54.束の間の休息
俺は現在、王都『コレジャナイ』の飲食店で一息ついていた。同じテーブルにはエクレアとダルの姿がある。
サーシャは何時も通りお酒を飲むらしく酒場に向かった。やっと解放された、なんて言っていたな。年齢の事を言われて大分イラッときていたようだ。酒でストレス発散するつもりらしい。
セシルは今この場にはいない。彼女が俺の傍を離れるのは珍しいが、セシルは今教会にいる筈だ。ノエルにトラさんの事を伝えるそうだ。トラさんの事をノエルはかなり気にしていたからな。
話が進んだら連絡するように言われていたらしい。変な魔道具職人に頼んだら小言を言われただろうな。けど、わざわざ連絡する必要はない気がする。どうせマクスウェルとの会話を盗聴していただろう。
いや、セシルにその事は伝えないか。連絡をするように言わないのも不自然だ。無駄なやり取りをしているセシルが少し可哀想な気がした。
トラさんは今マクスウェルの所にいる。右腕の義手となる魔道具を作って貰う為に、調べる事があるらしい。寸法や魔力の込め方、トラさんの筋力だったり義手を作るのに必要な事項を今確認中だ。
難しい話は俺では分からんぞと、トラさんが唸っていたな。基本はマクスウェルに任せておけば大丈夫だろう。
出て行ってその日のうちに魔晶石を手にして帰ってきた俺たちに驚いていたな。
エンシェントドラゴン? 殆ど記憶に残らないくらいに瞬殺だった。
衛兵に詳しい場所を聞いて、サーシャの魔法でその場まで文字通り飛んで急行した。村に着けば衛兵が必死に村を守ろうと奮闘していたのが見えた。
俺たちに気付いたドラゴンが、俺たちに標的を変えたがそこからは早かったな。
ダルが戦いが始まると同時に火属性の魔法『フラッシュボム』を放った。名前の通り相手の目を潰すのが目的な魔法で、直撃した事でドラゴンはいきなり視力を奪われた。
急に視力を奪われた事で暴れ出したドラゴンの顔にトラさんの魔力が込められた踵落とし『剛襲撃』が直撃。
軽い脳震盪を起こしているドラゴンをサーシャの土属性の魔法『グランドバインド』とセシルの聖属性の魔法『ホーリーバインド』で拘束。
後は俺とエクレアが剣に魔力を込めてドラゴンの首を切断して終わりだ。1分とかからなかっただろう。流れ作業のようだったな。
俺たちの戦いを見守っていた衛兵が化け物を見るような目で見てきたな。失礼な話だ。俺たち以上に魔族と呼ばれる化け物たちがいるのに。
エンシェントドラゴンの素材に関しては国と交渉した。討伐したのは俺たちだが国の領内で、開拓にも使える貴重な魔晶石に関わる事だった為無断で入手する訳にはいかない。
トラさんの義手作成の為に必要だったので、王宮まで向かい首長に掛け合って譲って貰った。
会うのは2回目だったが豪快な人だった。勇者パーティーの大事な戦力であるトラさんに必要なら構わないとの事だ。
元々俺たちが討伐したのもあるし、気にしないでくれと言っていた。素材は要らないので譲ったが。
小柄な体型ではあるが戦う為に鍛え上げられた筋肉はまるで芸術品のようだった。手入れのされた顎髭もドワーフの王に相応しい立派なものだ。ドワーフは王のことを首長と呼ぶ。国として成り立つ前からの名残のようだ。
ちなみにドワーフの国は建国から首長が変わっていない。エルフや人間は何度も王が変わっているがドワーフが変わっていない理由は単純なものだ。化け物のように強いのだこの国の王は。
うちのパーティーのトラさんとまともに殴り合える上にマクスウェルに魔法を教わっているので、魔法使いとしての腕も立つ。
もうこの人だけでいいと思う。エンシェントドラゴンの報告を聞いた時も首長自らが討伐に出ようとしたが、威厳に関わるので周りに止められたようだ。
国の一大事なら出ただろうが、マクスウェルも居たので王宮で待機していたらしい。
俺たちの報告を聞いてうずうずしていたな。戦う事が好きなのだろうか?
