55.セシルと買い物

 翌日、朝早くから叩き起こされた俺はセシルと一緒に商業地区にやって来ていた。ここにきた目的はノエルの昇格を祝ったプレゼントを買う為だ。これだけで分かると思うがノエルはどうやら『大司教』の地位に着くことになったようだ。

 次の法皇はまだ決まっていないが、法皇の死に合わせて大司教の地位を降りる事になった神官が4人程いた。責任を追求された訳ではなく、新たな法皇を支えるのは若き神官であるべきだと自ら退いた。

 空いた4人の席の1人にノエルが選ばれたようだ。


 大司教は全員で5人いた。そのうち4人が大司教の地位から退いた。残った1人が現在、法皇の最有力候補だ。この人物が誰かと言うとノエルの父親だ。

 俺が思うにその男は法皇にしてはいけない気がする。娘可愛さに当人の意思を確認せず祝福を行った奴だ。絶対にやめておけと言いたい。

 そんな俺の意見など通る事はないだろうな。


 ドレイクに殺された『法皇』エドモンド・アームストロング2世は随分と神官に慕われていたようだ。彼の死から一線から退く者が多く出たようだ。殆どは長年仕えたエルフらしい。

 大司教の言葉通り新たな法皇の元に若き神官が集う事になるのだろう。教会はこれから大きな改革を迫られる事になるか。

 人事が大きく変わるだろうな。ノエルも忙しくなると思うが勇者パーティーに合流出来るのだろうか?


「今の所、法皇の最有力候補はセシル達のお父さんか?」

「そうですね、大司祭さまから選ばれる可能性もありますけど恐らくはお父さんになると思います」

「そうか。という事は将来のお義父さんが法皇か。責任を感じるんだが…」

「姉さんも大司教の地位が決まりましたし、僕もこのままだと大司祭になると思います!

義兄さんだけ凡人ですね」


 言うな。頼むから言わないでくれ。勇者パーティーの傭兵ではあるが、社会的地位でいくと間違いなく勝てない。金銭面の収入だったりも確実にノエルが上だ。このまま彼女と結婚した場合俺はヒモのような立場になるのか?

 それだけは回避したい。どうにか俺が出来ることを増やさないとな。教会に入信するのはナシだ。聖属性が使えない以上、どういう立場になるかは目に見えている。親族だからと優遇されても待ってるのは冷たい目だ。胃が耐えられる気がしない。


 次期法皇は俺の将来のお義父さんであるアルバス・キリストフで決まりなのだろうな、セシルの口調だと。

 娘の事では私情に走ったようだが、随分と部下に慕われているようだ。娘達からも同様に慕われているから優れた人だろう。

 俺も短時間だが接して善良な人なのは理解してるが、やはり娘可愛さでやった行いだけは許せそうにない。アレで俺の将来が確定したと言っても過言では無い。

 過ぎた事だ。ノエルは美少女だし、俺に甘えてくる彼女は非常に可愛い。正直、結婚する事に異論は無い。気をつけないといけないのは俺がパーティーの女性から好意を持たれている事だ。

 出来るだけ真摯に対応しよう。


「ノエルの婚約者、将来の夫に相応しいように俺も頑張るよ」

「…………」

「セシル?」

「凡人なりに頑張ったらいいと思います」


 プイッと顔を背けている。機嫌を損ねてしまったらしい。何となく理由は察している。

 セシルはどうも俺に好意を寄せてくれているらしい。そんな俺が姉とはいえ、夫として頑張るなんて言ってるのは面白くないのだろう。

 何とか機嫌を直してくれないだろうか?

 はぐれないように繋いだ手はそのままだ。少し強く握られたくらいだな。怒るまではいってないようだ。

 一緒に宿を出て直ぐに手を繋いで欲しいと赤い顔で言われた。このお願いを断るのがどうも苦手だ。頑張って甘えてる感じがあってつい許してしまっている。


 セシルの手を引いて歩いていると、やはり商業地区は賑やかな所だと認識する。

 お客さんが多いのもそうだが、職人の声がよく通っている。


「だからこれじゃねぇって言ってるだろうが!何度言えば分かるだバカ弟子が!」

「すみません!でもこのデザインは万人受けしないッス!変えた方がいいと思います!」

「何度も言わせるな!それを決めるのはお前じゃない!この俺だ!」

「でも!親方!このデザインの魔道具死ぬほど売れてないっス!死ぬほど余って溢れ返ってるっス!」


 聞いた事があるやり取りがつい気になって声のしたお店をチラッと見てみる。日常で使う魔道具を取り扱っているお店のようだ。

 商品を軽く見て直ぐに引き返した。

 あの商品があった。モストマスキュラーのポーズをしたマッチョの魔道具。他にもボディビルで見るようなポージングのマッチョが沢山あった。

 ハッキリ言おう。お弟子さんが言ってる事が正しいと思う。今すぐデザインを変えた方がいい。俺はあの魔道具だけは絶対に買わない。


「義兄さん!あそこのお店が装飾品を売ってますよ」


 暫く歩いているたセシルが目当てのお店を見つけたらしく、俺の手を引いてお店の方へ向かっていく。彼女が言うように装飾品を取り扱っているお店のようだ。

 気が狂ったようなマッチョの魔道具とかは無い。このお店の美的感覚は正常のようだ。

 セシルが店員に話しかけている。目当ての装飾品を探しに行くのかお店の中を店員と移動して行った。セシルはノエルと比べると社交的だ。今回は人間ではなくドワーフだからノエルでも普通に対応しただろうか? 少し不安だが、対応出来ると信じたい。

