56.失うもの

 ───相変わらず雪のように穢れがない白い髪だ。腰まで伸びている髪を見ると手入れが大変だろうなと他人事のように思う。首元で1本に纏めており、髪が尻尾のように揺れた。

 大きくぱっちりした瞳だが、左右で色が違うし目に模様が入っているようにも見える。オッドアイか? 右は赤く左は青い。右頬にインクの跡がある。寝てたのか?この人。

 顔のパーツは非の打ち所はない。誰が見ても美人と言えるだろう。だが、その身に纏う雰囲気が彼女に対して劣情を抱かせない。いつ見ても現実離れした容姿だ。

 にも関わらず服装はビッシリと着込んだ女性物のスーツだ。これだけ見ると神と言うより事務員に見えてしまう。ミラベルに仕事の話を聞いていたが、やってる事はスケールが大きくなった事務仕事だ。魂の管理から世界の補修作業。後は部下が持ってきた書類に目を通して決裁の判を押す。やってる事が会社員だ。神なのに夢がない。

 前のスーツはパンツだったが、今回はスカートのようだ。スカートの丈がやけに短く健康的な美脚が目に毒だな。


「心配して顔を出したけど大丈夫そうね!」


 にっと笑う彼女を見ると安心してしまう。その身に纏う神のオーラとも呼べる雰囲気から一線引きそうにながるが、それに反して彼女は気さくで話しかけやすい。綺麗な笑顔だと思う。これに裏があると疑うと胃がキリリと傷んだ。


「寝てたのか?」

「寝てないわよ!」

「頬にインクがついてるぞ」


 指摘すれば服の袖で右頬を擦るミラベル。擦り過ぎだと思う、頬が少し赤くなってる。相変わらず何処か抜けた所がある女神様だ。


「それで魔王は分かった?」


 キリッと表情を作っているが今のやり取りをなかった事には出来ないだろう。ついつい笑ってしまえば、今すぐ忘れなさい!と顔を赤くしている。

 神というより人に近いと思う。その感性も在り方も。


「からかってすまない。残念ながら魔王はまだ見つかってないよ。探してはいるが、やっぱり証拠が見つからない」

「そうね。探し始めてまだそんなに経ってないし、直ぐには見つからないわよね」

「それに今は魔王探しより優先しないといけない事がある」

「あら、何かあったの?」

「四天王の1人と戦った。『幻惑』ディアボロと呼ばれる女だ」

「会う前だからここ数日はカイルの様子を眺めていたけど、戦っている様子はなかったけど?」


 ミラベルの言葉通りならどうやら夢の世界までは見れないらしい。仕事の合間にちょこちょこ俺の様子は見ているそうだが、彼女の目には俺の日常生活しか映ってなかったのだろう。

 タングマリンで他に戦ったとすればエンシェントドラゴンだが、あれは戦闘と言うより作業だ。そこまで気にしていないだろう。


「夢の世界で戦った。ディアボロは対象の記憶を読み取って、相手の望む夢を見せるらしい。甘美な夢に溺れた者は廃人になるそうだ」

「カイルには私が能力をあげたと思うけど、それでも防げなかったのか?」

「ディアボロ自身が特殊な能力を持っていたようだ。俺の能力を無効化したらしい」

「カイル身を守る為に与えた能力を突破されるのは私としても面白くないわね。本当はやっちゃダメだけど、追加で能力あげようか?」

「いや、必要ない。ディアボロとは小細工抜きで俺の手で決着を付ける」

「魔族相手に手段を選んでる場合じゃないと思うけど」

「俺のわがままだよ。ミラベルは俺の事を信じてくれ。必ず勝つから」


 深い溜息を吐いている。我ながらバカな話だと思う。だが俺個人としてディアボロとの約束を破る気はない。次は邪魔者なし小細工なしの正真正銘の一騎打ちで決着を付ける。

 ディアボロとの戦いは楽しかった。出来ればディアボロを裏切りたくない。俺のわがままだ。


「記憶を読み取られたなら急がないと行けないわよ。魔王に報告でもいったらカイルが魔王を探して仲間を疑ってるのがバレるわ」

「そうだな。出来るだけ急ぐよ。そうだ、その事でミラベルに聞きたい事があったんだ」

「私に?何かしら?」

「ミラベルはどうやって俺の仲間の中に魔王がいる事が分かったんだ? 誰が魔王か分からないようだし、いる事に気付けないと思うんだが?」


 これに関しても最初は疑問にも思っていなかったが、タケシさんの手紙を読んでからどうしても不振な点として浮かび上がり疑ってしまう自分がいる。誰が魔王か分かってもいないどうしても仲間にいる事が分かったんだ?

