見るのは下克上か!?それとも剣聖の強さか!?
さぁさぁさぁ!待望の1戦といこうじゃないか!
『剣聖』カイルVSナツメ
試合開始ぃぃぃぃぃ!!!』
実況の合図と共に対戦相手に切りかかる。相手は受け止める事を選択せず、バックステップで大きく後ろに下がった。いきなり距離を取るのか?
「カイルさん!貴方と戦うのを楽しみにしてました!」
楽しそうに声をかけてきた。名前の響きから日本人だと思っているのだが彼は転生者で合ってるだろうか?
「ありがとう。全力でやろう」
彼に返事を返してから再び切りかかるが、同様に俺から距離を取るような動きをしている。なんだこの動きは? 少し違和感を感じる。
逃げるナツメ選手を俺が追う構図になってる。観客が逃げるな卑怯者!!と野次を飛ばしているのが聞こえた。
その気持ちは分かるがもう少し抑えてくれ。熱くなりすぎだ。気持ちが分からないでもない。俺も決勝戦の相手にこういう戦い方をされると思わなかった。
逃がさないように足に魔力を込め、逃げるナツメ選手との距離を一気に詰める。彼に向かって剣を振り下ろしたが、軽い動作で避けられた。誘われたか?
想像よりも鋭い剣の横薙ぎを受け止める。少し手が痺れた。思っていたより強いか?
「これで気にせず話が出来るね」
小さな声だ。観客の歓声で掻き消えてしまうくらいの。それこそ剣を切り結ぶ俺しか聞こえないだろう。
何故このタイミングで話しかけてきたと疑問に思ったが、よく見れば審判である首長から随分と距離が離れている。彼に聞かれたくないのか? 視線を向ければコクリと頷いた。
「悪いけどこのまま続けよう」
彼の意図が何となく読めた。言葉通りに彼と切り合う。ただしそこにあるのは真剣な勝負ではない。ここに向かって剣を振るから受け止めてね、と分かりやすく目線で合図がある。剣の稽古をしている気分になるな。
バレないように剣を振るスピードは本気だ。それでも余裕で対応している。強いなこの人。やはり転生者か?
「声は出来るだけ抑えて欲しい。出来れば聞かれたくない」
「首長にか?あるいは観客」
「いや、違うよ。君も知ってるだろう。ミラベルだよ」
彼の声に釣られて俺の声も自然と小さくなる。聞かれたくないのは首長でも観客でもなく、ミラベル? やはり転生者だな。
「その様子だと、妄信的に彼女を信じている訳ではなさそうだね」
「お前は何者だ?」
「君と同じ転生者だよ。君の先輩になるだろうか?」
視線で合図が来たので剣を受け止める。次は俺の番だな。相手が受け止められるように剣を振るう。
「何故こんな回りくどい方法を取る?」
「ミラベルに知られたくないからだよ。彼女はこの世界を見ている。君と接触していれば嫌でも目に入るよ」
「この戦いや会話も聞かれているんじゃないのか?」
「ミラベルは常にこの世界を見ている訳ではないよ。今の時間は彼女は仕事中だ。仕事の合間にこっちを確認している程度だ」
鍔迫り合いのような形で剣を押し合っている。観客には互角の戦いに見えているだろうか? 実況が煽って、ボルテージが上がっているのが分かる。
それにしても詳しいなこの人。なんでミラベルがこの時間仕事をしていると知っているんだ?
