52.サーシャの父親

 ───俺の目の前にレンガ造りの巨大な塔がある。王宮から少し離れた所にあるそれを『賢者の塔』と呼ぶ。名の由来はそのままだ。ドワーフの『大賢者』マクスウェルがその塔の主だから、賢者の塔と呼ばれている。


 ここに来たのはサーシャの師匠であるマクスウェルにトラさんの義手を作って貰う為だ。魔法の研究だけでなく魔道具まで作れるのかあの人は。賢者と呼ばれる人は本当に優秀だ。


「ねぇ、あたし帰っていい?」

「ダメだ。サーシャは付いてこい」

「小言言われるの嫌なんだけど」

「それはサーシャが悪いからだろ?甘んじて受けろ」


 ブーブーと俺に文句を言う『若き賢者』のサーシャ。この女を見てるとマクスウェルが後継として指名しないのもよく分かる。今日も来る気がなかったようで、酒場で飲んでる所を無理やり連れてきた。


「ここに俺の義手を作れる職人がいるのか?商業地区から随分と離れているが」

「ここにいるのはサーシャの師匠だよ、トラさん。魔法使いであると同時に一流の魔道具職人らしい。」

「なるほどな。俺の力にも耐え切れる物を作って欲しい所だ!」

「そうだな、俺もトラさんに本来の力を発揮して欲しいから高性能の義手を作って欲しいよ」

「クハハハ!思いは同じだなカイル!」


 笑いながら左手で俺の背中を叩くトラさん。力が強い。ほんと痛いからやめて欲しい。昨日はあの後詰所にトラさんを迎えにいったが、誤認逮捕だった。商品を見て悩むトラさんの顔が怖すぎて店員が通報し、捕まえにきた衛兵に対してトラさんが暴れたから捕まったようだ。

 店員と衛兵さんから謝罪を受けたし、トラさんに殴られたりした衛兵はセシルに頼んで治療して貰って俺から謝罪を入れておいた。

 今回はトラさん悪くないけどな。暴れたのはダメだが。


「デカイ塔じゃのぅ」

「当然だと思います。この塔に住むのは世界で三本の指に数えられる大賢者様ですよ!

立派な建物に住んで当然です!」

「ジジイは小さな研究所で良いって言ってたわよ。首長がどうしてもって言うから住んでるだけよ」

「らしいぞ、セシル」

「ぐぬぬぬ!僕は間違っていません!」

「自信満々に言ってたわね。当然だって。あらら顔真っ赤にしちゃダメよ」

「僕は貴女の事が嫌いです!」


 今回は勇者パーティー全員で来たが、なんというか騒がしいな。主にセシルとサーシャのせいだが。エクレアは気付いたら俺の隣にいた。何だったら腕にしがみついている。


「どうかしたか?エクレア」


 こちらをジッと見つめるだけのエクレアに反応が困る。何か伝えたいのだろうか。彼女は勘が鋭いという事を踏まえて考えてみよう。


「四天王の事か?」


 コクリとエクレアが頷いた。ディアボロの事ではないと思うが俺が悩んでいるのが四天王の事だと予想したのか? どちらにせよ俺の事を心配してくれたのだろう。


「ありがとうエクレア。大丈夫だよ」


 そう言うと、エクレアがコクコクと小さく首を縦に振る。その後腕にギュッと抱き着いてきた。痛くはないな。加減してくれてるようだ。20秒ほど経過した頃に満面の笑みで離れた。どうやら満足したようだ。彼女は定期的に今回と同じ事をする。

 最初は戸惑ったが流石にもう慣れた、


「ずるいのじゃ!我も抱き着いて良いか!」

「してもいいけど、20秒だけだぞ。マクスウェルさんに用があるからあんまりゆっくりは出来ない」


 言い切る前にダルが抱き着いてきた。腕ではなく正面から。もう好きにしてくれ。そして満足したら離れてくれ。そんな事を思っていると後ろからも抱き着かれた。確認すると金色の髪が見えた。セシルだな。背中に顔を埋めている。髪から出てる耳は少し赤い。


「あらあら、モテモテねカイル。あたしも抱きつこうかしら?」

「しても構わないが、サーシャの場合は引き剥がすぞ」

「なんで、あたしだけ!」

「お前の場合は遊び心が強いだろ。なんか嫌な予感がする」

「酷い言い草ね。あたしでも傷付くのよ」


 口を尖らせて文句を言っているサーシャを見て笑う。トラさんは大爆笑してる。あ、そろそろ20秒経つから離れてくれ。離れてくれ。力を込めるな。離れろ。

 やっとの思いでダルとセシルを引き剥がせた。2人とも満足そうな表情をしている。はいはい、良かったな。俺はやけに疲れたよ。


「すまない、マクスウェルさんの所まで案内を任せていいかサーシャ?」

「何かあたしにもご褒美ある?」

「お酒でどうだ?」

「カイルがお酒に付き合ってくれるならいいかなー」

「分かったよ、それで手を打とう」

「あら、今日は随分と優しいわねカイル。どうかした?」

「どうもしないよ。とりあえず頼んだ」

「はいはい、あたしに付いて来なさい」


 先程まで騒いでいた連中も今はやけに静かだ。様子を見れば満足そうな顔でニヤニヤしてる。良かったな。俺は胃がすり減っているよ。このやり取りもノエルに聞かれているからな。

 次に会った時、可愛い婚約者にどう弁明するか。それは後で考えるか。


 サーシャの案内で塔の中を進む。受付もサーシャの顔パスだった。『サーシャ様!おかえりなさいませ!』なんて対応をされていた。ここではお偉いさんになるのか?

