Episode3 とあるお兄ちゃんの独白

 ───この俺、佐藤 翔真さとう しょうまは今とてつもない異常事態に巻き込まれている。

 やり込んでいた『Destiny』と言うクソゲーをクリアしたら、そのゲームのラスボスである魔王の肉体に憑依するという可笑しな現象だ。

 どうしてこうなったボヤいてしまいたい。記憶を遡れば思い出せるだろうか?

 現実逃避するような記憶の海に潜った。




 ゲームが好きだった。子供の頃から色んなゲームをしてきた。育成ゲームやタワーディフェンス、スポーツやアクションとにかくジャンルを問わず遊んでいた。特にファンタジーもののゲームが好きだった。

 現実とは違うフィクションに取り憑かれたと言えるか? だが大きくなるにつれ、部活や学校生活が忙しくなり果ては社会人になった事でゲームから離れていった。

 あの異常事態に巻き込まれる原因である『Destiny』をやり込む程、ゲームにのめり込んだのはあるきっかけがあった筈だ。そうだ思い出した。


 俺にはふたつ下の妹がいた。佐藤 栞さとう しおりと言う名のお兄ちゃん目線で言って非常に可愛い妹だった。そうだとも俺はシスコンだった。妹が可愛くて仕方なかった。

 母さんに栞を守ってあげてと言われたのもあるか? 竹馬の友とも呼べる2歳年下の親友からも『先輩は気持ち悪いくらいシスコンですよね』と言われた程だ。俺は妹を守るヒーローになるつもりだった。


 事件が起きたのは俺が小学六年生の時、もう直ぐ中学生になる頃だった。

 栞がクラスの女の子からイジメを受けている事に気付いた。栞は隠していたが、ノートや教科書に酷い落書きをされているのを発見してしまった。

 栞は額に酷い火傷の跡がある。育児で疲れていた母がウトウトして、ヤカンに入った熱湯を誤って

栞にかけてしまった。直ぐに病院に行って命は助かったが火傷跡が残ってしまった。


 小さい頃は気にしていなかったが大きくなるにつれ、周りの視線が気になるようになり額の火傷跡隠すように前髪を伸ばすようになった。幼少期の明るい性格も人の視線を気にして暗く臆病になってしまった。

 クラスにも上手く馴染めず友達も出来なかった。それもあってイジメの対象になってしまったようだ。

 どう対処したら良いだろうかと子供ながらに悩んだ。親に相談するのが一番だろう。それでもヒーローになろうとした俺は1人で何とかしようと考えた。

 だが俺はもう直ぐ中学生になる。そうすると学校で栞を守る事は出来なくなる。どうしたらいいかと悩んでいた時に、俺に声をかけてきたのが後に親友となる高橋 敦たかはし あつしだった。

 同じサッカークラブに所属する二つ下の男の子で、フレンドリーな性格もあって俺もよく話していた。落ち込んでいたのもあって、ついつい栞の事を話してしまい『それなら俺に任せてよ』と敦が言うものだから、お願いしてしまった。


 そこからは俺が思っていたより早かった。後になって分かったが栞と敦の小学校は同じでクラスも同じだった。それもあってか敦が動くとあっさりと栞に対するイジメが止まった。敦はその性格もありクラスの人気者で友達も非常に多かった。

 敦に対して好意を抱いていた女の子も少なくなかったらしい。色んな要因があったと思うが、敦が動く事で俺を悩ませていたイジメの問題が解決した。

 俺の中の敦への好感度も急上昇。サッカークラブや年齢とか関係なく一緒に遊ぶ友達になった。

 中学生に上がる時に栞が心配になり、敦に頼むと任せてよ!と力強い返事が返ってきたものだから更に信頼を寄せてしまった。


 中学生に上がっても敦と遊ぶ時間が減る事はなく、家で遊んでいれば必然的に栞と一緒になる事がある。するとお兄ちゃん気付いちゃった訳よ。

 どうやら我が妹はイジメから救ってくれた敦に恋をしてしまったようだ。敦に向ける妹の熱い視線に気付き複雑な思いだったが、敦になら栞を任せられる!と2人のキューピットになる事を決意した。