「会話を聞いているだろうが、今の声量ならミラベルが注意して聞かない限りは聞き取れないよ」
「そこまでする理由はなんだ?」
「その様子だと君も分かっているんじゃないのかい?」
「…………」
「はっきり言おうか? ミラベルは敵だよ。僕たち転生者の」
力を込めて彼を弾き飛ばす。やるねカイル君!なんて大袈裟に声を張って喋っている。まるで役者だな、演技が上手い。
自分の中でもミラベルは既に信用出来る相手ではなくなっている。だが、こうして自分以外の人に言われると少しくるものがある。
「どうしてもそう言い切れる?」
「君が納得出来る理由が必要かい?」
再び彼と剣が交差する。目線でどこに剣がくるか分かる。それに対応する。
「出来れば答えてくれると助かる」
「ミラベルは転生者に対して加護を与えている」
「加護?」
「加護という名の呪いだよ」
呪いか。随分と物騒な話だ。俺が振った剣を彼は難なく受け止める。俺もやるな!と声を上げた。観客の声が少し煩いくらいだな。
「転生者の運命を決める呪いさ」
「どういう事だ?」
「調べれば直ぐ分かるだろ?転生者は皆ろくな死に方をしていないよ」
「そうだな」
「それは全てミラベルが与えた加護が原因だ。加護によって無理やり人生を歪められている」
彼の言葉が本当なら加護の所為で今までの転生者は死んだ事になる。だが、同時に納得出来るものでもあった。不自然なくらいに転生者は壮絶な死を迎えている。穏やかな一生を迎えた者はいないだろう。殆どが若くして亡くなっている。
「ミラベルを信じてはいけないよ。彼女を信じれば運命をめちゃくちゃにされて、死ぬだけだ」
「まるで実際に見たような発言だな」
「見たような、ではないね。僕が実際にミラベルの加護の影響で亡くなったんだ」
振り下ろされた剣を受け止める。弾き飛ばして切りかかると、彼はバックステップで距離を取った。
言葉の意味を上手く理解出来ず、思わず彼を見つめる。死んだと言っていたが目の前の彼はアンデットではない。肌は普通の色だ。前世の話か?
「詳しく話したい所だけど、ここで話すのは良くないね」
「どういう事だ?」
「試合が長引けばミラベルも不審に思うだろうし、短い時間で話せるほど簡単な話ではないんだ」
剣を交えながら会話を続ける。
「僕の方でも探すけど、君の方でも探して欲しい」
「何をだ?主語を言ってくれ」
「ミラベルにバレずに会談をする手段だよ」
彼の言葉でパッと頭に浮かんだのがディアボロの存在だ。他にも手段はあるだろうか? 少し考えないといけないな。
「彼女はこの世界の様子を見ている。特に君の様子をね。ミラベルにバレずに動かないと全てが台無しになる」
「そこまでする理由はなんだ?」
「許せないだけだよ。僕たち転生者を弄ぶミラベルが。君もこのまま彼女の操り人形で終わる気かい?」
これならどうだぁ!と声を上げ彼が飛び上がって剣を振り下ろしてきた。避けることは簡単だがあえて受け止める。観客が湧いているのが分かる。
実感が篭ってるような言葉だ。軽く受け止めていいものではないな。改めて認識しよう。ミラベルは敵だ。そういう事なんだろうな。
「分かった。お前の言う通りこのままだと彼女の操り人形になる可能性が高いだろう」
「今のままだと確定だよ。君にも随分と重たい加護がかかっている」
声がこちらを心配しているような感じだった。ミラベルに対しては激しい怒りを感じたが、同じ転生者である俺を気遣うように声が優しい。
「お前を信じてもいいのか?」
「それは僕の話を聞いてから判断した方がいい。その為に会談出来る手段を準備しよう」
「分かった。俺の方でも探してみる」
「頼んだよ。僕も出来るだけ早く見つけるようにする」
彼の言葉は信用出来るものだ。僕を信じてなんて言われたら俺は警戒しただろう。だが、彼は話を聞いてから判断して欲しいと言った。俺に判断を委ねている。
そういうやり方もあるから、完全に気を許す事は出来ないな。
何度も何度も彼と剣を切り結ぶ。互角の戦いに見えているだろうが、長引けば怪しむ者も出てくるだろう。
「会談の手段を見つけたらどうしたらいい?」
「マクスウェルは知ってるかい?ドワーフの大賢者だ」
「マクスウェルさんなら知ってる。何度かお世話になってる」
「それなら話が早いね。彼に伝えてくれると僕まで連絡が届くと思う。ミラベルにバレたくないから、暗号にしようか」
