57.苦しい言い訳

「ねぇ、お願いだから私の話を聞いてカイル」


 ミラベルが不安そうに俺に話しかけてくる。

 そう言えばまだいたなこのひと。タケシさんが言う『ミラベルを信じるな』とはどういう意味だろうか。

 自分で公言してその発言に気づいてアワアワしているミラベルがポンコツだから信じるな的なものか?

 流石にそれはないか。無視するのは可哀想か。


「話は聞くが、不正したんだろ?」

「したくてやってた訳じゃないわ!仕方なくよ、仕方なく」


 つい彼女を冷めた目で見てしまう。不正してるんだな、やっぱり。前世でも社会人としてそれなりに過ごしてきたが、なんというかお金なんかが絡むと不正する人はいた。汚職問題としてメディアで取り扱われた事もある。

 バレた時に会社にくる責任だったり、同じ会社の従業員に色々としわ寄せがきたり正直不正を働くという行為自体を許せそうにない。

 いくら信頼していたミラベルとはいえ、そういった行いは許せない。一度やった奴はまたやるだろうし、また周りに迷惑をかけるのが目に見えている。


 ミラベルの不正がバレた場合はどうなるのだろうか?彼女が言っていたように降格だったり、減給処分で済むのだろうか? 俺たち転生者にも責任の追求が来たりしないだろうか?

 それが不安の種だ。しかしまぁ神なのに、降格だったり減給だったりを気にするのか。見た目で何となく察してはいたが、人に近い在り方だな。


「本来、神としての仕事は魂の管理よ。決められた魂を決められた世界に導くのが私の仕事」


 何か語り出した。


「カイル達は別案件になるんだけど、本来新しい世界に送り出す者には何もしたらいけないのよ」

「どういう事だ?」

「ちょっとした才能を与えるのは構わないわ。けど能力なんて与えたらどうなると思う?」


 彼女に言われて歴史を思い出す。この世界の歴史の分岐点には必ず転生者の姿がある。魔族の反逆が始まりだが、それは長い歴史の中で大きな変化をもたらしている。獣人が国を起こした時やドワーフがエルフから領地を奪った時、エルフによって教会が設立された時。世界が揺れ動く大きな騒動の時には必ず転生者の姿があった。

 昔の事過ぎてしっかり記載が残って無いものもあったが、転生者だろうなという跡が残されている。


「能力が与えられた転生者が世界に与える変化は劇毒よ。熱帯魚しかいない水槽に鮫を放り込むようなものよ」

「でも、能力与えたのはミラベルだよな」

「そうね」


 そこで黙るなよ。正直歴史について調べたりデュランダルの話を聞いてるとミラベルお前何やってんだと言いたい時が何度かあった。

 俺の時代にまで残る騒ぎになってるのでミラベルの所為じゃないかと思ってしまう。タケシさんが伝えたい事はコレに近い事か?どちらにせよ一度情報を見てからだな。


「そうよ、与えたわよ能力。その所為で世界が大騒ぎになってるのは分かってるわ」

「それでも転生者に加担したんだよな?」

「そうね。だって自分のミスで亡くなったのよ。才能だけ与えて後は放置は無責任すぎるでしょ? 様子を見てたらみんな知らない異世界で苦労してる。なら、せめて転生者が楽になるように能力を与えたくなるでしょ!」


 どうにか正当化しようとしているが、そもそもの原因はミラベルだし、ミラベルがミスしなければ良かったんじゃないか?

 俺の冷めた目に気付いたのかミラベルがたじろいでいる。


「そもそもの原因は確かに私ね。カイルも私が寝ぼけて判子押さなかったら後50年は生きてたし」

「おい…」

「だからちゃんと、カイルにも才能と能力あげたじゃない!」

「それで帳消しにならないと思うぞ」

「……………」

「……………」

「可愛い私がお願いしてもダメ?」

「……………」

「私のミスよ。ごめんなさい」


 と言うより俺、ミラベルの書類の押し間違えで死んだのか? そんなに俺たちの命って軽いのか? 聞いてたら恐ろしくなってきたんだが…。


「過ぎた事だし置いておくとして、能力を与えるのが不正になるのか?」

「そうよ。世界に本来はない力よ。大きな影響を与えるからマニュアルでは禁止されてるの」


 いや、本当に言いたい事が多すぎるな。正直今ここで詰めていいなら小一時間くらいは追求するけど、ミラベルと対話出来る時間はそれほど多くない。ミラベルがもう、どうしようもないひとだって事はよく分かった。

 改めてなんでミラベルを信頼していたんだろと疑問に思うほどだ。それほど追い詰められていたのか俺は?


「不正がバレるから神には聞けないと」

「聞きたくないわ。多分降格になるもの」


 降格でいいんじゃないか? もっと別の人が魂を管理した方がいい気がするんだが…。


「不正とかは、まぁこの際いいか。一つ聞いてもいいか?」

「何かしら?」

「うちのパーティーの勇者エクレアとミラベルは関わりはあるか?」

「私が転生させたのよ。もちろん関わってるわ」


 シルヴィが言っていたなエクレアは魂に何かしらの制約を受けていると。それが恐らく彼女が喋れない原因だ。


「エクレアが喋れないのはミラベルが原因か?」

「私と言うよりは…でもそうね…まぁ…私かしら?」


 思わず頭を抱える。俺が現在進行形で困ってる事にだいたいミラベルが関与している。


「エクレアの制約を解除する事は出来るのか?」

「出来ないわ。不正がバレるもの」


 キリッとした顔で堂々と宣言するミラベルにイラッとくる。粗探しを始めて、叩いたら叩くだけ埃が出るのは勘弁してくれ。俺も心の準備はしているが、もう少し緩やかに頼む。

 ミラベルはどれだけの数の不正をしているんだ?能力を与える事が不正なら最低でも5件だな。初代魔王にタケシさん、ディアボロにやられた名も無き転生者、俺にエクレア。だが、もっと多くの転生者が世界には送り出されている。

 どこまでミラベルが関わっているかだ。聞いてみるか?