そんな訳でマクスウェルに魔道具の事を頼みに行ってから既に1日経過している。待っている間やる事もないので、宿屋で休んでいたらダルに誘われ王都を散策する事になった。
飲食店で飲み物でも貰おうかと思いお店に入るとエクレアがいた為、相席して今に至っている。ダルとエクレアは比較的仲が良い。ダルがフレンドリーなのもあるだろう。
基本的にはダルが話しかけてエクレアが頷いたり首を振ったりしてるだけだが。
「トラさんの義手が出来そうで一安心なのじゃ!」
コクコクとエクレアが頷いている。俺もトラさんの義手の話が進んで一安心だ。そうだなと、ダルに返しながら店員が運んできた飲み物を受け取る。お酒ばかりかと思ったがちゃんと普通の物もあったから助かった。
ダルとエクレアは果汁のジュースだな。ザロクの実と呼ばれる少し酸味が強い果物を絞り、ミルクと混ぜたものらしい。
満面の笑みで飲んでるから美味しいのだろうな。俺も頼んだ飲み物を1口飲む。胃に優しい味だ。俺が頼んだのはハーブティーのような飲み物だ。幾つかの薬草をブレンドしてお茶にしているらしい。
苦味もなければえぐみもない。だが香りは薬草の匂いだな。飲みやすいから俺好みだ。
胃にも優しいですよ、と店員にオススメされて速攻で注文した。目にクマが出来ていたからオススメしたらしい。
ミラベルの事で考えていたのと、セシルが同部屋にいた所為で寝れなかったので寝不足だったらしい。ディアボロの能力にあっさりかかったのはそれも原因かも知れない。
昨日から宿屋の部屋はセシルと別だ。料金は少し上がるが変に気を使わなくていいので気楽だ。
デュランダルもセシルを気にせずに済んで嬉しいようだ。ただ隣で耳を澄ませている可能性があるので声の大きさには気をつけないといけませんねと言っていた。
「王都は華やかだが、体を動かす場所が限られるのは困るな」
「そうじゃのぅ」
エクレアもコクコクと頷いている。正直トラさんの義手が出来上がるまで俺たちにやる事はない。トラさんは度々マクスウェルの所に行かないといけないが俺たちはただ待ってるだけだ。
鍛錬をしようにも王都の為、人の通りが多いので出来る場所は限られてしまう。首長に許可を貰って兵の訓練所に行けば鍛錬は出来るだろうが、結構な確率で指導を頼まれる。
兵たちもまた死にたくないので強くなろうと必死だ。指導に時間を取られれば当然だが鍛錬の時間が減るので効率的ではないだろう。
「そうじゃ!カイルとエクレアに見せたいものがあったのじゃ!」
ダルが鞄の中を漁りながらないのぅと漏らす。服のポケットや胸元も確認している。目の前に異性がいるんだから、少しは配慮してくれ。ダルの胸元が見えそうになったので視線を机に落とした。
「これじゃこれじゃ!」
ダルの声に反応して顔を上げれば1枚の紙を持っていた。手書きのイラストが大きく描かれており、その上に文字が書かれている。『ドワーフの国最強を決める!武術大会開催!』と大きな見出しだ。下の方に細かい字ではあるが開催時期と、参加条件などが書かれている。
「どうじゃ!カイルとエクレアも参加せぬか?」
「開催は3日後か。だが参加条件にドワーフの国出身が条件と書いてあるぞ。これだと参加出来るのはサーシャだけだ」
「…………」コクコク。
「ふふふ、これを我に渡してきたのは首長なのじゃ!」
「なんでダルが首長と会ってるんだ?」
「いや、別に国宝を見に行っただけじゃ。盗もうとはしておらぬ」
「おい!」
ダルの目が泳いでいる。クレマトラスでもダルは1度やらかしている。この女は国宝を盗んで一度捕まったのだ。その時は大事にならなかった。
クレマトラスの王が『この国の国宝は厳重に守られているからな。盗める物なら盗んでみて欲しいものだ』と口にしていた。それを挑戦と受け取ったダルが本当に盗んだ。
