59. 武術大会 3回戦

 1回戦と2回戦の相手は難なく倒す事が出来た。1回戦の相手は俺と対峙した時から既に腰が引けていた。距離をつめて剣を弾き飛ばして終わり。

 2回戦の相手は試合が始まると直ぐに俺に対して『カイル様と戦えて光栄です!この思い出で体を慰めます!』と頬を染めて言ってきた。ムキムキマッチョのスキンヘッドのオッサンに言われた。鳥肌が立つ程の恐怖を感じ、思わず本気でやってしまったが俺は悪くないと思う。


 今日は後1回戦ったら終わりだろうな。人数がそれなりに多かったのと、1戦1戦がそれなりに時間がかかっている。

 俺やエクレアのように瞬殺で終わる試合もあるが、やはり長引く試合もある。それでも観客が見たいのは実力が拮抗した試合だ。一瞬で決着が着く試合は見ていて楽しくはないだろう。


 エクレアも順調に勝ち進んでいる。彼女が負ける気配はないな。俺と違い彼女は控え室に聖剣を置いてきているようだ。あの剣は担い手以外には持てない。仲間にも預ける事が出来ないからな。

 何故持てないか。単純に重たいんだあの剣。何かしらの力が働いているんだろうな。力自慢のマッチョ達5人がかりでも全く動かなかった。

 それだけ重たいにも関わらず床とかが凹んだ形跡がないから、担い手以外に持てなくなっているのだろう。防犯もバッチリな素敵な聖剣だ。


 エクレアと当たるのは互いに順当に勝ち進めば準決勝で当たる。決勝で当たるみたいな展開はなかなかないな。

 それと彼女以外で1人だけ気になる人物がいる。トーナメント表を見た時からずっとマークしていた人物だ。彼もまた順調に勝ち進んでいる。俺と当たるとしたら、エクレアに勝った後である決勝戦。

 ───ナツメ・シノノメ。俺の反対ブロックに入っており、決勝戦で当たるだろう人物。

 この世界では馴染みのない名前だ。

 シノノメ・ナツメだろうか? 漢字だとどんな字を書くのだろう?東雲は分かるがナツメは難しいな。夏目?それとも棗?

 この際どうでもいいか。恐らく彼は転生者だと思う。それか転生者と関わりがある人物。そのどちらかだ。

 話をしたい所だが、控え室が違うからな。大会が終わった後とかで話す機会があればいいのだが…。


 控え室の扉が開いた。


「カイル選手、出番です」

「分かりました」


 もう3度目となるやり取りだ。流石に慣れてきたので、案内がなくても道は分かる。流石はドワーフの国だと思う。通路にまで職人の技術が使われているのがよく分かる。照明の魔道具もしっかり使われているので明るさもバッチリだ。

 暫く歩くと通路の出口が見えてきた。係の人物が1人立っている。


「カイル選手、準備は大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「では、入場をお願いします」


 係の人に指示されるまま、真っ直ぐに進む。魔道具とは違う自然の光が俺たちが戦う舞台を照らしている。

 競技場の丁度真ん中付近に審判役のドワーフがいるのが見えた。最初はこの人を見てびっくりした。

 なんで首長が審判をしてるんだと!聞いてみたら、すぐ近くで対戦を見たかったらしい。何かあっても俺なら直ぐ止められると、ニカッと笑ってくれた。


『東から現れるのは皆さんご存知、勇者パーティー最強の剣士『剣聖』カイル・グラフェム選手だぁぁぁ!

これまでの2戦は彼の強さを見せつけるものだった!!』


 首長がいる場所まで進んでいれば、実況役のドワーフの女性が興奮気味に叫んでいる。拡声器のような魔道具を口元に当てているな。この感じだと映像を映したり出来るのも早そうだな。ドワーフの技術の進歩に驚きしかない。

 俺の反対方向の出口?入口からニヒルに笑う男が歩いてきている。


『西から現れるのは皆さんの平和を守る衛兵の1人。若くして衛兵隊長になった正にエリート中のエリート!