 普通は逆だろう。誰が魔王か分かったから、仲間にいると伝えられる。その場合は誰が魔王かも伝える事が出来るので話は早いが。

 ───『ミラベルを信じるな』

 頭に木霊するタケシさんの言葉。ミラベルは俺に嘘をついているのか?

 気になった事を聞いたが、ミラベルは口を閉じたまま。言い難そうな顔をしている。それと少し顔が赤い。


「私が…私が見つけた訳じゃないの」


 小さい声だった。


「私が見つけた訳じゃないのよ!カイルのいる世界を観察しにきた別の神が見つけたの!」


 ヤケクソ気味にミラベルが吠えた。言い難そうに、そして恥ずかしそうにしてた理由が分かった気がする。彼女は俺に対してかなり得意気に話していた。『仲間の中に魔王がいるわよ!』と。自分が気付いた訳でもないのに得意気に言ってしまった。その事に今気付いたのだろうか?


「前に言ったと思うけど私以外にも神がいるのよ。で、たまーに私が管理してる世界をチェックしにくるのよ」

「サボってないかって?」

「なんで、私がサボってる前提なのよ!」


 何でって顔にインク付いてたし。多分寝てたよなこのひと。俺の視線に気付いたのか頬をまた擦っている。流石にもう消えてるから安心して欲しい。


「そういう訳で、チェックしてた神が気付いたのよ。『魔王が仲間に混じってるのに魔王の居場所を探してるの超ウケるー』って」


 誰が知らないかその神を連れて来て欲しい。ぶん殴りたい。こっちが必死になってる事をそんな簡単に扱われてるのに腹が立つ。それでミラベルも気付いた訳か。


「その神に誰が魔王か聞けないのか?」


 正直に言ってしまえばそれで終わりじゃないか?俺がわざわざ仲間を疑ってまで探す必要性がなくなる。


「出来れば聞きたくないのよ」

「なんでだ?」

「あまり私の世界に関心持たれると私が不正してるのバレるから…」

「……………」

「バレたら査定にも影響出るのよ!もしかしたら降格? 減給? どっちも嫌だから聞けないわ」

「……………」

「何よその目は」

「………………」

「何か言いなさないよ」


 査定とかミラベルが降格になるとか正直どうでもいい。こいつ堂々と不正してるって言わなかったか?

 深くため息を吐く。



 ───タケシさんが転生者当てに残した手紙を読んだ時から考えていた事があった。正直に言うと手紙の余白も沢山残ってるしそんな漠然とした言葉だけ残さずに詳しく書いて欲しいというのが本音ではあるが、彼の言葉が信用出来るかその判断をする為に彼について調べた。

 デュランダルの口から彼の事は聞いてはいたが、どうしても身内びいきというものはある。客観的に彼を見る時に大変助かったのが彼についての書物だ。

 人が残した跡というのは歴史として残る事が多い。特に『動けるデブ』とかいうふざけた異名ではあるが、彼はれっきとした英雄だった。

 クレマトラスで彼の事を調べたお陰でタケシさんについては良く分かった。デュランダルが言うように女性にだらしない人ではあったが、彼は正しく英雄であった。


 魔物や魔族からその身を呈して人々を守り続けた。その回数は1度や2度ではない。悪人が行った悪行が長い歴史に残るように、彼が行った善行は俺の時代まではっきりと残っていた。

 だから彼の言葉は信用に足ると判断出来た。俺と同じ転生者というのも大きかっただろう。

 彼がわざわざ転生者に向けて『ミラベルを信じるな』と残したのなら、彼個人との問題ではないだろう。転生者全体に関わる問題だった可能性がある。

 それを踏まえてミラベルとどう接するべきか。彼女の事を信じていいのかと迷っていた。タケシさんの言葉をどこまでも信じるのならミラベルは信用してはいけない。

 だが、これまで築いてきたミラベルとの信頼関係もありタケシさんの言葉を素直に受け止められない自分がいた。


 いたんだ。さっきまでは。あの女自分で公言したな、不正してるって。


 ───タケシさん、俺は貴方の言葉を全面的に信用します。

 歴史にも名を残す英雄の言葉と、堂々と不正をしていると公言するミラベルの言葉。どっちが重たいかと言えば間違いなくタケシさんだ。

 さて、となるとタケシさんが語る『ミラベルを信じるな』とはどういう意味になるのだろうか?

 こうなるとテルマにある情報を読まないと分からないか? タケシさんも社会人だろう。報連相を知らないのか?

 何かメモを残す時は何を伝えたいかをはっきりと書いてくれ。あんな漠然とした書き方では伝わらないじゃないか。ほんとにもう…。


 ───タケシ!!!

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