 が、色々とあって奥手な栞と好意に対して鈍い敦の2人の仲はなかなか進展せずお兄ちゃんやきもきしました。


 一度は2人がくっ付く1歩手前までいった事がある。中学生の時だったか? なんとあの敦が栞に告白したのだ。

 どうやら両思いだったらしい。栞が敦の告白を受けていればハッピーエンド!お兄ちゃんもニッコリの展開になっただろうが、恋とは難しいもので進展したと思ったら後退するらしい。

 と言うのも敦から告白を受けてテンパった我が妹は告白を断ってしまった。『敦君には私より相応しい人がいると思います』と。

 家に帰ると部屋で号泣している栞を見て、話を聞いてお兄ちゃんびっくり。何してんだ!と思わず言いたくなった程だ。

 色んな感情がぐちゃぐちゃになって、私では相応しくないと思ってしまったらしい。この後直ぐに2人の間を取り持つ事が出来たらもしかしたら違ったかも知れない。

 そうならなかったのは俺が受験生で、自分の事でいっぱいいっぱいだった所為だ。過去に戻れるならこの時に戻って2人をくっ付けたいくらいだ。


 その後は少し関係がギクシャクしたが、俺が間を取り持つことで以前と同じ距離感には戻った。そこからは進展はなく、くっ付くかくっ付かないかの微妙な距離にやきもきする日々が続いた。

 気付けば2人は高校を卒業して社会人になっていた。敦を追うように高校も、職場も一緒な所を選んだ栞にお兄ちゃん少し引いてしまいました。少し愛が重いぞ妹よ!

 これではストーカーになってしまう。妹の将来を心配しながら先に社会人になっていた俺は仕事に励んだ。


 社会人になってからも敦との関係は続き、栞の為に背中を押すがなかなか距離が縮まらない。お酒でも飲ませてベッド・イン!させてやろうかと思った程だ。

 両親からも孫の催促が始まり俺も肩身の狭い思いをし始めた。少し進展したかなと、思えば後退する2人にやきもきしながら俺も30歳を迎えてしまった。これでは俺が結婚するのが先になってしまう。少し強引に2人をくっ付けるかと、策を練っていた時に悲劇は起こった。


 仕事帰りだったようだ。繁忙期だった事もあり、2人とも残業を強いられ帰りは何時もより遅かった。帰りの道中も一緒だったようだ。不幸があったのその帰り道だ。横断歩道を渡っていた時に信号を無視したトラックが突っ込んできた。後になって分かった事だが飲酒運転だったらしい。

 トラックに轢かれそうになっていた栞を庇い、敦が死んだ。両親から言われた時、頭が理解を拒んだ。


 敦の葬式に出席して漸く敦が死んだ事を理解した。泣いている敦の両親に年の離れた敦の妹。俺の両親も泣いていた。小さい頃からの付き合いでいつ2人は結婚するの?とニヤニヤしながら聞いていたな。

 俺も2人が結ばれる事を願った。俺の目から見ても2人は想いあっていたと思う。そんな2人がこんな形で引き裂かれるとは思わなかった。

 涙が止まらなかった。栞にとっての想い人であり、俺にとっても大切な親友だった。

 同時に栞のことが気がかりだった。栞を庇って敦が死んだ事を思い詰めていた。敦の葬式にも参加しない程だった。


 部屋に篭もり出てくる様子がない栞はまるで魂でも抜かれたようだった。ごめんなさいごめんなさいと壊れたように呟く栞を見ていられなかった。

 嫌な予感がした。このまま栞も居なくなってしまうんじゃないかと。

 そういう予感という物は何故か当たってしまうもので、大体は最悪な形で終わってしまう。


 敦の葬式から1週間。栞が自殺した。飛び降り自殺だった。残された手紙には俺たち家族と敦の家族に対する謝罪がびっしりと書かれていた。そして最後に敦君に会いに行きますと。

 頭が理解を拒んだ。それでも現実は押し寄せてくる。栞の葬式をどこか他人事のように進める自分がいた。栞の死を受け止めらず泣き叫ぶ両親に代わって俺が葬式を執り行った。


 葬式が終わり、諸々の手続きが終わると急に考える時間が出来そこで漸く栞の死を理解した。

 俺は大切な妹と親友を亡くしてしまった。同じように魂が抜けたような表情をしていたらしい。仕事をしていたがどうしても手が付かず、このままでは会社に迷惑をかけてしまうと長年務めた会社を辞めた。


