58.武術大会 開幕

 セシルと買い物に行った日から2日が経過した。現在俺はドワーフの国主催の武術大会に参加しており、係の人に案内された控え室で待機している所だ。

 参加申し込みはダルが首長を通して行ってくれており、受付にいけばスムーズに案内された。トラさんも参加したがっていたな。右腕がなく本気で戦えないから今回は諦めると言っていたか?

 サーシャはお酒を飲むからと来ていないがダルやトラさん、セシルは観客席で応援してくれるらしい。

 さて、今回使う武器は運営が用意した刃を潰した剣だ。そうなるとデュランダルを持っていく訳にはいかない。控え室に置いていてもいいが、盗難にでもあったら困るのでダルに預けている。

 『我に任せるのじゃ!』と高笑いしていたな。


 外から聞こえる歓声から試合が進行しているのが分かる。俺の出番はまだ先だろうな。こうして控え室にいると正直暇だ。

 周りに参加者はいるがピリピリしていて話しかけ難い。もう少しリラックスした方がいいと思うがな。




 ───昨日はミラベルとの会話から気になる事があり一日を調べ物に費やした。どれだけの転生者がこの世界に来ているか改めて確認する為だ。

 シルヴィが語る通りなら時代の移り目に転生者の姿はある。長い歴史の中に軌跡を残す英雄だったり、悪名を轟かす犯罪者を調べてみた。

 全員が分かった訳では無いが、こいつは間違いなく転生者だろうなと言う者が何人かいた。


 1人は『ジャングル大帝』の初代国王。もう1人はドワーフの建築家だ。獣人とドワーフが勢力を拡大したのは2代目魔王アデルを2代目勇者シャーリー・フェルグランドが討伐した後くらいだ。転生者であり魔族の四天王である『校長』のコバヤシが亡くなったのもこの辺りだな。

 調べていれば魔王アデルを倒した後にその敵討ちでコバヤシが勇者パーティーを強襲したようだ。結果は言わないでも分かるだろう。

 2代目勇者パーティーというのは何かと問題があるパーティーだったようだ。勇者シャーリーは別ではあるが、残りのメンバーが魔王討伐後に犯罪を犯したりして捕まっている。

 仲間に裏切られて死んだ者もいたな。魔物に食い散らかされて死んだらしい。


 転生者でもないしここら辺の話は置いておこう。2代目魔王アデルはかなり強かったようだな。初代魔王を殺された恨みからか魔族の攻勢がかなり激しくなったらしい。

 迎え撃つ人間とエルフの二大勢力だが、魔族との戦いで随分と被害が出たようだ。その隙に勢力を拡大したのが、獣人とドワーフだ。


 このどちらの国にも転生者が関わっている。どちらも非常に分かりやすかった。

 ───ジャングル大帝初代国王『とっとこレオ太郎』

 書いている名前を見た時、そっと本を閉じたな。あまりにふざけた名前だった。その異名もふざけていたな。確か『二十一世紀からきた猫型超人』だったか?

 間違いなく転生者だ。恐らく同じ日本出身だ。色々と言いたい事はあるが、ここは我慢しよう。

 彼の死因はタケシさんと同じ痴情のもつれだ。奥さん以外に愛人がいたようだが、その愛人に股間を噛みちぎられ悶絶してる所を殺されたようだ。かなりの騒ぎになったようだな。

 レオ太郎が愛してくれないのが悪いと処刑される時まで叫んでいたらしい。


 ───ドワーフの国の転生者が残したものは今も建物と文化として残っていた。

 俺が今いる場所は競技場と呼ばれる建物だ。コロシアムとかそういうものではない。転生者が設計して作った建物らしい。

 石造りで作られており、しっかり観客席も用意されている。スポーツする為のドームのような作りだ。

 本来はスポーツをするための建物らしい。今回は武術大会ということでこの建物を使っているが、普段はここでサッカーをしているようだ。

 うん、そうなんだ。ドワーフの国にはサッカーの文化がある。間違いなく転生者が残したものだ。

 調べてみたら出てきた。転生者の名前はノックス・エステス。名前はレオ太郎と違ってふざけていなかったが異名で分かった。

 ───『サッカー大好き』。これがノックスの異名だ。間違いなく転生者だな。

 前世のようにゴムなんかが発見されていないからか、木を加工してサッカーボールのようにしているようだ。絶対蹴るとき痛いと思う。

 聞いた話だとサッカーをする者はしっかりと魔力で強化しないといけないらしい。気を付けないと死人が出るとか。なんでそんな物騒な球技になってるんだ。

 彼は魔力を作ったボールを足で蹴って攻撃していたらしい。

 その死因は前世と違って硬いボールが頭に直撃して、脳出血で死んだようだ。サッカーに殺されたのか…。


 もう1人分かりやすい転生者がいた。

 それが教会の初代法皇ルドガー・キリストフだ。名前を見てびっくりした覚えがある。どうやら初代法皇はノエルのご先祖さまらしい。

 ノエルの家族がやたらと重役に就任しているのはこの事が関係している気がする。

 法皇の地位は世襲制ではなく、大司教か大司祭の中から優れた者が選ばれるようになっている。それでも初代法皇の血筋というのは大きいだろう。

 さて彼がやった事は世界初となる宗教組織の設立と、世界全土の通貨を統一した事だ。宗教組織というのは現在において世界全土に存在する教会の事だ。

 この時はまだ大きな組織ではなかったが、何百年という年月で信者を増やし今の巨大な組織になったらしい。

 魔法の適正を知ったり、神への祝福を受ける事が出来るのは教会だけだ。利用すれば便利な分、教会という組織が世界に広がるのは早かったようだ。


 ある程度世界に影響力を持ち出した頃に、通貨の統一を各国の王に提案した。転生者が存在していたタングマリンとジャングル大帝は賛成。アルカディアとクレマトラスが反対。テルマが中立だったか?