「暗号?」
「そうだね。マクスウェルにも伝えておくよ。彼に『お酒は飲まないんですか?』と言ったらいい」
「それが暗号か?」
「彼は下戸だからね。面白い反応をすると思うよ」
クスクスと彼が笑っている。
「僕の方が先に見つけたら彼女に伝えるよ。君にも直ぐに届くと思う」
「誰の事だ?」
「…………」
無言で斬りかかってきた。教える気はない。そういう事か。やっぱりこの人何か隠している事があるな。それが何かは分からない。
「分かった。聞いて欲しくないなら聞かない」
「すまないね」
「最後に一ついいか?」
「なんだい?」
「貴方の事はなんと呼べばいい? ナツメさんと呼んだらいいか?」
剣の押し合いは何度目だろうか? 今回のを最後にした方がいいな。これ以上は流石にバレる。彼が俺の剣を弾いたのが分かった。目線でどこにくるのか分かった。今度は受けずに距離を取って躱す。直ぐさま切りかかるが、余裕をもって受け止められた。
「その名前は僕の名前じゃないんだ」
「偽名か?」
「借り物だね。この場所にいる彼女に僕の存在を知って欲しくて彼女の名前を借りている」
この男が言う彼女とは誰の事だ。日本人の名前だ。その名前を借りたと言うことはその相手も転生者になる。エクレアではないと思う。脳裏に浮かぶ黒髪の女性がエクレアでは無いと否定している。
なら誰の事を言っている? 聞いた所で答えないだろうな。言いたくない様子だ。
「僕の事はそうだね、先生とでも呼んでくれるかい?」
「先生?」
「僕は前世で教師をしていてね。先生と呼ばれる事に慣れているから反応しやすいんだ」
「貴方の本当の名を聞くことは不味いのか?」
「ミラベルに知られると警戒されると思うよ」
暗に聞くなと言っている。これ以上の追求は良くないな。先生か。一先ずはそう呼ぶとしよう。
「そろそろ終わりにしようか。これ以上は怪しまれる」
「分かった」
「魔力を込めて全力で斬りかかってきたらいい。魔力切れを装って剣に魔力を通さないから」
「分かったよ」
やってる事が八百長だな。不正をしている気分になり嫌気がする。先生の言う通りに剣に魔力を込めて振る。先生は先程と同じように受け止めようとしていたが、その剣は根元から折れ剣の先が弧を描いて飛んでいった。
「参った!僕の負けだ!」
両手を上げ降参する先生を見て首長が手を上げる。
『ついに決着ぅぅぅぅ!
無名のダークホースと思ったがナツメ選手も『剣聖』相手に凄まじい奮闘を見せてくれました!
だがやはり我らが最強の剣士には届かなかった!
やはり強い。正しく彼は最強の剣士!
今大会優勝を果たしのは!皆さんの予想通り!『剣聖』カイル・グラフェムだぁぁぁ!』
実況の声と共に爆発したような歓声が上がる。大会に優勝したが、素直に喜べない。エクレアとの戦いもそうだし、決勝戦に至っては八百長のようなものだ。まともに戦ってないと言える。
「さて、準備が出来たら教えて欲しい。僕の方もまた彼女に連絡するよ」
「出来ればその相手が誰か教えて欲しい所なんだが」
「それは会談の席で話すよ。ほら、みんなが君を待ってるよ。中央にいっておいで」
「分かった」
「また会おう。カイル君」
首長が『早くこっちに来い!』と叫んでいる。近くにトロフィーのような物があるな。収納の魔法で出したのだろうか?
ドワーフが作ったらしくやたらと凝っている。正直に言えばいらない。絶対に荷物になる。
首長の横に立って、観客の声に応えるように手を振ればまた爆発したような歓声が上がった。気付いたら先生の姿がない。次に彼と会うのは会談の準備が整った時か。
やっぱりディアボロの件は急いだ方がいいな。
───正直まともに戦っていないので優勝した気が全くしないが、無事に武術大会は閉会した。
賞品のトロフィーはいらないのでかなり無理を言って首長に預かって貰った。首長に勝ったらそれを受け取りますと言ったら凄い嬉しそうにトロフィーを預かってくれた。バトルジャンキーかこの人?
優勝賞金は有難く頂戴した。このお金はきっと仲間が捕まった時の保釈金に使われるだろう。お金はあって困る事はない。
武術大会は無事に終わったが、俺の一日はどうやらまだ終わらないらしい。
その日の夜、エクレアが部屋を訪ねてきた。
───物凄い嫌な予感がする
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