モウデ・バンナイヨ選手の登場だぁ!

これは熱い試合になる事が予想されます!!』


 対戦相手の顔を見ると自信が溢れてるのが分かる。自分の剣に自信があるんだろうな。まぁ、それでも負けるつもりはないし明日に備えて手早く終わらせよう。


『それではカイル選手VSモウデ選手!

試合開s…』

「待ってくれ!俺はこいつに話がある!」


 首長の合図で試合を進めようとしていた実況の声を遮るような大声だ。ビシッと俺を指差し叫んでいる。俺に話がある?


「カイル・グラフェム。先に言っておいてやる。怪我をする前に降参しろ。お前では俺には勝てない。何故なら俺こそが『剣聖』の称号を持つのに相応しい最強の剣士だからだ!」


 何か語り出したな。話が長くなりそうだ。実況の合図がくるまで適当に流しておこう。こういう奴の話はどうせ大した話ではない。

 ───そういえば昨日転生者について調べている時に、タケシさんについても改めて調べた。するとサーシャに対して少しばかり気になる事が浮かんできた。


「お前が剣聖の称号を手に出来たのは、アルカディアで大会が開かれたからだ。俺は仕事があったから大会には出られなかったからな。もちろん大会に出たら俺は勝ち進んださ」


 サーシャはレグ遺跡にシルヴィが封印されている事や、封印の礎にデュランダルを使っている事を知っているようだったがタケシさんについて書かれた本をどれだけ読んでもその情報は載っていなかった。

 タケシさんが魔剣デュランダルの担い手だった事は記されているが、魔王討伐後にタケシさんがデュランダルを手放したようだみたいな書き方の本が多かった。

 サーシャの母親であるクロナ・ルシルフェルがレグ遺跡に魔物を封印したというのは見つけた。四天王ではなく魔物だ。情報が正確に伝わっていないのか、伝えていないのか。恐らく後者だろうな。

 本にも乗っていなかった情報だ。母親に直接聞いたのだろうか?

 そうでなければシルヴィの事やデュランダルの事を知る術はなかったと思う。俺が調べたのはマクスウェルさんが所持する本からだ。サーシャの知識もそこからの筈。


「当時の剣聖はカイル・グラフェム!お前を随分と褒めていたが、俺から言わせればお前の剣は虫すら殺せないようなひ弱な剣だ!

お前と違って俺には力がある。見ろ!この鍛えあげられた筋肉を!お前とは圧倒的に筋力が違うんだ!」


 勇者ハロルドについても詳しく調べると気になる点があった。既に知っていると思うが、5代目魔王は勇者ハロルドによって封印された。

 封印する事は出来たが、勇者パーティーはハロルドを除いて全滅してしまった。その後勇者ハロルドが王に対して魔王を封印した事を報告したのだが、その肝心の場所が分かっていないのだ。

 調べていると分かった事がある。勇者ハロルドは直感が非常に優れていたが彼はどうやら方向音痴らしい。オマケに説明がめちゃくちゃ下手くそだ。

 国王に封印した場所を聞かれた時も『アルカディアの王都を出て右に曲がって少し進んでまた右に曲がってからくるっと行って…』等と説明しており、国王が激怒した。俺でも怒ると思う。

 この説明では全滅した事の言い訳に封印したと嘘をついているようにも聞こえたのだろう。その後直ぐに魔族の姿が見えなくなり被害が無くなった事で魔王が封印されたと納得したようだ。

 世界中に魔王が封印された事を知らされたが、肝心の場所を勇者ハロルドが説明出来なかった為彼以外に誰も知らない。なら勇者ハロルドに案内させたらいいと、そういう意見も出たが彼は方向音痴だった為同じ場所に行けなかった。その結果、魔王が封印されたという話は広がったがどこに封印したかは誰も知らない。