 通貨の統一を宣言してそれを実行したのがジャングル大帝とタングマリン、そして法皇に説得されて渋々テルマも実行。その結果、起きたのが経済の発展だ。

 最初は混乱が起きていたが、通貨が統一した事で商人が商売をしやすくなり3カ国を行き来するようになった。逆に通貨の違うアルカディアとクレマトラスを商人が避けるようになった。

 困るのはドワーフの商人が来なくなった事だ。昔から高い技術を誇っていたドワーフが作る魔道具は便利で、国民の暮らしにも影響が出る。何故我が国だけと国民の不満が溜まっていき、これは不味いと王族も判断した。

 結局、他の国に遅れてアルカディアとクレマトラスも通貨を統一した。

 ここまでスムーズに進んだのはドワーフの魔道具の影響が大きいだろう。ないと本当に不便だからな。3人の転生者が主導で動かした可能性が高い。


 それが今俺たちが使っている通貨である『ゴールド』になる。1ゴールド1円位の価値だな。

 1ゴールド金貨、10ゴールド金貨みたいに幾つかの種類がある。前世に近い感じで作りあげたんだと思う。

 そのお陰で俺も混乱は少ない。

 ゴールドだけなら現地の者の発想しても有り得ると思ったが、彼が作った教会の条約を読んで転生者だと確信した。

 条約というのは早い話、神官が守らないといけない規則のようなものだ。俺が知っているものも多くあった。例えとして1つあげるなら『祝福を与える場合は双方の思いを必ず確認する事』とか。

 聞いてるか次期法皇さん。条約は守った方がいいと思うぞ!!

 

 私情が出てしまった。話を戻そう。条約は結構多く書いてあったが、そこまで厳しいものではない。敵前逃亡は切腹みたいなものはなかった。ただ後半になるにつれ雑になってきた気がする。幾つかあげよう。『おやつは500ゴールドまで』『バルナの実はおやつに入りません』『早寝早起きを心掛けましょう』『ミラベルは邪神である。決して信仰を捧げてはいけない』。


 これだけ見ると流石に転生者だと分かる。

 殺された法皇エドモンド・アームストロング2世は上記の『おやつは500ゴールドまで』という条約を消そうと奮闘していたようだ。

 セシルに聞いた話では彼はかなりの甘党だったようで、条約のせいで食べられないお菓子があり困っていたとか。そんな法皇の元に同じ思いを持つ神官が集まっていったらしい。

 彼が慕われていたのは甘党仲間だったからか?流石にそれはないか。


 バルナの実というのは前世におけるバナナのようなものだ。遠足の時に聞く『バナナはおやつに入りますか?』みたいなノリで入れたんだと思う。

 その条約から果実はおやつじゃないからOKみたいな解釈をして、おやつ代わりに果実を食べている神官が多いとか。


 特に気になったのはミラベルに関しての条約だな。どうやら初代法皇ルドガーはミラベルの事をまるで信用していなかったようだ。彼が信仰を捧げたのは世界に魔法の知識を授けエルフを導いてきたこの世界の神。不思議な話ではあるが、どれだけ書物を漁ってもこの神の名が出てこなかった。

 俺自身も教会の神という認識でしかない。セシルに聞いても『神様は神様ですよ』と返ってきた。神の名が分からないのも何かありそうだな。

 それにしてもミラベルを邪神扱いか。ルドガーとミラベルの間に何かあったのか? 待てよ。邪神扱いされてるミラベルと関わりがある俺は大丈夫か?今度ノエルに聞いてみよう。


 ルドガーの死因についてだが、彼は大司教の地位にいた人間の女性に殺されている。

 教会の方針か何かで揉めたようだ。ルドガーが油断している時に背中から心臓を一刺し。その後ルドガーの顔の原型が無くなるまで刃物で何度も刺していたらしい。

 捕まった後に自分がやったと誇らしげに語っていたそうだ。問題なのはその女性の最後。

 ───『ミラベル様万歳!我らに栄光あれ!』

 死ぬ直前まで勝ち誇った笑みを浮かべていたそうだ。死んでも私は来世に希望が持てるなどと牢屋で豪語していたらしい。

 ルドガーの死により、ミラベルは完全に教会の敵となった。魔族と同様に許してはいけない存在として語られている。

 ミラベルとの関係バレたら不味くないか?


 一先ず置いておこう。レオ太郎とノックスはともかく、ルドガーは明らかにミラベルが関与している。なんならミラベルが殺人を指示した可能性まである。

 ここまでの証拠を見ると彼女を信じようという気はおきない。

 マクスウェルさんに感謝だな。あの人のお陰で転生者の死について調べる事が出来た。1000年近くかけて貯めた本の数々らしい。ドヤ顔していたなあの人。ワシが書いた本もあるぞ、読めと押し付けてきたな。自信作らしい。

 魔法についての本かと思ったら違った。恋愛小説だった。

 軽く中身を見たらティエラと呼ばれる魔族の女性とテスラと呼ばれる男性の大恋愛を描いたものらしい。実話だそうだ。

 かなり分厚かったので後で読みますと、本を預かってきた。


 控え室の扉が開いた。


「カイル選手、出番です」

「分かりました」


 ようやく俺の出番のようだ。トーナメント表を見ていたが俺の1回の相手は誰だったかな?

 確かシュンサ・ツサレマスって名前だったと思う。

 まぁどうにかなるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る