 さて俺もノエルへの贈り物を探そうか。


 俺の場合はノエルにプレゼントする物は決まっているので、探しているのは彼女が好みそうなデザインだ。この棚にはノエルに似合いそうな物がない。もう少し探した方がいいな。


 ───俺の買い物は終わった。予め買う物も決めていたので店内を回って幾つかの商品と比べて1番ノエルに似合いそうな物を選んだ。プレゼントするからには彼女に喜んで欲しい。俺の美的感覚がズレてない事を祈ろう。少なくともあのドワーフよりは良いと思う。


「義兄さん、お待たせしました!」


 セシルが店の奥から駆け寄ってきた。その手には商品が入ったであろう袋が提げられている。紙で出来た袋だが魔石を細かく砕いた物を混ぜているらしく意外と頑丈だ。それに魔力を込めている間は袋が手から離れないので防犯対策としても利用出来る。

 高価な買い物の場合は買った商品をこの袋に詰めている事が多い。


「その様子だと欲しい商品は見つかったんだな?」

「はい!義兄さんも姉さんへの贈り物は買えましたか?」

「ちゃんと買ったさ。次に会う時に直接渡すよ」

「それがいいと思います!姉さんも喜ぶと思うので…」


 最後の方は声が小さくなっていった。なんというか複雑な女心なのだろう。下手に触れるのは良くないな。セシルの手を握って彼女を先導する。手を握った瞬間はビクッとしたが直ぐに握り返してそのまま着いてきてくれた。


 宿屋にそのまま帰るのもアレなので帰り道にあるお店に立ち寄る。ダルがここの果物は美味しいと言っていたな。時間帯もあるだろうか?店内がそこまで混んでなくて良かった。

 店員に案内されて席に着くと何にするか聞かれたのでオススメを聞いてソレを頼んだ。セシルも同じものにするようだ。


「先にこれを渡しておくよ」

「はい?」


 袋の中から購入した商品を1つ取り出す。傷が付かないように箱に入れてくれている。箱を開けて中身が分かるようにすれば、セシルが目を見開くのが分かった。箱の中に入っていたのは髪飾りだ。


「商品を探している時にこれが目に付いてな。セシルに似合うと思って買ったんだ。良かったら付けてくれないか?」


 雪の結晶のようなデザインの髪飾りで、セシルに似合うだろうなと思いノエルの贈り物と一緒に購入した。ディアボロの時に傷を治してくれたお礼と、彼女もまた昇格が予想されるので早めのお祝いだ。

 協会の人事で大司祭の席も随分と空くだろう。セシルが選ばれる可能性は非常に高い。それくらい彼女は優秀だ。


「これを僕に?」

「この前のお礼と、気は早いけどセシルの昇格祝いかな?」

「僕の昇格祝い?」

「セシルが大司祭になるのはもう決まってるんじゃないか?そう思ってな」

「義兄さんにしては鋭いですね。姉さんのお祝いかメインだから言ってなかったですが、僕も昇格します!」


 ドヤ顔だ。彼女の場合は得意気な表情を良くするので見慣れたものではあるが。どうやら俺の予想通りにセシルも昇格が決まっていたようだ。改めて思う。なんだこの一族は。

 優秀なのは分かるが見事に重役の席に姉弟で座っている。オマケに父は法皇候補か。とんでもない家族だな。


「なら間違ってなかったな。改めておめでとう。良かったら付けてくれないか?」

「仕方ないですね!凡人の義兄さんが選んだ物ですけど付けてあげますよ」


 言ってる事とセシルの表情が明らかに違うと思う。俺から見ても嬉しそうだ。頬は赤らめているし、口元は緩んでいる。気が抜けたのかニヤニヤしてる。セシルが喜んでくれているならそれが1番だ。


「似合ってますか?」

「あぁ、似合ってるよ」

「まぁまぁのセンスですね。それでも凡人にしては良くやったと思うので褒めてあげます」

「ありがとう」


 髪飾りで前髪を止めている。俺の想像通り良く似合っている。彼女の容姿が優れているからだろう。嬉しそうに笑うセシルを見ると買って良かったと思えた。


「お返しに僕から義兄さんにプレゼントです!」


 セシルが袋から何かを取り出した。お店で買った物か? 同じように箱に入れられている。何処か緊張した顔付きだ。セシルに箱を渡された。俺に開けろという事だろう。

 箱を開けると中に入っていたのはネックレスだ。何かの花を模したものか? 紫色のどこかで見た覚えがある花だ。どこで見ただろうか?残念ながら植物に詳しくないので、答えは出そうにない。


「ありがとう。付けてもいいか?」

「僕の優しさに感謝するといいですよ」


 俺は基本装飾品を付ける事はないが、こうやってプレゼントして貰ったのだ付けないのは失礼だろう。俺がネックレスを付けるとセシルは嬉しそうに笑っていた。

 ちょうど店員が俺たちが頼んだ商品を持ってきてくれた。綺麗に切り分けられた果物だ。前世におけるマンゴーに似てるか? セシルを見るとお腹が空いていたので既に食べていた。

 顔が緩んでいる。美味しいのだろうな。俺も食べよう。1口食べる。見た目がマンゴーなのに味は梨なんだが。頭が可笑しくなりそうだ。

 それでも穏やかな1日だ。こんな日常が続く事を祈ろう。







 ───その日の夜の事だ


「元気そうで良かったわカイル!」


 記憶の中と同じように優しく笑う彼女がいた。俺の事を気遣いまた夢の中に現れたようだ。

 さて、俺は彼女と何を語ろうか。聞きたいことは山ほどある。そして聞きたくない事も同様に。ひとまず再会を喜ぼう。この再会が最悪なものになる可能性を感じながら。


「俺も会えて良かったよ、ミラベル」

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