 後継者候補ではあるみたいだからな。サーシャの案内で進めば塔の1階にある突き当たりの部屋の前で止まった。

 ここなのか? 大賢者だしお偉いさんなら最上階かと思ったが…。


「大賢者の部屋なのに1階なのか?」


 俺と同じ疑問を持ったらしいダルがサーシャに尋ねている。サーシャはため息を吐きながら部屋をノックした。


「ジジイはもう高齢だから階段が辛いのよ。だから1階の部屋にいるの。訪ねる方は楽でいいけどね。いずれ動けなくなってプルプルしてるんじゃない?」


 なるほどそういう事か。マクスウェルの年齢の事を考慮してなかった。というか扉を叩きながら結構失礼な事を言ってたけど大丈夫か?

 扉がゆっくりと開いた。何度かお会いしたドワーフの大賢者マクスウェルの姿が見えた。


「サーシャよ、ワシの事で何か悪口を言ってなかったかのぅ?」

「言ってないわよお師匠さま。空耳じゃない?」

「聞こえておったぞ」

「ならそう言いなさいよ、性格の悪いジジイね」


 サーシャを怒鳴るマクスウェルを見て何時もの光景だなと、ため息を吐く。

 魔法使いが好んで着る紺色のローブを纏った老人。身長はドワーフらしく高くない。魔法使いだからか肌は焼けていないが、特徴的な長く白い髭が見える。もう少し伸びたら床に届くんじゃないか?

 人が想像する魔法使いって感じの人だ。


「今日は沢山お連れされたな。立ち話もなんだ、中に入りなさい」


 マクスウェルに促され部屋の中に入る。大賢者の部屋らしく、部屋はとても広い。壁にズラーっと並んだ本棚にはびっしりと本が置かれている。マクスウェルが普段使っているらしいテーブルには山積みの書類があるが、それ以外はしっかりと整理されていて綺麗な部屋と言える。

 来客用の机と椅子もしっかり完備してある。大賢者だ。訪れてくる人も多いだろう。


「自分の家だと思ってゆっくりしてくれて構わんよ。楽にしなさい」

「腰が痛いからジジイが座りたいだけでしょ?」

「もう少し師匠を敬う気持ちを持たぬかサーシャ」

「はいはい、敬ってますよー」


 そんな2人のやり取りを見ながら、お言葉に甘えて椅子に座る。2人は師弟関係だ。付き合いが長く気心が知れた仲だからあんな感じなのだろうか?

 いや、サーシャはもう少しマクスウェルを敬った方がいい。この人は世界有数の魔法使いだぞ。それはサーシャも同じか。


「サーシャはお師匠さんと付き合いが長いのか?」

「私が産まれた時から知ってるそうよ。私が会った事もない父親とも知り合いだったみたいだし」

「なんじゃ、サーシャは父親を知らぬのか?」

「私が産まれる前に亡くなったのよ」


 収納の魔法でサーシャがお酒を出している。何時も通りだ。と思ったらサーシャが出したお酒をマクスウェルが収納の魔法で仕舞った。サーシャがマクスウェルさんの所まで行って掴みかかってる。師匠相手に何してんだ。


「サーシャの両親はドワーフなのか?」


 ふと気になって聞いてみた。彼女はドワーフの特徴があまりない。せいぜい小柄なくらいか? 背の低い人間の女性もいるから間違えられても可笑しくないだろう。お酒が強いって意味で言えばドワーフらしいが。


「あたしはハーフよ。ドワーフと人間のハーフ」

「そうなのか?人間とのハーフとは思わなかった」

「母親がドワーフね。父親は会った事がないけど、人間でカイルも知ってると思うわ」


 俺もサーシャの父親を知っている?どういう事だ? 疑問に思ってサーシャを見ればクスクスと笑っていた。


「あたしの父親の名前はタケシ。タケシ・ゴウダって母さんが呼んでたと思うわ。ゴウダ・タケシだったかしら? どっちか忘れたけど」


 サーシャの口から出た名前に固まる。タケシ? ゴウダ? 合田 武さん?

 デュランダルの前のマスターのタケシさん?そんなバカな事があるのか。


「父親の方のファミリーネームで名乗るとサーシャ・ゴウダになるのかしら?

ちょっと変な感じね」


 デュランダルを見るとカタカタと震えている。どうやらそういうの事らしい。もしかしてサーシャの母親とタケシさんは知り合いだったとかか? いや、そう言えばタケシさんについて記した本に書いてあったな。

 勇者パーティーの魔法使い。名前は確かクロナ・ルシルフェル。タケシさんの幼なじみだった筈だ。

 まぁ、なんだ色々言いたい事はあるが…。

 今すぐタケシさんに会いたい気分だ。

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