それはもう大騒ぎになった。犯人がダルと分かって一度捕まった。盗んだ理由を聞いて王は唖然となっていたな。その後に大笑いだったが。
咎められるような事はなく、逆にダルの腕を褒めた後に釈放された。『次は盗まれないようにもっと厳重なものにしよう』と笑いながら言っていた。
「捕まったのか?」
「この国の王は強いのぅ」
「おい…」
「でも笑って許してくれたのじゃ!暇をしてる事を伝えたらこれをくれてのぅ」
あぁ、首長で心の広い人で良かった。勇者パーティーとして2回会ってたのが良かったな。多分ダルの顔を覚えておいてくれたのだろう。というより暇だからって国宝を盗もうとするな。それにこの国の国宝は首長が使用していた鎧だろ? そんなモノ盗もうとしたらバレるに決まってる。
「ドワーフの王が言っておったぞ、勇者パーティーの者なら無条件で参加して構わんと。どれだけ強いかをこの国の者に見せて欲しいそうじゃ!」
「なるほどな。首長にそこまで言われたら出るしかないな」
「…………」コクコク。
「トラさんも出たいだろうが義手は間に合わないから俺たち3人だけか」
サーシャは間違いなく出ない。というより武術大会だ、魔法使いが出る訳がない。エクレアを見れば何やら覚悟を決めたような表情で頷いている。そんなに真剣な表情をしてどうしたのだろうか?
「我は出ないからカイルとエクレアだけじゃな!」
「ダルは出ないのか? 」
「うむ。この大会は魔法が使えないみたいじゃ。それだと我はそこまで強くないからのぅ」
「そういう事か」
エクレアは首を傾げているが、ダルはどちらかと言えば魔法がメインの後衛だ。短剣を使って戦えない訳ではないが、それでも本職には勝てないだろう。
素早い身のこなしで相手に接近して、短剣で攻撃しながら魔法で大きなダメージを与えたり錯乱させたりするのがダルの主な戦い方だ。魔法と組み合わせて初めてダルの強さがある。武術大会には向かないだろう。
「なら参加は2人だな。トラさんの分も俺たちで頑張ろう」
「…………」コクコク。
「当日は我も応援しておるぞ!」
束の間の休息は終始穏やかなものだった。
その日の夜デュランダルに言われた。
「武術大会ではエクレアさんとマスターとの戦いになると思います。言い方は悪いですが他の参加者では相手にならないと思うので」
「始まってみないと分からないだろう?」
「首長が出るなら話は別ですが、あの様子では出ないと思いますので。ドワーフの国でマスターに勝てるような人物はいませんよ。『剣聖』の異名は伊達ではありませんから」
「あまり褒めないでくれ。少し照れる」
「同じように『勇者』の異名を誇るエクレアさんの強さもマスターに匹敵いえ、もしかしたらマスターより上かも知れません」
エクレアか。実際に戦った事はないな。一緒に鍛錬はした事はあるが、実戦のような試合もした事がない。何度かやらないかと誘ったが首を横に振って断られた。もしエクレアと当たって戦う事になるなら、今回が初めてだな。
大会のルールで使用する武器は運営が用意した刃を潰した武器だ。聖剣やデュランダルを含めない純粋な剣の強さとなる。
「もしエクレアさんと当たるなら絶対に負けないでくださいねマスター」
「負けるつもりはないが、どうしてだ?」
俺も男だから勝負事では負ける気はないが。デュランダルが何か気にしている様子だ。
「いえ、エクレアさんが何やら覚悟を決めたような感じだったので。恐らくマスターが負けたら襲われると思いますよ」
「襲われる?どういう事だ?」
「エクレアさんはマスターの事を好いていますからね。文字通り襲ってくると思います。必ず勝ってくださいね」
───何故か違う意味で負けられなくなった。ノエル、俺勝つよ。
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