「アルカディアの大会でお前と俺がぶつかっていたら今頃お前はベッドの上だったと思うぜ。1合も渡り合えなかっただろう。その枯れ木のような細腕では俺の剣を受け止める事など出来ないからな!」


 さて、ここで問題となるのが5年前から急に広がった噂だ。魔王が復活したと、そういう噂が流れるようになり今まで潜んでいた魔族が一斉に動き出した。

 1つ疑問なのは誰がその噂を言ったかだ。魔王が復活した。その噂を流すには魔王を見たか、封印が破られたかどちらかを認識しないと分からない事だろう。

 ここで問題となるのが封印されている場所が分からないという点。誰も封印された場所が分からないのに魔王の封印が解かれたのが分かったのだろうか?

 魔王を見たのならその姿形の噂が広がってもいいが、それすらない。

 最初に噂を流した人物は特定出来ていない。


「俺が出ていない大会で優勝して剣聖を継承した気分はどうだ?勇者パーティーとして歓声を浴びる気分は?それは本来俺が受けるべきものだった!たまたま俺が出ていなかったからお前がその立場になっただけだ!」


 俺が今魔王と疑っているのはサーシャとトラさんだ。サーシャの方は賢者の塔で受付の人や所属する魔法使いと話す事で情報を手にする事が出来た。

 サーシャは500年前からマクスウェルの弟子として賢者の塔に所属している。お酒を飲みに行く事の方が多いが魔法の研究もしっかりしているようだ。

 そして重要な証言も聞いている。サーシャは魔王が封印されている100年前も、そして10年前も賢者の塔やドワーフの酒場で姿を確認されている。

 封印されている魔王では出来ない事だ。

 そうなると魔王の候補はトラさんに絞られる。


「今回の大会にお前が出ると聞いて嬉しかったよ。ようやく大衆の目を覚まさせてやる事が出来ると思ったからな!運良く手に入れた剣聖の名に怯んでいた今までの対戦相手と一緒にするなよ。お前では俺には勝てない!」


 ここでさっきの封印の話に戻るのだが。1つの仮説として実は封印されていなかった。そういう可能性はないだろうか?

 勇者ハロルドを除いてパーティーが全滅するほどの死闘だ。味方が命を賭して魔王を封印したのか?そうじゃなければ勇者ハロルド1人で?

 勇者ハロルド1人で封印する事は恐らく不可能だ。出来るならパーティーが全滅するような事はなかっただろう。

 魔族の形勢も良くなかった為、1度立て直す為に潜んだ可能性はないか?封印されたと見せかけて、魔王が配下に指示を飛ばせば魔族は潜むだろう。

 その場合の魔王候補はサーシャ1人になる。300年前に生まれているのはサーシャだけだ。

 とはいえあくまで仮説だ。封印がどうこうだったり、魔王が復活したという噂を最初に流した人物を探した方がいい気もするな。

 真偽が分からないと動きようがない。


「フハハハ!さて、観客をこれ以上待たせるのも悪いな。さぁ!見せてやるよ!カイル・グラフェムが俺の前に敗れ!真の剣聖が誰かって事を!」

『長い語りが終わったようなので、改めて進行致します。

カイル選手VSモウデ選手!

試合開始ぃぃぃぃぃ!』


 あ、もう話は終わったのか。丁度いいな、俺も今考える事をやめた所だ。これ以上はまた落ち着いた時にしよう。

 魔王を探すにしてももう少し情報が欲しい所だ。ニヒルに笑うモウデ選手が突っ込んでくる。剣に魔力を流す。









『瞬殺ぅぅぅぅぅ!

これぞ剣聖!これぞ最強の剣士!見たか!これが我らが希望の勇者パーティーの強さ!

勝者!カイル・グラフェム!!!!』


 ───何だったんだあいつ。

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