 両親もその事を強く言わなかった。俺の心情を察してくれたらしい。幸いこれといった趣味もなかったので、お金は貯まっていた。暫く生活に困ることはないだろう。

 仕事を辞めた後は何もやる気が起きず寝て起きてご飯食べてまた寝る。そんな怠惰な生活を続けていた。

 そんなある日テレビ台の収納に入ったゲームが目に付いた。記憶が蘇った。まだ小学生か中学生位の時に栞と敦と沢山遊んだゲームだ。

 気付いたらゲーム機の電源を付けて遊んでいた。2人のことを思い出して泣きながらゲームをしていた。

 ゲームしている時は現実を忘れられた。それもあってのめり込んでしまったらしい。色んなゲームに手を出してやり込み要素まで全てやった。

 『Destiny』と呼ばれるクソゲーに出会ったのはそんな時で、ふざけた難易度に文句を言いながらも気が紛れたので没頭するようにやり込んだ。

 このゲームに出てくる神はクソッタレの存在で、何度かぶん殴ってやりたい気分になった。


 きっとこの世界に存在する神もゲームと同じでクソッタレな存在だ。俺にとって大切な2人を奪ったんだから。

 もしそんな神が存在するならぶん殴ってやりたい!馬鹿な妄想を口にしていた。

 その夜は変な夢を見た。顔の見えない知らない男だった。それなのに何処か親近感を覚える自分に不信感を抱いた。男は言った。


『お前の妹と親友を奪った神をぶん殴りたいか?』


 当然だが答えたさ。ぶん殴ってやる!と。男はニヤリと笑い俺の夢から消えていった。

 それから少し経った頃に『Destiny』をクリアした。そして妙な現象に巻き込まれた。


 ───気付いたら巨大な何かに追われている感覚で必死で逃げていた。逃げて逃げて逃げた先にまた巨大なナニカがいて、ヤケクソになって突っ込んだ。

 どうやらそれがこの体の持ち主である魔王の魂だったようだ。俺は魔王の魂を取り込みその肉体を手に入れた。

 いや、少し違うな。取り込んだ? 違う。俺と魔王の魂が混ざり合った、そんな感覚だ。

 魔王の記憶と意識もある。だが同時に佐藤 翔真としての意識と記憶がある。心の中で問かければ魔王から返事が返ってきた。どうやら俺の中に魔王がいるらしい。

 こうして俺と魔王の不思議な共生関係が始まった。


 俺たちがやってきた世界は俺の世界でも、魔王の世界でもなかった。見たことも聞いた事もない異世界で、価値観の違いや畏怖を感じる程の忠誠心を向けるこの体の持ち主である魔王の配下にビクビクしながら生活していた。

 そんなある日の事だったか。俺を魔王の元へと誘い異世界へと送り込んだ神と名乗る男に出会った。


 その神は語った。その体を自由自在に扱う事が出来るようになれば、俺の妹と親友を奪った神に仕返しが出来るだろうと。

 『ぶん殴ってやりたいのだろうと』という問いかけには即答してしまった。


 話を聞いていれば2人の命を奪った神によって2人は異世界に転生しているそうだ。

 だが俺がいる世界には2人はいない。別の世界にいるらしい。世界を渡る力を手に入れるといいと神は語る。

 良いだろう。その言葉に従おう。世界を渡る力を手に入れて2人に会いに行く。そして2人の命を奪った神をぶん殴ってやろう!


 俺の中にある魔王の魂も神が大嫌いだそうだ。目の前にいる神も必ずしも善意で言っていないだろう。何処か楽しげに笑う姿はとても不愉快だ。

 目の前の神もまた同じような存在だと思う。


 俺の中にいる魔王の魂と話し合った。価値観の違いはある。魔王からすれば俺は寄生虫だ。だからこそ腹の中をさらけ出して想いの全てをぶつけ合った。

 思いは違う。価値観も違う、だが1つだけ俺と魔王の中に共通する事がある。


 ───神が心底憎いという感情と、神を殺すという目的だ。

 世界を渡る力を手に入れよう。そして必ず神の元に行こう。この手でぶん殴ろう。二度と同じ事が出来ないように殺してやろう。

 俺と魔王ならそれが可能だ。魂が吠える。魂が喜ぶ。共に神と闘おう。

 魔王として神に反逆をしよう!



 待っていてくれマイシスターにソウルフレンド。お兄ちゃん頑張るからね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る