「歴史について調べていると転生者らしい人物がチラホラといるんだが、全部ミラベルが関わっているのか?」

「そうね、だいたいは私が送り出しているわ」

「それもミラベルのミスだったりするのか?」

「……………」

「ミスなんだな?」

「私のミスね。カイルの時みたいに判子の押し間違いだったり、飲み物こぼしたり…」


 聞きたくなかったな。彼女のミスにしても酷すぎやしないか? 下手したらこのひと大事な書類とかシュレッダーにかけそうなんだが…。

 どう考えても魂を管理させる人選?神選を間違えていると思う

 けど聞きたい事は聞けた。予想通りほぼ全員に関わっていると見ていい。シルヴィの言葉が脳裏に過ぎる。


 ───『悔いがないように生きる事だ。そなたたち転生者はみな、壮絶な死を遂げておる。己の運命に逆らうのであれば信じるものを違えてはならぬ』


 ミラベルによって送り出された転生者は皆壮絶な死を遂げている。


 ───『ミラベルを信じるな』


 己の運命に逆らうなら、信じるものは違えてはいけない。


 転生者全てが壮絶な死を遂げている。1人2人なら偶然だが、全員となると何かしらの力が働いていないと無理だ。それが出来るのはミラベルだけ。タケシさんはその事に気付いたのか? だから『ミラベルを信じるな』と言葉を残した?

 どこまで信じるかじゃなくて、ミラベルをそもそも信じるな。そういう事か?

 なるほど。俺の予感も当たる時は当たるもんだな。この再会が最悪なものになる。そんな気はしてたが。


「考え込んでるけど大丈夫?」


 こちらを心配そうに覗き込むミラベル。考え込む原因はミラベルお前だけどな、とは言えないな。

 さて、どうやら俺はこの世界にいた唯一の信頼出来る相手を失った。これから誰に相談すればいい? 1人で抱え込むのは胃がおかしくなるぞ。


「ミラベル」

「なに?」

「魔王が使うとされる『読心』の魔法は無機物にも効くのか?」

「変な事聞くわね。無機物には流石に効かないわよ。けどカイルが言っているのが魔剣デュランダルに『読心』が効くかって話なら効くわよ」

「デュランダルにもか」

「そうよ。だから魔王の事で相談出来るのは私だけって言ってるの」


 ───ミラベルを疑う場合、彼女の言葉全てを疑わないといけない。どこまで本当の事を話しているか分からない。全てが嘘かも知れない。そうなると仲間に魔王が混ざっているのも嘘になるのか?

 ダメだな。ミラベルを疑うと余計にややこしくなってきた。何が真実か俺には判断が出来ない。疑心暗鬼になってるぞ。


 ───『ミラベルを信じるな』

 彼女は敵か? 転生者全ての死に関わっている以上、彼女は妄信的に信用できる者ではない。堂々と不正しているしな。

 だが、どうやって関与している? ミラベルが直接手を下した様子はない。ハロルドは毒殺。タケシさんは処刑。ディアボロに殺された転生者は廃人。殺され方が違う。

 直接的ではないもっと別の力。


 ───相談出来る相手が欲しい。それは出来るならミラベルにバレない相手がいい。

 ミラベルはこの世界を見ている。彼女を敵と想定するなら常に監視されている状況だ。どうやったって敵う訳がない。魔王の問題もある。全てを同時になんて不可能だろう。


 いや、いるな1人だけ。魔王の情報を手に入れつつ、ミラベルの目を気にせず相談出来る相手。

 ───『幻惑』のディアボロ。

 ミラベルは夢の世界まで確認出来ないようだった。なら、夢を操るディアボロの能力はミラベルに有効か? 相談を全て夢の世界ですればミラベルにバレる事もない。

 ディアボロは5代目魔王の時からの四天王だ。魔王について何か知っている可能性が高い。

 そうなると俺がするべき事は1つか。元々の目的と正反対になる。


 ───ディアボロを殺すのではなく、口説き落とす。

 シルヴィの時のように仲間に引き込む。そうすれば俺が抱え込んでいる問題は全て解決する。

 4代目魔王ロンダルギアの時もシルヴィの情報で魔王の居場所が分かっていたな。

 タケシさん。どうやら貴方がやってきた事を俺も辿る必要がありそうです。

 先駆者としてタケシさんの事を心から尊敬します!


「もう直ぐ目覚めね」

「もうか? ミラベルと話したい事は山ほどあるんだが」

「また会いにくるわ。ちゃんと相談にも乗るから安心しなさい」

「ありがとう、ミラベル」

「無理はしないようにね、カイル!」


 前回と同じような流れだ。ニコッと笑うミラベル。その笑みが薄ら寒く感じる。

 前は別れるのが名残惜しかった。今は全くという程、寂しいという感情はない。


 ミラベルの姿が薄くなっていく。もう直ぐ朝だ。起きてから俺がやるべき事はなんだ?

 ディアボロの居場所は簡単には見つからない。なら転生者がどのように死んだかを調べるべきだ。恐らくタケシさんの情報もそれに近いものの筈だ。


 ん?ミラベルが何か言っている。だが聞き取れない。なんて言ったんだ?

 ダメだ、視界が明るくなる。目覚めだ。















「あれ?何かカイル私の事疑ってなかった?

時間かけて依存させたと思ったんだけど…。可笑しいわね。もう少し様子見てから判断するべきかしら?

まぁ保険で加護を与えたし大丈夫か」

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